春の昼下がり。ポカポカと暖かくて、冷たい風が吹く。そんな心地良くて気持ちのいい日。
俺は学校を早退して阿笠宅に行った。無防備に開いているカギ。中に入ると誰もいないような静かな空間。
博士はいない。車も靴もない。宮野の靴はある。それを確認すると俺の頬は緩んだ。――ラッキー。そう思い静かな部屋にゆっくりと入る。
とりあえずリビングに行くと、そこにはソファーに横たわる宮野の姿。
ゆっくりゆっくり近づいて顔の位置を合わせるように腰と膝を曲げてしゃがむ。
無防備な寝顔に胸が高鳴る。ドクンドクン、と大きな音で。――許されるなら、襲ってしまいたい…。そんな衝動を抑え込み、宮野の髪に触れる。
サラリと指の隙間を擦り抜ける細くて柔らかい髪。俺のとは全然違う。指を擦り抜けてく感触が気持ち良い。――ああ、ヤバイ。本当に襲いたいぞコラ。駄目だ駄目だ、と目をつむり自分に言い聞かせる。
そんな事をしていると
「ん…」と小さな声を出した宮野。あ、起きる。と思った俺はパッと手を引っ込めた。
「お目覚めですか?お嬢さん」
いつもは絶対言わないような言葉を言ってみた。まあ、こんなキザな台詞、いつも言っていたらただの馬鹿だ。…いや、大馬鹿野郎だ
宮野は俺の声に、うっすらと目を開けた。おぼろな瞳の宮野と目が合う。――可愛い。こんな事ばっかり考えてる俺は既に大馬鹿野郎なのかもしれない。
…が、宮野の次の言葉で俺の上がっていたメーターが一気に落ちた。それはもう光の速さで急降下した。
「黒羽君…?」
「……………。」
誰だよ、ソレ。誰だよ………誰だそれはァァァアア!!
「………誰、黒羽って」
俺がそう言うと宮野は目をバッと見開いて、起き上がった。もの凄く驚いたみたいだ。――…いや、俺の方が驚いてるから。これ絶対俺の方が驚いてるって。だって逢いたくて早退して会いに来たのに知らない名前が出て来たんだぞ。しかも男!!しかも間違えられた!!こんなショックな事ってないと思う。
「工藤君」
そうだよ。工藤だっつの。黒羽じゃねえよ、誰?黒羽って、ふざけんじゃねーぞマジで。
駄目だ、なんか頭おかしくなりそう――ってかなってる。さっきから、誰だよ黒羽って、しか頭にない。もう5回は思ったよソレ。もう言いすぎて意味わかんないくらい。………誰?黒羽って。
「何してるのよ」
「……何してんだろ」
駄目だ。さっきの言葉が衝撃的すぎて、何しに来たのかも分からなくなってきた。
「…宮野」
「なに?」
「……黒羽って誰」
「…知り合いの人よ」
何、その微妙な間。…ヤバイ嫉妬で狂いそうだ。
「…知り合いって?」
「知り合いは知り合いでしょ?」
「なんで間違えたんだよ」
間違えられる事くらい、どうって事ない。つーかどうでもいい。ただ、コイツに間違えられるのは話は別だ。ありえない。
「歯が浮くような台詞を言うからよ」
その黒羽って奴は、いつもあんな台詞言ってんのか。かなりの大馬鹿野郎だな。
………ん?俺、なんて言ったっけ?確か…“お目覚めですか?お嬢さん”って………ちょっと待てよ。その黒羽って奴、コイツの寝顔とか見ちゃってるわけ?無防備な姿見ちゃってるわけ?あ、あ、ありえねぇ程ムカつく!!!!!!!!!!
「つーかさ、オメーそもそも男の知り合いなんていたんだな」
「ええ、いるわよ」
今なら俺、悲しみ死に出来るぜ。そんなあっさり言ってくれるなよな…!!
「なによ、その顔」
「…わかってるクセに」
俺が好きだって知ってるくせに。意地悪だ。
「何をかしら」
「……俺がお前の事、好きだって」
「知らなかったわ」
「嘘つくなよ」
白を切るつもりですか、宮野さん?俺さ、何回か貴女にキスしましたよね?その度に貴女、俺の事殴りましたよね?その事忘れたわけ?んな馬鹿な!!
「ええ、忘れてないわよ」
「心読術?エスパー?なんでお前心ん中読めるわけ?新しい薬?なんかオメーだと有り得そうで怖い」
「今、全部口に出してたわよ」
「え。まじで?」
「ええ、まじよ」
無意識ってコエー。てゆーか口に出してたのか…中々恥ずかしいじゃねーか。
「覚えてるなら、分かってただろ?俺がオメーを好きなの」
「さあ。知らなかったけど?」
「じゃあ何か?俺が好きでもないのにオメーにキスしたとでも?」
「違うの?」
「ちげーよ!!もしかしてずっとそんな風に思ってたのか!?」
「当然でしょ?貴方、何も言わないじゃない」
「……ごめん。そんな風に思ってると思ってなかった」
確かに。ちゃんと好きだ、とか言ってない。宮野が寝てる時にとかしか言ってない。
「好きだ」
「…………。」
「すげぇ好きだ」
「…………。」
「俺は宮野が好きだ」
「…………。」
「………なんか言えよ」
こんなに好きだって連呼してるのに無言って何だよ。恥ずかしいんだけど。
「……なんかって…なに…よ…」
「なんかあるだろ。私も好きよ、とか、ごめんなさい、とか」
「…そう…じゃあ…ご…」
「待った待った待った。やっぱり、ごめんなさいってのはナシで」
「……なによ、それ…」
「ごめんなさいって聞いたら死ねる気がする」
いや本当に。まじで消えてなくなってしまいそう。それくらい好きなんだよ。好きっていうより――愛してる。
「……本当なの?」
「え?」
「…だから…貴方が…その…私を……」
「好きだよ」
「……………夢?」
「起きてるだろ」
「……自分の都合のいい夢かしら」
「いや違うって。これが夢だったら俺もショックだ。…そんなに疑うんなら頬を抓ってみろよ」
俺がそう言うと宮野は俺の頬をギューッと抓った。
「いっっっってェェ!!!!」
「夢じゃないみたいね」
「だからって何で俺!?」
「もし痛かったら嫌じゃない」
そう言った宮野の顔は少し赤かった。――可愛い。抱きしめたい。今すぐ。
「………でも工藤君。貴方、言う人間違えてないかしら?貴方は毛利さん…」
「俺は宮野に言ってんだよ。オメーしか見えてねえから」
「……………。」
「宮野だけが好きなんだ」
「………工藤君」
「で?返事は?ごめんなさい、だったら聞きたくないから何も言うな」
「私も…」
「私も?」
「……聞かなくてもわかるでしょ?…言わせないでよ」
赤い顔でフイと顔を反らす宮野。…そんなのは、反則じゃねーか。もう、我慢なんか出来そうにねーぞ。
「聞かなきゃわかんねぇ」
「意地悪ね」
「宮野ほどじゃねーよ」
言って。俺を好きだと。きっとその瞬間、理性が切れるから。これ以上我慢したらさ、体に悪い。
「…………私も好きよ」
宮野がそう言って、俺は宮野を抱きしめた。強く強く抱きしめた。…限界。
「宮野。好きだよ」
そう言って、キスをした。無理に唇を押し付けて。殴られるのも覚悟して。
「…今日は打たないんだ」
「あら打たれたいの?」
「真っ平御免こうむるぜ」
そう言ってまた唇を落とした。止まらない。気持ちが止まらなくて、歯止めがきかなくて…このままだと本当にどうにかなりそうだ。
「…蘭の事は心配すんなよ、アイツはこれからもずっと幼なじみだし、ちゃんと話すから…………だからさ、オメーも教えろよ。…………黒羽って誰?」
「さあ?誰かしら」
「…………おい」
…黒羽って奴が誰なのかは気になるけど。
でも俺が君を好きだと言う事に変わりはない。
だって俺はもう君しか愛せないのだから―― |