鏡の国戦記〜EPISODE SHAMAI・3〜『モンスーン』(4/9)縦書き表示RDF


鏡の国戦記〜EPISODE SHAMAI・3〜『モンスーン』
作:亜玲



第4話


‡第四話‡



――戦いの朝が、来た。


「これは昔私が使っていたものだ」


ラプオ5世が開けた箱の中には、軽装の鎧と大振りの剣が鈍い輝きを放っていた。


「これを……俺に?」

「そうだ。王子たるもの、優れた武具をまとわなければ示しがつかんからな」


今朝早くに父に呼び出されたトンナムとチャプラ。


ここ、鎧の間には、歴代の王達が使用した様々な武具が収められている。父もまた、それらに優るとも劣らぬ武具で、猛々しく身を固めていた。


「こりゃあ、トンマニュがまだガキのころに使ってた一級品だぜ! やったな、トンナム!!」


箱を覗き込んだチャプラが歓声をあげる。


「父上の……」


確かに、知識の浅い自分の目から見ても、この武具はすばらしいものだった。


こんなすごい物を父が自分に与えるなんて……


「チャプラ、少し外してくれるか」

「え……」


父の言葉に、急にトンナムは不安を覚えた。大嫌いな父と二人きりになることは極力避けてきたのに……


しかしチャプラは思う所があったのか、すぐに頷いた。



「おぅ、分かった♪ じゃ、トンナム、サイ舎の前で待ってるぜ!」


ウィンク一つ、投げてよこすと(へたくそだったが)、トンナムの訴えるような視線を黙殺したチャプラは鎧の間を後にした。






「……着てみろ」


相も変わらず抑揚に欠ける声。


だが、その言葉にトンナムは少なからず戸惑った。また何か説教の一つでも聞かされるのかと思っていた。



「……あ、あぁ」


言われるままに、鎧を身につけてみる。



今まで稽古用の簡易鎧はつけたことはあったが、本物は初めてだ。見た目に反するその重量に驚く。


「……?」


しかも金具が複雑でなかなか装着することができず、もたもたしてしまう。


(父上が見てるのに……)


すると、案の定、父が冷たいため息をついた。



「まったく……鎧一つ着ることができんとはな。情けないにも程がある」


「くっ……」


羞恥のあまりにトンナムが何も言えないでいると、突然、父が歩み寄ってきた。



その、男にしては綺麗で大きな手がトンナムに迫り……



「貸せ。私がつけてやる」



「……え?」



ぶたれると思って密かに歯を食い縛っていたトンナムは、間抜けな声をあげることになった。



あの父が、自分の鎧の着方をなおしている……?



「……」



特に何の感情も浮かべずに淡々と鎧の止め金をとめてゆく父王を、トンナムはまじまじと眺めた。


りりしい眉は、呆れのためなのか眉間に皺を刻ませ、眼光鋭い瞳は黒々とした睫毛でその感情を押し隠している。


よく通った鼻筋。厚めだが形のよい、意志の強そうな唇。


今更ながらに、父の顔立ちが威厳と気品に溢れた精悍なものであると実感する。



だって、未だかつて、これほどまで父と近づいたことがあったろうか。


「今日の戦は、激しいものになるだろう。ミラ族は確かに自己愛者揃いの愚昧な民族だが、戦闘力はあなどれん」



最後に息子の背に剣を背負わせると、父はトンナムの目を正面から見つめた。


いつもは絶対零度の冷たさを湛えたその瞳に、今は戦闘前の緊張感が漲っている。


「我ら突攻隊が破られれば、お前達がこの国を死守することになる……まぁ、そのような事はないだろうが、覚悟はしておけ」


「……はい」



珍しく冗舌な父を、トンナムは仰ぎ見た。



いつもはトンナムから話し掛けても大抵退けられるのに、どうしたというのか。



得体の知れない気分になったトンナムは、とりあえず姿勢を正した。


「じゃ、じゃぁ、俺は出発します。……父上も、御武運を」



そして、足早に部屋を出ようとした――



「……死ぬなよ」


「え?」



何か父が言った気がして振り向く。聞き間違いじゃなければ、父は今……



しかし、そこにもう父の姿はなかった。



[続く]












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