鏡の国戦記〜EPISODE SHAMAI・3〜『モンスーン』(2/9)縦書き表示RDF


鏡の国戦記〜EPISODE SHAMAI・3〜『モンスーン』
作:亜玲



第2話


‡第二話‡



「あ〜ぁ、なーかせたー」



しんとした部屋に、チャプラの緊張感のない声が響く。



「ったく……トンマニュよぉ、心にもないこと言っちゃってさ……あとで宥める俺の身にもなってくれよな!」



軽いノリでそう言うと、チャプラは友の足元に腰をおろした。



「私は……父親失格だな……」



ラプオ5世――ビオ・トンマニュは、苦しげに呟くと、両手に顔を埋めた。



その姿は、先程まであんなにも息子に冷たくあたっていた男と同一人物とは思えないほどだ。



「あの時、決意したはずなのに……」



「トンマニュ……」



完全無欠の大王として崇められる彼に唯一欠けていたもの……それは、嫡子だった。



代々一夫一婦制を重んじてきたエルナン王家。

王は、まだ子を産む前に病で妃を失ってのち、新たな妻をめとろうとはしなかった。



王家断絶の危機に、臣下達が必死で再婚を勧めるも、妃への愛情はあまりにも深く、新しく妻を迎えることなど思いもよらなかった――


いや、もちろんそれもある。彼とて人の子だ。


しかし、それ以上にトンマニュが恐れたのは、内乱だった。



父・ラプオ4世は、悪王、と言うわけではなかった。

むしろ、彼のおかげでエルナンの平和の基礎が築かれた、と言っても過言ではない。



トンマニュの祖父の代まで、エルナン政界はひどく腐敗していた。

大小貴族による権力闘争が後を絶たず、無能な王が続いたおかげで国力は衰え、内外での断続的な戦は民の心身に深い疲弊を与えた。


そんな危機的状況を打破しようとしたのが、父だった。



彼はいわゆる恐怖政治で貴族を弾圧。軍の権威を高め、武力で国を統率した。


そのおかげで国はかなりまともな状態まで回復したのだが、その父も対ミラ戦で戦死。トンマニュは若干15歳で王位につくこととなった。



だが、その類い稀な才覚が幸いし、彼の政治によって、たった一年の間に国力はみごとに回復の兆しわ見せ始め……


権力にとらわれぬ善良な貴族家系に生まれた妻がこの世を去ったのは、そんな最中だった。


妻の家系は、エルナンでも信頼の篤く実力もある貴族の一つで、彼女と結婚したことにより(実は恋愛結婚だったのだが)貴族たちは粛正されざるをえなくなっていた。


しかし、その妻が子も残さず亡くなったとなれば、たちまちのうちに貪欲な貴族たちは自分の娘を差し出すだろう。


拒もうが、迎え入れようが、王家はのっとられてしまう……


しかし思案にくれていたある日、トンマニュのもとに神からの贈り物が届いた。



その日、夕方の散歩でメンコン川の川辺を散策していたトンマニュは、何やら籠のようなものが川面に浮かんでいるのを見つけた。自ら川に入り、籠のなかを確かめると、そこには一人の男の赤ちゃんが……



メンコン川は神聖な川。その川が男の子を自分のもとに届けてくれたのは、正に神の御意志だ――

そう考えたトンマニュは、その男の子にトンナムと名付け、自分の息子にすることにしたのだった。



「なーに言ってんの。お前以上の父親なんていねーって! あいつを後方部隊に回したのも、戦慣れしてないあいつを危険な場所にやりたくなかっただけだろうが!」



チャプラは、落ち込む王の膝をぽんぽんと叩いた。



トンナムの出自は、本人だけでなく国民にも秘密にされ、亡き王妃の忘れ形見、と言うことになっている。もちろん、貴族の台頭による内乱を防ぐためだ。



そして、トンマニュが息子に辛辣な態度をとる理由もそこにあった。



年を重ねれば、いつか否が応でも隠された真実に気付くときが来るだろう。



「その時、もしお前があいつに優しくしていたら、あいつはお前に裏切られたと嘆くだろう……だから、敢えてお前はあいつに冷たくした。あいつが傷つかずにすむように……泣かせる話じゃねーの」





『チャプラ……私が息子を愛せない分、お前が愛してやってくれ』



友の悲痛な誓いを支えるため、チャプラはトンナムに無償の親愛をそそいできた。だがそれとて、心を鬼にしたこの父の愛情とは比べものにならないだろう。



「じゃぁ、俺はかわいそうなトンナムを慰めてくるとするか! じゃ、あとでな!」



重たい空気を振り払うように能天気な声を出すと、チャプラはトンナムの後を追った。






「俺のことなんかどうだっていいんだもんな……か……」



一人玉座に座ったトンマニュは、息子の罵声を反芻した。



言われた瞬間、無性に虚しい気持ちになった。



どうだっていいはずがない。



愛していないはずがない。



何度抱き締めてやりたいと思ったことだろう。



何度共に過ごす時間が欲しいと思った?



たとえ血は繋がっていなくとも、たった一人の大切な――



だが、淋しそうなトンナムの顔を見るたびに、本当にこれでいいのかと自問する。



自分はただ、国の安定のために息子を利用しているだけなのだ。


どんなにトンナムを大切に思っていようと。


どんなに彼の成長に、親としての喜びを覚えようと。



許されぬ――



「トンナム……」


でも、もう、引き返すことはできない。



[続く]












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