ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第8話:侑人の思惑




 風の月の第六週の一日。グランツ帝国はプロセン王国に対して正式に宣戦布告し、帝国正規軍の先発隊十五万人がプロセン王国との国境に向け進軍を開始する。

 プロセン王国の国王、ハインリヒ・フォン・サヴォイアは、グランツ帝国からの宣戦布告を受けた時点で、ハルモ教法王庁教圏国家の三国に向かって援軍を要請した。
 他の三国はプロセン王国の要請に即座に応じ、三国を合計して九万人もの援軍をプロセン王国に向けて進軍させる。プロセン王国には正規軍の十万人がいる為、王国連合軍は合計で十九万人に膨れ上がっていた。

 プロセン王国はグランツ帝国から宣戦布告を受けた直後から、援軍の要請や兵糧の備蓄、城砦の強化を行ない、本格的な戦闘を開始する前に準備を整えつつあった。もし突然攻め込まれていたのならここまでの準備は出来なかったはずである。
 普通であれば二十年間敵対関係にあるプロセン王国に対して、グランツ帝国は宣戦布告を行う必要性は無い。今回の行為はわざわざ相手に準備をする機会を与えるだけの無駄な行為に見えるが、グランツ帝国が危険を犯して宣戦布告を行ったのは二つの理由があったからである。

 一つ目の理由はクーラント魔国に対する牽制である。
 休戦協定の締結と同時にプロセン王国に対して正式に宣戦布告を行う事により、この二つの事象は一連の流れとして関連付けられる。
 休戦協定と宣戦布告を関連付ける事により、クーラント魔国が休戦協定を破棄しにくい雰囲気を作り上げる思惑があったのだ。

 宣戦布告を行なっているかどうかで、クーラント魔国が休戦協定を破棄した時の印象は大きく変わる。宣戦布告を行なっている今回の場合は、他国への宣戦布告をみてから外交態度を百八十度変えた臆病な王が統治する卑怯な国家として、周辺国から見られる事になる。
 しかし宣戦布告を行なっていなかった場合では、グランツ帝国がプロセン王国に対して戦闘を仕掛けたのは過去二十年間の敵対行動の一連の流れの中でたまたま状況が変化しただけであり、休戦協定の前後で何かが変わった訳ではない。協定の破棄はその事と関係が無くたまたま時期が重なっただけだと言い逃れが出来るのだ。

 二つ目の理由はハルモ教法王に対して、グランツ帝国という国家としてプロセン王国に対して正式に敵対する事を宣言する為である。
 ハルモ教正教会のグランツ帝国に対する公式見解は二十年前と何も変わっておらず、グランツ帝国はハルモ教の勇者クロウ・ミナトが興した、ハルモ教法王庁教圏国家群の中の一つの国家であるという態度をいまだ崩していないのである。
 宣戦布告を行わないで戦闘を開始すると、今回の戦争もハルモ教に対する反逆者のフリードリヒ皇帝を討伐しハルモ教信者を救う為の解放戦争であり、グランツ帝国と敵対する訳ではないというハルモ教正教会の公式見解のまま戦闘が始まる事になる。

 今までグランツ帝国はクーラント魔国と常に戦争状態であった為、ハルモ教法王庁教圏国家群と全面的に対決するだけの余裕は無かった。その為ハルモ教法王庁教圏国家群との戦いの理由も二十年前のまま放置されていた。
 今回の戦争をきっかけにして、グランツ帝国はすでにハルモ教法王庁教圏国家群に所属するただの一国ではなく、フリードリヒ皇帝が支配する独立した国家であるとハルモ教正教会に認めさせる。そんな皇帝の思惑があった。

 この二つの理由を突き詰めて考えていくと、国家の実利の話というより国家の面子の話になる。しかし国際社会において国家の面子が何よりも重視されるものであるという事は、マグナマテルの世界でも変わらない事である。




 各国の王達の思惑によりマグナマテル全域の情勢が一気に変化してきた頃、ティルト村に居る侑人は何をしていたのかというと……部屋に引き篭もっていた。

 とは言っても侑人自身が好きで引き篭もって居る訳ではない。引き篭もらざるを得ない理由が侑人には二つほどある。
 ちなみに一つ目の理由とリンクするのだが、今日はホラント家に客が訪ねてくる事になっているので、目立つわけには行かない侑人は部屋に閉じこもるしかなかった。
 最近ホラント家を訪れる客人の数が以前よりもあからさまに激増している。その為、最近の侑人は庭で作業をする時もフードを被って作業をしている。急に訪れる客対策の為であった。

「うーん……こんな感じかな?」

 風の月も第六週目に入り気温はかなり上昇している。それと合わせて雨季が近くなって来ているので湿度もかなり高く、フード姿で作業をする事はかなり苦痛ではあったが、それでもヨーゼフとマリアの忠告を律儀に守って生活をしていた。
 それを見かねたマリアが伸び放題だった頭髪を散髪をしてくれたので、ぼさぼさ頭だった以前よりは大分快適にはなっている。しかしそれでも日に日に上がる気温と湿度には勝てそうにも無く、必然的に外で作業をする時間は以前より徐々に減っている。これが引き篭もる事になった二つ目の理由である。

 そんな感じで最近部屋に篭る事が多くなった侑人ではあるが、部屋の中で何もせず呆けていた訳ではない。仕事が出来ない時間を利用して、マリアから教わった魔法の勉強をしていたのだ。
 部屋の中で実際に魔法を使うと、物を壊したり火事を起こしたりする恐れがあるので、自身の体の中にある魔力を感じる為の瞑想と、魔法のイメージトレーニングをしていたのだが、ただ漠然と魔法を使って木を切ったりしていた頃と比べて、格段に使える魔法の幅が広がってきていた。

「もっと良い使い方が有りそうだけど、なかなか思いつくまでが大変だ……でももう少しで何か掴めそうな気がする」

 魔法を使う為に必要なものは三つある。一つ目は魔力であり、魔力が無ければ根本的に魔法は使えない。二つ目はイメージ力であり、自身の魔力をイメージしたものに変換したり、対象の形状をイメージした形状に変化させる準備をする。三つ目は意志の力であり、意志の力で変換した魔力を外に放出したり、対象をイメージした形状に変化させる。大雑把に説明するとそんな感じである。
 持って生まれた魔力量は少しの努力ではどうにもならないが、自身が持っている魔力を瞑想する事によって最大限引き出す事が出来るようになった事と、イメージトレーニングを繰り返す事で得られる明確なイメージが、侑人の魔法を格段に進歩させていた。

 ちなみに魔法詠唱は自身の集中力を高めたり、意思決定のきっかけとして行う行為である為、魔法を使う際に必ずしも必要ではない。格好が良いオリジナルの魔法詠唱を考えようかと少しだけ悩んだ侑人ではあったが、自分の年齢を考えて自重していたりもする。
 例外的に古代言語を触媒として周囲の魔力を集め、自身の魔力以上の魔力を使用する古代魔法のような高等魔法では、決まった古代言語の詠唱が必要である。しかし今の侑人の魔力量では使いたくても使えないし、それ以前に一般家庭であるホラント家にそんな魔道書があるはずも無かった。

「床が土だったら試せたけど、さすがに二階の床を土にする訳には行かないか」

 侑人のお気に入りの魔法は土の魔法である。戦闘では火や風の魔法の方が、少ない魔力で高い殺傷能力を得られるので、非常に効果的だという事は侑人にも分かっている。体力回復に使える水の魔法も有効であるとは思う。
 戦闘の観点のみで考えるのなら、土の魔法は魔力が低いものが戦闘で使っても、劇的な効果は期待できない。敵に対して石つぶてをぶつける位なら、火の魔法で燃やしたり風の魔法で切断した方が手っ取り早いのだ。

 しかし侑人は戦闘を想定した魔法の練習をしている訳ではない。繰り返しイメージトレーニングしている内容は、全て仕事を想定していたのである。
 火や水や風の魔法も仕事にかなり役に立つのではあるが、土の魔法は岩や土といった固形物を扱う魔法なので、応用がかなり効くのである。

「より強くイメージする為には他に何が必要かなぁ……」

 たとえば周囲の土を集めて壁を作る魔法があったとする……というか侑人はその魔法をイメージして何とか作ったのではあるが、今の侑人では1メートル位の高さの土壁しか作れない。
 しかしこれが三メートル位の頑丈な壁が作れるほどに上達すれば、物を保管する土蔵が短時間で作れるようになる。魔法で周囲を土壁で囲った後、中を補強するだけで済むので経済的でもある。

 続いては石つぶてを呼び出して、相手を攻撃する魔法の応用になるが、この魔法で呼び出す石つぶての大きさを限りなく四角にイメージして、全部の大きさを揃えてあげればレンガの代わりになる。
 レンガを焼いたり石を切り出したりする時間が短縮されるし、なにより元手がかからないというメリットは果てしなく大きい。侑人はそんな事を日々想像していた。

 この世界に住む大体の者は、魔法の才能があればそれを使った戦闘方法を磨くことを考える。まず自分の身を守る手段を得ようとするのである。そして突出した才能がある一部の者は、国に仕える魔道士としてその力を国防に生かすのである。長い戦乱の世が続くマグナマテルではそれが普通である。
 カマドに火をつけるのに魔法を使ったマリアのような魔法の使い方ももちろんする。しかしその使い方は炎をぶつける対象を人から薪に変えたりするだけの単純な変更でしかない。この世界での魔法という技能は、あくまで戦闘技能の一つなのである。

「誰かに習えれば助かるんだけど、思い当たる人が居ないのが痛いよなぁ」

 侑人のように仕事に使う為だけに魔法を編み出したり、既存の魔法を大きくアレンジしようとしたりする魔道士はほとんど居ない。
 そういった世の中の魔道士とはまるで違う方向で努力を重ねる侑人ではあるが、そういう発想が出来る事が異世界人である侑人の強みであった。

 核分裂は大量破壊兵器として軍事目的で利用する事も出来るが、原子力発電として日常の生活で役立てることも出来る。ロケットエンジンはミサイルとして軍事利用する事も出来るが、宇宙ロケットに搭載して宇宙開発に役立てる事も出来る。
 この世界では軍事利用されている魔法であるが、使い方しだいでは日常生活で平和利用できるはずだ。侑人はそう考えているのだが先は長いようである。




 日々部屋に引き篭もりながら日々魔法の訓練をする侑人であったが、訓練をするうちに一つの違和感に気が付く。
 瞑想をして自身の魔力を感じようと深く集中すると、自身の魔力の中心に何か殻のようなもので覆われた謎の物体の存在を感じるのだ。

「自分の中にあるはずの物なのに、全く様子が掴めないのは気味が悪いな……」

 その殻に覆われた物体に、侑人の魔力は少しずつではあるが吸い取られているような感じもする。とにかく非常に気味が悪かった。
 瞑想しながらその殻の中を探ろうとするが、自分の中にあるものなのに何度試しても上手く行かない。我流で魔法を学んでいる侑人は誰かに相談する事も出来ず、ここ最近は日夜一人で格闘していた

「あの変な声の主が埋め込んだ物なのかな?」

 そんな事を呟きながら、いつものように侑人は殻の様な物と格闘している。しかし相変わらず状況に変化は無く、謎が謎を呼ぶ展開が続いている。

「命に関わるものじゃないとは思うけど、これが何か判れば状況が大きく変わる気がするんだよな……」

 何の保証も無いが何故かそんな事を確信してしまう。

「とにかく時間はあるし、もう少し探ってみよう」

 そんな事を呟きながら深く瞑想する侑人。このとき感じた確信が事実であった事を確認するには、もう少しだけ先の出来事を待つ必要があった。



侑人は家事手伝いから半引き篭もりにジョブチェンジしました。
小説家になろう 勝手にランキング
【よろほん(個人サイトに飛びます)】



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。