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第4話:未知との遭遇【後編】




―――― マリアサイド ―――― 

 マグナマテルの南西に位置する、ハルモ教法王庁教圏国家群。その一番南側にセルビナ王国はある。

 セルビナ王国と国境を接する国は三つある。東側の国境を接するのは宗主国のエディッサ王国であり、西側を接するのはトスカーナ王国である。そして北側はプロセン王国と接していて、南側は広い海が広がっている。
 全ての国境がハルモ教法王庁教圏国家群と接している地形は非常に恵まれており、さらに加えて幸いな事に統治する王が賢王である為、マグナマテル全体の中でも比較的平和な国であった。

 そのセルビナ王国の北東部、エディッサ王国との国境と程近い所にティルト村がある。人口は五十世帯の二百人程度であり、これと言った特産品も無く、村人は農耕と狩猟で生計を立てている。
 そんなのどかな村でマリア・ホラントは祖父と二人で生活していた。

 彼女の母親は十年前に風邪をこじらせて死んでしまった。聡明で美しい女性だったと母を知る村人たちは言う。ちなみに母は美しい金髪をしたエルフ族であった。マリアは母が大好きだった。
 彼女の父親は三年前に馬鹿をこじらせて消えてしまった。夢想家で豪快な男性だと父を知る村人たちは言う。一発でかいの当てて迎えに来ると言い残して旅に出てしまった。マリアは父が大嫌いになった。

 マリアは人族とエルフ族のハーフである。




 ザッザッ……

 村の北側にある森を、マリアは周りをきょろきょろ見渡しながら歩いている。最近年のせいなのか、体力の衰えが隠せない祖父の代わりに狩りをするのはマリアの仕事だった。
 マリアの年は十七歳。普通の女の子は狩猟などという仕事をやりたがらないであろうが、おてんばな性格の彼女は逆に喜んでいたりもする。弓矢の腕もかなりのものだ。本人は絶対に認めないがマリアの性格は思いっきり父親に似ていた。

「今日は収穫無しかな」

 普段なら森を歩けば直ぐに見つかる雉やウサギが見つからない。かといってあまり森の奥に行くわけには行かない。魔物と遭遇する可能性があるからだ。
 この森にはウサギに角が生えたような姿をした魔物『アルラージ』が生息している。生息数は多くは無いので、よほど森の奥に行かなければ会う事は無い。運があまりに悪ければ会うかもしれないが、もし見つかるとちょっと厄介だ。

 アルラージは火の魔法を使う。威力は高くは無いが連続して使ってくるので油断をすると命を落とす可能性もある。しかもウサギのような見た目をしているくせにかなり好戦的だ。
 マリアも火の魔法が少しは使える。魔法が得意であるエルフ族であった母の血を引いているからだ。しかしマリアの魔法の威力は低く、カマドに火をつけたり灯りの代わりに使ったりと日用的な使い方しか出来なかった。

「今日は諦めよう」

 マリアはそう呟くと、村に帰る近道である川の方へと向かって歩いて行く。
 周囲を見渡しながらゆっくりと川に向かう。獲物が居れば狩りを再開するつもりであり、諦めたと言いつつも諦め切れていなかったりもする。
 そんな事を考えながら川の近くまでたどり着いた時、急に川のほうから聞いた事が無い男の声が聞こえた。誰かが川の方に居るようであり、マリアは慌てて茂みに身を潜める。

 茂みの中から川の方に目を向ける。目の前を覆う枝のせいで視界はかなり悪く、なかなか声の主の姿を捉えられない。
 川岸に佇む人間らしい姿をやっとの思いで捉えた時、あまりの驚きにマリアの頭の中は真っ白になる。

「黒髪……」

 マリアの潜む茂みからだと川岸の人物の頭しか見えない。しかしその唯一見える頭の部分、頭髪が大問題だった。
 マグナマテルには黒髪の種族は居ない。正確に言えば今は居なくなった。マグナマテルで黒髪の持ち主と言えば、ハルモ教に伝わる伝承の中の英雄、黒髪の勇者クロウ・ミナトただ一人であった。

 マリアはハルモ教法王庁教圏国家群の中の一つ、セルビナ王国の国民ではあるがハルモ教の事が好きではない。むしろ嫌悪感すら持っている。
 彼女の祖父は元エディッサ王国の神官であり、神官だった祖父はとても人格者なのだが、それでもハルモ教自体を好きになれない。原因ははっきりしている。それは彼女の少し特殊な境遇と五年前に植えつけられたトラウマである。

 ハルモ教では全ての人は神のもとに平等であると教えられる。実際には貧富の差は存在しているのだが、問題点はそこではない。
 全ての人、言い換えれば全ての人族が平等であると説いているのだ。全ての人という言葉の中に、エルフ族をはじめとする亜人族は含まれて居ないのだった。

 亜人族であってもハルモ教を信仰すれば全ての罪が許される。ハルモ教にはそういった意味合いで解釈出来る内容も書いてあるが、マリアはその一文も納得が出来なかった。
 全ての罪とは何なのか。亜人族である事が罪なのか。聡明で美しいエルフ族の女性だった母の何処が罪人なのか。生きる事が罪ならば人族もエルフ族も何も変わらない筈ではないか。

 人族至上主義のハルモ教の経典には、その問いに対しての満足な答えは無かった。

 ハルモ教を嫌うもう一つの原因。五年前に起こったある事件なのだが、これもハルモ教の人族至上主義の弊害で起こった出来事だった。

 セルビナ王国はハルモ教法王庁教圏国家群の中でも、比較的宗教観が緩い国家である。とはいえ国教はハルモ教であり、宗教の自由までは認めては居なかったが、賢王と名高い国王の方針で、亜人族でも優秀であれば重要なポストにつく事が出来る。
 とはいえ王国内の門閥貴族には敬虔なハルモ教信者も多く、門閥貴族との関係上完全に平等とまでは行かないが、他の王国の国民……特にエディッサ王国の国民から見れば、驚くほど平等な扱いをしていた。

 罪を犯せば人族、亜人族を問わず平等に罰し、また亜人族を理由無く傷つければ人族であろうとも厳罰に処される。亜人族にとっては住みやすい王国であるため、妻がエルフ族であるマリアの父親も結婚と共に移住してきたのだ。マリアの父親はエディッサ王国出身であった。
 国王の権力が強く、国の方針がしっかりとしていれば地方もそれに習う。特にティルト村のような地方の小村では差別などほとんど無かった。マリアも優しい村人に囲まれて伸び伸びと育っていた。

 そんなマリアがのびのびと暮らすのどかな村に、あまり柄の良くない傭兵団が来たのは、五年前のことであった。

 その傭兵団はエディッサ王国出身者が数多く所属していた。傭兵団はプロセン王国と、北の国境を接するフランツ帝国の間で、最近小規模な戦闘が繰り返し行われているのを聞きつけ、プロセン王国に雇ってもらう為に戦場に向かっている途中らしかった。
 傭兵団が来る事などほとんど無い地方の小村であり、村は一種異様な空気に包まれたが、村長は友好国の出身者が数多くを占める傭兵団を無下には出来ず、補給の為の駐留を許可した。

 平和な村の子供たちにとって傭兵団は物珍しく、皆で集まって見学に出かけた。好奇心旺盛なマリアもその中の一人であった。
 十二歳ながら美しく成長したエルフ族の血を引くマリアの姿は、村の子供たちの中で非常に目立っていた。そんなマリアの姿をみた傭兵団の中の心無い者達が、亜人の血を引くマリアをかどわかそうとしたのだった。

 幸いにもその事件は未遂に終わりマリアに怪我は無かった。その頃はまだマリアの父親は村におり、マリアを襲った不届き者達を父親が全員返り討ちにして役人に突き出した。
 しかし襲われた事に対する恐怖と、『亜人は罪人だ、それに手を出して何が悪い!』と役人に文句を言っている犯人の姿がマリアの心に大きな傷を残した。その日以来、彼女は村人以外に心を開く事はなくなった。

 とにかくマリアはハルモ教が嫌いである。村人以外の者も嫌いである。男もあまり好きではない。黒髪の勇者はどうでも良いが、ハルモ教が係わっている事だけは気に入らなかった。
 とにかく目の前の存在はマリアの嫌いなもの全てで構成されていると言っても過言でない。彼女は弓矢を握り締めながら、これで脅かして追い払ってやろうと考えていた。相手が手におえないほど強いかもしれないと言う可能性は、すっかり頭から抜け落ちていた。

 弓矢を小さく構えて飛び出すきっかけを待ち始めて数分。相手もこちらに気が付いて警戒しているようでなかなか隙が無い。
 このままでは動くに動けない。隙を作れ隙を作れ! と念じていたら、念が通じたのか相手は不意に横を向いた。




『やっちゃった』

 何も考えず条件反射で茂みから飛び出してしまったマリアは後悔していた。内心の動揺を悟られないように、相手を睨みつけて弓矢を構えるので精一杯であった。
 ひょっとしたらとんでもない相手と相対しようとしているのではないか。もし男が伝説の勇者ならば一瞬で返り討ちにあってしまうかもしれない。やっぱり一回は話しあった方が良いのかもしれない。マリアは少し弱気になって色々考えていた。

 そんなマリアの精神状態を悟ったのか、目の前の男は静かに言葉を紡ぐ。

「кл£заи$йШегв…」

 マリアは男の言葉を聞いてさらに動揺する。男の口から発せられた言葉は、彼女が聞いたことの無い言語であった。
 マグナマテルで使われる言語はマテル語のみであり、その他の言語は上位魔法の詠唱などの特殊な状態でしか使われる事は無い。
 
 得体の知れない男に得体の知れない言語。未知の存在と相対している彼女は過大な緊張を強いられていた。少し気を抜いたら倒れてしまうかもしれない。
 しかも彼女は人を撃った事など無い。たわいも無い喧嘩ならしたことはあるが、命のやり取りなど想像したことすら無い。人に弓矢を向けるだけで膝が震えそうだった。

 いろいろな意味で限界を迎えそうな彼女であったが、事態は思わぬ方向に向かう。

「зкв☆дё£★З!!」

 急に叫びだした男の声に思わずビクッとするマリア。男の様子を伺うと何やら慌てているらしい。先ほどまでの落ち着いた雰囲気が欠片も無い。

「д○жЗв★ё$л」
「£важ」
「маЮ%м」
「дё£★жЗв£взквд」

 何を言っているのかは相変わらず解らないが、額に汗をかきながら必死になって話しかけてくる男を見て少し落ち着いてきた。
 少し魔力を感じるが私と同じくらいしか魔力も無さそうだし、何より武器を持ってもいないし安全かしら。そんなふうに彼女は判断して弓矢を下ろした。

 弓矢を下ろした姿を見た男は、安心したような表情をして何かを呟きながら地面に座り込む。その姿を見て悪い事をしたかなとちょっと反省しながらも、視線を外さないように男の顔をじっと見つめる。
 男は座ったままの姿勢で私のほうを向き、少し笑顔を見せながら話し掛けて来る。

「жв○лЮ★ад」

 相変わらず言葉の意味は解らないが、なんだか優しい音の響きだった。

『私から彼に対して一度も話しかけていない気がする。彼は一生懸命話しかけてきてくれるのに私の態度は失礼だったかな?』

 マリアそんな事を考え一番聞きたかった事を彼に尋ねる。

「あなたは黒髪の勇者なの?」

 私の声を聞いて彼はきょとんとした顔をしている。ひょっとしたら言葉が通じていない事に今気が付いたのかもしれない。
 そんなちょっと間抜けな人間らしい姿に好感を持ったマリア。そんな事を考えているマリアに向かって彼は静かに話し掛け、マリアもコミュニケーションを取ろうと返事をする。

「клв$а★д?」
「その言葉はどこの言葉なの?」
「Ю○ё£З☆жгё?」
「どうやってここまで来たの?」

 やっぱり通じない。言葉の通じない相手とどうやってコミュニケーションを図ればいいのか、マリアでは全く思いつかなかった。
 彼の顔を見てみたけどなんだか難しそうな困った顔をしている。一生懸命コミュニケーションを取ろうとしてくれているのに申し訳ないとは思ったが、彼が考え込んでいる間にマリアは彼の容姿の確認を始めた。

 髪は黒髪で艶があり前髪は目にかかるくらいに長い。襟足も肩には届かない程度ではあるが、髪は全体的に長めであった。何故か右側の髪が少し焦げてちりちりになっているようだったが理由は判らなかった。
 顔は目の部分が前髪に隠れてしまっているので良く判らないが、全体的に細めの輪郭をしており彫りが浅い感じである。男性なのは間違い無さそうだが、少し中性的な柔らかい感じがする。
 身長は少し高めであるが筋肉質ではなさそうだ。全体の雰囲気からすると戦士では無さそうである。かといって魔力もそんなに多くないから魔道士でも無さそうである。戦う力が無さそうな彼が勇者だといわれてもピンと来ない感じだ。

 服装は見た事も無いほど細かく編みこまれた、光沢が少しある紺色の布で作った服を上下に着ている。縫い目も人間業と思えないほど細かく丁寧に仕上げてあり、この国の王族でも着てないような不思議な服だ。
 そして左手首にはブレスレットを身に付けている。金属のような光沢を放っているので多分アクセサリーだとは思うが、一度も見た事が無い不思議な形をしている。

 服装だけを見ればどこかの王族か貴族のようにも思える。でも彼の雰囲気はそう行ったものを感じさせない。失礼な表現だが高貴なオーラが感じられないのである。
 考えれば考えるほど彼女にはお手上げだった。分かった事といえば自分の手には負えないって事ぐらいであった。そんなマリアの脳裏に、ふと一人の人物の顔が浮かぶ。

『おじいちゃんに相談してみよう!』

 我ながら名案だと一人で頷くマリア。とりあえず方向性は決まった。残る問題はどうやっておじいちゃんに彼を紹介するかという一点に絞られる。

『せめて名前が分かれば……そうだ!』

 今日の私はかなり冴えている。さすが私。偉いぞ私。
 マリアは早速その思いついた名案を実行するべく行動を起こす。とにかくまずは自分の名前を伝えるのが先決だ。そう考えついたマリアは彼の目を見ながら、自分自身を指差して自分の名前を告げる。

「マリア」

 私の名前を聞いて彼も復唱する。

「マニア?」

 言葉の響き的には非常に近く惜しい感じであったが、その言葉を聞いたマリアは何故か不機嫌な気持ちになった。
 気を取り直してもう一度。さっきのは早すぎたからいけなかったのだと思い直し、今度はゆっくりと自分自身を指差して名前を告げる。

「マ、リ、ア」
「マリア?」

 伝わった!

 マリアは嬉しさのあまり胸の前で小さなガッツポーズをしながら何度も頷く。今まで言葉が通じなかった相手と意思の疎通を図る事に成功したのだ。
 しかも彼が初めて覚えたマテル語がマリアの名前。そんな可愛らしい理由が嬉しさを倍増させ、マリアは小躍りしそうな位に浮かれていた。

 しばらく浮かれた後、マリアは彼に眼を向ける……彼はマリアを見て呆然としていた。

『呆れられたかも……』

 マリアは少し反省しながらも、気を取り直して名前を教えてという気持ちをこめて彼の方を指差した。しかし彼は唖然とした表情でこちらを見ているだけで反応が無い。
 名前を直ぐに聞かなかった事に対して怒っているのかもしれない。少しどきどきしながら彼の左腕を突いた。もちろん名前を教えて欲しいと言う気持ちを込めて。
 腕をつつくと彼は私のほうを見た。そしてしばらく考えるような顔をした後、彼自身を指差してこう言った。

「コサカユウト」

 聞きなれない響きだった。しかも少し早口すぎて上手く聞き取れなかったが、何とか頑張って復唱する。

「コサカユト?」

 彼の顔を見ると少し複雑そうな顔をしている。どうやら間違えたようである。
 そんな彼の姿を見たマリアが少し不安な気持ちを感じていると、彼はもう一度彼自身を指差して、今度はゆっくりとしたリズムで話し掛けて来る。

「ユ、ウ、ト・コ、サ、カ」

 今度は聞き取りやすい、かなりはっきりとした発音だった。

「ユート・コサカ」

 また復唱して彼の顔を見る。今度は満足そうな顔だ。マリアは忘れないように何度も呟く。

「ユート・コサカ、ユート・コサカ……」

 彼の名前はユート・コサカというのか。言葉が通じないと分かった時にはどうしようかと思ったけど、自力でコミュニケーションが図れたんだ。
 しかも彼の名前を知ったのは私が最初。彼が最初に覚えた名前は私の名前。これってすごい事だよね!

 マリアはついつい興奮のあまり我を忘れる。そして思わず左手を腰に当て、右手の人差し指をユートに向けたポーズを取り

「ユート!」

 と、大声で呼んでしまう。

 ユートはそんな私の姿を見て嬉しそうに笑ってくれたが、私は恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になってしまった。



この世界の政情とマリアの事情を少しだけ明かすお話になります。
小説家になろう 勝手にランキング
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