第38話:侑人の失敗
侑人達一行はグランツ帝国軍の精鋭部隊に護衛されながら、グランツ帝国の帝都へ向かって進んでいる。御者の役目はグランツ帝国兵士が引き受けてくれた為、ガイウスも馬車の中でゆっくりとくつろいでいる。
突然の状況の変化にマリアは少し不安そうな顔をしているが、侑人やガイウスは平然とした表情で、のんびりと馬車の旅を楽しんでいる様に見え、マリアはそんな二人を少し呆れたような顔で見つめている。
「ユートと一緒に居ると驚いてばかりいる気がするよ」
「驚かされる前提の心構えを常にしておくと案外平気っすよ」
「私の事を何だと思っているのですか……」
『一般人の想像を遥かに超えたお人好しってところかの?』
アンナのどこが一般人ですかと突っ込みを入れようか悩んだが、余計な波風を立てても仕方ないだろうと侑人は判断し、アンナの言葉を聞き流す。
ちなみにアンナは念の為に侑人の中に入っている。今のところグランツ帝国軍に不穏な動きは無いが、アンナがクーラント魔国の姫君だと気が付いた後の行動までは予測出来ない。
アンナは侑人とイーヴォ将軍がやり取りをしている時に、馬車から顔を出して様子を伺ってはいたが、基本的には馬車の外には出てはいない。
プロセン王国防衛戦の際にもアンナは侑人の中に入っていたので、黒髪の勇者に付き従う赤髪の亜人族の従者の存在は、普通であればイーヴォ将軍達には気が付かれていないはずである。
一人減った事に気が付かれていなければそのまま放置し、もし質問されても白を切れば何とかなるだろうと侑人達は判断し、何食わぬ顔をして平静を装っているが、内心はかなりどきどきしていた。
「ユート殿、お時間を少しだけ頂いても宜しいか?」
「あっはい! 何でしょうか?」
馬車の外から侑人を呼ぶ声が聞こえる。侑人は突然の呼びかけに少し慌てながらも、表面上は平静を装って馬車の窓から顔を出す。
馬車の窓から顔を出した侑人の目には、騎馬の上で豪快な笑顔を見せる、とても上機嫌なイーヴォ将軍の姿が映る。
「これから帝都に入るのだが、ユート殿に一つだけ忠告をしておかねばと思ってな」
「忠告……ですか?」
イーヴォ将軍は侑人にそんな言葉を掛けると、慣れた手つきで騎馬を馬車に近づけて小声で囁く。
「ユート殿が連れている従者ですが、帝都に入ったらもう少し目立たないように行動をするように、しっかりと言っておいて下さい。今のところ皇帝閣下と私、そして諜報部隊に所属する一部の者の間で情報を止めていますが、万が一従者の正体がばれると面倒な事になりますので」
「従者の正体ですか……」
イーヴォ将軍の言葉を聞いた侑人はそう答えるのが精一杯であった。イーヴォ将軍の言葉の中に『クーラント魔国』や『アンジェリーナ』の単語は入っていないが、話の流れから誰の事を指しているのか一目瞭然である。
この状態でどうやって切り返せばよいのか悩みながら、冷や汗をかいている侑人の脳内で、アンナが諦めたような言葉が響き渡る。
『すでにばれておったな』
『国家の諜報力を甘く見すぎた私の失態ですね』
現在のグランツ帝国はプロセン王国と停戦し、クーラント魔国と休戦状態ではあるが、つい先日までクーラント魔国とプロセン王国の二国と戦争状態であった。二国と同時に戦争を行っていたグランツ帝国にとって、諜報力は武器でもあり生命線でもある。
他国にも数多くの諜報部隊を派兵しているが、国内の情報の管理はさらに徹底している。少しでもおかしな動きがあれば、フリードリヒ皇帝の耳にすぐに伝わる体制が整えられていた。
黒髪の勇者がグランツ帝国に入国したとの情報は即座にフリードリヒ皇帝の耳に届き、皇帝の命令により侑人達の調査は徹底的に行われている。諜報部隊の隊員は帝国内のあちらこちらで一般人を装い、二十四時間体勢で侑人達を監視していたのだ。
アンナが一度も侑人の体から外に出なければ、どう考えてもばれようが無いのだが、入国した初日の宿屋や旅の道中ではフードは被っていたとはいえ、アンナは比較的自由に行動をしていた。何の技量も無い一般人相手には通用するかもしれないが、情報を扱うプロである諜報部隊の隊員から見れば、下手な変装など余計に目立つだけである。
今思えば無防備すぎる行動であったと侑人は反省をしたが、こうなってしまったらすでに後の祭りであった。
『こやつの話を信じれば、わらわの正体をばらして大事にしようという意思は無いと言う事になる。こうなっては仕方がないし、なるようにしかならんじゃろ』
『確かにそうですね。とにかくアンナは暫く私の中に居て下さい』
『了解じゃ』
アンナとの脳内会議を終わらせた侑人はイーヴォ将軍に向かって少し頭を下げる。
イーヴォ将軍の真の目的は判らないが、忠告を受けているかどうかで今後の心積りが全く変わる。少なくとも色々と準備を整える事は出来そうだ。
「お心使い感謝します。完全に目立たない方法でその従者を連れて行きますので、将軍もご安心下さい。とりあえず今後表向きには、私達は私を含めて三人組みという事にしておいて下さい」
「了解した。とりあえず客間は一人用を二部屋と二人用を一部屋用意させるので、上手く立ち回って頂けると助かる。もちろん食事もな」
「色々と心を配ってくれて助かります」
「なんのなんの。ユート殿には自分も助けて頂いている。これしきの事は同然と思ってくれて良い」
イーヴォ将軍はそう言うと侑人に向かって、にかっと笑う。その笑い顔は豪快ではあるがどこか優しい雰囲気を感じさせ、イーヴォ将軍の人柄の良さを如実に表しているようである。
そんなイーヴォ将軍の姿を見た侑人は将軍に対して非常に好感を持つ。そんな侑人の態度に少しだけ危機感を持ったアンナは、侑人に向かってかなり真剣な口調で忠告をする。
『ユート、全てを信用するのはまだ早いぞ。クーラント魔国との戦闘においてわらわを人質に取るのは非常に有効な手段のはずじゃ。フリードリヒがまだその手札を持っていることを忘れるな』
『私もそれは理解していますよ。グランツ帝国の帝都に招いたところで我々を指名手配するような策を取られると、さすがの私達も逃げる事は出来ないでしょうね』
『なんじゃ……案外冷静なんじゃな』
『当たり前ですよ。私一人だけならまだしも、今の私は三人の命を預かる立場です。自分の成したい事の為に皆の命を危険に晒すわけには行きません。とりあえずこのイーヴォ将軍との会話を利用して、少しグランツ帝国に対して釘を刺すことにします』
侑人は脳内会話でアンナにそう伝えると少し姿勢を改めてイーヴォ将軍の目を見据える。
そしてイーヴォ将軍に向かって静かに話し掛けるのだが、侑人の声は穏やかな響きの中に少しの警告を含んでいた。
「私達が今回旅をしている事は、セルビナ王国のカルロス王や宰相アルクィンをはじめとした、ハルモ教法王庁教圏国家群の重鎮達に報告済みです。私の立場上そうしないと国外に出る事が許されませんので、前もって色々と相談をさせて貰っています」
「ユート殿の立場を考えれば当たり前の事ではあるな」
イーヴォ将軍は軽く頷きながらそんな返事をする。
通常の兵士でも行動制限を受ける事は当たり前であり、ハルモ教法王庁教圏国家群の象徴である黒髪の勇者の行動が、色々な制約を受けているという話は信じるに値する内容である。
「その中で一つだけ条件を付けられています。その条件とは他国の重要施設に招かれて入る場合、入る前に書状をしたためて状況を報告しろという内容です。帝都に到着した際に早馬の手配をして頂いても宜しいでしょうか?」
侑人はイーヴォ将軍の目を見続けて、どんな小さな表情の変化も見逃さないように注意深く観察する。
人間の感情の変化は目に出やすい。本格的な訓練を受けた人間以外は、どんなに気をつけても都合が悪い内容を聞かされると目が泳ぐものである。
ちなみに侑人がイーヴォ将軍に語った内容は全て嘘である。今回の旅をするに当たってカルロス王達に旅の趣旨を書き綴った書状を送ったが、返事を貰うような段取りは取っていない。
カルロス王からは自由に行動をして良いというお墨付きを出陣当初から貰っていた為、今回の出立に関して特に問題など無かった。
侑人はグランツ帝国にとって都合が余り良くない内容をわざと聞かせ、その反応から真意を探ろうと考えたのである。
「うーん……」
イーヴォ将軍は下を向いて少し考えている。そんな将軍の姿を見た侑人は少し警戒感を持つ。帝都に招かれる事は予想以上に危険な事なのかもしれない。そんな考えが頭に浮かぶ。
やがてイーヴォ将軍は侑人の方に向き直りある提案をするのだが、その内容は侑人の予想を大きく裏切るものだった。
「帝都に戻ってから書状を書くと、セルビナ王国に書状が到着するのがその分遅れるので、もしユート殿が良ければ今ここで書いた方が効率的だと思う。ユート殿が書き終えたらそのままプロセン王国の防壁まで部下に届けさせる」
「そこまでして貰っていいのです?」
「構わん。対外的にはユート殿が皇帝陛下にお願いをする為に赴く形になっているが、本当はこちらが国賓として招いているも同然の事。その位の事はさせて頂きたい」
「あ……ありがとうございます」
侑人の謝礼の言葉を聞いたイーヴォ将軍は即座に馬車を止め、部下に便箋と封筒そして封蝋を用意させ侑人に手渡す。
自分で言い出してしまった事とはいえ特に書く事が無い侑人は、暫く頭を悩ませてカルロス王に向けた書状をしたためるのであった。
「グランツ帝国の帝都って聞いていたから、凄く派手な大都市かなと勝手に思っていたけど、結構控えめな町並みなのね」
「確かにそうっすね。プロセン王都のほうがどっちかと言えば派手かもしれませんね」
グランツ帝国軍に護衛されながら帝都に到着した侑人達一行は、そのまま皇帝が待つ城に向かってゆっくりと進んでいく。
ガイウスとマリアは馬車の窓から顔を出し、帝都の町並みを興味深く観察している。グランツ帝国の帝都の町並みは整然と区画割りされてはいるが、二人が想像するよりもずっと簡素である。
「これが八百年以上戦争を続けてきたグランツ帝国の現状だ」
二人に向かって話し掛けるイーヴォ将軍の表情は少しの曇りも無く、むしろ晴れやかな表情をしている。
「皇帝陛下は自身の権威を高める事には全く興味がない。そんな物に予算を回すなら民の生活の為に予算を回す……そんなお人なのだよ」
思わず二人は侑人の方に向き直る。
イーヴォ将軍の語るフリードリヒ皇帝の人物像は、そのまま侑人に当てはめても違和感が無い。侑人がグランツ帝国の皇帝だと言われても思わず信じてしまいそうになる位だ。
「どこかの国王と、どこかの相談役みたいなお人柄なんすね。セルビナ王国の王城も華美な装飾は一切無いですからね」
「噂で聞いていた人柄と違って結構良い人なのね。なんか少し安心したかも」
「何で私を見るのですか……」
『いまさら何を言っておるのじゃユートは……』
そんな普段通りの会話を皆としながらも、久々に会うフリードリヒ皇帝からどんな話を聞かされるのか、一抹の不安を隠せない侑人であった。
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