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第28話:プロセン王国防衛戦【前編】




 火の月の第五週の一日。侑人とアンナは、衛士のガイウスと二百人程の工作兵を引き連れて、グランツ帝国の国境に程近い山間の街道にたどり着いていた。
 グランツ帝国から五日ほどでたどり着ける最前線とも言える場所に、軍勢を引き連れずに向かう黒髪の勇者の行動に対して、皆一様に首を捻っていたが、何か深い思慮があるのだろうと考え、余計な口出しをする者はいなかった。

「この辺が良さそうですね」
「何でわらわがこんな事を……」

 両側の山が迫り、幅が四百メートル程度に狭まっている谷底のような街道で、プロセン王国の方角を向いて侑人とアンナが立っている。
 ガイウスと工作兵たちは、そんな二人の姿を少し離れた所から見つめていた。

「では行きますよ!」

 侑人の掛け声に合わせて、二人の体から膨大な魔力が溢れ出す。二人はほぼ同時に目の前の地面に手を当てて魔力を放出する。
 二人の魔力を受けた目の前の地面がまばゆく光った直後、二人の周囲を砂埃が舞う。やがて砂埃が収まり視界が回復すると、ガイウスと工作兵たちの目の前には高さ十メートルを超える土壁が出来上がっていた。

「補強は後回しにして両端の山まで一気に繋げてしまいましょう。とにかく今日一日が勝負です」
「判ったのじゃ」

 侑人とアンナは二手に分かれて同じ動作を繰り返す。一時間後には街道を除いた全ての部分が土壁で塞がれていた。

「アンナはプロセン王国側で、街道の左右に見張り台を作成しておいて下さい。それとガイウスに持ってきた門を街道の所へ取り付けるように伝えて下さい。私は防壁の補強の作業に移ります」
「わらわをここまでこき使ったのは、ユート以外には誰もおらんぞ……」

 侑人の指示を受けたアンナは、ブツブツと文句を言いながらも、土壁を飛び越えてプロセン王国側に移動する。
 防壁のグランツ帝国側の地面は、土壁を作る際に地面の土を利用してしまった為、幅十五メートル深さ五メートル程の大きな溝が出来ている。普通の人間では越える事は出来ないが、アンナは蝙蝠に擬態して溝ごと飛び越えていった。

「アンナ! 街道の部分に簡易的な橋を架ける作業も急がせて下さい。そうしないと私が戻れません!」
「それはどうしようかのーー」

 侑人は悪戯っぽく話し掛ける声を聞いて多少うろたえる。そんな姿を防壁の隙間から見たアンナは、満足そうな顔をして侑人に向かって叫ぶ。

「気が向いたら作るように言っておくから安心して作業に励めーー!」
「めちゃめちゃ心配なのですが……」

 アンナは侑人の心配を他所に、ガイウス達の所へ走り去っていった。




「相変わらずめちゃくちゃすげえな……」

 目の前に次々と現れる巨大な土壁を見ながら、ガイウスは感心したような声で呟く。ガイウスの呟きを聞いた周囲の工作兵達も、驚いた顔をしながら一様に頷いている。
 通常の人間では百人単位が関わって一月ほど掛かる大工事を、たった一時間程で大体の形にしてしまうその技量はまさに神業であった。

 そんなガイウス達の方に、満面の笑みを浮かべたアンナが駆け寄ってくる。

「ユートが作業に移れって言っておるぞ」
「いまさら聞く事じゃ無いですけど、本当にこれを使っちゃっていいんですかね?」

「わらわに聞かれても困る。ハインリヒ王が良いといったのじゃから、別にかまわんじゃろう。問題があったらユートのせいじゃ」
「そう言われてもねぇ……」

 ガイウスは侑人が王城の城壁に付いている門を貰い受けたいと言った時の、ハインリヒ王の顔を思い浮かべていた。
 黒髪の勇者殿の妙案に従い行動を共にすると言ってしまった手前、断るに断れなくなったハインリヒ王は、半ばやけになった様な表情でそんな侑人の申し出を受けたのであった。

 侑人は国境付近に防壁を作る際に取り付ける門を、一から作るより現在ある物を利用した方が手っ取り早いと判断して、特に深く考えずに一番使えそうな城門を使いたいとハインリヒ王に申し出た。
 しかしハインリヒ王達にとって王城は、自国の民や他国に対する権威の象徴であり、城の入り口にある城門はただの入り口ではなく、権威を示す第一歩を担うべき大切な物である。

 今のプロセン王国の王城は、立派な家なのに玄関が無いという非常に間抜けな状態に晒されている。ハインリヒ王は自国の面子を保つ為に、配下の者に大至急で城門を作るように指示を出していた。

「グズグズしているとグランツ帝国に気付かれて、ユートの策略が台無しになるぞ」
「そりゃまずいっすね。じゃあ、いっちょ気合入れて頑張りますか」

「ついでに橋も掛けてやらんと、ユートがこっちに戻れなくなるっぽいぞ。まあその作業はゆっくりでも良いとは思うがの」
「相変わらず旦那に対する扱いがひどいっすね……」

 ガイウスはアンナと普段通りのやり取りをした後、真面目な顔になって工作兵達に激を飛ばす。

「グランツ帝国に気付かれる前に作業を終わらすぞ!」
「「「おーー!」」」

 ガイウスの掛け声を合図に、工作兵たちは一斉に作業に取り掛かった。




 侑人達が防壁を作る作業を始めてから三日後、着々とプロセン王国に侵攻する準備を進めているフリードリヒ皇帝の下に、一人の将軍が慌てた様子で報告をする。

「大変な事態です陛下!」
「何があったのだイーヴォ」

 フリードリヒ皇帝は部屋に駆け込んできたグランツ帝国将軍、イーヴォ・シャルトに向かって、手に持った書類に目を通したまま話し掛ける。
 これからプロセン王国と戦争を始めようとしているのだから、不測の事態の一つや二つは織り込み済みだと言わんばかりの雰囲気である。

「プロセン王国との国境と程近い場所に、防壁が築かれました」
「何を言っているのだ?」

 フリードリヒ皇帝はおもむろに書類から目を上げ、イーヴォ将軍を少し睨みながら言葉を続ける。

「プロセン王国が防壁を築いているの見て、お前達は今まで何をやっていたのだ?」
「そっそれが……気が付いた時には防壁が出来上がっておりまして、どう考えても一日か二日で作り上げたとしか……」

「そんな馬鹿げた話があるはずが……待てよ、黒髪の勇者の仕業か?」
「我々の見解も陛下と全く同じです。今回の事態は人間業とは思えません」

 イーヴォ将軍の言葉を聞いたフリードリヒ皇帝は、苦虫を噛み潰したような顔をする。黒髪の勇者がセルビナ王国に光臨したという噂は、すでに皇帝の耳にも入っていた。
 黒髪の勇者が今回の戦争に援軍として参戦する可能性も視野に入れて、色々と作戦を練ってはいたが、最前線に立たれると非常に厄介である。

 元々黒髪の勇者、クロウ・ミナトが興した国であるグランツ帝国の国民にとって、黒髪の勇者は神にも等しい存在である。
 王国連合軍側に黒髪の勇者が参戦するかもしれないという噂は、グランツ帝国の兵士達の間にあっという間に流れ、黒髪の勇者に敵対したくない兵士達の士気は、著しく落ちているのであった。

「前回は大嵐に阻まれ、今回は黒髪の勇者が立ち塞がる……予想以上に状況は厳しいな」

 グランツ帝国軍の戦争準備がここまで遅くなったのは、前回の大嵐の被害が予想以上に酷かった事が理由の一つではあるが、黒髪の勇者光臨の噂が、兵士達の準備の手を鈍らせていたのも大きな理由の一つであった。

 それに加えて侑人は援軍に魔道士部隊を編成に入れなかった為、フリードリヒ皇帝の予想をはるかに超えた速さでプロセン王国にたどり着いた。これらの事象が影響した事によりグランツ帝国軍の対応は遅れ、結果的に侑人は防壁を作る時間を得たのである。
 色々な要素が重なり、万全の準備を整えた王国連合軍を相手にするのは、百戦錬磨のグランツ帝国軍にとっても非常に厄介である事が簡単に想像出来る。

 フリードリヒ皇帝は難しい顔をしながら暫く考え込むのであった。

 フリードリヒ皇帝が思案に暮れている頃、国境付近で防壁を作っている侑人達の作業は、最後の仕上げに入っていた。

 防壁の街道を跨ぐ部分に開けられた通路には、プロセン王国の城門がしっかりと取り付けられている。そこからグランツ帝国側には馬車が通れる程度の木製の橋が掛けられ、通常時の通行に支障が無いように配慮されている。
 土で作られた防壁の表面は石で覆われ、補強も全て完了している。プロセン王国側から防壁の上に登れるように階段やスロープも作られており、戦闘時にはここを拠点として作戦行動が取れるように設計されていた。

「そろそろプロセン王国の王城に使者が着く頃ですね。ガイウス、例の書状はちゃんと使者に持たせてくれましたか?」
「旦那の書状は絶対に国王に渡せと厳命しておきました。しかし一体何の役に立つのか俺にはさっぱり分からないのですが、あれに何か意味があるのです?」

「今はまだ内緒です」
「はぁ……」

 侑人は微笑みながらガイウスを見つめている。
 そんな侑人の姿を見たガイウスは、苦笑しながらも旦那を信用していますと返答をする。侑人が何を考えているのかさっぱり判らないが、任せておけば問題は無いだろう。

「では最後の仕上げを……アンナ! 準備は良いですか?」

 侑人は街道を挟んで反対側に居るアンナに向かって大きな声で話し掛ける。アンナは指先を頭の上で合わせ、準備完了というジェスチャーを返した。

「では行きます!」

 侑人の掛け声に合わせて二人は魔力を解放する。
 二人は両手を溝にかざして水の魔法を唱えはじめ、二人の両手からは大量の水が放たれる。水はグランツ帝国側に掘られた溝を満たし、数刻後には防壁の前に立派な水壕が出来上がっていた。

「こりゃまたすげえ物が出来上がりましたね」
「皆で力を合わせたから何とかなりました。とりあえず王国連合軍本隊が来るまではゆっくりしましょうか」

 多少疲れが見える侑人はガイウスにそう声を掛けると、防壁の下で待つ工作兵の方に歩いていく。

「皆の力を合わせたから出来た……旦那らしい言葉だな……」

 ガイウスは侑人の後ろ姿を見ながらそんな事を呟く。
 この事業の九割は侑人とアンナの功績であるが、そんな態度を一瞬たりとも見せない侑人の姿を、誇らしげな目で見つめている。
 工作兵のもとにたどり着いた侑人は、一人一人をねぎらっている様であり、声を掛けられている工作兵は、全員恐縮したような顔をしている。

 しかし全員は一様に誇らしげであり、侑人はそんな姿を嬉しそうな目で見ている。そしてそんな侑人に対して、いつの間にか駆け寄ったアンナのじゃれ付く姿が見えた。

「さて、俺も旦那の側に戻らないと」

 ガイウスも自分の居場所である侑人の側に、勢いよく駆け寄って行くのであった。



珍しく侑人が本当に活躍しました。
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