第18話:盟友
水の月の第六週の八日。ティルト村を出発した侑人達は、十日ほどでセルビナ王国の首都セルビナに到着した。
ハルモ教法王庁教圏国家群の中でも、比較的平和なセルビナ王国の首都セルビナは活気に溢れている。賢王と名高いカルロス・デア・グローセの治世は町の隅々まで行き渡り、街の人口は百万人を超える勢いであった。
「活気に溢れていますねぇ」
「……」
街は王城を中心として、幾重にも連なる堅牢な城壁に囲まれている城塞都市である。王城に一番近い城壁の外側は、貴族たちが住む区画であり、国に使える武官や文官であっても、容易に立ち入る事は許されていない。
その外側に位置する二番目と三番目の城壁で囲まれた区画が、国に使える一般の武官と文官が居住する区画になっていて、このエリアに立ち入るには明確な身分証明書が必要になる。内側に行けば行くほど高い身分のものが居住する区画になっており、城壁を一つの区切りとして、内側に行くほど厳格な管理が成される形で街は形成されていた。
三番目の城壁の外側からは、一般の国民に解放されたエリアになっている。平時は門に衛兵が立っているだけであり、入国する際に所定の手続きを行えば、怪しい行動をしない限りは基本的には自由に行動が出来る。
しかし戦争や暴動が起こった後の緊急時には全ての門が閉ざされ、城壁を越えるには一定の審査と確認が必要になる仕組みである。
整然と管理された城塞都市を初めて見た侑人は、心底感心するような口調で呟く。
「元の世界でもいろいろな文献で城塞都市について読んだ事はありましたが、実際に目の当たりにすると想像を遥かに超えた圧倒的な存在感がありますね」
そんな侑人の呟きに、三人は少し疲れた様子で答える。
「喜んでもらえているようでなによりじゃ……」
「ユートはなんでそんなに元気なの……?」
「わらわは……そんな事よりも早く部屋で休みたいぞ」
三人が疲れて果てているのには訳がある。
ティルト村からセルビナまでは馬車で普通に移動すれば五日の距離なのだが、ホラント家の一行がここまで来るのに費やした日程は十日余り。なぜ倍の時間が掛かったのかというと、全ての元凶は侑人の行動にあった。
侑人は道中で大嵐の被害にあった町や村を見かけるたびに、馬車を止めて復旧の手助けをしていたのである。例の魔法で堤防を直したり道を整備したりしながら移動する侑人に、全てを任せてほおって置く訳にも行かなかった一行は、侑人に付き合ってここまで無償奉仕しながらやっとの思いでたどり着いたのだ。
「意地を張って失敗したかもしれんの……」
「その意見には共感するよ……」
侑人の中に逃げ込めたはずのアンナも、マリアの『あなた逃げるのね』的な目に挑発され、マリアと張り合う形で侑人と全ての行動を共にしたので、他の二人と同様に疲れ果てている。
元気なのはこの世界に来て身体能力が上がり、疲れをあまり感じなくなっていた侑人だけであった。
「年寄りにはかなり堪えたわい」
侑人達のその行動は、奇跡の善行を行う神の使いの一団として、セルビナ王国中の名声をさらに高める効果があったが、侑人自身も侑人に付き合わされる形で無理やり働かされた三人にとっても、そんな事はどうでも良かった。
今はただゆっくり休みたい。そんな考えで三人は一致団結していた。仕官を決めた後の行動的な侑人に対して皆は好意的ではあったが、驚異的な体力を持つ侑人に付いていくのは、予想以上に厳しい事を皆は悟った。
侑人たちはセルビナの城下町に入る際の所定の入国手続きを、一般人の人たちに混じって行おうとしている。侑人とヨーゼフが審査待ちの長い行列に並び、マリアとアンナは馬車の中で待機していた。
黒髪を隠す事を辞めた侑人の姿は周囲の人々の目を引く。しかしそんな目線に慣れ気に留めなくなっている侑人とヨーゼフは、活気ある街の姿に感心しながら世間話をしている。
「次の人どうぞ」
門を守る衛兵も入国審査を行う役人も、仕事ぶりは非常に丁寧で真面目である。そんな姿を見た二人は、セルビナという王国に対して好感を持つ。
そんな調子で特に不満もなく、和やかに順番を待っていた侑人達であったが、周囲の状況がそれを許さなかった。
「ひょっとして?」
「噂の?」
「世の中に黒髪が何人も居る訳が無いだろ」
侑人の周囲の人々のざわめきがどんどん大きくなる。騒ぎになると不味いと判断した侑人が馬車に戻ろうとした時、騒ぎを聞きつけた衛兵が侑人達の側までやってきた。
そして騒ぎの中心に居る黒髪の侑人の姿を見た衛兵は硬直する。衛兵の瞳孔は開き顔は青ざめていた。
実は衛兵達は七日前の時点から、黒髪の勇者の一行が到着したら直ぐに王城まで案内するように宰相アルクィン直々に仰せつかっていたのだ。くれぐれも失礼の無いよう国賓として最大限の敬意を払って応対する事。アルクィンはそう念押しもしていた。
なかなか到着しない黒髪の勇者一行をこの数日間待ち構えていた衛兵たちではあったが、まさか一般入国者が並ぶ列に黒髪の勇者が並んでいるとは夢にも思っていなかった。国賓扱いの人間は一般窓口ではなく専用の窓口に届け出るのが通例であるので、そちらの方に黒髪の勇者の対応をする者を待機させていたのだ。
目の前で硬直する衛兵に向かって侑人は声を掛ける。
「顔色が悪いようですがだいじょうぶですか?」
「だっだだだだ、大丈夫です……っていうか何でこっちの列に並んでるんすか?」
あり得ない状況に相対し思わず素の口調で対応する衛兵。そんな姿に苦笑しながら侑人は返事をする。
「何でと言われましても……入国するのには審査が必要と聞きましたので、審査の為に並んでいるだけですよ」
「あーもう! 伝達の係の者は何をやっているのだ! 何も伝わってないじゃない……あっ!」
素の口調で黒髪の勇者に対して話しかけていた事に衛兵は気が付く。
国賓に対して無礼な応対をしてしまった彼の顔は、真っ青を通り越して土気色に近くなっている。
さらに顔色が悪くなった衛兵を、本気で心配し始める侑人。その姿を見ている周囲の騒ぎは、収まるどころかどんどん大きくなっていく。この混乱は異常を察知した近衛兵の一団が到着するまで続くのであった。
近衛兵の一団に守られた馬車が、ゆっくりとセルビナの街中を進んでいく。町の人々はその様子を遠巻きに見つめている。
侑人は馬車を操る御者の横に座って町の様子を興味津々な様子で眺めている。黒髪の侑人の姿は人々の目を一身に集めており、人々の好奇な目に晒されている御者は落ち着かない様子だ。
「ユート殿のお姿は人の目に付き易いので、馬車の中で休んで頂けると助かるのですが……ちなみにそれ以前の質問なのですが、なぜ私を御者に任命したのでしょうか?」
侑人自らが御者として馬車を操ろうとした際に、近衛兵の団長から『黒髪の勇者ご自身に御者をさせる事など出来ません』と言われてしまった為、それならばと侑人が御者に指名した人物は先ほど侑人に話しかけた衛兵の男である。
男は黒髪の勇者に対して無礼な対応をしてしまったはずの自分が、なぜ王城までの御者に任命されたのか全く分からなかった。そんな衛兵の言葉に対して侑人は笑顔で答える。
「すでに話をしている人の方が私も緊張しませんし、貴方は良い人そうなので色々話も弾むかなと思いまして指名させて頂きました」
「はぁ……」
まあそんな事は気にせず街を案内してくれると助かります。そんな侑人の言葉を受けて衛兵の男は、王城に着くまでの間侑人に街を案内しながら御者の仕事を続ける。
最初侑人の丁寧な態度に恐縮していた男も、侑人と会話を続けるうちに段々と打ち解け、王城の正面口にたどり着く頃には、十年来の友人のように仲良くなっていたのであった。
侑人達が貴族の居住エリアを抜け、城の正面口までたどり着いた時、馬車を出迎えたのは宰相のアルクィンである。
御者席の横に座り、御者と仲良く話をしている侑人の姿を最初に見たときは、少し驚いたような様子であったが、直ぐに普段の雰囲気を取り戻し侑人に対して深く一礼をした。
そんなアルクィンの姿を見た侑人も車上で深く一礼をする。宰相が自ら出迎えるという異例の待遇を目の当たりにした近衛兵達に緊張した空気が走る。
御者の男もその空気を感じていたが今更取り繕ってもどうしようもない為、平気そうな顔をしていた。案外図太い性格をしている。
アルクィンの前で侑人達の馬車が止まる。馬車から降りてきた一行に対して、改めて深く一礼するアルクィン。
「遠路はるばるセルビナまでお越し下さりありがとうございます。それと先ほどの入国手続きでの不手際をお詫び致します。不愉快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をお掛けしました。それにそこに居るガイウス殿に非常に良くして頂いたので、非常に有意義な時間を過ごす事が出来ました」
「へっ!? あっ はいっ! ありがたいお言葉を頂き恐悦至極です」
急に話を振られた御者の男、ガイウス・マリウスはしどろもどろになりつつも、何とか返事をする。そんなガイウスに対してアルクィンは『お役目ご苦労様でした』とねぎらいの言葉を掛け軽く頭を下げる。
黒髪の勇者と宰相に相次いで礼を言われたガイウスは、感激の余り失神寸前になっている。心此処にあらずといった様子だ。
「王への謁見は明日を予定しております。部屋を用意させましたので今日の所はゆっくりとおくつろぎ下さい」
笑顔で告げるアルクィンに対して侑人達は各々礼の言葉を述べる。体力が有り余っている侑人以外の三人にとって、アルクィンの言葉は非常にありがたかった。
客間に案内をする為に先頭に立って歩くアルクィンに従って、侑人達は王城の中へと歩を進めていった。
セルビナ王国の首都セルビナ。そこの中心に位置する王城もセルビナの街に勝るとも劣らない規模である。とはいえ華美な装飾は殆ど施されておらず、機能性を第一に考えて設計されている。
地下一階、地上九階の層から成る王城はセルビナの街を眼下におさめ、威風堂々とした出で立ちでそびえ立っていた。
地下一階と一階は主に王城を守る兵士と使用人の宿舎が集中している。一般兵士用の食堂は一階にある。
二階は兵士を指揮する士官達の宿舎があり、王が閲兵式を執り行う閲兵室もこの階にある。三階は城で働く文官達の宿舎があり、文官達が仕事を行う政務室もこの階に集中している。
四階は各大臣が詰める大臣室があり大臣達の私室もこの階にある。仕事熱心な大臣がこの階に数日篭る事もざらにあり、息抜きの為の簡単な娯楽用の施設もこの階には併設されている。
五階は来賓の為の客室のフロアになっていて、来賓用の各個室は防犯上の為、全て廊下で区切られた形になっていて随時衛兵が巡回している。またこの階からさらに上階へ行く為の階段は、中央部分に一つしか設けられておらず、常に衛兵が見張りに立ち目を光らせている。
六階は広いホールになっており、国賓を招いての晩餐会などが開かれるパーティ会場のような作りになっていて、他の階よりも天井が高く作られている。王族に使える従者の為の宿舎もこの階に併設されている。
七階には広い謁見の間と、王が詰める執務室と宰相が詰める政務室がある。八階は王族の住居になっていて、教養の為の書庫や寝室などが完備されている。最上階である九階は王の私室になっており、この階に立ち入る為には仮に王の許可があっても、宰相など他の閣僚の許可が無ければ立ち入る事が許されない区画になっていた。
国王と宰相の来賓扱いである侑人達は、五階に案内され各々に個室が割り当てられていた。旅の疲れが残るマリアとヨーゼフは、部屋で少し横になると言い各々の個室に入っていく。
侑人も今日位は部屋でゆっくりしようと考え、自身に割り当てられた部屋に入りベッドの上に身を投げていた。
そんな感じで部屋の中でくつろいでいた侑人の耳に、扉を叩く音が聞こえてくる。侑人がその音に返事をしようとした時にはすでに扉は開かれ勝手に来客が進入して来た。
侑人を訪ねて来たのは疲れたと言いつつも好奇心に勝てず、城内をうろうろしようと画策をしていた暇を持て余したアンナであった。
「ユート暇じゃ! しかしどこかに散歩に行こうとすると、絶対に衛兵が付いてくる。息が詰まってどうしようもないのじゃ」
王女であるはずのアンナのその台詞に侑人は苦笑した。祖国にいた時のアンナの姿が想像でき、アンナのそばに仕える従者に対して軽い哀れみの感情が芽生える。
そんな侑人の雰囲気を察したアンナは、不満そうな顔をしながら侑人に訴えかける。
「王城であるのじゃから仕方ないという事は理解しておる。しかしわらわはこういった雰囲気が昔から苦手なのじゃ!!」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
子供のように駄々を捏ねるアンナの姿を見て、どうしようか思案を巡らせていた侑人の耳に再度ドアをノックする音が聞こえる。
今度はノックの後に部屋に入ってよいか尋ねる声が聞こえて来る。声の主は宰相のアルクィンであった。
侑人の許可が出たアルクィンは静かに扉を開け、中に居る侑人達に深く一礼をする。そんな丁寧な態度に侑人達もつられて頭を下げる。
頭を上げたアルクィンは、侑人達に向かってまず謝罪をした。
「長旅でお疲れのところに、訪問してしまって大変申し訳ありません」
そんなアルクィンの言葉に対して、侑人ではなくアンナが返答をする。
「わらわもユートも暇を持て余していたところじゃから、そんなにかしこまらんでもよいぞ」
アンナの言葉を聞いた侑人はジト目でアンナの顔を見る。そんな侑人の視線を感じたアンナは『何か文句があるのか?』と言う目で侑人を睨んでいる。
「アンナ殿がここにいらっしゃったのはちょうど良かったです。実はお二人にお尋ねしたい事があったのです」
二人を見るアルクィンの目は真剣である。
そんな雰囲気を察した二人は続きの言葉を促す。二人の無言の催促を感じたアルクィンは、アンナの目を見ながら言葉を発する。
「単刀直入に伺います。アンナ殿はクーラント魔国の王女殿下であらせられますか?」
アルクィンの発したその言葉を受けて、部屋の空気が張り詰めたような雰囲気になった。
「もしそうだったとしたら、どうなさいますか?」
「我が国はその返答如何によって態度を変えるような真似は致しません。これは我が国の王、カルロス王の意向でもあります」
侑人が部屋に流れる沈黙を破る。
アルクィンの返答内容によっては一触即発の事態が訪れる可能性もあったが、そんな気配は無さそうである。
「ハルモ教法王庁教圏国家群に連なる国家として、クーラント魔国の姫君を迎える事の問題点は十分に理解しています。最悪の場合他の国を敵に回す可能性もある……そこまでの覚悟はしています。しかし我々はそれでも皆様のお力をお借りしたいのです」
「そこまでする理由は何じゃ?」
アンナは訝しげな表情をしている。
一国が背負うリスクを考えるとこの対応は明らかにおかしい。自分を迎え入れるメリットとデメリットのバランスが取れているようにはとても思えない。
国境を接し直接対峙している間柄であるのなら、場合によっては人質として使えるメリットが生まれるが、クーラント魔国とハルモ教法王庁教圏国家群は国教を接してはいない。
「マグナマテル全体の平和を考えた場合のメリットが、大きいと判断したからです。ハルモ教の伝承の勇者であるユート殿、クーラント魔国の姫であるアンナ殿、司祭であるヨーゼフ殿とその血縁であるマリア殿、そしてハルモ教法王庁教圏国家群の国王であるカルロス王、この五人が上手く力を合わせられれば、今のこの世界の状況を変えられるかもしれない……そう判断しました」
そう語るアルクィンの言葉は力強く嘘は感じられない。本気でこの世界を憂い何かを変えたいと願う姿しか見て取れない。
「アルクィン殿の仰る通り、アンナの正体はクーラント魔国の第一王女、アンジェリーナ・ヴィヘルム・ケトラーです。我々も理由は分かりませんが、私とアンナは半分融合したような形になっています。」
「そういう事じゃ」
侑人は真実を語る。
常に誠意を持って接し、決して嘘を付く事が無いアルクィンなら信用出来る。侑人はそう判断し今まで隠してきた事実をそのまま伝える。
アンナもアルクィンに対して好感を持っている。ここまで馬鹿正直に国家機密を明かす国家の重職に就く者を今まで見た事が無かった。しかもその行為を短慮の上に成り立たせる訳ではなく、様々な配慮や熟慮の上に成り立たせている手際の良さに感心していたりもする。
「正直に話して下さって嬉しく思いますユート殿……いや、出来ればユートとお呼びしても宜しいでしょうか。もはや我々は既に運命を共にする共同体です。私もユートの事を敬称抜きで呼びますので、私の事もアルクィンと呼び捨てにして頂けませんか?」
そんなアルクィンの申し出を受けて、侑人も微笑みながら返事をする。
「わかりましたアルクィン。私達の命を貴方に預けます」
「わらわの事もアンナで良いぞアルクィン」
アンナもちゃっかりこの流れに乗っているのであった。
この日、黒髪の勇者である小坂侑人と、セルビナ王国宰相のアルクィン・ウルヘルは固い絆で結ばれた。
二人の活躍はマグナマテルの歴史書の中でも燦然と輝く軌跡を残すのであるが、二人にはその事を知るすべは無かった。
アルクィンがこの物語の真の主人公のような気がします。
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