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スーツ姿のサンタクロース
作:きよこ


 クリスマスイルミネーションが頭上を彩る。
 緑色の光。赤い光。白い光。
 ツリーの形をかたどった光の下で、私は手に持った白い袋を振り回した。
 銀色の雪の結晶が舞う紙袋。中にはブランド物の名刺入れが入っている。あげる相手は、いない。

 別れを切り出されたのは、クリスマスの三週間前だった。
 他にクリスマスを一緒に過ごしたい人が出来た、そう言われた。クリスマスプレゼントを買う前に言わないといけないと思ってた、と言われた。
 遅いよ、もう買っちゃったよ。そう言いかけて、私はなんとかこらえた。そんなこと言ったところで、彼はもう戻ってこないのだから。
 彼のことは、すごく好きなわけじゃなかった。それこそ、お互い寂しさを補うための相手だったのだと思う。だから、私も別れをすぐに納得した。


 ケータイを取り出し、電話帳を開く。
 私の手は、幼馴染の名を探していた。電話をかけようとして、止める。
 幼馴染の康太こうたは、幼稚園の頃からずっと一緒で、高校・大学とずっと恋人同士だった。だけど、就職と同時に私たちを待っていたのは、別れだった。
 康太は大阪の会社に就職し、私たちの間には心の距離だけでなく、物理的な意味でも距離が出来てしまった。
 私にとっても、康太にとっても、それはお互いを忘れるための距離だったのだと思う。
 だけど。
 康太は転勤で、つい最近また戻ってきた。
 忘れたはずの康太への思いが溢れ出たのは、必然だったのだと思う。
 私はきっと康太がまだ好き。だから、他の誰と付き合っても、恋愛にのめり込めない。淡白な私はいつも長続きしない恋愛ばかりを続けていたのだ。

 手に持った携帯電話を握りしめ、もう一度イルミネーションを見上げる。チカチカと明滅する光が、携帯電話に反射する。
 もう一度、携帯電話を開く。今日はクリスマスだ。少しくらいわがままを言ったって、きっと許される。

 何回かのコール音の後、康太の声が聞こえた。電話はしょっちゅうしてるけど、今日は特別に聞こえるのは気のせいではないだろう。胸の内に広がる、甘酸っぱい感情を私は口を閉じて押さえ込む。
『どうした?』
 少しおどけた、優しい低音。
「プレゼント買ったのに、ふられた」
 私もおどけた調子で答える。電話の向こうで大笑いが聞こえた。
「ねえ、代わりにもらってよ。男物の名刺入れなんて、私、使わないし。捨てるのはもったいないじゃない」
『いいけど……いいの?』
「うん。他にあげる人もいないし」

 だから、今から会える?

 自分からは言い出せない一言。言ってしまったら、なんだか負けの気がして、喉の奥でせき止めてしまう。

『じゃあ、明日会うか』

 あっさりすぎる、康太の声。
 私には一大決心な一言も、彼にとっては男友達を誘う時の他愛無い言葉のようにさらりと吐き出される。
 明日。明日は何の日でもない、ただの平日。クリスマスを過ごすことに意義があるのに、明日じゃ意味無い。

『今日は、家族で過ごせよ。母親、今日一人だろ』
「ああ……うん」
『クリスマスは家族と過ごすもんだよ。恋人といちゃついてるのは日本くらいだって』

 康太の笑いを伴った声に、私はただうなずいた。
 今年の三月、父は他界した。脳梗塞で倒れ、そのまま逝ってしまった。あっけない、最後だった。
 イルミネーションが瞬く。ジングルベルのメロディが耳の奥で木霊する。
 思い出すのは――父の笑顔。


 父からプレゼントをもらっていたのは、いつまでだったか。思い返すと浮かんでくるのは、まだ若かった頃の父の笑顔。
 たぶん、小学校卒業くらいまでだったのだと思う。
 七三に分けた黒い髪と、怒っているようにつりあがった眉毛。爛々とした目を、私はいつも見ることが出来なかった。
 家でもほとんど笑わないような厳格な父が、クリスマスだけは、一年分の総決算のような満面の笑みを浮かべていた。
 両手に抱えたクリスマスプレゼント。
 ユーモアのない父にはサンタクロースの格好をするなんて小細工は出来なかった。
 だから、私は物心ついた頃から、サンタなんて信じていなかった。クリスマスには、サンタではなく、父から直接プレゼントを受け取っていたのだから。
 誰もが「サンタさんはいる!」なんて言ってる年齢の時、「サンタはお父さんなんだよ」なんて平気で言える、夢のない子どもだった。


「お父さんはね、我慢出来なかったのよ」

 父の死後、父の思い出話に兄弟揃って花を咲かせていた時、クリスマスの話題が出た。
「俺たちはサンタを信じさせてもらえなかった」と笑って愚痴った兄に、母は楽しそうに笑顔でそう答えた。

「あんたたちの笑顔が早く見たかったから、あんたたちの枕元にプレゼントを置いておくとか、そういうことが出来なかったのよ」

 プレゼントを受け取る時の、あんたたちの笑顔が見たかったのよ、と母は繰り返した。
 スーツ姿で両脇に大きな荷物を抱えて帰ってくる父は、私にとってただ一人のサンタクロースだった。




「……うん。そうだね。今日は家族で過ごすよ」
 康太にそう伝えて、電話を切る。

 駅前にあるケーキ屋では、余ったケーキが安く売られていた。ホールのケーキは大きすぎるけど、クリスマスなのだからまあいいか、と私はイチゴのたくさんのった直径二十センチのケーキを買って、家に向かう。

 兄は三年前に結婚し、もう家にはいない。私も就職と同時に一人暮らしを始めたから、父が亡くなってからは、母はずっと一軒家に一人で暮らしていた。
 初めての一人のクリスマスは、思いのほか寂しいだろう。
 自分のことで手一杯で、母のことを考えもしなかったことを悔いる。

 ダイニングの窓からしか光の漏れていない家。それが、寂しさをいっそう大きくする。
 暗い玄関に立ち、呼び鈴を鳴らすと、母のくぐもった声がドアの向こうから聞こえてきた。

 カラリ、と開いたドア。
 私の姿を捉えた母は目を丸くした後、「彼氏は?」と忘れたいことを尋ねてきた。
 私は「何のことやら」と苦笑して、さっさと家の中に上がりこむ。
 石油ストーブの暖かなにおいが鼻をくすぐった。

「どうしたの」
「クリスマスだからプレゼント」

 ホールのケーキが入った箱を前に押し出すと、母は「まあまあ」と大きな口をさらに大きくして笑った。
「仕事帰り?」
「うん」
 黒のスーツ姿の私を上から下まで見た後、母は「お父さんみたい」と声を弾ませた。
 母の笑顔を見て、心にキャンドルの暖かな光がぽっと灯ったような気がした。

 父が見たがった笑顔。サンタの格好をすることも、枕元にプレゼントを置いておくことも出来なかった父の気持ちが染み入る。
 今思い返してみると、私たちにプレゼントを渡す時の父は、私たちよりも笑顔だったような気がする。幸せを噛み締めた、心からの笑顔。
 父の一生は本当に幸せだったのではないかと、今になって思うのは、きっとあの笑顔のおかげだろう。
 そして、私もきっと今、心から笑ってる。
 笑顔って、こんなにもパワーをもらえるものだったんだ。



 康太へメールを送る。
 康太が家に帰れと言ってくれたから、こうして母の笑顔に会えた。
 だから、ありがとう、と伝えた。
 明日はクリスマスじゃないけど、プレゼントを持って行くから。
 大切な気持ちと共に。

 あわてんぼうのサンタクロースがいるように、遅刻魔のサンタクロースがいたっていいじゃない。
 明日も仕事だから、きっとスーツのままで。
 別の人にあげるはずだったプレゼントを持って、あなたの笑顔に会いに行く。


お読みいただき、ありがとうございました。

これを読んだ方々が、素敵なクリスマスを過ごせますように!

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