十円玉
急いでいた。
あと、五分しかない。
俺は今日初めて、バイト先である“書店”の開店準備を任されていた。
昨日の夜、店長にレジの起動方法や、開店時にレジに入れる金額の話などを聞いていた。
『大丈夫です! 任せてください!』
自信満々でそういった。なのに――……。
寝坊。それ以上も、以下もない。そんな理由で――俺のせいで、店の開店が遅れてしまう。
金庫から出したお金をコインカウンターに乗せ、枚数を数えてレジに入れる。店先で開店を待つ常連の足がシャッターの隙間から見えて、俺は焦る。
その時、電話が鳴った。
――こんな時に!
急いで受話器を取る。
「お電話ありがとうございます! ココミ書店でございます!」
『あぁ、大木くん?』
……店長だった。
「はい! おはようございます」
『どう? 準備は』
「はい! バッチリです!」
全然バッチリじゃない。あと開店まで三分だ。ギリギリ間に合うか……。
子機の受話器を肩に載せ、顔とで挟んで作業を続けようとする。
「もう後は開店を待つだけで……」
コインカウンターの上に綺麗に並んだ十円玉を、レジに入れようとした。
ジャララララッ‼︎
急いでいたあまりに手が滑って、数十枚の十円玉がレジのコイン入れの上で爆ぜた。
『ん? なんの音だね』
受話器の向こう側で店長が問う。
「いやっ、ちょっと小銭が……」
最悪だ……。でも、まだレジの中でよかった。十円玉を集め、コインカウンターで数え直す。ちゃんと枚数は合っているだろうか。
『後は開店を待つだけなんじゃなかったのか?』
店長が訝しげに聞いてくる。
「い、いや、時間が余っちゃったんで、小銭がちゃんと入ってるか枚数を確認してまして……」
一枚足りない……。先ほどまであったのに……!
『あぁ、そうか。ちゃんと入っていたかい?』
「はい、えぇっと……」
どこかに落ちたか。レジカウンターから身体を乗り出し、前方を確認する。
無い。
足元を、ぐるぐる見回す。
無い!
「ちょっと一枚落っことしちゃったみたいで……」
参ったな……。転がって行ってしまったか。消しゴムだとか小銭もそうだが、落っことすと意外とすぐそばには落ちていないものだ。
その場に膝を付き、自動販売機の下に落ちた小銭を探すように、後ろの小物類が入った棚の下を覗き込む。すると、それらしきものが見えた。
まだ電気も一部しか付いていない暗い店内で、ましてや棚の下。よく見えない。
手を棚の下に滑り込ませる。しかしすぐに、手が引っかかる。もう少し……。
指先が何かに触れた感触があった。それを床に押さえつけ、引っぱりだす。
「あった! ありました!」
拾い上げ、見る。
それは、歪に丸い。
親指のものかと思われる、生爪だった。