122:進路と青田買い
二つの収納の魔道具は、念のため小さな紫水晶を使って作成した。
自分が持っている収納とは違い、時間停止もなければ容量もそんなに多くはないはずだ。
あれからまだ時間があったので、季節の野菜を植えている場所へ行き、スイカを育てて4つほど収穫する。
調理場へ行き、責任者に夜のデザートで分けてくださいと、空いたワイン樽に水を入れクラッシュアイスをこれでもかというくらい入れると、スイカを4玉冷やしておく。全員で農場を出る時に1個だけ回収し、みんなで寮へ戻った。
食事が終わり、こちらでもデザートとしてスイカを出してもらう予定だ。
事前に寮母には食後に報告があると伝えてあったので、スイカを楽しみながら執事や侍女も含めて聞いてもらう事にした。
「えーっと、前から考えていた事ですが、来年の3月に卒業出来るようにサリアル教授に相談するつもりです」
突然の自分の発言にみんなびっくりしていた、特にローラの慌てようはなかった。
「あ、俺も3月に卒業してリュージの農場にお世話になる予定」
「面接はするけどね」
「ええぇ・・・、落ちたら無職?」
「うん、無職・・・、冗談だけどね」
ザクスが深い息を吐くと安心したようだった。
「二人ともどうしたんだ?急じゃないか」
「うん、ちょっとザクスとそんな話をする機会があったから、みんなに相談もしないで卒業するのもどうかなってね。ヴァイスはどうするの?」
「俺は・・・、いや、俺も3月に卒業して騎士の試験を受けるか、訓練施設へ行く予定だ」
「ヴァイスはブレないな。レンは?」
「私は・・・、ちゃんと3年通うよ。再来年の3月に卒業だけど・・・。正直言って卒業すると、多分結婚の話が出ると思うんだ。結婚に興味はないかと言われると悩むけど、好きでもない人とは嫌なの」
「今は良い人いないの?」
「・・・言わない」
「「「ふ~ん」」」
「ティーナは進路とか考えている?」
「勿論、私はこの三年間できちんと地力をつけると決めている。今でも継続的に依頼をしてくれる人もいるし、本格的に旅に出るにしても卒業してからで大丈夫」
「そっかぁ、じゃあ男性3人が一気にいなくなるんだね」
「3人とも、もう決めたのですね」
「「「はい」」」
「では、私から言うことはありません。3月までまだ日はあるとは言え、一日一日を後悔しないように頑張ってください」
寮母がそう告げると、続いて執事と二人の侍女の進路について聞いてくる。
執事は多くの縁を作りたいようで、再来年までいてそれまでに就職活動をするらしい。
侍女の二人はまだ進路が決まってないようだけど、もう就職活動は始めるようだった。
何とも言えない空気のまま、料理長が追加のスイカを切ってくれた。
キンキンに冷えたスイカに、塩がかかることによって甘みが引き立つ。
「ヴァイス、これなら大人数で食べられるけどどうかな?」
「最高だよ、じゃあ美味しいところを見繕ってね」
「了解」
話題を変えようとしたけど、ローラの「皆さん、寂しくないんですか?」の一言で再び話題が進路に戻る。
「ローラ、私達はそれぞれの特待生だよ。どんなにみんなと一緒にいたくても、必ずローラより早く卒業するの。そして順当ならそれぞれ別の職業に就くのが宿命」
「でも、後1年残っているならゆっくり学生生活を楽しめばいいじゃないですか」
「ローラさん、我侭はいけませんよ。あなたに王族としての役割があるように、ここで暮らすみんなにはそれぞれ生活があるのです」
「ローラ、私達がもうちょっとだけ長くいるから。来年には新入生が入るし、そうなるとそんな事言ってられないよ」
レンの説得にいったんみんなの話を受け止めるローラ、彼女もまた卒業後には結婚することが決まっていた。
ザクスが再びシャクシャクとスイカを食べると、静かな寮でシャクシャクという音が続いていた。
翌日は朝練をしてから学園に向かう。
ローラも大分訓練に慣れてきて体力もついてきている、絶妙に手を抜いているザクスが神技に見えてくる。
それでも、毎回ヴァイスとティーナに見破られてるのは仕方がないことだった。
4人が魔法科系の講義を受け、自分が冒険科の講義を受ける。
大分色々な知識も入ってきて、地域の特色や生態系などの勉強にもなる。
学食でみんなと合流し、月曜なので恒例のサリアル教授への報告会にみんなで行くことにした。
ヴァイスとティーナが魔道具を使えるようにしたいと相談すると、効率的な講義の取り方を指導する。
レンとザクスが魔法の報告をして、今日からそれぞれ元のグループ活動へ戻る事を伝えた。
自分は声を潜めて来年3月の卒業を目指している事を話すと、既に納得していたのか「決めた事なら応援します」と笑顔を返された。
そして、少しだけこのグループへ多く参加して欲しい事をお願いされる。
今までは金曜の戦闘訓練目当てに参加していたが、月曜もなるべく参加することを話した。
ザクスとレンが、ティーナとヴァスがそれぞれのグループへ戻ろうとすると、遠巻きにみていた魔法科のグループ生から一人の女性が飛びついてきた。周りから黄色い悲鳴が聞こえてくる。
「リュージ先輩、今日はミーアに魔法を教えてください」
「先輩、私達にもお願いします」
レンが立ち止まりこちらへスタスタ歩いてくる、そしてミーアに向かい「ほら、そのままじゃリュージが教えられないじゃない」と言い、絡めた腕を解除するとザクスの元へ戻った。
ヴァイスとティーナはクスっと笑いその場を離れると、ザクスが一言二言レンに話しかける。
「何か俺も勉強したくなったなぁ」
「ザクスがそう言うと私も興味が出てくるかな」
二人が何故か戻ってくる。
魔法の初期の訓練とは地味な物だ、細かい努力が積み重なってどこかのタイミングで発現する。
発現のタイミングは色々で、最初から息を吸うように出来る者もいれば、精霊さまから教わったり精霊さまとぶつかったりして覚える者もいる。ようはタイミングであり、偶然でも必然でもその瞬間に発現できるかどうかは運命のみぞ知るというものだった。
サリアル教授の講義をなぞるように説明をすると、ミーア他グループの新入生は真面目に学んでいた。
グループ長とグループ副長は、分かれてそれぞれ独自の訓練や指導をしている。
月曜のサリアル教授は、個別の指導や相談等の対応に追われていた。
グループのみんなが集中して真面目に訓練していると、遠くから沈黙を破るように声が聞こえてきた。
「リュージさーん、土曜はありがとうございましたぁぁぁ。・・・それでですね」
アイが駆け寄ってきて、近すぎたのか数歩下がると、こちらの真正面に立つ。
そして耳元にひそひそ声で、「おねえちゃんが是非、お店の視察に来て欲しいって言っていました。後で来れる日を教えてください」と言ってきた。
「その件についてはこちらから連絡するよ、今週は宜しくね」
そう伝えると楽しそうに、「お願いします」と一礼し、ウィンクして駆けていった。
「リュージ、後でこっちも教えてねー」
「ザクス、いっぱい教えてるだろ」
「そうだけど、そうじゃない方もだよ」
ミーアがじっと見てくる、レンも見てくる・・・ザクスまで見てきた。
すると、周りから「先輩は彼女いるんですか?」と質問が飛んでくる。
「え?いないよ。募集中って言いたいところだけど、今彼女がいても一緒にいる時間は少ないかなぁ」
正直に答えると、続けざまに質問が飛んできた。
「気になっている人はいないんですか?」
「ちょ、ちょっと待って。今は魔法の特訓しない?」
「はーい」とあからさまに盛り下がったような返事をされた。
「ザクス、言ってること間違ってないよな」
「まあ、空気を読んだらこの場でそれは言えないな」
「じゃあ、ザクスは彼女いるのか?」
「はい、リュージ先輩。今は魔法の特訓しをした方が良いと思います?」
声色を変えたザクスにやり返されてしまった。
それからは基礎を中心に講義を続けていく。
相変わらずフレアはドカーンドカーンやっていたけど、徐々に動作を小さくし詠唱を短くする努力をしていた。
今日は来客が多いようだ、今度は二人の男性がやってきた。
「よぉ、サリアル教授。今年の生徒はどうだ?」
「ダールス騎士団長殿、メフィー宮廷魔術師団副長殿。例年より早い視察ですね」
「私は止めたのですが、今年は5人の特待生が揃っていると聞いてダールス様が・・・」
「メフィー、お前も楽しそうに止めてたではないか。先にこちらを優先したんだから文句を言うな」
ダールスは年の頃ならセルヴィスと同じくらいで、筋肉の鎧を纏っているかの様な重圧感があった。
髪をオールバックのように撫で付け、肉体の割には日に焼けて人懐っこい顔をしていた。
メフィーは逆に色素が薄いのか、全体的にひょろっと青白いイメージがしている。
落ち着いた色のローブに髪はシルバーブロンドで、どこにでもいるような至って普通の顔だった。
「うん、まあまあかな?」
「メフィー、あれか?」
「今年は色々いますね。多分、彼女は肉体強化系でしょう。土属性の生徒もいますね」
「なかなか豊作だな、サリアル教授。彼について少し教えてくれ」
サリアル教授がフレアについて説明していた。
少し調子に乗りやすい事・気持ち的に打たれ弱い事を話し、最近になって魔法の集中力と火力が上がった事を伝えた。魔法とは日々の積み重ねである、集中力は努力次第でどうにでもなるが火力は長期間の訓練が必要だ。
1年ちょっとでの大きな評価に、メフィーは印象を良くした。