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野良猫又な日々
作:龍川歌凪


 おやお前さん、この二又のしっぽが見えるのかね?普通のもんには見えんようになっとるんじゃが・・・・。
 まあとにかく、久しぶりに人の言葉で話せる相手に出会ったんじゃ。ちいとばかしこの老いぼれの昔話を聞いて行かんかね? なに、取って食いやせんよ・・・・。

 わしはかれこれ十五年・・・・いや、二十年くらいだったかの?この街で野良猫をやっておる。まだ人の手の平に乗れるほどチビだった頃、人間に捨てられたんじゃ。
 いきなり親元から引き離され、わしは途方に暮れておった。すると通りすがりのよく肥えた黒猫が、わしに話し掛けてきおった。
 なかなかに迫力のあるオス猫でな、目が合った途端、わしはピーピーと泣きだしてしまったよ。
 そんなわしにそやつは少々困った顔をしていたものの、わしが泣き止むのをただじっと待っていてくれた。そしてできるだけ優しい口調で言った。
「お前、捨て猫か。かわいそうにな。人間というのはひどいことをするもんだ・・・・。だがお前はこれから、その人間共に媚びて生きていかなければならないんだ。俺がその方法を教えてやる。ついてこい」

 そして奴は野良としての生き方について、わしに様々なことを教えてくれた。

 ゴミのあさり方。
 餌をくれそうな人間を見分けるコツ。
 文字通りの猫なで声の出し方。
 駅前にはコンビニが多いから、どうせ住むなら駅周辺がいい―――・・・

 など、ほんにたくさんのことを教えてくれた。
 奴がいなかったら、おそらくわしは今、ここにはおらんかったことだろうよ・・・・。

 ちなみに後で知ったことなんじゃが、奴は当時、あの辺りを仕切る縄張りのボスだったそうじゃ。
 そしてそのままわしは、奴の右腕として働くこととなった。

 そうそう、奴の名前は「マクロ」といってな、近所のジョシコウセイとかいう人種が勝手にそう名付けたらしい。
 もちろん奴の全身が真っ黒だから、ということもある。じゃがそれだけではない。
 「マクロ」とは遠い海の向こうの言葉で、「大きい」という意味があるそうなんじゃ。

 身も心もでかいあやつに、まさにぴったりの名じゃと思うたよ。

 そうやって時に厳しく、時に気楽な野良猫生活を送っていたとある日、実に奇妙な事が起こった。
 尻尾がなんだかむず痒いのだ。しかもどういうわけか小刻みにブルブルと震えている。
 これはどうしたことかと不思議に思っていると、不意にピョコン、と尻尾が二つに分かれた。
 別にビリビリと真っ二つに引き裂かれたわけではない。一つだった尻尾が根元付近から二つになった、ただそれだけのことだ。
 じゃがわしは新手の(やまい)かもと不安になり、マクロに聞いてみた。すると奴はハハハ、と笑いながら言いおった。
「こいつはめでたい。お前もついに『猫又』となったか」
 わしは『猫又』とは何かと尋ねた。
「野良猫は十年以上生きると、『猫又』という化け物になるのだ。猫というのは皆、魔物になる可能性を持って生まれてくる。しかし真に魔物になるには大地の力――――つまり野性の力が必要だ。ゆえに十年以上生きて大地の力を十分に手に入れた野良猫だけが、二又の尻尾を持つ化け物と化すのだ。ちなみに飼い猫はダメだ。大地の力が足りないから、猫又にはなれない。だがたまに飼い猫にも関わらず、猫又になってしまう者もいる。そういう奴はある日突然、飼い主の前から姿を消す。何十年も生きる猫など、気味悪がられるからな」
 そしてこうも言っておった。
「つまりだ。人間どもは『猫は自分の死期が近づくと姿を隠す』、などと思っているようだが、それは全くのでたらめだ。彼らは死ぬために去って行くわけではない、新たに生まれ変わるために旅立って行くのだ・・・・」
 と――・・・。

 そういえば、お前さんたち人間の言葉に『犬は人に付き、猫は家に付く』というものがあるようじゃが、決してそのようなことはないぞ。
 あれは単に、餌となるネズミがいるから家を離れないだけであって、十分な餌と愛情を与えてやりさえすれば、猫とて家よりも主人を選ぶに決まっている。

 ――――と、なんだか話がそれてしまったな。話を元に戻そう。

 猫又となった猫は、様々な能力を身につける。先ほども言うたが、この二又の尻尾は普通の猫や人間には見えん。一本に見えているはずじゃ。しかしお前さんのような霊力の強い者や、猫又同士ではこの術は効かない。
 そしてもう察しはついていると思うが、マクロもまた猫又じゃ。奴はずいぶんと昔に猫又になったようでな、術を使うのがものすごくうまい。
 おそらくお前さんでも奴の術を見破ることは不可能じゃろうて。

 他の能力としては、このように人の言葉を話せるようになる、というものもあるの。
 もちろん自分の知っている言葉のみだが、どうやら猫又になるとえらく頭が冴えるらしくての、知識がすいすいと頭の中に入っていったよ。
 ・・・・じゃが当時わしに餌をくれていたのは近所の老夫婦でな、彼らの言葉を聴いて覚えたせいか、周りの者いわく「口調がジジくさい」とのことじゃ。

 ううむ、人の言葉とは難しいもんじゃの・・・・。

 さらに時は流れ、再び事件は起きた。つい数年前のことじゃ。
 なんとあのマクロが、わしにこの町を任せて出て行ってしまったんじゃ。

「お前は野良猫としても猫又としても、ずいぶんと立派になった。そろそろこの町のボスの座を譲ってもいいだろ。俺はこれから隣町に行く」
 マクロの縄張りはとても広く、隣町にまで及んでいた。ゆえに今までよく働いてきた褒美として、その半分をわしにくれてやると言ってきたのじゃ。
 しかしわしは知っておった。ちょうどその頃、よくマクロに餌をくれていた、とあるばあさんの夫が亡くなったということを。
 子供もすでに自立してしまっていてな、楽しみといったら近所の野良猫の世話をするくらいのものだったそうじゃ。
 だからこそ、マクロはそのばあさんの元へ行ったんじゃ。せめて彼女が夫と同じ場所へ逝くその時まで、そばにいてやろう・・・・とな。

 とまあ、少々辛気臭くなってしまったが、こうしてわしはこの町のボスとなったんじゃ。
 この町はいいぞ。実に平和じゃ。
 じゃがお前さんたち人間は、そうは思っておらんのじゃろう?よくはわからんが、色々と物騒だそうじゃないか。
 特に最近は「チキュウオンダンカ」とかいうもので騒いでいる連中が多いな。何やら「島が沈む」だの「台風が大型化する」だのと騒いでいるようだが、わしら猫にはさっぱりわからん。
 とりあえず暖かい日が多くなる、ということだけはわかる。じゃがそれでなぜそのようなことが起こるのか、てんで見当が付かぬ。
 わしら野良猫にとってはせいぜい『冬が過ごしやすくていいにゃあ』くらいにしか感じんのじゃが・・・・。

 ああ、じゃが夏は暑くてかなわんな。特にのどが渇いて仕方がない。
 餌をくれる人間というのはけっこういるもんなんじゃが、水をくれる者はほとんどおらん。ゆえにわしらは植木にまかれた水くらいしか飲む物がない。
 まったくもって難儀なことじゃ。

 ――――おっと、もうこんな時間か。そろそろ竹田のところの奥さんが、餌をやりに来てくれる頃じゃな。
 ではわしはこれで失礼するよ、聞いてくれてありがとうな。

 ・・・・む?わしの名か?おお、これは失礼した、まだ名を名乗っておらんかったな。
 わしの名はハイロ。マクロが付けてくれた名じゃ。
 理由は二つ。
 一つは単純、わしの背中の毛が灰色を帯びているからじゃ。
 そしてもう一つは・・・・・()(クロ)のとなりの存在だからじゃ。

 ああそうそう、最後に一つだけ。
 猫又というのはな、二又の尻尾を隠したり人の言葉を操るだけでなく、人間に化けることもできるんじゃ。
 案外お主の近くにもいるやもしれんぞ?お主が気づかぬだけでな・・・・。

 ではまたの。
 にゃ〜ごぉ〜・・・・。


お読み下さりありがとうございました。
この話は駅前に住む野良猫を見ながら作ったものなので、実際の猫又伝承とはだいぶ違うところがあると思います。その辺りは目を瞑っていただけると嬉しいです。
感想などいただけると嬉しいです。それでは。






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