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プラトンの卵
作:浅葉りな


 ――ついに、出生率が男女比7:3の割合までの偏りを見せたことについて、政府の公式見解は――
 意味もなくつけていたテレビでは、深刻そうな顔のアナウンサーが原稿を読み上げていた。ワイドショーと違って、ニュースでは、アナウンサーが独自の見解を述べることはない。だから大野雅之は、無機質なニュースが好きだった。
「人間も、地座魚と同じ運命をたどるのね」
 テーブルの向かい側で、それまで黙って箸を動かしていた恋人、笹山杏子が言う。いかにもインテリ、といった様子の、そして事実インテリの彼女の言葉の中に《地座魚》という聞き慣れない響きを見つけ、雅之は首を傾げた。彼女の言うことは難しくて、いつも雅之にはよくわからない。
「地座魚、って?」
「魚よ。ちょっとヒラメに似ているの。体内には毒素があるっていうのにおいしかったり、魚なのに泳げなかったり、不思議な生きもの」
「それがなんであのニュースに関係があるんだい」
 今、報道されていたのは、魚とはまったく関係がない、人間の子供の比率だった。新技術の開発によって食料不足の心配がなくなった今、出生率は増えつづけている。それなのに、男女比が異常なまでに偏りを見せはじめた――それと地座魚、という聞き慣れない魚と、いったいどんな関係があるというのだろうか。雅之はますますわからなくなった。
「地座魚も雄と雌の比率が7:3なの。それに昔は雌雄同体だったわ」
「言っていることがもっとわからないよ。人間が昔、雌雄同体だったなんて学説、聞いたことがない」
 もちろん、医学部を主席で卒業した杏子の知識に、文学部をやっとこ卒業した自分がかなうはずがないのはわかっている。けれど、そんなとんでもない学説があるわけがないってことくらい、いくら雅之でもわかっていた。
「文学部なんだから、知ってるでしょう? プラトンの卵」
「……ああ、あの、人間は男女が背中合わせにくっついてたけど、神の怒りに触れてはがされてしまった、っていうあれかい? あれは哲学であって――」
「わかってるわよ、それくらい。でもね、私、思うの」
 杏子は箸を休めた。これは本格的に語りだす合図だ、と、雅之は身構える。
「地座魚はほかの動物のエサにされることも少ない魚だったの。しかも雌雄同体だから、繁殖はとても簡単なわけ。だから、増えすぎてしまったのね。このままじゃ海が全部、地座魚で埋まってしまう。自然ってすごいって思うのは、勝手に調整しちゃうところね。地座魚は雄と雌にわかれたの。そして、雄と雌の比率を7:3まで偏らせた。少し複雑な繁殖方法を取る地座魚は、すぐに、適正な数にまで減ってしまったわけ」
「講義、ありがとう。でも、それがいったい、僕たちとどんな関係があるっていうんだ」
「まだ、わからないの?」
 杏子は大仰にため息をついた。
 雅之は少し、ムッとした。なにもそこまでバカにすることはないではないか。
「人間もきっと増えすぎたの。捕食されることもないし、医療技術も進歩したから……。だからまず、雄と雌が分かれた。それでも人間は増えつづけたから、だから今度は、出生率に偏りが出はじめたのよ」
「きみはたまに、そうやって突拍子もないことを考えるね」
「そこに惚れた、って言ったのはどこのだあれ?」
 杏子が笑う。雅之はうつむいて、頭をかいた。
 地座魚も含めて、女が少ないのは、きっと、男よりも強いからだ。そんなことを雅之は思った。














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