魔女の条件1
彼は呼ばれ、彼女は呼ばれなかった。そう思われていた。
でも本当は、彼は呼ばれ、彼女もまた呼ばれた。
ただ、二人を呼んだ相手が違っていただけの話。
けれど誰も気が付く事はなかった、たった一人を除いては。
それでも遅かったのだ、全ては。
皆さん、始めまして。
私は植木枝織といいます。読み方は「うえきしおり」です、普通ですね。
何者かと言うと、植木と言う少しばかり神隠しに合う確率の高い一族の一人です。
日本人はサブカル文化が豊富だし、裏事情もあるのでこんな目に合っても結構不安は少ないです。ないとは言いませんけどね。
で、なんでこんな事を言っているかと言えば……まあ、こんな事情があります。
私の一族には、植木初芽と言う人が居ました。もし会う事があったら「ハツメちゃん」って呼びたかったな、でも会えるかも知れないし会えないかも知れないんで、これは心の中で大事にしておきます。
初芽ちゃんのお父さんとお母さんはお互い子連れ再婚で、義理の母親や年下の義理の弟とも仲良く暮らしていました。ただ、お父さんの若葉さんは、出張が多い事は少し寂しかったそうです。義理のお母さんである双葉さんはご近所で評判の美人で、その息子である義理の弟である四葉君も当然整った顔をしていて、これがまた誰の悪戯かやたらとモテるけど表面上は静かに暮らしていたそうです。まあ、一皮向けば所詮はどろどろの関係が展開していて、何故か天然の四葉君……四葉は、初芽ちゃんに尻拭いをしてもらう事が多かったんですって。
で、実は植木の家って本来は神隠しに合う家ではなかったの。四葉の実父の家系が神隠しに合いやすかった為に初芽ちゃんは完全に巻き込まれて、二人揃って神隠しに合ったの。
これは、その後に「色々」あった初芽ちゃんが世界に起こした歴史の一部。
□■□
全ては、遅かったのだと魔術師は悟った。
王子は考えもしなかっただろう、近衛騎士は気にしなかったのだろう、学者は思いつきもしなかっただろう。だからと言って自分自身の正当性を主張する事は出来ない。そんな事をしたところで、全ては無意味だということを知っているからだ。
逆に、思う。
自分自身だけだったのだ、気が付いていたのは。想像できたのは、けれど日々の忙しさにかまけていて……違うと言える。忙しいことを言い訳にして逃げていた、ただそれだけの話である事を知っている。
だから、何も言わない。
他の人達……王家の者も理解している者は、何も言わない。理解出来ない王子を筆頭に、何人かの者と貴族達は口々に彼女を「魔女」と「売女」と呼んでいる。彼女の行動を、言葉を、いちいち全てにけちをつけている。
遅いのに。
ふと、彼女と目が合った。
目の前で火に、風に、煽られ、嬲られ、もしくは優しく撫でられている少女。
彼女は長い茶色の髪を結わくでもなく流れるままに任せ、薄い色素の綺麗な金にも見える瞳をしている。
彼女は、神子だったのか。
唐突に理解した魔術師達は思わず周囲を見回し、それなりに力のある者達や想像力のある者達が同じ結論に達しているのを知った。
神の光とされる金と、感情の色が混ざっているのだろう。そして、これまで押さえられていたのだろうと思われる朱金の光が炎の様にうねり、彼女を包み込んでいる。これが最初から顕現されていたのだとすれば、誰しも彼女を蔑ろにしようなどと言う輩は存在しなかっただろう……利用しようなどと言う頭の中身が幸せな存在はいたかも知れないが。そう言う意味からすれば、いままで彼女が何の力もない小娘だと侮られていたのは正しかった。
彼女の、王子や幾人もの権力ある者達から寵愛を受けているという義理の弟は、その気性を表しているのか柔らかく癖のある黒髪に黒い瞳。巫女として召喚された人物。
彼もまた、王子の背後で義理の姉と周囲を取り囲んでいる者達を前に飛びつきたい衝動と近衛に押さえつけられている事で不満そうな顔を隠そうとしていない。
どうやら、彼の中では義理の姉によって傷つけられると言う可能性は欠片も存在しないのだろう。実際、確かに彼女は様々な人から様々な目にあっても決して義理の弟を傷つけたり暴言を吐いたりしなかった。
何しろ、言及してみたことはあるのだ。
「君は義弟に巻き込まれてここにいるわけだが、恨んだり呪ったりしないのか」
「四葉が自分自身で感情を向けて来てるのならばまだしも、赤の他人の身勝手な感情に巻き込まれている相手に対して何をどうしろと言うのか、そちらの方が知りたいね」
植木初芽。
彼女は元の世界で大国と小国の両親から生まれたハーフな人種で、それ故に様々な常識の中にあった事で柔軟な思考と高い理解力によって生きづらい人生を生きてるのだと判断する事が出来た。
ただ、彼女の父と巫女の母親が再婚した事で受けるとばっちりは本来持っていただろう彼女の素直な柔軟性を少し方向修正を余儀なくされたのだろう。それもまだ影響力が少ない事を神に感謝するべきなのだろうが。
そう、本来は神の巫女という立場にある植木四葉と言う少年の存在を考えれば有り得ないのだ。
何しろ、一般的に考えられている巫女とは神の寵愛を受け力あり、人々に愛される存在。もし巫女に不貞を働くものがあれば天罰が下るとされ、それを恐れる近隣諸国から国ぐるみで制裁されると言う現実が起きる。
現実、実際に個人であり組織であり国レベルですら巫女と、その周囲で懇意にしている人達に対して何らかの行動を起こした個人及び組織は報復を受ける。善には善を、悪には悪の。
だけど今の状況は、革命と呼ぶに相応しい。
この国と周辺の国々は基本、王国だ。
遠方には王や貴族を必要としない、民が平等に暮らせる国があるとは言うが見たことはない。この近隣は王族と言う生贄を掲げて国を運営しているのが普通だ。中には神からの恩寵を受けた者が王として王族として、国として成り立っている国もある。この国の王族は、神話には出てくるけれど神話が必ずしも事実や真実を表しているとは限らない。確かに、普通の人より王族に名を連ねている人に魔力が多いのは確かではあるが、かと言って神の恩寵を受けるほどではないし神官の様に神の声を聞く訳でもない。
でも、一つの国に神の声を聞く巫女が一人居れば国に齎される恩寵は格段に高くなる。だから、各国では巫女を求めるが成功率の低さと効率の悪さ……捧げられる生贄の総量を考えれば挑戦する国は年々減っていた。
けれど、この国は行った。
理由の一つとしては、たまたま戦争で勝った事。ある程度の新興勢力だった国が足がかりとして売ってきた喧嘩に過ぎないとは思っていて、けれど売られた国は大国と言っても良い。そんじょそこいらの国に負けるとは思って居なかったし、その準備もしていた。
行われた召喚によって、喧嘩を売ってきた国のほとんどの高魔力保持者は亡くなった。元々、死刑になるか生贄になるかの違いでしかなかったとは言っても気持ちのすくものではない。それに、かの国には条件として一度だけだと言う事で頷かせた……それでも生き残った上位貴族はほぼ全員が死刑にあったはずだが。
そう言えば、初芽は自分達が……正確には四葉が召喚された事情を知って顔を顰めていた。そんな事情に赤の他人を巻き込んでる者をさげすんでいるというのが見えたが、何も言わなかったのはそんな遠い昔の話ではない。
「どういうつもりだ、この国の破滅がお前の望みか。この魔女め!」
王子は逆恨みだと思っているが、彼女の辿ってきた道行を考えれば復讐の一つや二つした所で不思議は全く無い。逆を言えば、あれだけの事をされていて復讐心が欠片も無かったら彼女の神経を疑うところだ。
植木初芽は、煽られた風と炎によって朱金色に輝いている。
王子や、その尻馬に乗った者達の罵倒になど揺さぶられる心はないのだと。意にも介する事はないのだと言っている様で、親でも師匠でもなくても「よくぞここまで」と思ってしまう。
「お前は何をしてるんだ、それでも筆頭魔術師か!」
襟を掴んできたのが誰だったのか、それは判らない。
ただ、反射的に排除していた。
「な……何をしている、こんな時に!」
「謀反か!」
「御静まりください、皆様。王子も。
この事態に心を動かすことが、いかに愚かな事であるか理解できぬ皆様ではないでしょうに……」
物言いに対して、初芽は初めて瞼を動かした。
どうやら、彼女に認識される程度には覚えてもらっているのだろう。
この国は、下手をすれば王家が滅ぶ。国としては残るかも知れないし、貴族としては残るかも知れないが王家の威信は確実に地に落ちる。
最初にあったのは、傭兵が集められた事。次に騎士団が彼女の手中に落ちた。
彼女は、国を滅ぼすつもりはないのだろうが現実的には多大なる混乱を齎すことになるのは否めない。
視界の端で四葉が「姉ちゃんが俺に何かするわけないだろう!」「危険です、巫女様はお下がり下さい!」と言う無駄な攻防戦が繰り広げられている。
「初芽、貴方にお聞きしたい事があります」
「そんな奴に膝を折るつもりか!」
「黙っていてください、邪魔です」
「貴様……!」
誰だか知らないが、こんな重要な真っ只中に余計な横槍を入れられるのは王子くらい空気が読めないし詰まらないし面白くない。
想像通りなら、彼女は王家を滅ぼす事は前提だろう。でも、それはこの国を滅ぼす事と同じ意味ではない。
『名を許した覚えはないな』
巨大な圧迫感に、全身が立っている事を拒絶する。今すぐ気絶して安堵の旅に出たくなる……が、筆頭魔術師なんてものを押し付けられている時点で許される事ではない。
「な……!」
「何が!」
「巫女!」
「姉ちゃん……」
周囲の、あえて言うならば彼女に悪意のある大多数の者は吹っ飛ばされていた。
倒れたいとは思ったが、それを倒れずに済んだのは彼女が手加減したからかも知れない。
王子や近衛達は何とか意識を保っている状態で、酷いのは下女や女官だ。あとは評判の良くない貴族連中か……自業自得なだけに同情はしない。気絶程度で済んでいる様には見えない者が数人いたりするが……そのあたりも自業自得だと割り切ってもらうしかない。
王宮は傭兵と騎士団によって取り囲まれている。いつ行ったのか、巫女の姉を蔑ろにしていた事実はこの国では当然の事として行われていたが、いつの間にか周辺各国に情報は流れていた。
巫女ではなく、たかが姉。
何の力もないと思われていた人物は、暫くの間は姿を見せないと思っていた矢先に周辺各国の大使及び各国の王の書状と言う揺るがす事の出来ぬものを持って現れ。毎日の様に行われていた晩餐会を制圧した。
巫女の姉は、特に何をしたわけではない。その周辺にいたのは下級貴族で構成された騎士団や、その周囲には盗賊さながら幾つかの傭兵団が彼女の手足の様にあちこちを襲い掛かり、貴族から金品を強奪していた……ちなみに、人には手を出すなと厳命されいているらしく歯向かう者にはともかく。それ以外の人々には乱暴な真似をしていないのは見る者が見れば理解出来る事だ。それでも、恐怖心にかられた人々は大騒ぎしている。
「姉ちゃん、どうしたのさ? 一体、これは……」
『四葉、お前は「一応」は巫女だから効き目が少ないか……まあ、構わないが』
ぎゅうぎゅうに押しつぶされる様な感覚を全身で味わっているのが判るが、四葉は感じて居ないらしい。全く感じていないのか、ほとんど感じていないのかは判らない。
「姉ちゃん?」
『四葉、私は帰ることにする』
「え……?」
四葉が驚いたのは当然だ、この城の誰一人として召喚した巫女が元の世界に帰ったなどという話は聞いた事がないのだから。
「馬鹿な……何を、言って……」
正直、役目でなければ王子に付き合うのはいい加減でいいと思っていたが。これで気絶しないあたりは手加減をしてもらったのか、それとも意外と根性があったのかどちらかだろう。恐らく前者だろうが。
「帰るって……」
『お前はどうする、この国に残るか』
疑問ではなかった事に気がついたのは、他の誰一人としていないだろう。
少なくとも、この国に。この世界に巫女をみすみす手放す様な輩は存在しない。
「待て! 四葉を奪わせはしない!」
「ちょ、王子……!」
「巫女様、お下がりください」
「この不逞の輩は今すぐに斬ります!」
「待ってよ、姉ちゃんに何す……!」
今の今まで気絶しかかっていたくせに、彼女に飛び掛った者達は同時に全方位に吹っ飛ばされた……殺されてはいないだろうが、あれでは数日はまともに動く事などできないだろう。
「貴様……恩を忘れたか……!」
『恩?』
王子の言葉に、彼女は鼻で笑っているのが判った。
確かに、彼女が王子などに恩を感じろと言うのであれば同じ目にあって同じ傷をつけられ、同じだけ奪われてからそれでも「ああ、幸せだ」と言えるのであれば許される台詞だろうが……あの王子では5分と持たないだろう。
幸せな脳みそをしている王子は、自分がいかに巫女の姉に恩情をかけたかを怒鳴りながら叫んでいる。
本来ならば、確かに巫女ではない者を生かして城で雇っていたと言うのは恩情だろうが。その扱いがどんなものだったかなど知る事もなかった。知る気もなかったのだから、与えられた部屋が下女でも下級の部屋でろくなリネンも無く食事も一日一度あれば良い方で、死なない程度にしか与えられず粗末な服を与えられ仕事を押し付けられ、ていの良い八つ当たりの人形として扱われていた。貞操の危機もあっただろうが、何とか生き延びている所を見ればどうにかする手段を持っていたのか……それとも、神子としての能力だったのか。
一度など、目の前で池に落とされた彼女を四葉が助けようとして「汚れる」と言った理由で近づけさせる事もしなかった……その、割と直ぐ後だっただろう。彼女が姿を消したのは。
『煩いから一度にまとめる。
聞け、小バエども』
彼女の言葉は、気を失っている者達にも強制的に聞かされているのだろう。
ぴくぴくと彼女が言葉を発するたびに体が反応しているあたり、彼女に向けた気持ちによって格差があるのかもしれない。
『巫女の姉としてお前達に巻き込まれて召喚された私、植木初芽は元の世界に帰る。
私がこの世界で受けたものをお前達にも与えよう、その為の力をお前達の神とやらが与えてくれた事だしな。
そして、神とやらは非常に困っているそうだ。お前達にうっかり召喚などと言う知識や概念を取りこぼしてしまった事で世界と言う境界線が曖昧になってしまい面倒な事になったと。
私は、神とやらにこの世界から召喚の全てを打ち消す事と引き換えに元の世界に返してもらう事を条件としてこの世界から召喚の全てを剥奪する』
剥奪などと言うと上位者の言葉に聞こえるが、実際に今の彼女には上位者としての力が溢れている。
並みではない、巫女ごときではない神子としての力溢れる彼女には、恐らくそれが出来るのだろう。
「ば……か、な……!」
王子に意識が残っているのは、恐らくわざとだろう。
彼女は権力を持っている者には手加減して、悪意を持たなかった者や親切にして貰った者には圧迫程度にして細かく力を細分化している。そうでなければ、今頃は全員が即座に潰されていただろう。
「神子よ……」
言葉に、反応はあったと言って良いだろう。
恐らくは正確に状況を読み取ったご褒美、と言う所だろうか。
「巫女、だと……巫女は四葉……」
「違いますよ、王子。
確かに、巫女は四葉でしょう。貴方達が、我々が決め付けた巫女です。もっとも、それは四葉に影響力を与えているのも確かでしょう。ですが、彼女は違う、彼女は……初芽は神子です。真実に、神の寵愛をこの世界で最も受けるべき存在。
今、我々は報いを受けるのです。彼女にこの世界が与えてきた全てに対しての、報いを」
体にかかっていた重圧が取り除かれたのは、嬉しい事ではあるが後の事を考えると気が重い。
元々あったわけではない王家への忠誠心と言ったもの、権力への執着心が粉々に叩き潰されて行くのを感じる……これが、王家滅亡の意味だ。理由はどうあれ、相手に対する感情がなくなれば、支えられるだけの理由がなければ、どんな王家も成り立つ事はない。
金もなければカリスマもない者に与えられるのは、畏敬でも計算でもなければ一つ。
気まぐれな施し。
「い……たい、どう……」
否定される事の少ない、思うままに生きてきた王子にはきついだろう。
思い込みと現実が異なると言う事は、だからこそ女に溺れる事なく巫女と言う立場の四葉に溺れたのだから。
溺れた相手が女であれば、そこには子が着いて回ってくる。女の背後に居る貴族に付けねらわれる事になるが、四葉であれば話は変わってくる。神殿や神官が何か言ってくるかもしれないが、それを突っぱねる事だとて出来る。
「巫女とは、我々魔術師が召喚の陣と生贄と大量の魔力を注いで異世界から『我々にとって使い勝手に良い都合の良い存在』の事です。その上で幾つか付け加えられた条件に当てはまったものが呼ばれる。召喚と言う術法……呪法と呼んでも良いでしょう、けれど神子は違う」
そう、巫女とは条件付けられた存在を問答無用で浚う術。だから、場合によっては失敗するのは当然の事。
手繰り寄せた先に当てはまる存在がなければ、ないものは浚う事など出来ないかどわかしの術。
呪いにも似た、術。だから、基本的に巫女には王家にはある程度まで命令には逆らわない様に呪いが埋め込まれている。とは言っても、完全に意識を封じてしまえば単なる人形となって生命にまで脅かされる事になるので自意識を説得させる事が前提条件となるが。
「神子とは、史実によれば真実神によって息吹を与えられた存在。
我々の呼ぶ巫女が我々にとって都合が良い存在ならば好きに扱える、そんな存在。けれど神子は、何者にもどんな国にも縛り付けられる事のない存在。神の寵愛を受けた存在。
そんな方を相手に、貴方は。我々は、一体何をしたのか判りもしないのですか。
第一、判りませんでしたか? 彼女には最初から言語などこの世界に冠する調整を何一つ行っていなかった、けれど彼女には我々と意思疎通をする事が出来た。四葉には魔方陣の干渉があったから言語は問題が無かった、でも彼女には一般常識までも備わっていた、魔方陣の影響を外れても。四葉には学習期間さえあったのに」
言っている意味がいまいち理解できなかったのか、言葉に対して疑問符以外は出てこなかったのだろう。そして、王子には心当たりがなくても、無理に言葉をねじ込まれた者達の大多数には覚えがあるのだろう。
空気を通して、恐怖心にかられた波動を感じるのは彼らの感情だ。そして愚かにも恐怖心だけを覚えていればまだマシだったかも知れないのに自分達は悪くないのだと言う無駄な言い訳をしている。
当然、神子たる彼女は一気に不機嫌になる。良くも悪くも潔い彼女は、事実を前に言い訳をする者が嫌いなのだから当然と言えば当然だ。
『この国の王家と召喚術の全てを剥奪する。二度と召喚術など使えない。
この世にある全ての魔術を取り上げる事も考えたが……一般の民にも魔術が普及している今、取り上げるのは容易くとも哀れだ。こんな己の権威にしか興味のない者の為に自分達の生命が脅かされるのは。
故に、神との契約にのっとり世界から召喚の全てを取り上げる。お前達に都合の良い存在を浚わせる事は二度とさせない』
「お待ち下さい、それでは我々は二度と召喚を行う事が出来ないと言う事ですか」
『元来、お前達の世界はお前達がどうにかするだけの話。文句でもあるのか?』
「いいえ、ですが世の中には不世出の魔術師が存在します。王家でも研究所でもなく自力で学習し望む者も存在しています。そんな彼ら一人一人全てから召喚術の記述を取り上げると? そんな事は可能なのですか?」
王子のこちらを見る目が険しいのは、恐らくダメージから己より早く回復したのに彼女に対して危害を加えない事への怒りだろう。他の者達は未だに押さえつけられている重圧によって身動きの一つも取れない中で一人、平気な顔をしているこちらを信じられないものを見る目で見ている。
『馬鹿を言うな、そんな回りくどい事をやっていられるか』
にやりと、初めてここで彼女が笑った。
咄嗟に恐怖心を覚えて、反射的に腕で頭を庇ってはみたが次の瞬間。
獲られた、と判った。
召喚に関する知識、記憶……恐らく、書面や封印された遺跡などにもあったかも知れない関係のある全てから失われただろう。同時に、召喚に関わるだろうレベルの魔力が発動しない様に世界が「書き換えられた」のがわかった。
『言っただろう、召喚に関する概念の全てを剥奪すると。
これから先、召喚と言う技術の欠片もこの世界に残る事はない。それだけの強い力が世界に顕現する事もない。力の暴走によって世界に穴が開くことはあるかも知れないが、それは世界の崩壊を意味する。
そして、私に取引を持ちかけた神とやらはこれから先。お前達の遠い子供達が「オイタ」をしないように魔法や魔力、精霊やその他の力の一切を具現させない事にしたといっていた。私も、それについては反対しなかった』
魔法と関わる事に関して具現させない……それは、文字通り世界から魔法が消える事を意味している。
今すぐではない、それは彼女が関わっていないからだろう。または、神が我々に与えた恩情か、それとも罰か……今すぐ殺されないのはありがたいが、それは神が我々に苦しめといっているようにも思える。
やはり、意味が判らないのか。それとも、今の自分達には関係ないと思ったのか意味が理解出来ない者達は無反応だ。意味が判ったらしい学者や魔術師達には驚愕のあまり震えている者も居る。
「姉ちゃん……あの、ごめん。言ってる意味がわからないんだけど……?」
『四葉、お前を連れて帰る事は不可能ではないが神とか言う奴の契約には入っていない。まあ、どちらにしてもお前を連れて帰るのは色々と面倒なんだが……大丈夫、お前が死ぬような事はないし、そこの無駄王子が引っつかんで離さないだろうから手間が超面倒くさい』
口調はフランクだが、その言葉の意味は恐ろしい。
彼女は、義理とは言っても弟を見捨てるといっているのだ。
『四葉、今のお前には状況がわからないだろうが。お前が変わる事があるとすれば理解出来る日が来るかも知れない。
私が奪われ、与えられた全てを引き換えとし、私は私のあるべき世界に帰還する』
□■□
こうして、とある世界から魔力は徐々に失われたの。
世界の色んな国から事の次第の説明を求められた国は、その責任を取らされたの。まあ当然よね。今回は特定の国のせいで神の怒りに触れたとは言っても、自分達だって下手をすれば渦中の存在になっていたかも知れないんだから。
王家は最終的に、近隣の国々への分散させられそうになったけど色んな国の俗国として独立的な自治権が認められたのは、その国そのものには関わりたくなかったと言う事なんじゃないかって思う。神の怒りを買いやすい国、とか思われたのかも知れないんじゃないかな?
そんな状態で賠償金やら何やらを請求された王家は、もちろん力を失うわ。
近衛も貴族も、騎士団や傭兵が初芽ちゃんが帰還した後にほとんど姿を消してから、何だかんだと言って消えて行ったの。もちろん、魔術師達も。でも、学者は割りとそうでもなかったのかな?
元来、普通の王族として一般市民など人とすら思ってない貴族の頂点に立っていたんだから当然だけど、人望がなかったって事よね。
特に聖王国と言う名前のついていた国は大騒ぎで、神官たちは上から下から混乱していたと言う話。
初芽ちゃんが出会った人たちは、説明された中に「召喚技術」に対しての説明はされても最終的に魔法そのものが全て失われる事に関しては教えていなかったの。そんな事を教えて協力を得られなくても困るし、何より焦った誰かが初芽ちゃんに危害を加えるなんて馬鹿な事をするかも知れなかったからって言うのもあるのよね。お城では面倒な事にならない為に我慢していたけど外に出たら押さえておく必要なんかないもの。でも、魔力が少なかったり下級貴族の人だったり一般市民の人には沢山の知識を教えて行ったの。上級職になればなるほど腐ってたみたいだから、ある意味では当然よね。何しろ、初芽ちゃんの言葉は世界中のあった事もない人の頭の中にまで流れたのよ、あれって悪意のある人には気絶した人を起こすほどの衝撃が来るんだけど特にこれと言って悪意がなかったり善意を持ってた人には単に聞こえてるだけの状態なんだって。あ、もちろん馬鹿王子には手加減してたんだって、そうしないと説明する人がいなくなっちゃうでしょう?
そうそう、王家について少し。
王様と王妃様は責任を取らされて退位。片田舎で小さな屋敷で生涯を割りと平和に過ごしたの。
元々、王様は好きで王位についたわけでもないし。老後は片田舎で農業でもやりたいなって思っていたのが良かったみたい。あまり発言権がない王様ではあったんだけど、王族としては割と自由奔放に育てられてたのよね、だから王位が空席になるって焦った人達が「そういえばそんなの居たっけ」とか思って据えられたんだから、そりゃあ王様に権力なんてないわ。王様がそうだったせいじゃないとは思うんだけど、王妃様も最初から王妃として育てられた訳じゃないらしくて。あんまりきらびやか(悪意渦巻くって意味で)な世界は元々好きではなかったとか。
王様達にとって初芽ちゃんは特に意味のある存在ではなかったんだけど、侍女や女官や下女達が何をしているのかは知っていたんで、初芽ちゃんが城を出る時に止めさせなかったって言う裏事情があるの。初芽ちゃんも、逃がしてもらった事は判っていたから王様達になにかをしようとは思わなかったんだって。
王子様は王位を継いだわけだけど、何しろあんな感じだったんで王家を支える人々からも見捨てられたのは当然よね。権力もなければ発言権もない、周辺の国々にいは責任を追及されるなんて悪条件になったら、女嫌いだったこともあって顔はそれなりだけど女嫌いになっていったって言うのもあるみたい。当然、王妃のなり手なんてなくて子供も作れないもんだから王家から国王がいなくなり、国が分散したのはその後。誰も王位なんて欲しがらずに逃げまくったのよね、該当者が。
そうそう、四葉のそれからについては色々と伝説があるの。四葉も他の誰もが気が付いてなかったけど、初芽ちゃん曰く「世界を超える者には与えられるモノと失うモノ」があって、四葉が得たのは「永続」で失ったのは「安堵」。だから、四葉はどんな事があっても死ぬ事はないんですって。しかも、寝ている時も起きている時も決して安堵する事はない。安らぎを得る事が出来ない。だから、四葉は常にハムスターの様にちょろちょろと動いていたってわけ。
初芽ちゃんが言った「お前が変わる事があるとすれば理解出来る日が来るかも知れない」と言うのは、変化が起きる事があるかも知れないと言う意味で。同時に、世界が崩壊する前に四葉が成長するか死ぬ事があるかも知れないと言う意味にもなるんだけど……どうかな?
初芽ちゃんは、そのあたりの事については神様に聞いていたの。時々、夢とかを介して神様は初芽ちゃんに会いに来ていたんだけど……ほっぺたをぱんぱんに膨らまして「忙しいけど会いに来たんだよ」って怒られてもねえ……?
ところで、なんで私がこんな事を皆さんに語っているかって言うと。
初芽ちゃんは、元の世界に返って来た後で遺伝子に細工をしたの。もし、また初芽ちゃんみたいに浚われる人が出てきたら困るでしょう? 周りが。だから、初芽ちゃんの記憶や知識を浚われる時に発動する様に設定しておいてくれたんだって。初芽ちゃん、結構献血とかもしていたから、もしかしたら植木家の人じゃない普通の人の中にも初芽ちゃんの遺伝子を持っている人達がいるかも知れないわね。
つまり、私こと植木枝織はこれから異世界に誘拐されます。
でも、あんまり心配してないの。だって、私には初芽ちゃんの加護があるもの、事故とかじゃない限り召喚者が召喚した対象をいきなり殺したり餌にしたりするって可能性は少ないわ。
じゃあ、召喚先につくのもそろそろ時間だから皆さんさようなら。
もし、気まぐれにまた会う事があったらよろしくね?
END
この物語のストーリーテラー、実は枝織ちゃんです。
初芽ちゃんの一族ではありますし、植木の名を関してますが直系子孫かどうかはわかりません。
実際のところ、うっかり魔術師視点で本分を繋げてしまった為に状況がえらい事に……終わらない×2.
魔術師にしてみれば裏設定の多い王子と色んな意味で悪戯好きだったり色々ある近衛と、好奇心以外は興味なしの学者と、まあ色んな人達の間で調整役を買って出た為に苦労人。特に忠誠心も無かったけど押し付けられた筆頭魔術師なんてものにいつの間にかなってたのは書いてる本人もびっくり。
長編ならば、もっとえげつない事とか色々あるので下手すればお月様行きになると言う微妙な代物だったりします。うーわー。