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 そっと額にキスをされるの感じ、ロールは目を開こうとしていました。どうやらオラクルの手で皮袋の中に放り込まれて以来、ずっと気を失っていたようです。

 だけど目を開く前に、ロールはあることに気がつきました。なぜかとても気分が楽しく、幸福なのです。このように体が横になっているのでなければすぐさま踊りだすか、そうでなくても両手を高く上げてバンザイを叫んだかもしれません。彼はそのくらい幸せな気持ちでいたのです。

 それがなぜなのかは、自分でもよくわかりませんでした。でも目を開きさえすればすぐに明らかになり、納得できるであろうという感じもあったのです。だからロールはいそいそとまぶたを開いたのでした。

 彼の額にキスをしていたのは、一人の女でした。キスを終え、唇を離して体を起こそうとしているのです。ロールは思わず、あっと声を上げてしまいました。彼女の顔には見覚えがあったからです。いえ、見覚えどころではありません。鏡の中に何度も見つめ、憧れをいだいた姿だったからです。冬の女王が鏡の前に立つとき、いつも見ることができた姿です。鏡に映るときの冬の女王のまったく別の姿。それがもう鏡越しではなく、今は本当にロールの目の前にあるのでした。顔を輝かせ、手を伸ばしてロールが触れてみたことはいうまでもありません。でも肩に触れてすぐ、女の人の体に触れるなど失礼なことだと気がつき、手を引っ込めようとしたのです。だけど彼女は微笑み、口を開いたではありませんか。

「実のお母さんに触れるのに、いったい何の遠慮をする必要があるのです?」

「僕のお母さん?」

 鏡の女王はクスリと笑いました。「人間の世界で育ててくれたお母さん、あなたのことをあんなにほしがっていた春の女王と冬の女王、そして私と、あなたには4人もお母さんがいるのですね」

 声を合わせてロールも笑い始めました。そして自分がいる場所を見回す余裕が出てきたのです。彼はある部屋の中にいたのですが、立ち上がって窓に近寄り、外を眺めてみようという気になりました。立ち上がって歩き始めると、もちろん鏡の女王もついてきてくれました。

 窓のさんにもたれかかり、二人は並んで外を眺めることになりました。

 ロールは再び、あっと息をのんでしまいました。春の女王や冬の女王と一緒にいる間に、城の中で暮らすということには彼も慣れていきつつあったのです。でもこの城は春の女王や冬の女王の城とも、これまで絵や写真で見たことのあるどの城とも違っていたのです。

 大きな城ではありませんでした。むしろおもちゃのように小さく、かわいらしく、塔や城壁がなければ、家か屋敷とでも呼びたくなるほどかもしれません。だけど鉛筆のように屋根のとがった塔が二つちゃんと存在し、敵の侵入に備えて城門はがっしりと作られ、城壁の上にはところどころ見張りの兵の姿まで見ることができるのです。これが城であることは間違いありません。

 だけどロールを驚かせたのは、そんなことではありませんでした。岩や大地ではなく、なんとこの城は巨大なカメの背中の上に建てられていたのです。

 体の大きさは何百メートルもあり、もちろん生きているカメですが、といっても池や小川にいるものに似た形を思い浮かべてはいけません。この城が立っているのはあんなとがった山型ではなく、もっと平らでなだらかなこうらの上だったからです。

 小川にいるカメの足の先には、とがったつめや水かきがあり、指も人と同じような形をしています。だけどこの城を乗せているカメの足には指などありません。まるでボートのオールのような形で、もっと泳ぎに適しているのです。これは海ガメに違いありません。

 鏡の女王からすぐに教えてもらえたことですが、足をゆったりと動かしながらこのカメが泳いでいるのが『鏡の海』と呼ばれる場所だったのです。上を向いても水面が見えるわけではなく、下を向いても海底があるわけではないのですが、ここが海と呼ばれる理由はロールにもなんとなくわかるような気がしました。まわりの何もかもが薄緑色がかって見えるのですが、遠くへ目を向ければ向けるほどそれがどんどん濃く暗くなり、最後は黒とほとんど変わらない色となって闇の中へと消えてしまうのです。青色と緑色という違いはありますが、地球の海の中にいる魚たちが目にしている光景も、これとよく似ているに違いありません。

 だけど海そっくりといっても、ロールは息苦しさを感じたりはしません。ここを満たしているのは水ではないからです。なんといいますか、この緑色がかっているものが鏡の内部の世界そのものだからです。

 それを不思議に感じるのでしたら、お母さんかお姉さんの鏡台のところへ行き、手を切ったりケガをしたりしないように注意しながら、鏡の断面の部分をそっとのぞき込んでごらんなさい。私がいっている意味が納得できることでしょう。地球の海は青いけれど、鏡の海は緑色。これが鏡の世界の色なのです。


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