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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

わが身のその先ぞ……

作者:関谷光太郎
初めてのホラーです。
よろしくお願いいたします。
 引越しの疲れが出たのか、カップラーメンで簡単な夕食を済ませた途端、急に眠気が襲ってきた。
 "おいおい、まだ片付けが途中なのに限界かよ" と自分に突っ込みを入れたが、鉛のように重くなる一方の身体をどうすることもできず、俺はそのまま仰向けに寝そべった。
 新しい畳の匂いと、遠くで響いている豆腐屋のラッパの音がヒーリング効果となって心を癒す。
 初めてのひとり暮らしは、昭和の面影を残すレトロな町だった。この町は、昭和の初めに創立したN大学と共に,古き良き時代の風景と庶民文化を熟成させて、二十一世紀になった現在も当時のまま存在し続けている稀有な場所なのである。とは、不動産屋で見た町の案内パンフに書かれていた説明である。
 平成生まれの俺に昭和なんてピンとくるはずがないのに、こうして横になっていると『懐かしい』という言葉が口に出そうになるのは一体どういうことなのだろうか。
 やがて、めぐる思考は徐々に曖昧さを増した。疲れのピークがやってきて、どこからともなく漂ってくる夕食の匂いが鼻をつくと、俺は眠りに落ちていた。



『……ねんに……ひと……だわ』
『……この……しょう……いるための……せいだ』

 まどろむ意識のどこかで、人の話し声が響ている。その詳細ははっきりとしないが、どうやら男と女の声であるらしかった。

『こんど……えぬだい……いそう』
『かたない……には……いさせるちか……るんだから』

 俺は慌てて身を起こした。
 部屋はすっかり暗闇に包まれている。
 男女の声が俺の動きに合わせるようにピタッと止まったのをきっかけに、素早く部屋の明かりを点けた。
 誰もいない。

 ……気のせいか?

 しばらく周囲をうかがう。
 六畳一間の部屋。学生の生活にたくさんの物があるわけじゃない。勉強机と兼用のパソコンデスク。台所には中古で買った単身用の冷蔵庫。テレビはなく、二つのカラーボックスを縦に並べたその上に、使い込んだプリンターを一台設置している。そして部屋の中央には、まだ開けていない段ボール箱が二つ。
 今さらだが、ここは木造の古いアパートで、隣との壁が薄いという可能性に気がついた。

  そうか。声は隣からかも。

  俺の部屋は二階建て木造アパートの一階、一番右端の部屋だ。ということは、声は左隣の部屋か、あるいは上の階ということもありうる。
 もう一度、耳を澄ませた。
 沈黙がキーンと耳鳴りを起こすまで待った。しかし、あの声は聞こえない。

 やっぱり、気のせいだな。

 意外に壁は厚いのかもしれない。どんなに耳を澄ませても、生活音は聞こえてこなかったのだ。

 *

 ひととおりの片付けを終えてから、実家に連絡を入れた。しばらく呼び出し音が続いて、母親の携帯が留守電になる。スマホの時間表示は二十時三十分。いつもならすぐに出てくる時間帯だと思うのだが。

 風呂にでも入っているのか。

 留守電にメッセージを入れず電話を切った俺は、改めて違う番号を呼び出した。別に慌てて報告することもないのだが、湧き上がる不安に誰かの声を聴かずにいられない気分になっていた。
 父親はまだ仕事の可能性があったので、妹の番号を呼び出した。しかし、これまた留守電である。仕方なく、父親の番号をタップした。数回の呼び出しのあと、繋がった。

「もしもし、父さん……」

 遠くで複数の人々の話し声。しかし内容は雑音によって聞き取ることができなかった。

「もしもし、もしもし」

 雑音の向こうで、救急車のサイレンが鳴っている。俺はもっと音を聞き分けようと集中した。
 大声で怒鳴り合う男たち。合間に聞こえてくるのは女の悲鳴か。興奮と緊張、恐怖が渾然一体となって、場は騒然としている。父親の身になにかあったか、それとも家族全員がのっぴきならない事態に陥っているのか。気がつけば俺の全身は汗でびっしょりだった。

「父さん、俺だ。雅史だよ。なにがあったんだ!」

 ざわざわと衣擦れの音がする。すぐに、父親がスマホをワイシャツの胸ポケットに入れる光景が浮かんだ。それがいつもの癖だった。偶然にも電話は繋がっているが、父親の方はそれに気づいていないのだ。

「うっ!」

 突如、弾けるように異臭が広がった。
 俺はすぐに右手で口を押さえ、逆流する胃液をぶちまける事態を回避する。焼けるような胸の痛みと、涙でにじむ視界。普段、嗅いだことのない臭いが俺の部屋に漂っていた。
 一瞬で見通せる狭い部屋だ。こんなに悪臭を放つものを見逃すはずがない。いや。違う。確認するべき場所は……いくつかあった。
 俺は南側にある押し入れを睨んだ。
 恐る恐る手を伸ばして一気に襖を引き開けるが、そこには上段に布団、下段に衣類の入った透明ボックスがつまっていた。ほっとしたのもつかの間、異臭の刺激は更に強くなり、耳に当てたままのスマホからは異音が響き始めた。それはラジオの周波数を合わせる時の耳障りなノイズに似ている。ノイズは、俺の動きに合わせて音の強弱をつけているようで、押し入れに視線を向けると低く、風呂場へ向けると高くなった。まるで……場所を指示しているとでもいうように。
 ほとんど毒ガスレベルの異臭に腰が引けながらも、俺はこの異臭の正体を知りたい衝動に駆られていた。こみ上げる吐き気を誤魔化しつつ、一歩一歩、異臭の元凶へと足を運ぶ。
 ノイズがひときわ高くなった。
 やはり風呂場だ。
 悲鳴のようなノイズに背中を押されて、俺は風呂場の扉を開け放つ。

『な、なにこれ! お兄ちゃん! やだ、お兄ちゃん!』

 その声は、スマホから鮮明に聞こえてきた。
 妹の里見だ。と、同時に俺の目の前には……。

『ばか、里見は来るなと言ったろう!』
『お、おおおおお……』

 父親の悲痛な叫びと母親の嗚咽。
 電話の向こうで家族が見た陰惨な光景は、即、俺の見ている光景と繋がっているようだった。

 *

 小さな浴槽に、俺の死体がある。
 頭を割られ飛び散った脳漿が顔半分を被い、全裸の身体は無数の刺し傷によって血まみれだった。しかも、かなり時間が経過しているらしく、腐敗が進んでいる。

「まさか……そんな馬鹿な!」

 自分の死体を自分が見ているなんて、きっと幻に違いない。俺は何度か頭を振って現実に戻ろうと試みた。だが、目の前の光景に変化はない。

『発見者はあなたですか?』
『……そうです』
『ご関係は?』
『わたしの息子です。この春N大学に入学して、ひとり暮らしを始めたばかりなんです。なぜ……こんな目に!』

 電話の向こう側でのやり取りだ。
 どうやら俺の家族は、一ヶ月以上連絡が途絶えた息子を心配して、このアパートへやって来たらしい。質問しているのは、通報でやってきた警察官だ。

『亡くなっているのは、息子さんに間違いありませんか?』
『……はい。間違いありません』

 母親と妹が泣き声をあげた。
 信じられないことだが、電話の向こうとこちらの状況が完全にシンクロしている。俺の目の前の死体を、家族が同じように見ているなんて、冗談としか思えない。

『じゅうねんにいちどの、ひとみごくうね』
『このまちが、しょうわのままでいるための、とうといぎせいだ』

 部屋のどこからか、声がし始めた。俺は耳を澄ませる。

『こんども、えらばれたのはえぬだいのがくせい。ほんと、かわいそう』
『しかたないさ。えぬだいには、このまちをしょうわのままでいさせる、ちからがあるんだから』

 これは、あのまどろみの中で聞いた話し声と同じだ。今度は、ちゃんと言葉は認識できるが、話の内容が要領を得ない。
 ひとみごくう。とは、なんだ? 昭和のままでいるための犠牲? しかも、N大の学生って……。
 俺は、浴槽の死体を見た。

「まさか……俺のことか!」

 ガチャガチャガチャ!

 アパートのドアノブが荒々しい音をたてた。ドアの向こう側で、何者かが息せき切って部屋に押し入ろうとしている。

「ちょっと……誰ですか? やめてください!」

 その問いに応える様子はない。何者かはしばらく乱暴にドアノブを回していたが、そのうちカチャカチャと音の質が変化した。
 俺の背筋が凍りつく。
 それは――ドアに差し込まれた鍵の音だったのだ。
 ドアを開け放って、数人の男たちが部屋に雪崩れこんできた。

「なんだよ、あんたたち!」

 男たちは無言で俺の前に立った。
 全員が揃いのハッピ姿、同じ子供用のキャラクターお面で顔を隠している。お面は、縁日の定番アイテムだが、灰色の○○○○マンは俺には馴染みのないものだった。

「なんの……冗談だ。警察を呼ぶぞ!」

 言ってから気がついた。
 浴槽の死体が消えていることに……。
 さらに、電話の向こうで変化があった。

『どうしたの、あなた?』母親の声だ。『なにが、あったの?』
『し、信じられない。俺の携帯が、雅史のスマホと……繋がっている』
『そ、そんな……あの子のスマホは、ここにあるのよ!』
『奥さん!』取り乱す母親に、警官の一人が言った。『現場検証のため、遺留品には手を触れないように願います‼』

 血まみれのスマホが、風呂場に転がっている光景が目に浮かぶ。それは、そうだろう。今まさに――男たちは俺を取り押さえ、服を引きちぎって全裸にしている最中だ。多勢に無勢の状況でなすがままの俺は、手にしたスマホだけが心のよりどころとばかり、どんなに乱暴に扱われても絶対に離すまいと抵抗した。そして、裸のまま風呂場の浴槽に放り込まれたのだ。

「父さん、助けて! 母さん、母さん!」

 全身が焼けるように痛い。
 あるものは出刃包丁で突き、あるものはノコギリで切りつける。それでも俺は手にしたスマホに一縷の望みを託し、耳に当て続けた。
 電話の向こうには、家族がいる。

「気の毒だが」返り血を浴びたお面が言う。「十年に一度、この町は人間の血を欲しがるんだ。血を与えないと、途端に開発の波にのみ込まれて、昭和の町並みを失ってしまう。だから、人身御供が必要なんだよ。そうして、七十年近くやってきたんだ!」

 理解不能だった。
 妄想に憑りつかれた狂人としか言いようがない。

『雅史。いるのか……そこに……』

 薄れゆく意識に、父親の声が触れた。

『いるんだな、雅史』

 電話の向こう側は、俺の――未来だ。
 そこへ行けば、家族に会える。
 誰かが、大振りのナタを振り下ろした。それが最後の一撃となり、俺は絶命した。

 *

 パシャ。パシャ。

 閃光が目の奥を焼いた。
 肉体的な反応は鈍いが、その閃光に神経だけが反応している。

「もしもし、雅史。聞こえるか雅史!」
「やめてよお父さん。お兄ちゃんが電話に出るはずないじゃない」

 瞼が開く。少しだけ肉体に反応が戻る。
 目に映ったのは、部屋中を動き回る鑑識の男たちの姿だ。あの閃光は現場の状況を記録する鑑識のカメラだったのだ。

「あれ……このご遺体……目が開いてませんか?」

 鑑識の一人がその変化に気がついた。

「こ、この人、生きてますよね!」

 一斉に視線が俺に集まった。
 それが力となったのか俺の全身に力が漲り、動けるパワーが与えられた。

「ゲボ!」

 口からどろりとした血を吐き出して、俺は立ち上がった。それを目の当たりにした人々は一瞬の後、声をあげて逃げ惑った。

「……雅史」

 優しい父親の眼差しは、俺に勇気をくれる。混乱の中で家族だけは冷静だった。

「と、と、とう……さん」

 腐敗した皮膚は動くたび崩れていく。言葉を発するだけでも溶けた筋肉が皮膚の裂け目から流れ出るが、俺は最後の力を振り絞った。
 耐えがたい臭気を放っているはずなのに、両親と妹は俺の身体を抱きしめてくれる。

 ……みんな。これから信じられないような話をするよ。

 俺は、この町に昭和の風景を残すため殺人を犯す者たちがいることを告げた。十年に一度、人間の犠牲を強いる町の要求に応えて、人身御供なるものを実行する狂人たちだ。
 みんな信じてくれるかは分からない。だが、この理不尽な仕打ちを家族に伝えずにはいられなかったのだ。

 奇跡の時間が終わった。
 全身の力が抜けて、静寂の無が訪れる。最後に聞こえてきたのは……「分かった」と言う父親の言葉だった。



 その後、この町に住む住人、三十名が逮捕された。
 世の中は、彼らが『昭和さま』という秘密組織を維持運営し、この町に宿る『荒ぶる魂』を鎮めるため十年に一度、人殺しをしていたという事実に驚愕した。
 こうして全てが明るみに出たのは、周囲の無理解をものともせずに事実を訴え続けた被害者家族の存在があったからなのだ。

 しかし、それも。
 この世にいない俺には、分かるはずもなかった。

 
  おわり













 



























 
 
 
 






























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