表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(振り飛車対抗型)
42/60

対抗型(ゴキゲン中飛車)

 いよいよ居飛車穴熊もやったし、最近の流行はだいたい押さえたかな。

 あといくつか、対抗型で残ってるのがあったよね。

 今日はそれを教わろ、と。

「やっほー、今日も来たよ」

 私が部室のドアを開けると……歩美(あゆみ)ちゃん発見。

 安定の出席率だね。

「歩美ちゃん、暇?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは駒を動かす手を止めた。

 あ、暇じゃなかったかな。見れば分かったかも……。

「暇ってわけじゃないけど……何?」

「忙しいなら、いいよ」

「別に忙しくもないわよ」

 暇でもないし、忙しくもない……普通だね。

「じゃあさ、何か戦法を一個教えて?」

「何でもいいの?」

「うーん……対抗型がいいかな」

「……そう」

 むむむ、これには、もう慣れたよ。

 その口癖は、直した方がいいと思うんだけどね。

「昨日、渡辺明の本を読んでたってことは、居飛車穴熊はやったのよね?」

「やったよん」

 八千代(やちよ)ちゃんに教えてもらったからね。

「じゃ、ゴキゲン中飛車にしましょ。昔ほどじゃなくても、そこそこ出現する形だし」

 あ、きたね、ゴキゲン中飛車。

 個人的に、名前が変な戦法筆頭格だよ。

「普通の中飛車は、もうやった?」

「普通って?」

「角道を止める中飛車」


挿絵(By みてみん)


 これは……やったね。何となく、覚えてるよ。

 最近は、四間飛車ばっかりだったからね。復習しないと、忘れちゃいそう。

「一応、やったよ」

「じゃあ、話は早いわ。ゴキゲン中飛車って言うのは……」


挿絵(By みてみん)


「こんな風に、角道を止めない中飛車のことよ。近藤(こんどう)正和(まさかず)プロの考案で、一時期本人の勝率が9割を超えた、めちゃくちゃ優秀な戦法」

 うわ、それはびっくりだね。

 松尾流穴熊でも、8割だったもん。

「要するに、これが最強?」

「『一時期』はね。その後は対策されて、今ではよくある戦法のひとつ」

 あらら、それは残念。

 まあ、ずっと9割だったら、みんなこの戦法しかしないかな。

 それはそれで、つまらないよね。

「将棋史の中で見ると、比較的新しい戦法で、1990年代に誕生ね」

「今度は、藤井さんとは関係ないんだね」

「んー、実はあるのよね」

 えぇ……どんだけ名前が出るんだろ、この人……。

「ゴキゲン中飛車の最盛期は、2004年頃なんだけど、これって、藤井システムがだんだん低調になってくる時期と重なってるの。松尾流穴熊って知ってる?」

「うん、それは八千代ちゃんに教えてもらったよ」

「その松尾流穴熊の誕生が、2003年でしょ。そこから、四間飛車は苦境に陥って、その代わりに振り飛車党が何を指すか、という答えのひとつとして、ゴキゲン中飛車が注目されたわけね。もちろん、それ以前からもたくさん指されてたけど、『藤井システムの代用』になったのは、2000年代に入ってから」

 なるほどね、藤井システムの代わりに台頭してきた感じなんだね。

「まあ、必ずしも代用ってわけじゃないけど。藤井システムからは完全に独立したオリジナル戦法だし、作戦の立て方とかも、全然違うから。ただ、『居飛車穴熊にどう対抗するか』という点では、普及した理由が一緒なのよね。初期のゴキゲン中飛車に対しては、居飛車穴熊に組めないと考えられてたわけだし」

 へぇ、そうなんだ。

「『初期の』ってことは、今は組めるの?」

「居飛車側の研究が進んできて、組める順も開発されてるわ」

 そっか、もう猫も杓子も穴熊状態だね、こうなると。

「とりあえず、最初の数手を見てみましょ。後手番ゴキゲン中飛車のときは、7六歩、3四歩、2六歩に5四歩」


挿絵(By みてみん)


「こう指すわけだけど……何か気にならない?」

「何が?」

「よーく見てちょうだい」

 よーく見るよ。

 じーッ……………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あれ? これって、角交換したら、どうなるの?」

「いいところに気付いたわね。2二角成、同銀、5三角が、一瞬見えるんだけど……」


挿絵(By みてみん)


「これには、4二角として大丈夫。歩が邪魔で2六角成とできないから、同角成、同金で、馬作りを阻止できるわ」

 なるほどね。隙が出来てるように見えて、そうでもないんだね。

「ただこれは、2六に歩がいるからできる防御よ。2五歩の伸ばしに放置、例えば9四歩なんてすると、今度こそ2二角成、同銀、5三角で、6四角には2六角成、それを防いで4四角には同角成、同歩、4三角」


挿絵(By みてみん)


「これでもう、どうやっても先手は馬を作れるから」

 ふんふん、これも理解したよ。

 つまり、2五歩のあとは……。

「5二飛だね」

「正解。そこで飛車を回って、5三角を阻止するまでが、お約束」


挿絵(By みてみん)


 最初の数手なのに、結構、気を遣うね。

 だから昔は無かったのかな? 関係ない?

「さて、実はこの角打ちがあるから、先手番ゴキゲン中飛車では、初手5六歩が多いわね」


挿絵(By みてみん)


 んん? これは……珍しいかな。

 いっつも7六歩だもんね。

「この手の意味は?」

「初手7六歩、3四歩、5六歩は、いきなり8八角成、同銀、5七角」


挿絵(By みてみん)


「先手と後手が入れ替わってるから、8四歩が突かれてなくて、いきなり先手不利ね」

 ……あ、そっか。

 このケースだと、5筋の歩を突くのが、飛車先の歩を突くよりも早いんだね。

 だから、この段階で、いきなり馬を作れちゃうんだ。

「だったら、初手は5六歩だね」

「そういうこと。先手番ゴキゲン中飛車にするときは、ここに注意ね」

 私は居飛車にするつもりだけど、ちゃんと覚えておこうかな。

 相手が間違ったときに、ちゃんと咎められないとね。

「さて、5二飛と回った段階に戻るわね。このとき、いきなり2二角成とするのが、いわゆる丸山ワクチンよ」


挿絵(By みてみん)


 ……また変な名前が出たね。

「まる……何それ?」

丸山(まるやま)忠久(ただひさ)プロが考案した、ゴキゲン中飛車対策よ。昔、丸山ワクチンって言うワクチン騒動があって、それをパロってるみたい」

 うーん、薬品の方は、聞いたことがあるような、ないような……。

 いずれにしても、相当昔の話じゃなかったかな。

「これで、ゴキゲン中飛車はダメなの?」

「そういうわけじゃないわ。これ自体は、1990年代後半から、2000年代前半に掛けての対策で、最近は別のが出て来てるから」

「別のって?」

「その前に、少しだけ丸山ワクチンを解説しましょう。丸山ワクチンの狙いは、角交換をして中飛車の戦力を削ぎ、その間に王様を安全に囲おうっていう考え方。よく考えると、手損してるわけで、デメリットがないわけではないわ」

 あ、思い出したよ。

 自分から角交換すると、手損になるんだよね。同銀で、銀が早めに動けるから。

「で、ここで王様を囲う場合にも、角がいないから、穴熊は難しいわ。例えば、角交換後にいきなり王様を6八玉とすると、3三角、7七桂、7四歩」


挿絵(By みてみん)


「これはもう、穴熊にはできないし、桂頭を狙われて、むしろ不利になってるでしょ」

 ……だね。7七桂と跳ねてから穴熊を組むのは、見たことがないかな。

「角交換後の正しい手は、佐藤(さとう)康光(やすみつ)プロが指した、9六歩ね」


挿絵(By みてみん)


「ん? 何これ?」

 端歩を突いただけだよね。

「ここでうっかり5五歩なら、6五角、3二金、8三角成よね」


挿絵(By みてみん)


 そっか……これがあるなら、5筋を圧迫できないね。

「一回9四歩って受けるよ」

「そこで7八銀」


挿絵(By みてみん)


「え? 8八角だと?」

「それは7七角で受かってるわよ」

「うーん……じゃあ、今度こそ5五歩?」

「残念ながら、それも成立しないの。5五歩以下、6五角、3二金、8三角成、5六歩、同歩、8八角に、9七香と逃げられるから」


挿絵(By みてみん)


「これが9六歩の効果よ。突いてないと、次に9九角成とされて先手不利ね」

 ふえぇ……よくこんなこと思いつくね。

 佐藤さんは、別のときにも出て来た気がするかな。

「ただ、ここまでの流れからも分かるように、穴熊にはできないわ。7八銀から7七銀〜8八銀の組み直しは、いくらなんでも成立しそうにないから」

 そうかな? 私みたいな初心者だと、簡単にやられちゃう気がするけどね。

 少なくとも、そうされたとき、対処法が分からないよ。

「さてと、丸山ワクチンはこれくらいにして、最近の対策に移りましょう。現在、急戦調で人気があるのは、超速3七銀戦法よ」

「ちょうそく?」

「超速いと書いて、超速」

 超速い……なるほどね。造語かな。

「発案者は、星野(ほしの)良生(よしたか)3段よ*」

「3段って?」

「奨励会っていう、プロの養成機関の最高段位」

 ……プロ寸前ってことかな?

 よく分かんないね。

「超速は、一手を争う戦法だから、基本的に先手でしか成立しないわ。基本図は……」


挿絵(By みてみん)


「こうね」

 ふんふん、銀を速攻で繰り出すんだね。

「でもさ、さっき、穴熊にしたいって言わなかった?」

「実はこれ、超速って言いつつも、速いのは銀だけで、例えば以下、4二銀、7八玉、5三銀、5八金右、4四銀とすると、6六歩、8二玉、6七金、7二銀、7七角、6四歩、8八玉、3二飛、9八香、5二金左、9九玉、6三金、8八銀」


挿絵(By みてみん)


「穴熊の完成ね」

 あらら、できちゃったね。

 でも、こうなるなら、先手は何に悩んでるんだろ。

 超速にしなくても、簡単にできそうだけど。

「結局、4六銀の意味は?」

「4六銀は、3筋を狙うことで、4四歩や4二銀〜5三銀〜4四銀を誘ってるの。ゴキゲン中飛車で穴熊に組みにくいのは、角道がずっと開けっ放しだから。要するに、超速は、『角道を開けっぱなしなら急戦に、止めたら穴熊にしますよ』っていう脅し」

 なるほどね、了解。

「かなり欲張りな作戦だね」

「まあ、必ずしもそれが成功するとは、限らないわ。後手の対応もいろいろあるし」

 そっか、これは、あくまでも一例だもんね。

「ちなみに、ちょっとだけ予備知識。初期のゴキゲン中飛車対策には、超急戦っていう戦法があって、それは本当にめちゃくちゃな急戦よ」


挿絵(By みてみん)


「この局面から、2四歩、同歩、同飛、5六歩、同歩、8八角成、同銀、3三角、2一飛成、8八角成の決戦」


挿絵(By みてみん)


「以下は、詰みまで研究されてる順も多くて、どっちも神経を使う形ね」

 ひえぇ、これは本当に、超急戦だよ。5七銀右戦法とか、目じゃないね。

「実はこれ、1999年の竜王戦で2局も出て、アマチュアも真似して指してた時期があるんだけど、最近では滅多に見ないわ。超速なんかが出た今では、敢えて飛び込む順でもないと思う。居飛車にそこまでメリットがないし」

 だね。これはちょっと、怖過ぎるかな。

「さてと、ゴキゲン中飛車の内訳は、だいたい説明したし、今日はこれまでね。詳しい手順なんかは、本で勉強してちょうだい。私のオススメは、村山慈明プロの『ゴキゲン中飛車の急所』、中村太地プロの『速攻!ゴキゲン中飛車破り』あたりかしら」

 へぇ、たくさんあるね。

 居飛車穴熊は、渡辺さんの本しか紹介されなかったけど。

「ありがとね、歩美ちゃん」

「どう致しまして」

*筆者註:2014年にプロ入り。


【今日の宿題】

次回は、早石田を取り上げます。

興味のある方は、下記の棋譜の序盤を予習してみてください。


・石田流

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=17872


・升田式石田流

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=10824


・新石田流(鈴木新手)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=14994


・新石田流(久保新手)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=65944



《将棋用語講座》

○ゴキゲン中飛車

近藤正和プロ考案の中飛車で、飛車先を止めない攻撃型の布陣が特徴。初期のゴキゲン中飛車に対しては、ほとんど急戦模様となり、丸山ワクチンを利用しての持久戦も、左美濃にするのがせいぜいであった。このため、藤井システムが低調になってからは、後継の戦法として多用され、タイトル戦などでもしばしば採用された。しかし現在では、居飛車穴熊に組む手順が開発されており、必ずしも有力な穴熊対策ではなくなっている。



《追加情報》

本作は2012年5月なので、まだ出版されていませんが、同年9月に出された菅井竜也プロの『菅井ノート 後手編』もオススメです。但し、これは有段者向け。初心者向けのものとしては、2013年の鈴木大介プロ『最強将棋21 中飛車の基本 【ゴキゲン中飛車編】』があります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ