「なぁ、ヒカル。」
ふと少年は、当たり前の様に隣の少年へと話し掛ける。
「なんだよカゲル。お前が俺に話し掛けるなんて珍しいじゃないか。」
しかし話し掛けられた少年は、それが日常的で当たり前のことではないかの様な返事をする。
「そうだっけ?そう言えばヒカルに話し掛けるのは、3日と16時間25分振りじゃないか。それって別に、そんなに言うほど珍しくないと思うけど。」
「…そうかい。」
ヒカルは、カゲルのおかしな発言には敢えて突っ込みを入れずに答えた。
恐らくだがそれは、一番賢明な答えだったのでは、と私は思う。
カゲルの、この類いの言葉に一々突っ込みを入れていたらキリがないのだ。
「で、カゲル?お前は俺に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
そして、話の流れでウヤムヤになりそうだった話題をわざわざ掘り起こしてもあげるのだった。
そういった意味でも、本当に良い奴だと思う。このヒカルという少年は。カゲルという人間にここまでの配慮が出来る人間はそうはいないのだから。
互いが互いに異質。
どちらもどちらで普通じゃない。尋常な人間じゃない。常識が通用しない。会話が成立しない。まともに対峙できない。エトセトラエトセトラ…。
言い出したらキリが無いほど、語り出したら終わりがないほどに、この二人に関する負の感想は湯水の如く湧き出てくる。
そんな二人を、仮に適当な事象で例えるとしたなら、プラスとマイナスの同じ数値だろう。互いに打ち消し合い、互いの異質を帳消しにする。
明るすぎたなら影を。
暗すぎたなら光を。
そういった意味だけ見ても、二人はまさにベストパートナーなのだ。
「あぁ。そうだったそうだった。それだよそれ。僕が話したかったのはこんなことじゃあなかったんだ。何時間振りにヒカルに話し掛けた、なんてのは余りに意味を持たない会話だったよ。そんなことは気にすることじゃあないんだ。」
そして、カゲルはベストパートナーに向けて、棘のあることをサラリと言う。
「じゃあカゲル。そんなに勿体振ってないでさっさと言えばいいじゃんか。俺は別に、どんなことにだって動じないぜ。」
「いや、それはどうかな?」
棘のある一言には反応しなかったヒカルだが、次に放たれた挑戦的な一言にはさすがに怪訝そうな表情を浮かべる。
カゲルにしては珍しい物言いだったから。
「だって、…横浜電脳不民街の話なんだからね。」
※※※※※
随分と前の話になる。
まだ日本という国に、数多くの巨大都市が存在していた時。
この、横浜と呼ばれる地も例外ではなく、人々で賑わう大規模な先進都市が確かにここにも存在していた。
昼夜を問わず明るい街中には、ありとあらゆるジャンルの店舗が並び、天までとどく勢いの馬鹿でかいビルたちが剣山の針のように並立する。
人々はその街の活気に踊らされ、魅惑され、魅了され。
まさにそれは夢を見せられて、…否、魅せられていたのだ。
そしてまだ幼かった私ですらも、その例外ではなく。
周りの友達に誘われる通りに。
周りの大人に教わる通りに。
私は、抗いもせずにこの街に踊らされていたのだった。
しかし、その活気に溢れた街は今、些か不思議な名称で呼ばれている。
『横浜電脳不民街』
先ずはその経緯から説明することにしよう。
※※※※※
一陣の風が、この狭い通りにも、まるで全てを嘲笑うかのように吹き付ける。
ここは日本で2番目に大規模で、日本で1番に悪質だと言われる街、『横浜電脳不民街』のメインストリート。しかし、メインストリートなんてのは何とも見てくれの良すぎる呼び名だ。どこからどう見たってそんな立派なものじゃない。
だから敢えて適切な言葉を探すとするなら、『ゴミの道』だろう。
誰が見たって、誰が聞いたって、誰が比喩したって、誰もが同じことを言うと思う。十中八九…、否、十中十、同じことを言う。
その予想は決して私の自意識過剰からではない。
まるでその言葉の指す意味を、コピーしてペーストしたかのように、しっかりと的確に捉えているからだ。
『ゴミの道』。我ながらなんの飾り気も無く、幼稚なネーミングだと思う。
そう。このメインストリートは、一面のゴミで覆われた、その名の通り『ゴミの道』なのだ。
産業廃棄物を始め、腐敗の限りを尽くした生ゴミ、尋常な数ではない書類の束、得体の知れない白いビニール袋、気味の悪い白いビニール袋、酷い臭いのする白いビニール袋、エトセトラエトセトラ…。
辺り一面なんて生易しいものじゃない。
街全て。
そう。街全てがゴミ。
そして、住んでいるのは人間ではなく、それらゴミの権利を主張する大量の人工知能たち。
故に、この地は『横浜電脳不民街』。
こんな粗悪で劣悪で悪質で悪性で悪趣味でいて、更に最悪な空間なんかに、住む人間などいるわけがない。
だから『横浜電脳不民街』。
誇張でもなく、皮肉でもない呼び名、『横浜電脳不民街』。
こんな場所に、…いや、正確には、“こんな場所ではなかった場所”に少年の片割れ、ヒカルは生まれたのだ。
※※※※※
この街を創った男の名前は、草原八百万。
かつて伝説の天才とまで謳われたマッドサイエンティスト。
変人奇人怪人の限りを尽くし、それでいて究極の天才だった。その天才具合といえば、かの有名な、東京を創った男なんて全く眼中に無い程の逸材だったらし。
だから男は、その想像力に任せて想像し尽くした。
『横浜電脳繁華街』なるものを創り、そこに暮らす大量の人間にヒケをとらない数の人工知能を創った。
そう。東京のそれが5年掛かって創り上げたであろう全てを、この男は僅か1年足らずで創り終えた。
しかし、この街は東京のそれとは比べものにならない程の、決定的な違いがあった。
それは文字通り、創り“終えた”こと。
東京は5年掛かってなお、未だに創り“途中”である。まだまだ“終わり”までは到達していない。
だが横浜は1年足らずで“終わり”まで辿り着いてしまった。
だからさっさと滅びた。
行き過ぎた発展の向こうに見えるのは破滅しかない。
かつて、あの大海原を支配したアンモナイトだって、この地球全土の頂点に立っていた恐竜たちにしたって、結局滅びた。
それは自然の摂理。抗う術の無い絶対的な決まり事。唯一完全である神への冒涜。あるいは、母なる地球からの淘汰。
どんな理由にせよ、『横浜電脳繁華街』は消え去り『横浜電脳不民街』が残ったのは変わりも無い事実。
そしてその破滅へと一役買ったのが、他でもない草原自身の創った人工知能たち。
更に、そこで一番重要なのが、奴らは機械のクセに自分の意思を持っていることだった。
それが奴らの最大の利点にして最大の欠点。最悪にして最高の機能。
一個のマザーコンピューターによって統率された人工知能たちは、統率されながらも意思を持つ。
そして何より、人工知能という言葉通り、人類が想像できる最高の知能を持っている。
統率されながらも意思を持ち、更に最高の知能をもつ奴らは、まさに究極の存在。
基本的な理念はマザーコンピューターにより操作され、細かな行動は自分の意思により、なおかつ最高の知能で対処する。
そんな連中が、自分達より劣る人間を見限り、淘汰するのに大して時間はかからなかったのだ。
何度も言うが、だからこの街は滅びた。
そして草原八百万は姿を消した。
※※※※※
そして街は現在に至る。
絶世の限りを尽くしたこの街は、今やただのゴミ捨て場となっている。
人間たちが、人工知能たちへの、唯一の反撃をするかのように。何も出来ずにただ眺めていた自分たちの、やり場の無い怒りを向けるかのように。
この街への領空へと忍び込み、大量の廃棄物を投下する。
毎日毎日毎日毎日。
大型の飛行機に、重量オーバーギリギリのゴミ束を乗せ、メインストリートへと落としていく。
その光景はまるで空襲。
戦闘機が爆弾を落としていく様に恐ろしく似ている。
『横浜電脳不民街』
この街は空襲されている。空襲されているということは、攻撃されているということ。
攻撃されるのは敵。
つまりこの街は既に敵なのだ。だから『横浜電脳不民街』というのは誇張でもなく、皮肉でもない。
それどころか、全然生易しい呼び名。
人間がいなくなった時点で、この街は既に終わっているのだ。
※※※※※
「横浜電脳不民街…だって?」
「そう。横浜電脳不民街。」
先程、どんなことにも動じないと言ったハズのヒカルだが、その表情は明らかに動揺の色に染まっている。
「…それが…一体どうしたと言うんだ?」
そして、何事も無かったように平然と話を進めようとするものの、その動揺は全く隠しきれていない。
ヒカルにしては珍しい。
まぁそれも、話題が話題だから仕方ないのだろうか。
「今度、行こうと思うんだよ。横浜電脳不民街に。」
そんなヒカルの様子を、微塵も気にする様子もなく、カゲルはニヤリと笑ってみせる。
こちらもカゲルにしては珍しく、どことなく気分良く話しをする。
話題が話題だからだろうか…。
「…俺も、…行かなければならないのか?」
「もちろんだよ。じゃなきゃなんの意味も無いんだ。ヒカルと一緒に行かなければ、横浜に行く意味なんて微塵もないんだよ。」
即答だった。
カゲルは悪びれる素振りもなく、いつもより断然真剣な面持ちで答えたのだ。
「…何をしに行くんだよ。その横浜に。言っとくが俺には横浜に行く用事なんて欠片もないぜ?全然微塵も無いんだぜ?そんなことは随分昔から分かっているハズだろう。それなのに行くっていうのにはどんな理由があるっていうんだ?」
「それはね。…『横浜電脳不民街』を僕たちの物にしようと思うのさ。」
そう言って、より一層輝きの強い笑みを見せる。
「…え?」
ヒカルは、カゲルの言っていることの意味がよく解らないらしく、ただただ怪訝な表情を浮かべる。
「だーかーらー。『横浜電脳不民街』を、僕たちが攻め落として、僕たちの物にしちゃおうってこと。」
「…え?ちょっと待ってくれよ!」
ヒカルは文字通り固まった。
「な、…何を言っているんだよカゲル?俺にはお前の言っていることがサッパリわからな―――」
「これはヒカルの為だよ。」
半ばヒカルの声を遮るように、カゲルは声を荒げて言った。
その尋常無いくらいに緊迫した叫びに、ヒカルは驚き、一歩だけ後退る。
その顔には一筋の汗と、少しの焦り。そして恐怖。
「ヒカルはね。そろそろ過去の事を精算してしまっても良いと思うんだ。その小さな両肩に、沢山重荷を乗せすぎなんだよ。だから僕からのせめてもの提案。」
「…でも、俺には無理だよ。」
しかしヒカルも譲らない。蚊の鳴くような小さな声ではあるが、その声には強い決意が込められているのが分かる。
「俺は横浜には行けない。理屈じゃないんだよ。どう足掻いたって、絶対に無理なことなのさ。世の中、なんでも自分の思い通りになるわけじゃない。それはカゲルが一番解っているんじゃないのか?」
ゆっくり、はっきりとした口調で、諭す様に話すヒカル。
なんだかとても滑稽な状況だ。異様としか言えないくらい不可思議で、ヒカルにしては全然らしくない。
「解っていないのはヒカルだよ。全然何も解っちゃいない。だから僕は、そろそろトラウマなんか乗り越えろって言っているんだ。解らないかなぁ。それこそ理屈だよ。弱点は自分を殺すんだ。」
対するカゲルも負けてはいない。こちらもゆっくりと諭すようにヒカルに言葉を投げ掛ける。
まるで、駄々をこねる子供に言い聞かせるように。
「なら俺は…トラウマなんか克服しないで死ぬ!」
「へぇ…。ヒカルってここまで強情なやつだったんだね。仕方ないなぁ…。じゃあ僕が殺してあげるよ。」
カゲルはヒカルに飛び掛かった。
※※※※※
カゲルがヒカルへと飛び掛かる直前、私には二人の右腕がそれぞれ青白く光るのが見えた。
着ている衣服越しにも分かる、はっきりとした青色。
まるで、発行ダイオードのように光るその色は、ほんの一瞬で消え、こちらの目の錯覚を疑わせた。
すると、まるでそんなことなど無かったように、カゲルが2メートル程あった二人の距離をあっという間に詰め、今まさに殴り掛かろうとしたその瞬間、更に私の目にはおかしなモノが飛び込んできた。
なんと、カゲルの拳が真っ赤に燃えているのだ。
今度こそは目の錯覚なんかではない。はっきりと、しっかりと、その拳は大気を焦がし燃えている。
ジリジリと音をたて、メラメラと炎を揺らし、小さな拳が飾られる。
その拳は思い切り振りかぶられ、弾丸のような速さでヒカルの顔面へと派手な音をたてて叩きつけられた。
…ように見えたのだが、よく見るとその拳はヒカルの右手によって防がれていた。
その手のひらには蒼白い電流が流れている。
バチバチと音をたて大気を揺らす紫電。
穏やかに燃える真紅の炎とは対照的な、激しく乱れる蒼白の雷。
互いが互いを打ち消し、互いの手を守っているのであろうか。二人の手には火傷や傷の類いが見られない。
そして気付くと、二人はいつの間にか距離をとって対峙している。
「そんな甘っちょろい攻撃で俺を殺そうだなんて、俺様も随分と舐められたもんだな。」
「へへへ。…減らず口は死んでから言うものだよ。」
最早、人間としての概念を失った二人の少年の、人外バトルがたった今始まった。
※※※※※
先に動いたのはヒカルだった。
決して華奢ではない、体格の良い身体全体に蒼白い雷を纏わせて、人間とは思えないスピードでカゲルに向かって走っていく。
その目には充分な殺気。
先程まで仲良く話していた友人に向けるべきではない鋭い眼差し。
目があっただけで命を奪われそうなその眼光は真っ直ぐにカゲルを見据えている。
対するカゲルは。
…驚くことに、ヒカルへと背中を向けて逃げていた。先程、偉そうなことを散々行っておきながら、さっさと尻尾を撒いて逃げていたのだ。
そのスピードはヒカルのそれとほぼ互角。
二人は、目にも止まらぬ速さで鬼ごっこをしているのであった。
「どうしたんだよカゲル。さっき、アレだけ偉そうなことを言っておいて逃げるだなんて。まさか、急に俺のことが怖くなったのか?」
そう言って更に加速をするヒカル。
「……………。」
徐々に徐々に距離を詰めていく、ヒカルの挑発的な言葉にも耳を貸さず、ただ黙々と、一定のスピードで逃げていく。
「ほらほらどうしたよカゲル。俺様、もう少しでお前に追い付いちゃうよ。」
そう言って、ケラケラと余裕な笑いを上げるヒカル。
すると満を持してか、カゲルが走りながら器用に後ろを振り向く。
「余裕そうなヒカル君にはこれをあげるよ。」
「………!」
その瞬間、ヒカルの身体がダンッという大きな音と共に後ろに吹き飛んだ。
…いや、正確には吹き飛んだというより、その場に取り残されたという方が適切なのかもしれないが。
とにかく、走るのを遮られたヒカルの身体が未だ逃げているカゲルから確実に遠ざかっているのは明白で。
既にカゲルの視界にはヒカルは映ってはいない。もう景色と共に通りすぎていってしまっていた。
それでもカゲルは止まらない。
表情には緊迫感など微塵も表れておらず、その姿は逃げているという感想を挙げるには少し楽しさを帯びすぎているようにも見える。
そしてカゲルは、なんの前触れも無く止まる。
私が気付くと、目の前には先程振り払ったハズのヒカルがどデカイ鉄の扉を抱えて立っていた。
「やあ。久しぶり、ヒカル。」
「あぁ。久しぶり、カゲル。」
二人は何とも無かったように言葉を交わす。
「随分と遅かったじゃないかヒカル。僕はもっと早く捕まえてくれるもんだと思ってたよ。その為にわざとゆっくりと走っていたのに。」
カゲルはニコニコと楽しそうに言う。
「俺だって少しは鬼ごっこを楽しみたかったのさ。だし、こんな扉で俺様を止めようだなんて虫が良すぎると思うよ。」
そう言ってヒカルは重厚な鉄の扉を、片手でヒョイと投げ捨ててしまった。
「違うよヒカル。君は勘違いしてるよ。その扉は邪魔だったから捨てたんだ。それ以外の何の意味もない。ヒカルにぶつけたのは気まぐれだよ。」
「だと思った。カゲルの気まぐれはいつも唐突だから。いくら俺様でもそれを読むのは難しいんだよ。さて、無駄話はこの辺にして。」
ヒカルは話を一旦区切り、足早にカゲルの前まで近づきギリギリの場所で足を止め大きく息を吸って口を開いた。
「じゃあそろそろ死んでもらおうか。」
「ハハハ。それは無理な話だよヒカル。君に僕は殺せない。だって、」
そう言いながらカゲルは邪悪に微笑む。
「ここは『横浜電脳不民街』なんだから。」
※※※※※
「僕はただ闇雲に逃げていたんじゃあ無いんだ。明確な理由を持ってここまで走ってきたんだよね。それはここ、『横浜電脳不民街』に来るため。だからさっきの扉だって、ここに入るのに邪魔だったから外しただけ。何度も言うけどそれ以外に意味は無いんだ。」
カゲルは大袈裟に両手を横に広げながら辺りを大きく見渡す。
「さぁ。じゃあ僕を存分に殺してくれよ。ただし、…君にそれが可能ならね。」
カゲルは形容し難い程、満面な笑みを浮かべながらヒカルを見据えていた。
……ドサッ
そしてヒカルは大きな音をたて、力無く地面に倒れた。
先程まで殺気に溢れていたその両目には、もう光は宿っておらず、涙さえ浮かべている。
そんなヒカルに、カゲルは何も言わずに手を差し伸べた。
ヒカルも何も言わずに、その手を握る。
「さぁ、行こうかヒカル。君のトラウマは僕が克服させてあげるよ。」
二人は手をとり歩き始めた。
その足下にはゴミの山。
もう二人の間にはばかるものは無い。
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