キノコで世界は滅びるか。(3/3)縦書き表示RDF


キノコで世界は滅びるか。
作:山名春秋



3話


「BED MASH」の店内は、まるで小洒落たバーのようだった。壁には50年代のアメリカン・ポップのポスターが貼ってあり、それを落ち着いた橙の光が、ほのかに照らす。えんじ色の絨毯に、落ち着いた木のソファが、重厚感を醸し出しており、静かで客の姿もない。ブティック風の外見からは、想像もできない雰囲気である。
「それで、今日はどういったハットルームをお探しですか?」
女がにこやかに尋ねてくる。
さて、どうやって説明しようか。ただの好奇心です、買おうという気は特にありません、とでも言うべきなのか。
俺は辺りを見回して、それから肩をすくめた。
「キノコは飾っていないんですね」
てっきり店の中はキノコであふれているかと思ったのだが、いくつか棚があるばかりで、キノコはまるで見当たらない。
「はい、ハットルームは胞子の状態で保管いたしております。当店では、お客様のご要望に合ったハットルームを、お客様の頭に根付かせるまでのアフター・ケアを行っておりますので、ご安心ください」
根付く、という表現が生々しかったので、俺は思わず身震いをしてしまう。
そんな俺の様子をいぶかしく思う様子もなく、女はにこにことこちらを見ている。
しかし、この女は……。
刹那、俺の頭に閃光が走った。同時に想起される記憶。コーヒーの苦みと共に、蘇る不快な会話の断片。

そうか、緑のハットルームだ。喫茶店で見た、あの。

「……お客様?」
いぶかしげな声の女を見据え、俺は口を開いた。
「あの、一週間ほど前に、喫茶店でお会いしませんでしたか?俺は二人連れで……」
詳しい様子まで言おうと思ったが、ふと気付いてやめた。客の一人にすぎなかった俺を、一週間もたって彼女が覚えているわけがない。俺の方は、あの緑のハットルームが目に付いて記憶していただけなのだ。
しかし、女は少し驚いた様子で頷いた。
「あ、もしかして、連れの方が行方不明になったって……」
「……どうして知っているんだ?」
「警察の方に事情を聞かれたもので。見たことを正直にお話したんですわ」
なるほど、俺の他に目撃者がいた、と聞いていたが、この女だったか。
「お連れの方、早く見つかるといいですね。ご心中お察しします」
胸に苦いものがこみあげたが、何も言わないでおく。俺はこの失踪でどれだけ精神的にダメージを受けているんだろうか。話を聞くだけで、慰めの言葉ですら苦々しく思うとは。
「あの日、貴女は緑色のハットルームを付けていらっしゃりましたよね?それで、俺の方も覚えていたんです。あれもこの店で売っているのですか?」
すると、さも心外そうに女は首を振った。
「緑のハットルーム?まさか。ご存じのとおり、ハットルームにそんな色は御座いませんし、私はあの日、ハットルームなんか付けていませんよ」
そういえばアキも言っていた。ハットルームには白、黒、褐色しか存在しないと。
だが、俺は間違いなく見たのだ。あの毒々しい色使いを。鮮明に記憶にこびりついている。
「いや、俺は見たんです。間違いなく」
女はもう一度首を振る。
俺は、あの日の記憶を否定されたような気がして、尚も言いつのろうとする。何をこんなに熱くなっているのだろう、と思いながらも。
女は奇麗な眉をひそめた。
「お客様、その話をするためにご来店なさったのですか?ご心中はお察ししますが、しかし……」
「連れは、弘人は大事な親友なんです。情報ならいくらでも欲しい」
「もちろん、出来る限りのご協力はしてさしあげたいですわ」
女は髪をかきあげた。
「でも、私は警察にお話ししたこと以外は知りませんし、それにその、緑のハットルームとやらに何の関係があるんですの?」
……確かにそうだ。
失踪とキノコを結びつけて考えているのは俺だけだし、たとえ関係があったとしても、この女はたまたまあの喫茶店にいただけなのである。キノコの色は、やはり見間違いだったのかも知れない。
少々我を忘れていたようだ。
「すみません、失礼しました。つい……」
「いいえ、とんでも御座いません。仲の良かった方がいなくなって……何か協力できることがあったら、何でも言ってください」
女は少し安心したように、にこやかに笑った。
「……それで、ハットルームなんですけれど」
俺は何の気なしに切り出した。この店に来た目的を見失ったのが、少々後ろめたかったのだ。こう言われては、冷やかしだけというのも気が咎める。
「はい、どういったものがご入り用でしょう。詳しくご覧になりたいのでしたら、見本の写真が御座いますが……」
「じゃあ、それを見せてください」
そう言って、俺は客用のソファに腰かけた。買うかどうかはわからないが、ここまで来てしまっては見てもいい、と思う。
「少々お待ちください」
女はそう言うと、ヒールを甲高く鳴らしながら、奇麗な脚を見せつけるように店の奥へと消えていく。不意に姿が見えなくなった、と思ったら、どうやら奥の小さなドアの中に入っていったらしい。
俺は小さくため息をついて、背もたれに体重を預ける。わずかな会話でどっと疲れてしまったようだ。あまり帰るのが遅くなるとアキに叱られる、と思いながら体をリラックスさせる。
「……おや?」
ふと視線を落とすと、床に何かがこぼれているのに気が付いた。ぱっと見ただけでは気付かないかもしれないような何かが、絨毯の上に散らばっている。
なんとなく、俺は少しかがんでみる。少量だが、床には粉がこぼれていた。
その色を確認して、俺は息を飲んだ。

あの毒々しい、緑色の粉末がこぼれていたのだ。




山名です。
煮詰まってなかなか……。これから、話は劇的に動き出す予定です。






ネット小説ランキング>SF部門>「キノコで世界は滅びるか。」に投票







ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP


小説家になろう