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第8話 【ありがとう】
 
 芝崎さんの住まいは、東京の郊外にあるシンプルな二階建ての木造アパートだった。

 幹線道路から少し奥まった住宅街の一角に立ち並ぶ、白っぽい外壁の同じデザインをした木造アパート。その一番奥の棟、『サン・ハイツA』の日当たりが良さそうな、二階の東南の角部屋。そこが芝崎さん曰くの『我が城』。

「狭くて汚いけど、ちょっと我慢して。たぶん、野宿よりはマシだから」

 ちょっぴり緊張しながら、「お邪魔します」と、足を踏み入れる。

 そこには、今まで私が見たこともない空間が広がっていた。

 間取りは、1DKと言うのかな?

 半畳ほどの玄関を入ると、すぐ左側にミニキッチンと水回り。奥にコタツの置かれた、四畳半くらいの板の間。
 更にその奥に和室があって、ベットが置かれている。

 その全てが玄関から見渡せた。

 凄くコンパクトな部屋だと思ったけど、芝崎さんの言うように『汚い』とは思わなかった。

「適当に座ってて。今、夕飯に何か作るから」 

 と彼は、奥の板の間のファンヒーターとコタツのスイッチを入れ、私に座るように促すと自分は腕まくりをしながらキッチンに向かう。

「あの、手伝いましょうか?」

「お客様は、座ってなさい。大丈夫。これでも、料理の腕はなかなかなんだ」

「すみません」

 お言葉に甘えて、コタツに座らせてもらう。

 そう言えば、コタツに入るのも初めてなんだ、私。

 温かい――。

 冷えた身体に、ほっこり温もりが心地よい。

「あの、ご家族はいらっしゃらないんですか?」

 キッチンで、キャベツを切り出した芝崎さんに、何気なく思いついたことを質問した。

「家族はいないんだ」

 ごくさらりと返って来た答えに、ドキリとする。
 
「親は、俺が八才の時に交通事故で二人仲良く墓の中。兄弟もいないし、親戚とは疎遠でね。気楽な物さ」

 そう言って芝崎さんは、軽く肩をすくめた。

 その横顔は、まるで世間話をするような淡々としたもので、語られた言葉の深刻さを微塵も感じさせない。

 天涯孤独――。

 およそ、この人には似つかわしくない単語が浮かんだ。

「あ……すみません」

 私は、無神経に口にした言葉を恥じて、ペコリと頭を下げたままうつむいた。

 よく考えれば、同居の家族がいないのは一目瞭然だった。
 玄関には、芝崎さんの靴しか置いてなかったし、家財道具を見ても、一人暮らしなのは想像出来たはず。

 それを、考えなしに聞いてしまった……。

「それ、止めにしない?」

 柔らかいトーンの声に、思わず顔を上げる。

「はい?」

 それって、どれ?

 言葉の意味が掴めずに、頭の中を疑問符が駆け抜ける。
 
「あの……すみません。良く分かりません」

「それ。その『すみません』ってヤツ」

「あ、あの……?」

「藍ちゃんさ、自分では気付いてないかも知れないけど、その『すみません』って、口癖になってるよ。別に悪いこと、聞いてないだろう?」

 今度は長ネギを見事な包丁さばきで、リズミカルに切り出した彼の横顔に、私は思わず『すみません』と言いそうになって、言葉に詰まった。

 ううっ。私ってそんなに『すみません』って言ってるんだろうか?
 
 そうかも知れない。

 つい、人の顔色を伺うような癖が付いているのかも……。

「まあ、悪いことしても、謝るってこと知らないヤツが多いから、君みたいな人、貴重だとは思うけどね」

『よっ』と、ビニール袋から取り出した白っぽい固まりを二つ、沸かした鍋に入れると、私の方に顔を向ける。

「でも今度もし、『すみません』って言いそうになったら、こう言ってごらん。『ありがとう』」

「ありがとう?」

「そう。プラス笑顔で、怖い物なし! これが俺の処世術」 

 そう言って芝崎さんはニカっと、あの『100%ウェルカム』な笑顔を浮かべた。

「あ……りがとう、ございます?」

 真似して、ニコリと笑顔を作ってみる。

「そう、それ!」

 少年のような嬉しそうな笑顔――。

 その笑顔につられて気が付いたら、私の作った笑顔は、いつの間にか本物の笑顔に変わっていた。




           


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