また、爪を噛みたい衝動にかられる。
駄目だ、ここは押さえなければならない。この癖は直すべきだ。
口元にやった左手が、急に手持ちぶたさになり、パチンと指を鳴らした。
――これで魔法がかかればいいのに。
不安なんかこのコミカルな音と一緒に消えてしまえば、もう爪を噛まなくて済む。
って、何考えてるんだ。馬鹿らしい。
気付けば、壁の向こう側からテレビの音が途絶えている。ケータイの画面右上で、一気に数字が3ケタになった。
あーあ。日付変わっちゃったよ。
毎日ある英語の授業が最近辛い。アルファベットを見ると眠くなるのは、こうして無駄に起きているからだ。
分かっているけど、私の半乾きの頭は夜気にさらされて、パッチリ冴えてる。
いいかげん、窓を閉めよう。
そういい聞かせるけど、もう少し澄んだ空気を吸いたかった。
月が綺麗だ。
不意にそう思った。 いくら季節感の無い沖縄と言えど、冬の空はやはり高い。吸い込まれそうな墨色の彼方に星が瞬き、白む月は美しい。山裾のイルミネーション・ロードなど、一時のまやかしに過ぎない。
人はなぜ、光に惹かれるのだろう。
輝かしいもの、美しいものに人は執着する。そして、いつか光そのものになる事を夢見て現実とのギャップに失望する。
そんな事、知ってる。憧れる前から知ってた。だから、皆サラリーマンになったんでしょ?
特に親しくもない同じ部活の子が勝負を持ち掛けてきた。レギュラー争いを遠巻きに眺める私でも、期末テストではライバルになるらしい。前までそんな事なかったのは、トップの子に必死に追い付こうとしていたからだろう。
私はトップと比べたら格は下。天空の月や星達よりもっとずっと幼稚な光だ。こんな私に勝っても、あの子が得るのは一時の満足感ぐらいだ。そして、もし負けたら更に失望感に潰される。
――憧れは抱かない方がいい。押し潰されるだけだから。
私はため息をついて、窓を閉めた。全反射で自分の姿とその奥の机が写る。
――他人をものさしにするなよ。
私のライバルならここにいる。
人との勝負なんて、曖昧過ぎる。
そんな曖昧な勝負に『ライバル』なんて言葉は、生易しいもんじゃない。
期末テストの結果は自己最高席次をはじき出したけど、私は負けたと思っている。あの子にじゃない。自分にだ。
平均点がたまたま低くて、席次が上がっただけのこと。勝敗はちゃんと自分が知っている。誤魔化しは効かない。
だから断言する。
負・け・た!
ガラスに息が触れて、青白い光を湛えた月が、ぼやけて輪郭がはっきりしなくなった。
それでも、私の姿はきちんとそこに写っている。
パチン!
やっと心の整理がついた。
魔法がかかったかどうか知らないけれど、今日は爪を噛まずにすんだ。
カーテンを締める間際、ガラスに写るライバルのおでこにデコピンした。明日からは月の光に見守られてぐっすり眠れそうだ。 |