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ファンタジックホラー短編

【競作】うつりにけりな

作者:ちまだり
「ファンタジックホラー競作・第5弾」参加作品です。
今回のお題は「人形(ぬいぐるみも含む)」。5分ほどで読める短編作品です。
では最後までごゆっくりお楽しみください。
 人里離れた閑静な森の中に、その屋敷はあった。
「屋敷」といっても庭が広いだけで、母屋そのものは普通の民家よりやや大きいくらいの古びた木造家屋であるが。

(どんな豪邸に住んでるかと思ったけど……案外つつましく暮らしているんだな)

 門の前に車を停め、ドアを開けて降りるとムッと暑気が押し寄せ、普段着慣れないスーツの下から汗が吹き出る。
 関東地方の梅雨明けが宣言されたのは、つい先週のことだ。

「溝口様でございますね?」

 ふいにかけられた声に振り向くと、いつからそこにいたのか、初老の紳士がぴんと背筋を伸ばして立っていた。
 僕と同じくスーツにネクタイ姿だが、その額には汗ひとつかいてない。
 暑くないんだろうか?

「あ、はい。溝口裕也みぞぐちゆうやです」
「お電話を差し上げた弁護士の井上です。さあどうぞ……中で奥様がお待ちです」



「お忙しいところをわざわざお越し頂いて恐縮ですわ。本来ならこちらから出向くのが礼儀なのでしょうが、何しろこの歳ですし、最近はすっかり足腰が弱って……」

 居間で向かいのソファーに座った和服姿の老婦人が、上品な物腰で初対面の挨拶の後、詫びの言葉を口にした。

「いえとんでもない! 僕の方こそ光栄ですよ。まさか往年の大女優、原田幸子はらださちこさんご本人にこうしてお目にかかれるなんて」

 決してお世辞ではない。
 原田幸子といえば、邦画黄金時代といわれた1950年代に若干17歳で銀幕デビューを飾り、以来主演映画はことごとく大ヒットを飛ばし名声をほしいままにした、まさに日本を代表する映画女優の1人である。
 だが60年代以降、TVの普及に伴い邦画は斜陽の時代を迎え、多くの俳優がTVドラマへと転向する中、彼女はデビューからちょうど10年目にあたる27歳の年に突然の引退を発表。以後は片田舎の自宅に引きこもり、マスコミの前に一切姿を現すことはなかった。
 逆にいえば、この「早すぎた引退」が原田幸子の存在を伝説の女優へと神格化させ、現在に至るも根強いファンに支持されている一因かもしれない。

 もっとも僕自身は、初め「原田幸子の代理人」と名乗る井上さんから電話を受けたときに今ひとつピンと来なかった。
 念のため映画マニアの友人に相談してみたところ、

『原田幸子っていやあ20世紀の邦画を代表する伝説の大スター。しかも引退以来公の場に姿を見せず、マスコミに写真さえ撮らせない幻の女優だぜ? 本人の顔を拝めるだけでも大事件だぞ』

 と聞かされ、初めて事の重大さを理解したわけだが。

「大女優だなんて……ホホホ、もう昔のことですわ。今はご覧の通りお婆ちゃんですもの」

 口許に片手を当て、謙遜するように原田さんが笑う。
 年齢でいえば、とうに70を越しているはずだ。
 だが目の前の彼女は――さすがに現役時代そのままとはいかないが――どう見てもまだ40歳そこそこ。特に整形手術などした様子もないから、これは驚くべき若さだ。

「溝口さんこそ今評判の人形作家の先生。ご多忙のところをお呼び立てして、本当に申し訳なく思っています」
「いやぁ、それほどのもんじゃ……」

 今度は僕の方が恐縮して頭をかく番だった。
 そう、僕の仕事は人形作り。
 一口に「人形」といっても千差万別だが、その中でも特に「球体関節人形」と呼ばれる人形の制作が専門だ。
「関節が動くマネキン人形」とでもいえば分かりやすいだろうか?
 一般によく知られるビスクドールやアンティークドールとは違い、身長1m前後のリアルな人間に近い作風を得意としている。

 元々は美大卒業後、画家になるつもりで活動していた。
 だが絵の方はさっぱり売れず、皮肉なことに片手間に趣味で作った球体関節人形がとあるコンテストで入選。それをきっかけにTVや映画、演劇などの小道具として人形制作の依頼が舞い込むようになり、今ではすっかり「人形作家」の肩書きが板についてしまったというわけだ。

 そして今日、自宅で隠遁生活を送る原田幸子からプライベートな人形制作の依頼を受け、こうして彼女の自宅に招かれている。

 僕はちらりと居間の中に視線を走らせた。
 個人からの制作依頼も珍しいことではないが、大抵はドールマニアやコレクターといった好事家の金持ちだ。そんな家に行けば決まって所狭しと大小各種のドールが飾られている。
 だが原田さんの場合は勝手が違った。
 居間に飾られているのは絵画や置物など、ごく普通のインテリアばかり。極端に高価なものこそないものの、そのセンスは決して悪くない。
 中にはアンティークドールや日本人形もあるが、数は少なく、特にドールマニアという印象はない。
 僕は原田さんに視線を戻した。

「それで、ご依頼の件ですが……」
「ええ。溝口先生の才能を見込んで、人形をひとつ作って頂きたいの。私をモデルにして」
「えっ?」

 驚いた僕の顔がよほどおかしかったのだろうか。
 原田さんは少女のようにクスリと笑った。

「といっても、今の私じゃなく……まだ二十歳くらいの、若くて美しかった頃の私をモデルにして、という意味ですけれど」
「あの、そういうご希望であれば……資料になる写真さえあれば、そっくりのマネキンや銅像をオーダーメイドで作ってくれる専門の業者がいますよ?」
「いいえ。この一年、人形制作に携わる会社や工芸家の方々のサンプルを何百と吟味して、私は溝口先生にお願いしようと心に決めたのです」

 続いて原田さんは依頼の条件を提示した。
 特に期限は設けないが、必ず自分が存命のうちに完成させること。
 そしてこの依頼を受けたこと、また制作される人形に関しては一切外部に秘密とすること。

 そのうえで提示された報酬の金額を見て、僕は仰天した。
 僕が普段、人形制作を引き受ける際に見積もりとして伝える相場の額より遙かに多い。
 まず着手金として半分、残りの半分は完成して納品後に振り込まれるという条件だった。

「……分かりました。お引き受けしましょう」

 これが単なる金持ちの酔狂だったら僕は断っていただろう。
 せっかく人形作家としての仕事が軌道に乗りかけている今、どんな大金を詰まれても「プロとして実績の残らない仕事」のために貴重な時間を費やすのは賢明とは言い難い。
 それでもあえて引き受けたのは、そこまで僕の作品に惚れ込んでくれたことに対する感激、また気品溢れる振る舞いの一方「元大女優」という過去を全くひけらかすことのない原田さんの人柄に少なからぬ好感を抱いたからに他ならない。

「まあ嬉しい。断られたらどうしようかと、内心ドキドキしておりましたの」

 原田さんが呼び鈴を鳴らすと、弁護士の井上さんが女中を引き連れて居間に現れた。
 人形制作に関する契約の書類を交わした後、女中が何やら大きなアタッシュケースをテーブルに置いた。

「こちらが資料です。昔奥様が出演された映画のDVD、それに二十歳の頃に撮影された写真……映画はともかく、写真の中にはプライバシーに関わるものもございますので、くれぐれもご内密に願います」



 自宅のアトリエに戻った僕は、さっそくアタッシュケースを開き、資料の写真にざっと目を通してみた。

 若かりし日の原田幸子――その美貌に、改めて驚かされる。

 普通、「美人」のイメージは時代の流れによって移り変わるものだ。
 平安時代の絵巻物や浮世絵、いや現代のアイドルを見てもそうだろう。
 たとえば10年前の人気アイドルのグラビアを見て、「懐かしい」とは思っても、やはりどこか古くさい印象は免れない。
 だが原田幸子の場合は全く違う。
 色あせたポートレートを見ただけで、こちらの心を魅了してしまうほどの「美」。
 まさに時代を超越した美の女神といっても過言ではない。
 仮に二十歳の彼女がこの時代にタイムスリップしても、たちまちトップスターの座に上り詰めたことは間違いないだろう。

『花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』

 有名な百人一首の一句をふと思い出した。
 平安の時代、当時絶世の美女と称えられた小野小町が年齢と共に衰えていく己の容姿を嘆いて詠んだ短歌。
 原田さんも同様の心境なのだろうか?
 だからこそ、たとえ我が身が老いても「かつて美しかった自分」をこの世に留めようと僕に依頼したのかもしれない。
 しかし、なぜそれが肖像画や銅像ではなく、僕の人形なのだろうか?
 それに往年の彼女の美貌なら、わざわざ人形として遺すまでもなく、数々の主演映画によって長く後生に語り伝えられるはずなのに。

 そんな疑問を覚えつつ写真を一枚一枚確認していた僕は、ぎょっとして手を止めた。
 最初のうちはごく普通のポートレートや映画のスチールといった無難な写真が続いていたが、その下から突然一糸まとわぬヌード写真が現れたのだ。
 それも雑誌のグラビア写真のようにポーズを決めたものではなく、白い幕(どこかの写真館で撮られたものらしい)を背景に、全身の三面写真をはじめ、顔や手足、その他身体各部位の拡大写真。
 中にはとても口には出せないような局部を大写しにした写真まである。
 それらはエロスや芸術性とは一切縁の無い、ただ1人の女性をパーツ毎に分割し淡々と撮影した「カタログ」のようにすら思える。

(これは……?)

「一切内密に願います」という井上さんの言葉の意味がようやく理解出来た。
 それにしても、これらの写真は一体何の目的で撮影されたものだろうか?
 まさか半世紀前、まだ原田さん自身が若かった頃、既に己の姿を人形として遺すべく準備していたというのか?

 とはいえ、かつての大女優・原田幸子がここまで己をさらけ出してきた以上、僕も人形作家の端くれとしてその覚悟に応える義務がある。
 デスクの上にスケッチブックを広げると、僕はさっそく新たに制作する人形のラフデザインを描き始めた。


 およそ一月後。
 夏の終わりを告げるひぐらしの鳴き声を浴びながら、僕は原田さんの屋敷を再び訪れた。
 人形制作の進捗はだいたい7割というところだが、途中経過を報告するためアポをとったのだ。
 本当なら原田さん自身にアトリエまで来て貰い、実物を見せて意見を聞きたかったが、電話で井上さんに相談したところ、彼女は体調を崩し外出できる状態ではないという。
 それでも本人が「ぜひ見てみたい」と強く希望したため、制作途中の人形を様々な角度からデジカメで撮影し、僕の方から出向いたというわけだ。

「まあ素敵。若い頃の私に瓜二つですわ」

 寝室のベッドの上で上半身を起こし、デジカメからノートPCに落とした人形の画像を見つめ、原田さんは子供のように顔を綻ばせた。
 だが僕は気が気でなかった。
 本人の説明では「ちょっと暑さにあてられた」とのことだが、ひと月ぶりに会う彼女は見る影もなくやつれ、すっかり年相応の老婆に変わっていたのだ。

「お写真から落とした画像データを数値化し、3Dプリンタで立体化した等身大プラスチックモデルを参考に石粉粘土で制作しました。美術的なデフォルメは一切行わず、極力オリジナルのモデルに近い造形を目指しています」
「何だか難しいお話で、私なんかにはちんぷんかんぷん……ときにこの子、まだ丸坊主ですけど、髪の毛はどうなさるの?」
「人毛ウィッグを使います。現在かつらメーカーにオーダーメイドで発注しているところで――」
「まあ、それなら丁度良いわ。ぜひこれを使ってくださらないこと?」

 原田さんが呼び鈴を鳴らすと、なにやら布袋を抱えた女中が寝室にやってきた。
 袋の中身を覗き、僕は思わず声を上げるところだった。
 なぜならその中には、長い黒髪がぎっしり詰まっていたからだ。

「二十歳の頃に切った私の髪ですわ。……こんなこともあろうかと思いまして」
「わ、分かりました……メーカーに届けて、これを使わせて頂きましょう」


 アトリエに戻った僕は、かつらメーカーに電話した後、すぐさま人形制作を再開した。
 原田さんの命はもう長くない――これは殆ど確信に近い直感だった。
 たった一ヶ月であの衰えようはただ事ではない。
 あるいは何か重い病を患っているのかもしれない。
 だが医者でもない僕にできることは、ただ彼女の命の灯火が尽きる前に約束通り人形を完成させ、あの屋敷に送り届けるだけだ。

 ふと、作業台の上の人形と目が合った。
 頭髪を除けば、顔の造形はほぼ完成している。

 ――綺麗だ。

 自分自身がこの人形に対してあたかも恋人のような感情を覚えていることに気付き、僕は当惑した。
 人形作家といえば、知らない人からは「よほど人形がお好きなんでしょうね」とよくいわれるが、実はそうでもない。
 僕の仕事は人形を「作ること」であり、ドールマニアでもコレクターでもないからだ。
 自分の作った人形でさえ、愛情といえるものを感じられるのは、本当に満足がいく出来映えで完成したごく一部の作品のみ。
 逆に「出来が悪い」と判断した人形は完成寸前であっても躊躇なく叩き壊す。ちょうど絵描きが失敗作の絵を破り捨てるように。
 僕は徹底した懐疑主義者であり、「人形に命が宿る」などという戯言たわごとは一切信じていない。
 だいいち人形を壊して祟られるのなら、人形作家など命がいくつあっても足りないではないか。

 そう思っていた。今までは。

 だがいま目の前に在る原田幸子のコピードールは――僕がこれまで作ってきた人形たちとはまるで違う。
 そのドールアイは生気に満ちた光を宿し、「早く私を完成させて」と僕に催促しているかのようだ。
「彼女」に急かされるまでもない。一刻も早く完成させたいのは僕だって同じだ。
 その後は寝食も忘れて人形制作に打ち込んだ。

 そして、さらに2週間ほどの後。
 朝からしとしとと雨が降るある日の午後、「彼女」はついに完成した。
 昨日メーカーから届いたばかりの人毛カツラを被せてみる。
 スタンドに固定され立っているのは、球体関節部分を除けば細部にわたり再現された「二十歳の原田幸子」そのものだ。
 その美しさに戦慄を覚えながらも、僕は引き寄せられるように人形に近づき、堪え切れない衝動につき動かされて赤く塗られた唇にそっと口づけしていた。

 ……温かい?

 アトリエの隅に置かれた電話機が鳴った。
 慌てて人形から離れ、受話器を取り上げる。

『残念なお知らせです』

 井上さんの声だ。

『つい今し方、奥様が……亡くなりました』

 お悔やみの言葉も出ぬまま、受話器を取り落とす。

 背後で何か物音が響いた。

 き・き・き・き――球体関節が動く微かな軋み。
 ぎこちない足音がゆっくり近づいて来る。

 金縛りにあったように動けない僕の肩に、後ろから誰かの両腕がゆっくり回された。
 僕は、どうやら――

 ヒドクオソロシイモノヲツクリダシテシマッタヨウダ。

<完>
最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

「人形」をテーマにしたホラー小説、漫画、映画、都市伝説などは数多く存在し、今後も数多く創り出されていくことでしょう。人によっては玩具の人形さえ「薄気味悪い」と感じる方もいらっしゃるようです。

しかし何より恐ろしいのは人形そのものより、そこに込められた人間の「情念」ではないかと思うのは私だけでしょうか?

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