第44話 ~片付け~
俺と明日香は片付けを始めたものの、部屋の中の雰囲気は悪い。原因は明日香が不機嫌さを顕わにしているからだ。
不機嫌な理由は先ほどの一件が理由だろう。俺としては、たかだか寝ている姿を見られただけでここまで機嫌を損ねなくてもいいと思う。裸で寝ていて、それを見られたというのなら話は別だが。
そもそも、自分から片付けを手伝えと言ったのだ。寝坊するほうが悪い。それにこの部屋に行くように言ったのは勇だ。俺に八つ当たりするように不機嫌になられても困る。
口には出さないでブツブツ文句を言いながらも、きちんと荷物を片付けるあたり、自分が主夫化しているなと感じさせられる。
「……何か亜衣が持ってるのと似たようなもんばっかだな」
「るっせぇな。あいつがオレのを真似たんだろ」
「不機嫌なのは見て分かるが、最初のはいらないだろ。大体、何でお前そんなに怒ってんの?」
「……お前、本気で言ってんのか?」
「言ってる。そもそもさ、そんなに怒るようなことか? ガキの頃に何度も一緒に寝たりしたろ?」
「バッ、一緒にとか何言ってやがんだ! 時間帯考えろよ!」
俺はガキの頃にと言ったはずなのだが……こいつのほうこそ何を考えているんだろうか。それと、することはないだろうから突っ込まないでおくが、今の言い方だと時間帯によってはそっち系の話がOKってことだよな。
「つうか口じゃなくて手を動かせ!」
「それはお前だ。俺は休まずにやってる」
「ぐぅ……そのへんの主婦よりも主婦っぽく育ちやがって。昔より女らしくなったって思ってたのに、こいつ見てたら自信なくなってくるぜ」
ボソボソと文句を言われるのは相手が幼馴染とはいえ嫌なものだ。文句を言うのなら心の中でやってほしい。
とはいえ、俺だってあの非常識の生徒会で過ごしてきたわけじゃない。聞き流しや心境変化のスキルは向上している。多少文句を言われたからといって、明日香のようにケンカ腰になることはないだろう。
いやぁ、俺って大人だな……何て思うと、口げんかとかじゃ勝てないから我慢しているって感じに思えてくるからやめよう。
……にしても、明日香ってほんと変わらないよな。
身体つきは男だって思ってたこともあって凄まじく変化してるけど、性格が全くといっていいほど変わってない。普通なら多少の変化があるものだと思うのだが……変化がないことで前のように気軽に話せることに喜ぶべきか、また振り回されるだろうなと悲しむべきか。
別に性格を変えろとは言わないが、空気を読まないといけない状況のときは読めるように……簡単に言えば大人になってもらいたいものだ。下着ばかり大人の方に近づかないで。
「……なぁ」
「んだよ!」
「疑問なんだけど、こういう下着って食い込んだりしないわけ?」
世間で言うところのTバックに近い下着を明日香に見せながら質問すると、明日香が壊れた機械のようにあわわと口パクさせながら赤面した。反応がないので、あるまで待つことにしよう。
亜衣たちの下着はまだ面積広いもんな。子供の頃に履いてたのよりは狭くなってるけど……あいつらもいつかこんな下着を身に着けるようになるのか。って、そのときはあいつらもひとり立ちしてるだろうから、俺が洗濯とかしないか。
というか、高校生でこういう下着ってどうなんだろう。男だからさっぱり分からない……いまどきは色んな初体験も早いっていうし、こういう半大人の下着が普通なのかな。
今度秋本あたりに聞いてみればはっきりするか……って、俺は何を考えているんだ。こんな質問をしようものなら、あの秋本にだって変態扱いされかねない。いや、あいつならぶっとんだ方向の返事をしてきてもおかしくない。例えば「あたしの見る?」とか
「……っと、いかんいかん。さっさと片付けないと」
「いけねぇのはそこじゃねぇよ!」
怒声が聞こえた次の瞬間、何かが頭にぶつかった。柔らかいものだったので、衝撃くらいで痛みはないに等しい。
「おい、ぬいぐるみ投げつけんな」
「人のパンツをジロジロ見てたくせに何様だてめぇ!」
「あのさ、パンツ見てたからってそんなに騒ぐなよ。大したことじゃないんだし」
「大したことだろうが!」
明日香は次々とぬいぐるみを投げつけてくる。大して痛くないが、手伝いで片付けをしているのに邪魔されると無性に腹が立つ。というか、こいつはちゃんと自分で片付けるんだろうか。俺に片付けろと言ってきたならば、さすがにキレる。
つうか……なんでオオカミばっかなんだ。明日香ってオオカミが好きなのか?
まあ目つきが鋭くて激情家の明日香を動物で例えるならオオカミだろうから、ぴったりといえばぴったりだけど。……オオカミを犬って勘違いしてたりしないよな。
「いい加減やめろ。片付けが進まないだろうが」
「いやいやいや、進めようとすんなよ。それはオレがやっから!」
「……マジで言ってんの?」
「何でそんな返しがくんだよ!」
「そんなの決まってるだろ……」
「……オ、オレのに……興味あるからか? まぁお前も男だし……どうしてもってなら好きなだけ見ても……」
「たたみ方とかが、お前のたたんだ衣服を見る限り雑そうだから」
「……お前なんか死んじまえ。昼行灯で朴念仁のおたんこなす!」
理由を言っただけなのに、何で死ねと言われなければならないのだろう。何やらブツブツ言っていたようだが、それと関係があるのか?
というか、明日香って勉強できなさそうなのに普段あまり耳にしない言葉知ってるな。人を貶す言葉だけ覚えたのだろうか?
「相変わらず口が悪い奴だな」
「オレの口が悪い原因のひとつにはてめぇも入ってるからな! つうかそれはオレがやるつっただろ!」
手に持っていた下着と下着の入った段ボール箱を取られてしまい、別の段ボール箱を押し付けられた。
「ったく……てめぇには羞恥心ってものがないのかよ」
「そんなのあるに決まってるだろ」
「女もんの下着を前にして平然としてた奴がよく言うぜ」
「あのな、俺が今までにどれだけ女ものの下着を洗濯してきたと思ってるんだ」
亜衣や由理香のものから母親が身に着ける大人用までガキの頃から洗って、たたんで、仕舞ってきたんだ。下着を見て初心な反応をしたり、興奮したりするわけがない。むしろしてたら俺は危ない人間だ、亜衣たちから蔑まれたり、会話もないほど仲が悪くなっても何ら不思議はない。
「下着なんて所詮は布だ。布に興奮したりするわけないだろ」
「……お前ってさ、まさかその年で枯れてんのか?」
「失礼なこと言うな! 人並みには性欲あるわ、って何言わせやがる!」
「お前が勝手に自爆しただけだろうが! 人のせいにすんじゃねぇ!」
そうですね。
あぁー相手が明日香で本当に良かった。亜衣とか由理香だったら妹に対して何を言ってるんだってなるし、美咲だったら冷たい視線を浴びせられて鋭い言葉で一刀両断されてただろうし。
「……その、なんだ。……女には興味あんだよな?」
「そりゃあるだろ。下着には興奮しないけど、下着姿の女性には興奮するだろうし」
「……オレ、裸に近い姿で寝てたんだがな。こいつ、ちっとも興奮してなかったよな」
「あのさ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうよ?」
「ただの独り言だから気にすんな!」
何で怒りながら言うんだろうか。そんな風に気にするなって言われても気になるのが人の性ってものなのに。
とはいえ、ここで深く追求するとぬいぐるみではなく鉄拳が飛んできてもおかしくない。気になるけど、他のことでも考えて気にしないようにしよう。
亜衣たちのほうは順調に進んでいるだろうか。家事全般をこなせる……中学生にして主婦だと言ってもいい亜衣や昔からがさつな明日香をフォローしてきた勇は問題ないだろう。問題なのはうちの兄妹の末っ子である由理香だ。
「……あのよ」
俺の手伝いをしてくれるので全くできないということはないが……何杯って細かく指示しないと洗剤を入れすぎたりするからなぁ。おちょっこちょいというか何というか……目を離したくない奴なんだよな。
「……真央」
亜衣の言うことはあまり聞かない奴だし不安だな。でも騒がしくはないみたいだし、勇が上手く立ち回ってくれてるのかな。
勇には苦労をかけるなぁ。思い返せば、昔から周囲のことがよく見えてて気の利く奴だったっけ。明日香の料理で瀕死になった俺に、一番に薬とか口直しのもの持ってきてくれたし。
怪我したときとか……俺が自分でやるからいい、とか言ってもムスっとした顔で自分がするって言い張ってたっけ。大人しい性格だったのにそういうところだけは強情というか頑固なんだよな。
まあ明日香の弟ってことで納得……弟か。あいつが本当に女だったらなぁ……きっと再会してしばらくしたら告白してただろうな。現実って残酷だ。何であんなに女の子らしかったんだ。男の子に見える姿だったならこんな気持ちにはならなかったのに。
「おい!」
「うぉ!? な、何だよ急にでかい声出して」
「急にじゃねぇよ! 何度か声かけただろうが!」
「マジで?」
「マジだ!」
別のことを考えてたらやっちまったぜ……明日香を怒らせちゃ別のことを考えた意味がない。どれくらい効果があるか分からないが、素直に謝っておこう。
「聞いてなくて誠にすみませんでした」
「いや別に謝らな……なあ」
「何でしょう?」
「お前さ、いつからそんな簡単に土下座するようになったんだ?」
あ……言われてみれば、俺は明日香相手に土下座で謝ってる。今年女性に何度も土下座したせいか、無意識にやっちゃうようになってる。気をつけておかないと、俺も非常識人の仲間入りしかねないな。
「……お前が帰ってくる前……1学期に色々とあったんだよ。色々と……」
「そうか……何があったんだよ?」
「そうなんだよ……え?」
ここで聞くのおかしくね?
俺、ちゃんと聞いてほしくないって雰囲気出してたよね。いや、自分的に出してたと言ったほうがいいか。ってどっちでもいいや。
「何で聞くんすか?」
「1学期っていう短期間の間に何があったら土下座するようになるのか気になったから」
「ちゃんと理由があるだと!?」
「てめぇ、オレのことバカにしてんのか?」
「バカにはしてない」
ただ俺の記憶にあるのは「オレが聞いてんだから答えろ」といった、これといって理由もないというか、どこぞやのガキ大将を彷彿させる言葉だ。
それに明日香は学校のテストもあまり良い点数ではなかった。だが頭が良いというのは、テストの点が良いということではないはずだ。だから点数が低いからといってバカだとは決め付けられない。世の中には天然と書いてバカと読む人種もいるのだから。
「勉強はできないかもしれないが、お前には人並みの理解力はあると思ってる」
「……やっぱバカにしてんだろ!」
「バっ、暴れたら部屋が散らかる!」
こちらに掴みかかってきそうだった明日香は、その言葉に動きを止めた。ここで止まれるあたり大人になっていると言えるだろう。
ふぅ……余計な手間が増えなくてよかった。でも明日香は未だに鋭い視線を俺に向け、唸り声を上げている。早急にどうにかしないと大事になりかねない。
「明日香……いいかよく聞け」
「ぐるるぅ……」
「飛び掛るなよ。飛び掛ったらまた振り出しだし、怪我してもおかしくないからな」
「…………」
「そのだな……お前は俺にとって大切な存在だ」
「……え?」
「この際だから言っておこう。高校に入ってからというか、生徒会に入ってから知り合った連中は常識的ではない部分があるんだ」
「たたた大切って……それってどういう意味の大切なんだ? オオオレと一緒の意味なのか……」
「お前が友人になった秋本に誠。あいつらも知ってのとおり生徒会に所属している。誠はまあ基本的に常識人なんだからいいんだが、秋本がやばいんだよ……」
「も、もしそうなら……このあと急展開も……いやいやまだ昼間だぞ。やってもキスまでだろ……でも真央が望むなら……」
「根っから悪い奴じゃないんだが、悪乗りとかがひどい奴でな。少しでも面白くなりそうなら何でもやるんだ。それが常に予想の斜め上を行くもんだから……主にターゲットされる俺は苦労してんだよ」
「いや待て……片付けしてたから汗かいてんじゃねぇか。それにいま付けてる下着……少し子供っぽいって思われるかもしんねぇ。ちゃんとした格好したほうがオレとしても恥ずかしくねぇし……別の意味で恥ずかしいけど。でも真央だって興奮するはずだよな……」
「毎日のように弄られるとハプニングも起きるわけで……それで謝ることが増えたんだよ。そのせいで土下座するようになったというか……だからお前みたいに口は悪いけどまともな奴ってのは俺にとって大切な存在なわけよ。……おい、ちゃんと聞いてるか?」
「お、おぉ聞いてる! そ、その……大切な存在なんだろ?」
「お、おお……」
何だか聞き返す部分が少ない気もするが……いや、それ以上に明日香の顔の赤さと恥らっている姿勢が気になって仕方がない。
俺……勘違いさせるようなこと言ってないよな。土下座をするようになった理由も簡潔だけど説明したし、大切なって意味もちゃんと言ったし。
「……なぁ明日香」
「まだダメだ!」
「……はい?」
「ずっと覚悟はしてたが……オ、オレでもそのときを迎えちまうと色々と心の準備がいるんだ」
「…………えーと、何の話?」
「ば、バカ野郎! ……女にそういうこと言わせんな」
「そういう言葉が出るあたり、絶対何か俺たちの間ですれ違いが起きてるよね!」
「確かにすれ違いはあったと思う……けどよ」
「現在進行形ですれ違ってるから!」
妙に恥じらいながらも熱っぽい表情を浮かべる明日香を説得をすること……必死すぎたからよく分からん。結果的にどうにか明日香の誤解を解くことができた。どういう誤解をしていたのかは答えてくれなかったので分からない。
誤解が解けて片付けを再開したものの、部屋の中の空気は先ほどよりも格段に悪くなっている。原因はもちろん明日香だ。感じられる雰囲気からでも先ほどの数倍は不機嫌なのが分かる。話しかけるな、どころか言葉を発するなと言われてる感じだ。
いったい俺が何をしたっていうんだ……俺にも非はあるんだろうが、大半は明日香の勘違いが原因のはずだよな。
はぁ……気楽に話ができる相手のはずなのに、ある意味生徒会よりも話せてない気がする。待てよ、こんな考えが出るあたり俺が生徒会に侵食されてるってことか。
いや、ある程度の侵食は良いことだ。言いかえれば耐性がついたってことなんだし。
その証拠に入ったばかりに比べれば、かなり生徒会の人間に対してストレスは感じなくなっている。会長に対してなんか、ド天然な言動に困ってたのに最近は和んだりすることもあるくらいだし。
ここ最近思うようになったが、ストレスを感じたときに弄ってみたい。プンプンと怒る会長を見たら和みそうだし……
「おい」
「は、はい!」
「お前……好きな女っていんのか?」
何で修学旅行の夜に同性同士が話しそうなことをこのタイミングで言うんだろうね。しかも人を殺せそうな目で。
ここで判断を間違えると俺は死ぬんじゃないだろうか……といっても、意中の相手なんていないわけで。
勘が鋭そうな明日香には嘘をついてもバレそうだし……口はまだしも拳を使ったケンカとか苦手なんだよな。同性相手ならまだしも異性相手に殴るとか俺無理。明日香とは昔にやりあったような……他人としているのを止めようとして殴られたような……。うん……トラウマみたいになってるから明日香は無理。
「そ、そんなの……いませんよ」
「……本当か?」
何でここで疑うのかな。俺、全く嘘ついてないのに……恐怖のあまりはっきりとは言えなかったから俺も悪いといえば悪いけど。
「本当です」
「…………」
「あの……嘘はついてないですよ」
「……みてぇだな」
ふぅ……とりあえず一安心か。
明日香の表情を見る限り、何だか少しだけ機嫌が良くなったような気がする。いや軽率な判断は死を招く。冷静かつ慎重に進まなくては。
普通ならばここで「お前はいるのか?」といった感じに聞き返す流れになるだろう。だが相手は明日香だ。おそらく……他人には聞いても自分は聞かれたくないタイプのはず。ここで黙って次の質問を待ってみよう。
「……じゃあよ」
「はい」
「お前はさ……その……どういう女が好みなんだ?」
さっきよりもワンランク下がった質問だな……でもやばい。
小学校のときは恋愛とかよく分からなかったし、妹たちの世話で忙しかった。中学校のときは分かりはしてたけど、小学校のとき同様に家のことがあったし、女子と遊んだ記憶なんてない。
高校においては……男子と今みたいな話とかしてないしなぁ。女子から聞かれたりしたけど、生徒会の人間を恋愛対象として見てなかったから深く考えたことないし。
仕方がない……迂闊な返事をしないためによく考えてみよう。
まず……千夏先輩からいっとくか。黒髪ロングにわがままボディ……外見にはグッとくる要素が多々ある人だよな。性格はいじわるでエロい先輩って感じですぐに弄ってくるから嫌だけど、素の性格はわりといいかもしれない。慌てふためくときはギャップのせいか可愛くも思う。
だがしかし、先輩が意外とやきもち焼きだとか独占欲が強いということを俺は知っている。付き合うところまで考えると……ふとしたことで浮気だと思われて大変なことになるのでは。愛が重すぎて危険なことにまで発展しないか心配でならない。
……考えるのはここまでにしよう、気分が暗いほうにしかいかないし。
次は生徒会の良心こと氷室先輩。外見は小学生でも通るほど小柄だが、心の大きさは結構広い。ツッコミのキレと速さは生徒会でナンバー1と言っていい。先輩がいなかったら俺はきっと過労死するだろう。
口が悪いほうであるが、性格は優しい。そして何より常識人だ。生徒会の人と付き合うとしたら、と聞かれたらきっと先輩だと答えることだろう……少し前までは。こうなった理由は、最近俺と周囲を見て面白がってたということが発覚したからだ。
好みのゲームも似ていたりするので生徒会のメンツの中でも話が合う人だと思う。付き合ったなら気負うことなく楽しく過ごせる感じがする。だが、はたから見たら兄妹に見られるのでは。将来的には父と娘に見られるのではないかと思ってしまう。
……先輩のご両親ってどんなんだろう。会ったら色々と考えが変わるかもしれないよな。
次は……誠あたりいっとくか。
出会った頃は何だよこの男女って思ってたけど、今となっちゃかなり親しくなったよな。普通に話もするし、あいつのストッパーとして一緒に来てるだけだろうけど弁当も一緒に食べてるし。誠の弁当って本当に美味そうなんだよな。誠が作ってるらしいし、今度色々と教えてもらおうかな。
そういや誠のボーイッシュな外見って最初はイケメンにしか見えなかったけど、最近はそういうことが全くなくなったな。少し髪が伸びたせいなのか、最近かなり女らしく見えるし。妄想癖がなければ、より女らしく見えるんだろうけど……まあ仕方がないか。女子だってあっちのことに興味あるだろうし。
こう考えると……誠とは付き合ってもこれといって心配事がないな。慣れないうちはすっごく照れそうだから初々しい感じになりそうだけど、それも充分にありだ。
となると……俺の好みは誠みたいな子になるのか?
……いや、まだ考えていない人がいる。答えを出すのはきちんと考えてからだ。残っているのは会長か秋本……ここは先に秋本を終わらせておこう。
秋本は……うん、考えるまでもなく生徒会でトップの変態だ。
と夏休みの一件があるまでは思っていたな。あれがなかったら確実に心境の変化はおきなかっただろう。
はぁ……冷静に分析すると、あいつって変な絡み方してこなかったら気さくで良い奴なんだけどな。それに髪型をちょくちょく変えたりして誰よりもオシャレに気を遣ってるし、怪我の手当てはできる。料理はできないみたいだが、それなりに女子力は高いんじゃないだろうか。女子じゃないので女子力を測る項目はよく分からんが。
付き合った場合……いや、今のところ一番考えられないなぁ。まあ変な絡みをしないってなら……そういやあいつって何で誰とも付き合わないんだろうか。
秋本は他のメンツと比べれば男子とだって普通に話せるし、身体的に恋愛対象に見られないってことはないだろう。生徒会に選ばれてるわけだから男子には人気があるだろうし、告白だってされていてもおかしくない。あいつに告白する男子には、お前はあいつの何を見ているんだと思ってしまうが。
中学の大半は陸上に打ち込んでたんだよな……ってことは、意外と男慣れしていないとか?
いや、昼食取ってるときにクラスの女子だけじゃなくて男子にも絡んでいってたりするし、男慣れしてないってことはないはずだよな。
……なに俺はあいつのことでごちゃごちゃ考えているんだ。まったくどうかしてるぜ。
最後は会長か。
会長は……最初は天然さに動揺してばかりだったけど、慣れつつある今は外見だけでなく性格も可愛いのでは、と思ってる俺もいるな。
水泳の一件で分かったことだが、会長はきちんと教えればちゃんと理解する子のようだ。足りていない部分をきちんと教えれば、年相応の性格になるのではないだろうか。出会った頃と最近を比べれば、異性(主に俺というか俺しか俺は知らない)に触れることが少なくなったような気がする。それに触られるのを恥ずかしがる素振りも見せていることだし。
年相応の思考をしてくれるようになったならば、会長に文句はこれといってなくなる。もしそうなったら、会長の天然というか無邪気さに安らぎを感じる今日この頃の俺は、もしかしたら自分から親しくなろうとするかもしれない。
「おい、いつまで考えてんだよ」
「え、いや考えさせろよ」
「いや時間的に充分考えたろ」
「それは……否定しないけど」
「……で?」
こいつ、何が何でも答えさせる気だな。しかもおそらく答えないとキレる上に、自分は答えないつもりだ。
時間が空いたのにこういう風に分かるあたり、明日香とは濃い時間を過ごしてたんだな……なんて考えてないで結論を考えないと。関係ないかもしれないが、とぼけたりしたら怒られるから考えるんじゃないぞ。そうすると余計に面倒になるから素直に明日香の言うことに従うだけだ。大人なんだよ俺は。
先ほど考えたことをまとめると……俺が優先しているんだなと思うものは外見とかよりも性格になるよな。ということは俺の答えとしては
「……性格が悪くない子……かな?」
「……アバウト過ぎだ!」
「何で怒られんの!?」
「もっとこう……髪の長い奴が好きとか胸のでけぇ奴が好きとかあんだろうが!」
「いやあるだろうけど、俺は外見よりも中身のほうが大事だから!」
「む……だとしても具体例を挙げろよ! 性格なんて多種多様だろうが!」
お前みたいな暴君は嫌だ!
なんて言う勇気のない俺は、すぐさま性格の良い人間を思い浮かべ始めた。今の自分を客観的に見ると、何で教室で反抗することができたのか分からなくなってくる。
「…………春日部とか」
フルネームは春日部真中。失礼になるかもしれないが彼女の容姿は目を引くほど優れているわけじゃない。かといって地味というわけでもない。普通に可愛いと感じだ。
あまり話したことはないが、性格は穏やかというかのんびりだと思う。あまり男慣れしていないのか男子と話すときは少しおどおどしているが、生徒会のことを考えているときの俺は、よく暗い顔をしているらしい。そのため彼女は心配して声をかけてくれる。水原ほどではないが会話している子なのだ。
「誰だよそいつ!」
「えーと、俺のクラスの子」
「恵那とかより可愛いのか?」
「女子から見た場合と違うとは思うが、普通くらいだと思う。って外見じゃなくて性格の話だったよな?」
「るっせぇ……美咲とかはどうなんだよ?」
何でここで美咲が出てくるのだろうか。
「美咲ねぇ……まあ好きか嫌いかっつったら好き」
「すすす好きだぁ!?」
「……性格の話してたよな?」
「お、おう……紛らわしいこと言うんじゃねぇよ」
そういう独り言は俺がいないときに言えよ。そんなに広い部屋じゃないし、距離だって離れてないから聞こえてるんだから。
「……そのよ、お前あいつのことどう思ってんだよ?」
「何で話が美咲を中心としたものに変わるの?」
「るっせぇな。気になるんだから答えろよ」
「その理由は理由として成立しねぇよ。何で気になるんだよ?」
「……オレは何年かここから離れてた。あいつはずっとここだったからに決まってんだろ」
……こいつの言ってる理由はよく分からんぞ。
別に明日香がこの町から離れたからといって美咲への感情に変化することはない。普通に考えたなら、変化するのは明日香に対するほうのはずだ。
「あのよ、お前の言ってる意味がよく分からんのだが」
「何でだよ! ……って、それもそうか。分かったならオレやあいつの気持ちに気づいてるってことだよな。……オレ、結構迂闊な発言しちまってるな」
さっきと違って全く聞き取れないぞ。こいつ、何か意図的に独り言のボリュームを変えているのか?
「何でって……お前が引越してから徐々に美咲と会う回数減ったし。中学に上がってからは全く会ってなかったからな。高校に入ってからはおじさんの出張土産とか持ってきたりするようになったから、たまに会ってるけど」
「はぁ? 何でだよ。お前、何かしたのか?」
「した覚えはねぇよ。あいつを怒らせたりとか泣かせた記憶はねぇし……何かしらしてしまったとすれば……あの日くらいかな」
「あの日?」
「小学生のとき、美咲とふたりで夏祭りに行ったことがあんだよ。その日の美咲は普段と違ったよ……」
何だか明日香さんがもの凄く鋭い目で僕を見てるんですけど。今にも襲い掛かってきそうでとても怖いです。
「……明日香さん?」
「……無駄話はここまでにしてさっさと片付けっぞ。片付け以外にも挨拶回りとかもあるからな」
無駄って……それに自分から振ってきておいて一方的に終わらせるって人としてどうなのだろう。
「おい、手止まってるぞ」
「はい……」
色々と思うことはあるのに反論しない自分に、将来は尻に敷かれるんじゃないかと思わずにはいられなかった。