第42話 ~生徒会はブレずにカオス~
俺は重たい足取りで生徒会室へ辿り着いた。扉の向こう側には、少なからず千夏先輩はいるだろう。
千夏先輩は生徒会室の開け閉め担当だ。だから今日のような日も、食事よりも生徒会室を開けることを優先させているに違いない。食事は生徒会室でも取れるのだから。
「失礼します……」
扉をスライドさせて中に入ると、俺は動きを止めた。
視界に映っているのは、両手で持ったおにぎりを少しかじるようにほうばっている千夏先輩。別に不自然な光景ではないが、女性というのは不意に食事している姿を見られるのを恥ずかしがったり、嫌がったりするものだ。
常識人とは呼べないところがある千夏先輩も例外ではないようで、顔の赤みが徐々に増していっている。
今の状況は夏祭りのことを考えれば、放課後を迎える前の俺なら絶望していた状況だ。だが今日の俺は昨日までの俺とは違う。家に帰ったら明日香の料理が待っているのだ。そんな未来が待ち受けている俺に、今の状況は大した問題ではない。
「どうぞ気にせず食べてください」
「そうね……なんて言えるほど、君と親しい覚えはないのだけれど」
千夏先輩が予想していたとおりの作り笑顔を向けて先制攻撃|(この場合は口撃と言えるかもしれない)してきたが、俺は気にせず空いている席に着いた。
「ええ、先輩と一緒にご飯を食べる間柄でもないですしね。俺も先輩と親しい覚えはないですよ」
「…………」
笑顔で同意したはずなのに、千夏先輩は笑顔を浮かべたまま固まってしまった。
俺と先輩は、生徒会という繋がりがなければ、挨拶すらしない関係だったと思われる。先輩は生徒会の仕事でクラスに来る可能性があるが、話すことになるのは委員長だろうから関わることは皆無のはずだからだ。
生徒会のイベントによって発生した問題で一緒に出かけたことはあるが、普通に誘い誘われて遊びに行ったことは皆無だ。親しい間柄ではないというのは事実だろう。
それなのに自分はおかしいことを言ったのだろうか、と考えようとした瞬間、音を立てて扉が開いた。聞こえてきたのは、今日も元気にあふれた会長の声だ。
「あ、千夏もう食べてる!? ひどい、一緒にご飯食べようって言ったのに。私はプンプンだよ!」
「サクラ、お前がイチゴ牛乳買いに行かなかったら一緒に食べ始めてたと思うぞ。なんであんな1番遠くの自動販売機にしか売ってないのを買いに行くんだ? そのへんのもんでいいんじゃねぇか?」
「奈々ちゃん、あそこにしかイチゴ牛乳が売ってないから行ったんだよ。私はイチゴ牛乳が好きなんだよ!」
「だったら一緒に食べ始められなかったのはお前のせいじゃねぇか。チナツに怒んな」
力強く断言していた会長は、氷室先輩の言葉によって撃沈した。そんな会長の見て思ったことは、イチゴ牛乳に対して並みならぬ思いがある。ただの牛乳とイチゴ牛乳ではどちらが好きなのだろう、といったくだらないことだった。
「ん? おぉキリタニじゃねぇか」
「あっほんとだ。こんにちわ真央くん」
「こんにちわ」
会長たちに返事を返すと、ふたりは普段座っている席に着いた。食事を取り始める準備をしながら、氷室先輩がふと口を開いた。
「キリタニ、お前今日はえらく早めに来てるが……チナツとは仲直りしたのか?」
「えっ、ふたりはケンカしてたの!?」
厳密に言えば俺と千夏先輩ではなく、俺の従姉である美咲と千夏先輩のケンカが俺に飛び火していたというのが正しい。が、会長にとっては大差はないだろう。鈍感な部分が多々ある人なのだから。
前ならイラっとするところだったりするのだが、最近は何故か会長の天然さに和んでいることがある。元から人の毒気を抜く人だったため、天然さに慣れが出てきた俺にもそれが出始めているのだろうか。
「別にケンカしてませんよ」
「奈々ちゃん!?」
「サクラ、顔が近けぇ……まぁケンカしたってわけじゃねぇな。でもよ、キリタニはチナツとふたりっきりになりたいとか思う奴じゃなかったからよ。そこが不思議なんだよなぁ……まあ偶々なのかもしんねぇけど」
独り言のように言いながら食事を進める氷室先輩。子供がお弁当を食べているという光景に見えるため、見ていると心が癒される気分だ。明日香が先輩のような外見をしていたならば、料理が壊滅的でも乱暴な性格でも許せる可能性が高かっただろうな。
「おいキリタニ、生温かい目でこっちを見た後に落ち込むってのはどういう意味だ?」
「あぁ……それはですね……」
「ちぃーす!」
「こんにちわ」
氷室先輩への返事を言い淀んでいると、扉が勢い良く開いて元気な声が生徒会室に響いた。今のような軽い挨拶をするのは、生徒会のメンバーでも秋本しかいない。その後に入ってきた誠は普通に挨拶をし、ボリュームも秋本と違って耳に優しかった。
「ちぃーす! 恵那ちゃんに誠くん!」
「会長さんは今日も元気だね。良い子良い子」
「えへへ」
秋本に頭を撫でられて嬉しそうにする会長。視界に映っているのは高校生ふたりだが、会長の精神年齢が実年齢に追いついていないことを知っているせいか、高校生が小学生を撫でているように変換されて見える。
誠は微笑ましく思っているのか優しい笑みでふたりを見た後、いつも座っているイスに座った。
「ん? いつもは弁当食ってから来るのに珍しいな」
「はは、そうですよね。でも今日はちょっと……」
「あいつの様子が変だから心配だったんだろ」
「なっ!? べべ別にそういうんじゃ……!」
誠は立ち上がって全力で何かを否定する。氷室先輩と会話しているはずなのに、不思議なことにこちらをチラチラと見てくる。
会長で遊んでいる秋本。氷室先輩に弄られていそうな誠。固まったままの千夏先輩。全員で話しているわけでもないのに、なかなかカオスな状況だ。
ただこういうのも生徒会らしいため、気にする必要はないと判断して机に突っ伏した。
「真央ちゃん真央ちゃん」
「ちゃん付けすんな」
「マオマオ」
「……さっさと用件を言いなさい」
「せめて顔をこっちに向けなさい」
秋本だから言うことを聞かないと話が進まないと判断した俺は、仕方がないので首だけ動かした。見上げるような形で秋本を視界に収めると、そこには俺の弁当もあった。
「もう喰ったのか?」
「まだ」
「なら喰ってから返してくれ」
再び突っ伏そうとしたが、秋本が「こーら」と言いながら肩を揺すってきた。何なんだよ、と思いながらもう一度秋本のほうに顔を向ける。
秋本はそのへんにあったイスを引っ張り、隣に座ってから口を開いた。
「別に食べるのはいいけどさ、あんた何も食べてないでしょ。少しは食べなって」
「一度飯を抜いたからって死にはしないだろ」
「そりゃそうだけどさ。あんたがそんなんだと恵那さんは心配なわけですよ」
「こういう状態は今までに何度かあったと思うんだがな。主にお前からの」
「あんたの弁当はあたしが責任を持って食べようじゃないか。あんたはあたしのパンでも食べな」
秋本は逃げるように俺の目の前にパンを置き、弁当のふたを開けた。教室では全く食べずにここに来たようで、弁当は明日香が食べた分しか減っていない。
「んじゃ、いただきま……」
箸を持った状態で合掌し、食前の挨拶をして弁当に手をつけようとした秋本だったが動きを止めた。俺を除いたメンツが、弁当を食べようとしている秋本を凝視しているからだ。固まっていたはずの千夏先輩も復活している。
「あのー、恵那さんもそんなに見られると食べづらいんすけど」
「その……いったいあなたたちに何があったの?」
「んー……あたしと真央で何かあったかというと……特にないかなぁ。というか、なんでそんなこと聞くんですか?」
「いやよ、お前ら1年組みが一緒に飯食ってるってのは知ってたんだけどな。お前ら2人の仲が持参したものを交換しあうほどまで進んでるとは思ってなかったからよ」
あぁーそういうこと。まあ俺が秋本に弁当をやった理由を知ってるのは、会話に出ている俺らを除けば誠だけだしな。先輩たちからすれば、俺らが昼食を交換したように見えてもおかしくない。
誤解されたままなのは困るので事情を説明しようとすると、先に秋本が説明し始めた。ふざけたことを言うんじゃないかと思って止めようと思ったが、最後まで事実しか言わなかった。
先ほど心配だと言っていたが本心だったのか。……何か明日香よりも、こいつのほうが幼馴染って感じがするな。ラノベやらアニメとかの影響かもしれないけど、普段は悪友って感じだけど肝心なときは真面目みたいなイメージがあるし。
でも……実際の幼馴染はイメージとはかけ離れてるよなぁ。明日香か秋本かっていったら……暴力の恐れがない秋本のほうが良いかもしれない。
「どったの真央? 別に変なこと言ってないと思うけど」
「いや何でもない」
「何でもないってことはないっしょ」
「……お前とガキん頃からの付き合いだったら、みたいなことを考えてただけだ。気にすんな」
「なんだ~全く真央はひど……いやいや気にする。それはどう解釈したらいいの!?」
「聞き流してくれればいい」
「流せるかぁぁッ!」
キャンキャンと話しかけてくる秋本。それに対して適当に相手していて、ふと思ったことがある。今の状況は普段と立場が逆なのではないか、と。
今の俺は帰ってからのことは不安で、物事をほとんど考えずにしゃべっている。秋本の適当さの理由は知っているが、よく今の俺のように考えないで話せるものだ。先の展開が予想できないことがほとんどのため、きっと今日帰って生死をさ迷い、無事に生還できた明日の俺には無理だろう。
「まあアスカっていう幼馴染とのやりとりは聞いただけで実際見たら違うかもしれねぇが、アキモトのほうがキリタニの幼馴染っぽいわな」
「ちょっ氷室先輩、何で乗っかってくんのさ!」
「いや別に乗っかってねぇよ。主観的なことを言ってるだけだ。つうか、何でお前そんなに慌ててんだよ?」
先輩、それは秋本が普段弄る側の人間だからじゃないかと。
にしても……全然弁当の中身が減らないなぁ。騒いでる秋本じゃなくて、弁当を黙ってじっと見ている会長にでも食べさせたほうがいいかもしれない。
「別に慌てて……! 何であんたは弁当を取ろうとしてんの!?」
「全然食べないから会長にでもやろうかと」
「え、食べていいの!」
「今のはボケか、ボケなのか! 今までの流れを見てたよな!」
「恵那ちゃん、真央くんのお弁当ちょうだい!」
「会長もボケないで! あげたらあたしの食べるものがなくなるから!」
俺の弁当を巡って口論を繰り広げ始める会長と秋本。こちらとしては弁当を空にしてくれればいいので、誰が食おうと構わない。だが現状のように口論ばかりで中身が減らないのは良くない。なんでこのふたりは全て自分ひとりで食べようとするのだろうか。
「いつの間にかキリタニを中心に面白……複雑な関係になってきたな」
分けて食べればいいだろ、と自分で言うべきか誰かに任せようか考えていると、偶々氷室先輩に意識が行った瞬間だったこともあって、先輩の独り言のような言葉が耳に届いた。
途中で言い直したけど、ほぼ面白いって言ったよな氷室先輩。困ったときは助けてくれる生徒会の良心にして、誰よりも頼れる人だったのに内心では面白がっていたなんて――
「――氷室先輩のこと……好きなのになぁ……」
「ふぇ?」
「え?」
「はぁ?」
「なっ……」
「ん?」
氷室先輩への好意が何だか減っていっているような気分だ……にしても、何で全員の視線が俺に向いているのだろう?
先ほどまで会長と秋本は弁当を巡ってバトっていたし、あとの3人は口論しているふたりを見守りながら食事を進めていたはず。
全員の視線を集めるようなことを俺が言ったのだろうか……言ったかもしれないな。俺には思っていることが口に出ているときがあるらしいし。ちょうど簡潔に言えば「氷室先輩ひどい」みたいなこと思ってたしなぁ。
「キ、キリタニ……おおお前、マジで言ってんのか?」
「んー……マジで思ったから口に出たんじゃないですかね?」
質問に質問で返してしまったが、氷室先輩からツッコミは来なかった。先輩らしくないなぁ、と思い見ていると、彼女はエロい妄想をしているときの誠のように顔を真っ赤にして俯いてしまう。
いったい何なのだろうこの反応は……俺は人を赤面させるようなことを言っただろうか。いや、言ってないはずだよな。思考中にそれらしい部分は出てきたけど、前後の内容を聞いていれば誤解されるはずはない。
「失礼す……」
妙な沈黙を破ったのは生徒会のメンバーではなく、面倒くさそうに頭を掻きながら入ってきた不破先生だった。入ってすぐ生徒会室に漂う変な雰囲気を察したのか、視線を生徒会メンバーひとりひとりに向ける。
「えーとお前ら、ついさっきまで騒がしくしていたよな? ここに向かってくるときに声が聞こえていたら、していないとは言わせないぞ。その……この短時間に何があった?」
お前ら全員揃っているのに沈黙なんておかしい、と言われたような気分だ。個人的にも同じ気持ちがあるので全く気にしないが。
不破先生に質問された俺たちだが、誰も答えようとしない。数秒沈黙が続くと、不破先生は痺れを切らしたのか、近くにいた誠に視線を向けた。
「……大空」
「え……僕に聞くんですか?」
「つべこべ言わず答えろ」
不破先生、その言い方は教育者としてどうかと思うんだけど。別に誠が悪いことをしたわけでもないんだし。
それにしても、何で誠は俺のほうをチラチラと見るんだろうか?
「……その……騒がしかったのは会長と恵那が桐谷の弁当を巡って口論してたからです」
「弁当……チラりと何度か見たことがあったが美味そうだな」
先生、視線が誠から俺の弁当の方に行ってるよ。あなたの目的は弁当じゃなくて、騒がしかった理由と妙な沈黙の時間が流れていた理由でしょ。
内心で放ったツッコミが届いたのか、不破先生は「いかんいかん」などと呟きながら首を振り、視線を誠のほうへ戻した。
「で、妙な雰囲気で沈黙していた理由は?」
「…………恵那に聞いてください」
「なぁ、何でお前はそんなに落ち込んでいるんだ? 私は何かお前に悪いことをした……というか、進行形でしてるのか?」
「してる、してるよ雅ちゃん。誠の心をズタズタに切り裂いてるよ」
親指を立てて不破先生に返事をした秋本。先生に良い仕事をしたとでも言いたいのだろうか。誠はお前の親友的なポジションにいる人間ではなかったのか、と普段の俺なら問いかけていただろう。
「そうか……いったいここで何があったというんだ? ……誰が雅ちゃんだ!」
「ごめんなさい」
「え……えらく今日は素直に謝るなぁ」
「だって今のはあたしが悪いもん。不破先生はもういい歳だし、ちゃん付けで呼ぶのは同級生の人くらいだろうしさ。あたしみたいな……今年で16になるような小娘がちゃん付けして呼んでいいわけないよね」
秋本……お前は死にたいのか?
大抵のことを聞き流せそうな今の状態でも、そう思わずにはいられなかった。何故ならば、不破先生はなかなか結婚したくてもできない30代の女性だ。「もういい歳」とか言うのはまずいし、「今年で16になる」のような自分は若いよ発言は精神を逆なでする。それに先生の沸点は低いのだ。
「秋本……」
「我慢しないで怒っていいよ。この生徒会室に漂う雰囲気とあたしの気分を変えることができるなら安いもんだし……」
「……あぁくそ。そんな言い方をされては、何があったのか聞かなければ怒るかどうかも決めれん。いったい何があったんだ?」
「そこにいる真央くんがねぇ、あたしらがいるっていうのに奈々先輩に告ったのぉ」
「……は? 桐谷が……氷室に告っただと?」
「……俺、先輩に告ったの? 見に覚えがないんだけど」
不破先生とほぼ同時に答えると、全員の視線が俺に向いた。不破先生を除いたメンツは、お前何言ってんの? といった目で見ている。
赤面してしおらしかった氷室先輩が強気な表情を浮かべ、テーブルを叩きながら立ち上がった。
「テメェ、さっきわたしのこと好……好きって言ったじゃねぇか! 冗談か何かと思って確認したら、マジだから言ったって言ったじゃねぇかよ!」
「……俺って先輩を好きだってあたりしか口に出してませんでした?」
「は? ……そ、それは好きだって以外にも色々と思ってたって意味か?」
「そりゃ思うでしょ」
「そ、そうか……」
「ちょっと待て!」
俺と先輩の会話を遮るようにして不破先生の声が響いた。視線を先生のほうに向けると、現状に頭を抱えているかのような姿が視界に映る。
「第3者の私から判断するとだぞ。桐谷と氷室たちには認識の違いがあるように感じる。いやまぁ、これは氷室は告白されたが桐谷はしていないという発言からも分かることだが」
「雅ちゃん回りくどい。結論、結論」
「そうだな……って、雅ちゃん言うな。桐谷、お前どういうこと考えてた?」
「どうって……人の良い先輩が、まさか人の不幸を見て楽しんでたなんて……みたいな感じですけど」
「ということはだ、お前の発した好きだという言葉は、人間として好きだったけど嫌いになるかも的なニュアンスだな?」
「それ以外に何があるんですか?」
俺の返事に生徒会のメンバーは多種多様な表情を浮かべた。呆れたり、怒っている顔は不本意ではあるが理解できなくもない。だが、なぜ全員ホッとしたような顔を最終的に浮かべているのだろう。氷室先輩は分かるが……
「ったく、こういう誤解を招くような発言とかやめてよね」
「秋本、ここでお前が言うのは間違ってると私は思うぞ」
「雅ちゃん、ここでツッコむのはダメでしょ。今からあたしと真央がイチャつくって展開なんだから」
「だから雅ちゃん言うな。せめて雅先生にしろ。あとイチャつくにしても他所でやれ。私の前で甘い空気を出すのは許さん」
「えぇー、雅ちゃ……じゃなくて、雅先生だって真央としょっちゅうイチャついてんじゃん。それなのに甘い空気禁止とか横暴すぎ」
「イ、イチャついてなどいない。お前や生徒会に対する愚痴を聞いてやったり、私の愚痴を聞いてもらっているだけだ」
「雅ちゃん、動揺してんじゃん」
「していない。そもそも私は教師、桐谷は生徒だ。まあ生徒会顧問と生徒会の一員という関係もあるが……それだけの関係だ」
不破先生は断言したのにこちらをチラリと見てくる。ここで「違う! 俺と先生は……」みたいなことを言うつもりは全くないので、自分の言ったことに不安を覚えないでもらいたい。
関係はないが、普段の俺だったならところどころにツッコミを入れていたことだろう。秋本と不破先生の会話だけでなく、俺の弁当のおかずを食べて嬉しそうな顔をしている会長にも。
「おいひい」
「会長、しゃべるのは飲み込んでからね」
「ふぁ~い」
「ふぁ~い、じゃない! なんで食べてんの? 馬鹿なの? いや天然だよね? 真央の弁当はあたしが食べるって言ったじゃん!」
「だって恵那ちゃん先生と話してばかりで食べないし、真央くんは食べていいって言ったもん」
「いや確かにそうだけど……!」
「どれ私もひとつ」
会長に怒る秋本をよそに、不破先生は弁当に入っていた唐揚げをつまんで自分の口へと運んだ。うっ、と声を発したと思ったら、先生は俺の手を両手でがっしりと握っていた。
「桐谷、明日から私のために料理を作ってくれ」
次の瞬間、キリっとした顔の不破先生の頭にハリセンが炸裂した。秋本と氷室先輩のダブルで。
いったいどこからハリセンを出したんだ、という疑問は持ち主が生徒会メンバーと、ここが生徒会室だからということで解決してしまっているあたり、俺も生徒会に毒されたということなのだろうか。
「お前ら、教師に向かって何をする?」
「あたしのご飯食べたでしょ!」
「問題はそこじゃねぇよ。あんたさっき自分でキリタニとの間柄は教師と生徒って言ったよな! 何で即行でプロポーズみたいなことが出来んだよ!」
「じょ、冗談に決まっているだろう……」
「目を逸らすってことは割りとガチだったってことだろ!」
「ええい、うるさい! 今日の生徒会はなしだ。さっさと帰れ!」
生徒と教師のケンカが勃発し騒がしくなる中、俺の弁当を巡って再び会長と秋本のケンカも始まった。口ではなく、いかに早く弁当の中身を食べるかという内容でだが。
一連の騒動はしばらくすると治まったが、不破先生の気分が原因なのか俺たち生徒会メンバーの状態が普段と違うからか生徒会活動はなしになり解散することになった。
無事に俺の弁当を空にするという目的は達成されたが……家に帰ったらラスボスが待っていることだろう。帰りたくないという思いがあったものの、遅くなれば明日香だけでなく妹たちにまで罵倒されかねない。妹たちを味方にしておかなければ、明日香の料理を食べた後の看病などに支障が出る。
俺はそんな思いから重い足取りでだが、真っ直ぐ家に帰るのだった。