第41話 ~勇の姉は……~
今日は始業式のみで授業はなし。つまり午後からは部活やってるやつは部活。帰宅部は帰宅ということになる。
俺は生徒会(正式には生徒会執行『部』)に所属しているので……この後、生徒会室に行かないといけません。
正直に言って行きたくないです。仕事あるんでしょ。行きなさいだって?
ハハハ、それくらいだったら行くに決まってるでしょ。『普通』とは決して呼べない生徒会だけど、俺にも適応する力というものはあるんだ。生徒会になった頃よりも生徒会室に行くのは億劫じゃないよ。
でもね……今日は何が起こるか分からないの。もう千夏先輩のことを考えるだけで、胸がドキドキしちゃってるよ。あっ、言わなくても分かるだろうけど恐怖によるドキドキだからね。さっきまで空腹だったのに食欲がなくなっていってるから。
「真央くんはこれからどうするの?」
後ろから聞こえた爽やかさを感じる声。振り返ると同時に見える爽やかに笑っている勇の顔。
……すっげぇイラっとする。
幼馴染なら少しは俺の心境を察することができるでしょ。できなくても今の俺は、見るからに不機嫌そうか顔色悪く見えると思うんだけどね。それから俺の心境を考えてほしいんだけど。
「何か用でもあるのか?」
「いやね、時間があるならこの学校を案内してもらおうかと思って」
「案内なら私がするのになぁ……」
「チラッと聞いたけど、白石くんって昔桐谷くん家のお隣に住んでたんだって」
「つまり幼馴染なんだ。確かに距離感近いもんね」
「桐谷真央×白石勇……まおゆう…………攻めは……」
……何か急に寒気が。
あそこにいる女子たちが俺に対して良からぬ発言してるのか? ……でも嫉妬めいた視線はしてないし。ひとりだけ奇妙な笑顔を浮かべているけど……見なかったことにしよう。
「帰ると言ったら?」
「君と一緒に帰る、と返事をするね」
さいですか……女子たちがいるほうから何か妙にテンションの高い声が聞こえる気がする。気になる、けど無視する。経験から判断して何かしらアクションを起こすとさらに何かが起こる可能性が高い。選んだ選択は正しい選択のはずだ。
「それで帰るのかい?」
「……帰れたらいいな……4ヶ月ほど前に」
「うん、帰れないってことは分かったよ」
そこで詳しく聞かないお前は一般的に優しいって言われるだろうな。でも今のは聞いてほしかった。不破先生以外にも生徒会の愚痴を言える相手がいまとてもほしいから。
不破先生との噂が立ちそうな雰囲気あるからなぁ。今後はできるだけ教師と生徒という関係を意識して接しないと、お互いのためにならないよな。でもそうしたらしたで不破先生から最近冷たいぞとか言われそうだよな……。
なんて考えつつ、これからの戦いに備えて食事をしておこうと思って弁当を取り出す。言っておくが、別に不穏な空気になったら腹が痛いとか理由をつけて逃げるために食べるわけじゃない。
「……なんで目の前に来る?」
「ダメかい?」
「用がないなら帰れよ」
「用ならあるよ。姉さんを待つっていう用がね」
……このまま教室で弁当を食べるのは愚かな人間がすることだよな。あの生徒会のメンツを相手する前に体力を消費するなんてのは馬鹿のすることだし。
「あっそれと」
「まだ何かあるのか?」
「真央くんの用が何なのか聞くって用もあるかな」
言う順番を逆にしろよ……。
その爽やかなイケメンフェイスに一発ぶち込んで……いや、そんなことをしている場合ではない。急いでここから離れて飯を食べなければ。
……待てよ。俺はどこで弁当を食べるつもりなんだろう。生徒会室で食えなくもないが、先に来ていた千夏先輩と遭って2人っきりとかなる可能性が高いしな。基本的にあそこの鍵開けてるのあの人だし。気まずい空気の中で飯を食うのは嫌だ。
かといって他に弁当を喰える場所は……不破先生のところくらいしかないな。生徒会の話(愚痴とかだけど)をするって名目でやれないこともないし。でもうちのクラスのやつに見られたら余計に怪しまれるしなぁ。
「……選択肢がない」
「ねぇ真央くん、君は一度保健室に行ったほうがいいんじゃないかな?」
「大丈夫だ……学校にいる間はいつもこんな感じだから」
「それは一般的に大丈夫とは言わないと思うよ」
違う、違うんだよ勇。これくらいのことでダメだって言ってたら生徒会としてやっていけないんだ。
でも……今みたいなことを言ってくれる勇は常識人だよな。見た目に問題がある氷室先輩よりも妄想癖がある誠よりも常識人だよな。
「勇、お前が帰ってきてくれて本当に嬉しいよ」
「はは、なんでだろうね。嬉しいことを言われてるはずだけどあまり嬉しい気がしないよ」
「……こんな風に話せるって幸せなことだな」
「……真央くん、僕は君の過去に何があったのか凄く気になってきたよ」
「お前も数ヶ月前に俺と一緒に生徒会に入ってたなら理解できたさ」
きっと弄られるのは俺だけで、勇は見守るという名の残虐なことをしてばかりだったろうけど。でも愚痴を言える相手が身近にいたってことで、俺の精神状態は今より良かっただろうなぁ。
「へぇ、真央くん生徒会に入ったんだ」
「意外だろ?」
「ええ、意外なことやってくれてるじゃない」
優に言ったはずなのに、別の方から返事が返ってきた。ギギギと音がしそうなほど、ぎこちなく首を回して声の主を確認する。
「久しぶりね」
後ろ髪だけ伸ばしている独特のショートヘアー。意志の強そうな瞳を初めとした人の目を引きつける端整な顔立ち。会長並みに主張の強い胸部、服の上からでも分かるくびれた腰。これから下は見ませんのであしからず。
「ア……アスカなのか?」
だ、誰だよこのお嬢様みたいなやつ。そう思わずにはいられないほど、俺の知っているあいつからかけ離れた外見をしている。
そのため目の前にいる女子はアスカだ、と認識するのを脳が拒絶している。もし目の前にいる女子がワイルド系の外見だったなら話は違っただろう。
「その私が明日香じゃないってニュアンスが含まれてそうな顔と質問は何かしら?」
口調は女らしくなってはいるが、この怒気を含んだ睨みはあいつのものだ。ちょっとだけ目の前にいるやつがアスカだと認識できた気がする。
今は関係ないけど、アスカの名前はおそらく女だから『明日香』だよな。真実を知るまでは『飛鳥』だと思ってたけど。
「姉さん、真央くんは姉さんが綺麗になり過ぎてるから驚いてるだけだよ」
「ふ、ふーんそうなの……それならそうとさっさと言えばいいのに」
明日香は胸の下辺りで腕を組み、こちらから顔を背けた。
頬の赤みが増しているように見える……それよりも気になるのは胸だけど。胸の下で腕組られると強調されるからやめてほしい。目のやり場に困るし、性別の違いを認められてないから内心で渦が巻くから。
勇には感謝の言葉を送るべきだろうな。あいつが言わなかったら、困惑のあまり馬鹿正直に「男だと思ってたからお前が明日香だと認識できない」って言ってたと思うし。言っていたなら間違いなく明日香から鉄拳が飛んできたことだろう。
「……で、何か御用ですか明日香さん?」
「久しぶりに会った幼馴染、しかも今日からまたお隣さんっていう関係の相手にずいぶんな態度で話してくれるじゃない。一発殴らせなさい」
にこにこと笑いながら言う彼女には恐怖しか感じない。
なんなのこの人。敬語使って話しただけで鉄拳制裁っておかしすぎるでしょ。昔はガキ大将って感じだったけど、今はもう暴君って呼べるレベルじゃん。
「断固断る。……気になったんだが、お前が会話に参加してきたときに言ったことおかしくなかったか? まるで、お前のせいで予定が狂っただろうが、みたいなニュアンスを感じたし」
「真央くん、そんなの姉さんが君と」
「勇ッ!」
「言っちゃダメみたい。真央くん、自分で考えて」
「……あれか」
「――!」
なんで明日香は顔が真っ赤になってるんだろう。俺はまだ何も言っていないのだが。
「俺をパシらせるつもりだったのに、生徒会なんかに入られたらパシらせる機会が減る的な?」
「なんでそんな発想になるのよ。鈍感にもほどがあるでしょう……」
「いや仕方がないんじゃないかな。昔のことを考えるとさ」
白石姉弟はこそこそと何を話してるんだろうか。……勇が明日香の怒りをなだめてくれてるのかな。
「ところで真央くん。会話に付き合ってくれるのは僕らとしても嬉しいけれど、お弁当食べなくていいのかい?」
「そうだった。さっさと食べないと面倒なことになる」
「待ちなさい」
弁当に手をかけようとした瞬間、明日香に制止をかけられた。
明日香は俺の弁当を手に取り、ふたを開ける。弁当の中身を見渡す明日香の顔が、徐々に不機嫌になっていく。
「……これ作ったの誰? 亜衣? それとも由理香?」
「亜衣が作るときもあるが、今日は俺だ――」
俺が返事を返した瞬間、明日香は机の上に置かれていた俺の箸を手にとり、弁当のおかずを摘まむ。
「――おい何して!?」
制止の声を言い終わる前に、俺のおかずは明日香の口の中へ。
良くはないけど、毎度のように秋本におかずを取られていた身としておかずを食べられたのはまあいい。だけど箸を口の中に入れるって何考えてんのこいつ。俺たちは高校1年生っていう思春期真っ盛りですよ。
「……美味しい」
ぼそっと何か呟きながら弁当を置く明日香。こちらから顔を背けて俯いている。
そんな明日香に勇が近づき声をかける。
「姉さん、姉さんの料理の腕は昔に比べたら天と地ほど上手くなってるんだから気にしちゃダメだよ」
「気にするわよ。あいつの方が上手いってことは、食べさせたら絶対批判されるってことなんだから」
「別に不味くないなら批判はされないと思うんだけどね。僕としてはそれよりもまず、真央くんが姉さんの料理を食べてくれるかが気になるよ。昔姉さんの料理でひどい目に遭ってるし」
「う……抵抗するなら無理やり食べさせるだけよ。味が問題ないって分かれば食べるはずだし」
「姉さん……」
「おい、何こそこそ話してるんだよ?」
「君の女子力が高すぎるって話してたんだよ。気にしないで」
俺は男子だよ。君は男子が女子力高いって言われて喜ぶと思ってるの。まあ家庭的って意味だろうから気分は害してないけど。
「若干寒気がしたんだが、今言ったのは本当か?」
「真央くん、君はいつから常識から外れた人になったんだい?」
外れてねぇよ! ……とは言えないかもしれないなぁ。あの常識外れのメンツの言うことやることに対して慣れを覚えつつあるわけだし。
「いやっほ~!」
元気な声が教室に響いた。
視線を向けると、茶髪をツインテールにした女子が途中でくるくる回ったりしながら、こちらへと迫ってくる。その女子の後をボーイッシュな女子が静かに歩いてきている。
「ま~お、一緒に飯食べようぜ! って、もう喰ってんの!? あたしたちを待たずに食べるなんて何考えてるんだ!」
ころころと表情を変えながら言う秋本に俺はため息しか出ない。
「勇、常識から外れてるってのはこいつみたいなやつのことを言うんだ」
「ちょっとちょっと、恵那さんは無視ですか? ってあれ?」
テンションを少し落とした秋本は、俺以外の姿も視界に映ったのか視線を這わせた。
俺、勇、明日香の順に視線が動いた後、秋本の視線は俺ではなく明日香で止まった。
「明日香じゃん。なんでここにいんの? そんでこのイケメンくんは誰?」
「なんでって……」
「真央さんや、明日香の代わりに簡潔に答えてくださいな」
「何でお前、明日香のこと呼び捨てなわけ? 知り合いだったのか?」
「こっちの要求どおりに返事しないとは、真央さんはそれでも高校生ですか?」
……殴られたいのかこいつ。
「ごめんなさい、調子乗りました。だからその敵意のある目を向けないでください。呼び捨てなのはあたしのクラスに転入してきて、話してみたら気が合ったからです」
確かにこいつといい明日香といい、自分から行くタイプだから気が合うところはあるだろうな。
「あっそ」
「あのぅ真央さん、その反応はひどくないっすか?」
「お前の質問に答えてやろうとしているからひどくないと思うが……答えなくていいんだな?」
「いやいやいや答えてくださいよぉ~!」
……こいつ、今日は一段とデフォルトから離れたキャラで会話するなぁ。下からの物言いだからそこまでイラっとはしないけど。
「こいつは前に俺んちの隣に住んでたの。そんでこのイケメンは明日香の弟」
「はじめまして、勇と言います」
「なんて爽やかオーラだ!? 真央とは比べ物になんねぇ!?」
「恵那、ふざけてないで挨拶しようよ。はじめまして、大空誠です。下の名前で呼んでもらえると助かります」
「あたしは秋本恵那。呼び方は任せるよ。にしても明日香の弟ねぇ……」
勇に近づいてまじまじと見る秋本。
こいつって何でこう人との距離が近いんだろうな。メガネかけてないけど、本当は目が悪いのか?
「確かに顔のパーツとか明日香に似てるかも」
「そこまで近づかないと見えないのか?」
「いやそんなことは……あれぇ?」
秋本は妙な笑みを浮かべながら声を発した。
こいつのこういう顔は的外れなことを言ったり、人をからかうようなことを言うときのやつだよな。実に不愉快というか、イラっとする顔だ。
「んだよ?」
「いやーね、今の発言は嫉妬とも取れるなぁって」
「は? なんで嫉妬するんだよ?」
「うん、分かってたよ。分かってたけど、もうちょっと声のトーンを上げて言ってくれてもいいんじゃないかな。恵那さんだって無敵じゃないんだよ」
「ふーん……あぁそうだ秋本」
「こ、今度は何を言うつもりなんだ?」
「今日の髪型だが、子供っぽいからお前の外見にあんまり合ってないぞ。そうするにしてももう少し下で結んだほうがいいと思う。あと持ってるパンを俺の弁当と交換してくれ」
身構えていた秋本は、俺が言い終わった後も何の反応もしない。何度も瞬きをしているだけだ。
秋本だけでなく、周囲にいる明日香や勇、誠も沈黙を貫いている。何か俺おかしなことを言っただろうか。
「……ま、誠! あの真央がデレた!」
「デ、デレ?」
「お前は何を言ってんの? デレてなんかないぞ俺」
「いやいやいやデレたよ! あたしのこと見てくれてるんだぁ……って分かる発言してくれたし、いつもは頑なにおかず取るなって言ってるのに今日はくれるって言うし。というか、弁当ごとくれるとかどったの? 熱でもあんの?」
「触ろうとすんな」
「……ざけんな」
秋本とは別の声――寒気を感じるほど冷たく低い声が聞こえた。
ここにいるメンツで声が低いのは俺と勇だが、今の声は俺のでも勇の声でもない。誠はボーイッシュな外見に反さずアルトボイスだが、耳に残っている声は誠の声よりも低い。というより低く感じた。
テンションが妙に上がっている秋本が低い声を出す可能性は低い。つまり消去法から……あいつしかいない。
「ふざけんなよてめぇ!」
両手で襟首をつかまれ、強引に立たせられる。
俺の瞳に映っているのは、まるで肉食獣のような鋭い目をした激情に駆られている明日香。先ほどまでの上品さのようなものは全くない。子供の頃の怒った明日香そのもの……いや、子供の頃よりも遥かに怖くなっている。
「な、なに怒ってんだよ」
「分からねぇのか!」
「分かるかよ。いま話してたのはお前じゃなくて秋本だっただろうが」
「そこにも怒ってんだよ!」
……はい?
なんで秋本と会話するだけで怒るんだ。……理由はよく分からんが、怒るにしたってタイミングはもっと前のはずだよな。
「何なんだよ、幼馴染のオレよりも幼馴染みてぇな会話しやがって……オレには妙によそよそしい態度取ってるくせに、恵那には砕けて接しやがるのかよ!」
いやいやいや別におかしくないでしょ。俺たちの間には数年の隙間があるんですよ。記憶に残ってる姿と今の姿はまるで別人。どこかよそよそしくなるのは普通でしょ。
「それに弁当を恵那にやるってどういうことだ! オレが口つけたもんは喰えねぇってのか!」
「え?」
「明日香が桐谷の…………」
秋本の鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔はいいとして……誠さん、変な妄想しないでもらえますかね。別に「あ~ん」みたいなことはやってませんし、感じとしては勝手におかずを奪う秋本と似たようなものだったんですから。
「それに関しては喰えないって言わせてもらう」
「て、てめぇ……!」
「……あぁもう、お前もいい加減にしろよ!」
首を締め付けるほど力強く襟首を握り締めていた明日香の両腕を手に取り、強引に引き剥がして自由を奪う。
「俺もお前ももう子供じゃないんだよ! 女らしくなったのは見た目だけか!」
「――ち、ちけぇんだよ!」
叫びながらじたばたと足掻く明日香。
俺は体育会系の男子ほど力が強いわけではないが、明日香も凶暴なやつではあるが女子。昔ならまだしも今は力で負けはしない。
だが明日香は距離を取ろうとしていたため、俺は腕に込めていた力を緩めることにした。
「……ったく、そういう意味ならさっさと言えよ」
顔をこちらから背け、俺の握っていた部分をさすりながら言う明日香。
このような明日香は見たことがなかったため、罪悪感を覚える。が、こいつ相手に今までの流れを水に流して話せるほど俺は大人じゃない。
「ブチ切れてたくせによく言うぜ」
「元はといえばお前が悪いんだろうが」
「はぁ? 確かに俺にも非はあるだろうが、大半はお前にあるだろ」
「んだとッ!」
「あの姉さん、水を差す様で悪いんだけど――」
「なんだ!」
「――思いっきり素に戻ってるよ」
勇の一言に明日香はしまったといった顔を浮かべて固まった。しばしの沈黙が流れる。
「……真央、お前のせいだぞ。責任取りやがれ!」
「人のせいにするな。そもそも何で猫被ってたんだよ」
あの強烈な性格は昔から変わってないだろうな、と思っていた身として何気なく言ったのだが、再び明日香の逆鱗に触れてしまったらしく、俺はまた首元をつかまれた。
関係ないけど、こういう状況になって誰も止めに入らないのって不思議だよな。俺ってそこまでみんなから反感買ってるのかな。それとも「あぁまたやってる……」みたいな感じに映ってるのかねぇ。
「忘れやがったのか……」
「何を?」
「……引越した後に電話したとき、てめぇが前に乱暴なやつは嫌いだっつったんだろうが」
……電話?
確かに引っ越した直後に電話がかかってきたような気はする。だがこいつの言っているようなことを話しただろうか。
というか、一般的にノーマルなやつに乱暴する人間を好きなやつっていないよな。それにこいつと遊んでた頃は日常的に乱暴するなって言ってた気もするんだが……なんでこいつはここまで怒ってるんだ?
「……あのさぁ」
「んだよ」
「それって口調とかじゃなくていま俺にやってるようなことするって方だと思うんだが?」
ほとんど忘れてるけど、こういう意味のはずだ。理由は亜衣をはじめ、俺の周りには口の悪いやつが多いから。だから幼かったとはいえ口調が荒いだけで乱暴とは解釈しなかったはずだ。
「くっ…………オレだってしたかねぇんだよ。でもてめぇが鈍いから……」
手を放してくれたが、こいつは何をブツブツ言っているんだろう。……まさか、ここは人の目につくし教師に見られると面倒だ。家に帰ったら……みたいなことを考えていやがるのか。
「あぁもういいや。正直あのキャラでいんのも疲れるし」
明日香は独り言を呟きながら、きちんとしていた服装を崩す。
最初の上品さはどこへやら。印象が一気にワイルド系に変わった。
「真央は生徒会だったな。ここにいる意味もねぇし、やりたいこともあるし……勇帰っぞ」
「はいはい。でもその前に姉さんはかばん取ってこようね」
「るっせぇ、お前はオレの母親か」
「お目付け役とかの意味でならそうだと思うよ」
「ったく、お前も可愛げがなくなったな」
他愛もないやりとりをしながら教室の外へ向かう姉弟。
場の空気が凍ったままだというのに、何も気にせずにいられるとはまさに暴君と呼べそうな自己中だ。
「あっ、真央」
「なんだ? (さっさと帰れよ……もうお前を相手にする元気はないんだから)」
「その、なんだ……悪かった」
明日香の謝罪に俺の思考は、あの明日香が素直に謝っただと!? とショートし一瞬停止した。だがあの乱暴だったやつも少しは成長しているんだなぁと思い、温かい気持ちが芽生える。
明日香の弟である勇は、誰よりも間近で明日香の成長を見てきているだろうから、きっと今の俺のような感情を感じる機会が多いことだろう。
「そこまで気にしてねぇよ……その、俺も悪かったな」
「腕のことなら気にしてねぇよ。昔はよくケンカしたしな」
俺の記憶が正しければ、口げんかならまだしも今の意味のケンカの相手は俺でなく、亜衣や由理香、勇をバカにしたりした連中だったと思う。俺はそれを止めようとして被害にあっていたような……
「でも、そのなんだ……オレもあの頃と違って成長してるわけだ。オレのほうが悪かったって理解してる。だから詫びに……今日の夕食作ってやるよ」
幼馴染の成長に喜びを感じていたのもつかの間、最後の一言で俺はどん底に叩き落された気分になった。
鮮やかに蘇ってくる明日香の料理と呼べない料理の数々。
具体的に言うなら、炭としか言えなかった黒い何か。洗剤で洗われた米で焚かれたご飯。色んな調味料を混ぜられ、気味の悪い色をしていたソースらしきもの……などなど。腹を壊したのは一度や二度ではない。
「いや夕食なら俺が」
「じゃあ生徒会頑張れよ。恵那も誠もな……あっ、そいつに変な真似されないように気をつけてな」
気分が悪くなったことで思うように声が出ず、俺の声は明日香に届かなかった。
間違いなく帰ったら明日香の手料理がある。過去の経験からあいつの手料理と聞いただけで体調に異変をきたすようになっているのに、あいつの料理を食べようものなら……
「……秋本」
「ふぉぇ?」
「食欲失せたし、気分が悪くなったから弁当喰っといてくれ」
「あぁうん……って、会長の真似したのにツッコミがない。それに残飯処理で言ってるのかもしれないけど、妙に言葉が優しかった。ねぇ」
「なんだ?」
「先輩たちにはあたしから言っとくからさ、今日は帰ったら?」
さっきのあれがなかったら喜んで承諾していた提案だな。千夏先輩と会いたくなかったし。
でも今は違う。あの人は本当に具合が悪い人間に追い討ちをかける人間……かもしれないが、会長や氷室先輩が止めてくれるだろうから大丈夫のはず。
明日香の手料理か生徒会かと選択するなら、俺は迷わず生徒会を選ぶ。
「今日は帰りたくねぇんだよ……」