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生徒会!? の日々  作者: 夜神
1学期
39/46

第38話 ~美咲との夏祭り その3~

 運悪く生徒会のメンツに美咲との一部始終を見られ、結果的に一緒に祭りを回ることになったわけだが……


「ねぇ天川さん」「ねぇ奈々」

「なに美咲ちゃん?」「んだよ?」


 美咲と千夏先輩、互いが視界に入らないようにしつつ、できるだけ距離を取ってるよ。まるで存在自体を無視しているようだ。一緒に回ることを決断した身に加え、ふたりの間に立っている俺としては非常に気まずい。


「真央ってさ、学校じゃどんな感じ?」


 美咲、お前は何を聞いているんだ。学校の俺の様子なんか知って、お前に何の得がある。

 なんだかお前が俺の母さんより母親みたいに思えてきたぞ。俺の母さんって学校のこととか怪我でもしない限りは自分から聞いてこないし。


「うーん……私、真央くんとは学年違うから放課後くらいしか会わないんだよねぇ」

「それはちょっと意外。天川さんなら学年とか気にしないで会いに行くときは行きそうなのに」

「行こうとしても奈々ちゃんがダメって言うんだもん……」


 会長がまともになったのかと思いきや、氷室先輩が秋本で体力を消費する俺のために頑張ってくれてたんだ。

 ありがとう氷室先輩。今日からはもっと感謝の気持ちを持って生活を送ります。先輩が困っていたらできるだけ手を差し伸べるようにします……けど、度が過ぎるときは勘弁してくださいね。


「き……桐谷」


 後ろから弱々しい声をかけられたため振り返ると、視線をこちらに向けては逸らすという行動を繰り返している誠の姿があった。


「何か用か?」

「その……これ」


 少しの間があった後、誠は顔を俺から逸らした状態で何かを差し出してきた。誠の顔が赤くなっているのが薄っすらとだが見えたので、どうやら誠は恥ずかしがっているらしい。

 視線を誠の顔から俺のほうに差し出されている手に移すと、そこには黒い粒々がところどころに見える緑色のアイスがあった。アイスの特徴からして、味はチョコミントだろう。


「……これをどうしろと?」

「…………」


 うん、ごめんなさい。聞いたけど本当は食べろって意味なのは分かってました。だから睨むのやめてください。


「えっと……なんで俺に?」


 見た限り全員におごっているわけではなく、俺だけにアイスを買っているようだし。

 ここ最近のことを思い返してみても、これといって誠に何かされた記憶はない。誠はなんで俺にアイスをくれるのだろうか?


「それは……ほら。桐谷さっきアイス落としてたし」


 ああ……確かに落とした。見られたくないところを見られたというショックで落とした人生初のアイスだからよく覚えている。人生初でなかった場合でも、つい先ほどのことなので覚えているだろうけど。


「まあ落としたけど。でも誠に買いなおしてもらう理由にはならないだろ? 別に誠が叩き落としたとかでもないんだしさ。自分で食べ……」


 俺が遠回しに受け取らないと言っていると、誠はしゅんとした顔を浮かべた。

 今の誠の顔には見覚えがある。倉庫の片付けした日、誠をかばった後にこんな顔をしていたはずだ。それ以外にも度々見たような気もする。


 そういえば誠って過保護というか、真面目なやつだったっけ……


 これは俺が折れてアイスを受け取らないと、延々と同じようなやりとりを繰り返すことになるだろう。

 そうなると……夜とはいえ人口密度の高さや屋台の明かりなどでアイスが溶けるには充分な温度だから、『アイスが溶ける=誠が新しいのを買う』っていうことになるよなぁ。

 食べ物を無駄にするのは嫌だし、誠に必要以上に金を使わせるのも嫌だ。金を出すのが秋本とかなら別だけど……こら俺、秋本に冷たいことは言わないようにするって決めただろ。こういうこと考えてたらポロッと言いかねないんだから考えないようにするんだ。

 って、秋本のことを考えている場合じゃなかった。


「やっぱもらっていいか?」

「う、うん!」


 う……誠、そんなに喜んだ顔をしないでくれ。男の子なのにキュンってしちゃうから。

 って、これじゃあキュンってするのは女の子だけみたいで誠に失礼か。誠の後姿とかぱっと見男に見えるけど、過度な妄想を除けば普通の思春期の女の子だしな。


「「あっ……」」


 誠からアイスを受け取ろうとすると、俺の指が誠の指に触れてしまった。

 こういう言い方をすると誤解が生じるかもしれないので言っておくが、アイスのコーンの部分は大体人の手ひとつ分くらいの大きさだ。指が触れ合うのは仕方がないはず。

 俺と誠の指が触れた次の瞬間、俺は反射的に手を引いてしまい、誠は手を開いてしまった。つまり誠の持っていたアイスは重力によって地面へ向かい始めたわけだ。


「っと…………」


 どうにか地面に落ちる前にアイスをキャッチすることができた。

 できたのだが……俺が受け取るのを躊躇っていたせいか、誠が俺に持ってくるまでに時間がかかっていたのか、表面あたりが溶け始めていたようだ。そのためキャッチと同時に俺の手やら腕に溶けたアイスが飛んだ。


「ご、ごめん!」


 そのへんで洗う、最悪服でぬぐえばいいかと考えていると、状況を認識した誠が俺の腕を取った。


「ちょ、ちょっとストップ」


 誠が俺の腕を取ったとき、またアイスが飛び散りそうになったので、とりあえずアイスを持っている手とは逆の手にアイスを移した。


「で、なに?」

「えっと……その、ごめん」

「誠だけが悪いわけじゃないから謝らなくてもいいんだけど」

「……桐谷ってこういうとき優しいよね」


 別に俺は優しくないと思うのだが。こちらにも非があったわけだし、誠だけ悪いってことにするのは間違いだろうし。

 なんて思った矢先、誠がハンカチを取り出して俺の手を拭き始めた。

 乙女思考というか可愛いもの好きの誠のことだから、てっきりハンカチとかは花柄とかキャラクター系だと思っていたのだが、水色を基調としたシンプルなものとは意外だ。

 って、そうじゃないだろ。どうでもいいことを考えて、現実から目を逸らすな俺。


「えっと……」

「…………」


 誠さん、そんな「……ダメ?」みたいな目(しかも上目遣い)で俺を見ないでください。何も言えなくなるじゃないですか。

 いや、もう何も言おうとしてないの間違いか。誠の好きにさせたほうが早く終わるだろうってどこか確信してる俺がいるし。


 …………それにしても


 誠が近い。具体的に言えば、目と鼻の先に誠の顔がある。

 ボーイッシュだけど、やっぱり間近で見ると女の子だよな誠……って女の子だよなは変か。

 でも普段はイケメンって印象が強いからなぁ。それに誠とは生徒会の中でもあまり話さないほうだし。他のメンツが主に俺を弄るという目的で異常に話しかけてくるだけで、誠は普通なんだろうけど。


 ……まあ、最初の出会いが原因でできるだけ誠を怒らせないように無意識に会話を最小限にしてる可能性もあるわけだが……


 だけど現在は友好的な関係にある。俺だけで誠は違うかもしれないけど……多分大丈夫だよな。前みたいにケンカにはならなくなってるし。

 ふと思ったが、なんで俺は誠と自分から仲良くしないのだろう。

 いくら自分は平凡だと分かっているとはいえ、チャンスがないわけではない。むしろ現状のまま何もしないとチャンスを自分で潰しているようなものだ。

 誠は過度な妄想を除けば、強くて料理できて他人を思いやることができる女の子だ。生徒会でも常識人側に属している。別に特別な関係にならなくても、もうちょっと仲良くというか距離を縮めようとしてもいいのではないだろうか。最低でも今年、下手をすれば来年も生徒会として活動するわけだし。


 ……誠の顔をじっくり見ることってそうなかったけど、なんか前よりも女っぽくなったような


 …………あっ、髪の毛が少し伸びたのか。

 でも何で夏なのに髪の毛が伸びたのに切らないんだ? 普段から短くしてたら、多少伸びただけでもわずらわしく感じるはずなのに。

 夏休みだから髪を切りに行く暇がなかったわけじゃないよな。ということは、男っぽく見えるのを気にして伸ばし始めたのか?

 ありえないことではないが、誠が男っぽさを気にし始めたのは最近のことじゃないはずだ。ずっと伸ばさずにいたのだから男っぽさから伸ばし始めるということはないだろう。


「え、えっと……僕の顔に何かついてる?」

「え、いや……その……浴衣似合ってるなって思って」

「そ、そっか……ありがと」


 心臓がバクバクうるさい。誠に聞こえるんじゃないか……。

 俺が意識してるなんて分かったら、誠のことだから過剰な反応をするに違いない。浴衣着てるのに鼻血とか出されたら……考えるのはやめよう。誠に失礼だ。


「いや~今日は暑いねぇ」


 だらけた声が聞こえたかと思うと、ふと手に感じていた重みがなくなった。

 視線を向けると、先のほうだけ三つ編みにして髪がばさつかないようにしてある茶髪が目に入る。だらけた声と見た目からして、俺からアイスを奪った人間は秋本であることは疑いようがない。

 俺の視線に気づいた秋本は、こちらににこっと笑うとアイスをひと舐め。

 俺が買ったものならまだしも、誠が買ったものを勝手に奪って食べるとは何を考えている。その思いに従って文句を言おうとしたとき、俺よりも先に口を開いた人物がいた。


「え、恵那! 何やってるんだよ!」

「アイスを食べてる」

「そんなことは言われなくても分かってるよ! それは桐谷に買ったアイスなんだよ。なんで恵那が食べるのさ!」

「まぁまぁ落ち着きなって」

「だったら桐谷にアイス返……!」


 自分が何を言おうとしているのか分かった誠は、怒りとは別の理由で顔を赤くしながら一旦口を閉じた。秋本は自分のペースを崩すことなくアイスを食べ続けている。


「桐谷に謝って」

「ほぅ~、誠にじゃないんだぁ?」

「――! 僕は桐谷の後でって意味だよ! ほら早く、桐谷に謝って!」

「いーや」


 秋本、お前が人をおちょくったりして楽しむやつだってのは充分分かっているし、その相手に誠を選ぶのもお前と誠の仲のよさを知ってるから分かる。

 だけど今日のは少し悪質というか、秋本らしくないやり方に感じる。

 誠に対する秋本のやり方は、今日のような純粋に怒らせるような言動をするのではなく、誠に過激な妄想をさせたりすることだったはずだ。


「え、恵那……」

「だって、別に真央は怒ってないもん。ねぇ?」


 は? 怒ってるか怒ってないかと言ったら怒ってるに決まって……なんで「話合わせてくんないと、誠とイチャイチャしてたことで絡むよ」みたいな目をしてんだよ。そんな目で見られたら、俺は怒るという選択肢を選べないじゃないか。


「……まあ」

「ほら」

「桐谷……」

「そもそも誠がいけないんだぞぉ。桐谷と見てるこっちが砂糖吐きそうな感じの熱々のカップルみたいな空気を出すから。目の前で見せられたあたしの身にもなってほしいな~」

「な……!? べ、べつに僕はそんな空気出してなんか……」

「あはは! ほんとに誠は奥手だねぇ。もっと素直になるなり、大胆に行くかしないとそのうち誰かに取られるよ」

「そ、そんなこと言ったって……桐谷はガツガツ来る子って好きじゃないだろうし」

「別に真央とは言ってないんだけどなぁ~」


 秋本と話していた誠が突然バッとこちらへ顔を向けた。

 誠の顔は高熱があるんじゃないかと思うほど真っ赤になっている。いったい何を吹き込まれたらここまで顔を赤めることができるんだ?


「ききき桐谷!」

「な、なんだ!」

「い……いまの……話」

「ん? 秋本の笑い声くらいしか聞こえてないが」

「そ、そっか……」


 これまで見てきた中で、1番ほっとした顔をしているな。いったい秋本と何を話したんだ?

 誠の赤面と安堵の顔から考えて……妄想の中で俺に何かしたのだろうか。妄想癖のある誠なら充分にありえる話だよな。

 俺だって妄想したりすることあるから、他人のした妄想に関してあれこれ言うつもりはない。けど本人の前ではしないでほしいな。したとしても顔に出さないでほしい。

 そんなことを思っていると、不意に誰かに袖を引っ張られた。

 大抵の人間なら横向きに引っ張られるはず。しかし今は下向きに引っ張られている感じが強い。近くにいたメンツで条件を満たすのはあの人しかいない。


「氷室先輩、どうかしましたか?」

「あのよ……おい、なんで振り向く前にわたしだって分かった?」

「他のメンツなら身長的に横向きに引っ張れるはず。下向きなのは先輩だけっていう推理です」

「お前さ、その頭の回転の良さはもっと別のところで使えよ」

「例えば?」

「あそこで一触即発になってるふたりを止める方法を考えるとか」


 先輩に言われて視線を少しずらすと、睨みあっている千夏先輩と美咲の姿があった。ふたりの覇気に無意識に恐怖しているのか、背景に龍と虎が見える気がする。

 ふたりはお互いの存在を無視するかのようにしていたはずだ。それなのに、何故またケンカが始まろうとしているのだろう?


「なんでああなってるんですか?」

「それはだな、チナツってああ見えて嫉妬心が強い……というよりは独占欲が強いんだよ」

「……美咲が会長と話してたのが我慢ならなかったと?」

「ああ」


 千夏先輩、あなたは俺たちの中で最も大人っぽいキャラの人で、正面から堂々とケンカするんじゃなくてからめ手やら使って完全勝利する人でしょ。なんで今日はそれができないの。今のあなたは会長よりも子供ですよ。


「先輩、なんで俺のところに来るんですか? こんな人前でケンカでもされたらやばいんですから止めてくださいよ」

「バカ野郎。わたしじゃ無理だからお前のところに来たんだろうが」

「なんで無理なんですか?」

「それは……お前の従姉が怖いからだよ」


 そういえば氷室先輩って、今までにほとんど怒られたことがないからか、意外と怖がりというか小心者だったっけ。そうでない人でも怒った美咲にはビビるだろうけど。


「先輩」

「きゅ、急にキリッとした声で呼びながらこっちに力強い目を向けるんじゃねぇよ。……で、なんだよ? 止めに行くのか? それなら骨は拾って――」

「俺は美咲だけでなく千夏先輩も怖いです」

「――やる……良い声でへたれ宣言してんじゃねぇよ!」


 ふたりが怖いということを力強く言っただけで、別に良い声を出したつもりはないんだけどな。


「お前の従姉だろ。仲裁しに行けよ!」

「先輩、無関係の俺が行ったところで『邪魔よ』とか『あんたには関係ないからあっち行ってな』とか言われるだけ――」

「は? あんた何言ってるわけ?」

「あら、こんな近くで言ってるのに聞こえなかったの? 真央くんは私たちと一緒に回ってもらうわ。どこかに行くならひとりで行きなさい」

「あいつと回ってたのは私だよ。なんであんたたちに譲らないといけないわけ?」


 ……なんで俺の話になってんのよ。しかも内容は俺を混ぜて行うべきことだし。……混ざったところで俺の意思は尊重されないだろうけど。

 氷室先輩、俺が行くべきだったのは分かったので「ほら見ろ。さっさと行けよ」みたいな顔でこっちを見ないでくれませんかね。


「あのーおふたりさん。ここで言い争うのは」

「真央」「真央くん」

「は、はい!」

「あんたはどっちと回るわけ?」「君はどっちと回るの?」


 睨みを利かせた目でこっち見ないで。近くにいる氷室先輩ですら泣きそうなんだから。目の前にいる俺は泣きながら逃げてもおかしくないよ。

 なんてこと考えてないで答えを導き出さないと。

 美咲と回ったら……後日生徒会で面倒なことが起きるよなぁ。生徒会と一緒だとストレスを発散ではなく溜めることになり、美咲との仲が悪化しかねない。こういうのを詰んでいるというんだよな。


「えーと……一緒に回るって案は?」

「「は?」」

「ごめんなさい」


 このふたり仲が悪そうなのに何でこういうときは相性が抜群でいいんだよ。正直言って怖いよ。逃げ出したいくらい怖いよ。

 会長に加わってもらってふたりの怒気を緩和してもらおうかな……


「ふぉ」

「おぉ、会長さんすげぇ! そんで可愛い!」

「恵那、これ以上はさすがにダメだよ! 可愛いのは認めるけど」


 ふと会長に視線を向けると、秋本におもちゃもとい餌付けされていた。屋台に売られている色んなものを一度にほうばっているようで、頬がハムスターのように膨らんでいる。

 会長は人間というよりも小動物と言った方が正しいのかもしれないな……現実から目を背けても何も変わらないか。

 選択肢はどちらを選んでも地獄。さてどちらを選ぼう――

 

「――うお!?」


 突然誰かに腕を引っ張られた。よろける身体をどうにか持ち直しながら視線を向けると、美咲の後姿が見える。

 なんだ美咲に腕を引っ張られたのか……って待て!


「ちょっ美咲!」

「…………」


 無視ですか……雰囲気からして何を言っても無視しそうだな。千夏先輩は……確認した俺が馬鹿だった。人を射殺せそうなほど鋭い目で見てることなんて確認しなくても分かっていたのに。

 未来に何が起きるかというネガティブな思考に陥る俺を完全に無視し、美咲は俺を強引に引っ張り続ける。進んでいくに連れて人気がなくなっていき、立ち止まったのは全く使われなくなった社だった。言うまでもなく、その場にいるのは俺と美咲のふたりだけだ。


「ごめん」


 美咲は俺の腕を放しながら小声で呟く。周囲に全く物音の発生源がないため、小声なのにも関わらず耳に響いた。


「いや……別にいいんだが、その大丈夫か?」

「……?」

「そのだな……お前があそこまで感情出――すのは、まあ昔のお前っぽいから変じゃないか。えっと、これといって理由もないはずなのに何であそこまで千夏先輩のこと嫌うんだ?」

「…………はぁ」


 美咲は深いため息をひとつすると、数歩歩いて空を見上げた。


「多分……同族嫌悪ってやつだよ」

「ん? 何か言ったか?」

「この場所覚えてるかって言ったの」


 美咲の言葉を聞いた俺は周囲を見渡す。

 薄暗くてよく分からん、と答えそうになったが、ふと夢で見たあの日のことを思い出した。あのときも亜衣たちと合流する前に、今日のように美咲に強引に腕を引っ張られてどこかに行った覚えがある。確かその場所にも近くにある社が少しまともなったにような感じのものがあったような……


「……前にお前と来たときに花火を見た場所か?」

「へぇ……よく覚えてたね。じゃあ、どんな会話したかは覚えてる?」

「…………悪い。これといって印象に残るようなこと話してないから覚えてない」

「昔の私は遠回しにフラれたってのに印象に残ってないね。……まぁ私が早熟だっただけか。そもそも小学生が恋愛を理解してるわけもないしね」


 こちらに聞こえないかすかな声で美咲は何か呟いている。俺への文句を言っているのかと思ったが、顔はどこか清々しく見える。

 ふとこちらに目線を戻した美咲と視線が重なる。だがすぐに美咲は再び空を見上げた。あんたも見なよ、と言っているような気がしたので空を見上げると、夜空に爆音が響き花が咲いた。


「「…………」」


 花火を見ている俺と美咲の間には「綺麗だね」といったような会話はなく、ただ花火を見続ける。

 見える花火はあの日と変わらない。だけどあの日隣にいた美咲は、今は3メートルほど離れた位置にいる。あの日の美咲は浴衣姿で活発的な印象だったのに、今見える美咲はラフな格好で冷静沈着な印象だ。


「……変わったな」

「……人は変わるもんだよ。……変わらないやつもいるけど」


 独り言に帰ってきた返事の後半は、花火の爆音によって遮られた。だが黙って空を見上げ続ける美咲に質問することはできず、俺も視線を空へと戻した。

 それから数十分。祭りの終わりを示すかのように、これまでで最大の花火が空に咲いた。火花が完全に消えるまで見続けた後、視線を美咲へと向ける。


「……帰ろうか」

「ああ……」


 距離を保ったまま元来た道を歩き始める。

 美咲との距離が、久しぶりに会ってから改善されつつあった距離が、今日のわずかな時間で元に戻ってしまったかのように感じる。


「…………そういえば」

「急になんだよ?」

「今度あいつが帰ってくるみたいだよ」

「あいつ? 誰だよ?」

「会えば分かるよ。……あいつは昔と変わらないから」



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