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二章六節「鏡界線上の終章三節」
 久し振りだ。
 久し振りに友達と再会した。
 同窓会当日の今日。
 会場で会うことのできなかった友達と、こんな形で会うことになるなんて。
 友達は変わっていた。
 俺の知る友達は、もういない。
 力を拒絶していた頃の佐山君は、どこにもいない。
 目前にいる佐山君は力に溺れていた。

「――力に溺れた、か……」

 そうだった。
 佐山君は他人の心を読むことができるのだ。
 初めは珍しかった事も次第に当たり前のように浸透している。
 身近な物で例えるなら、ケータイもそうだ。
 最初は珍しく思われていたけど、今はそう珍しく思われていない。
 何故なら、ケータイが世間に広まっているからだ。
 当たり前というのは、恐い。
 潜在意識の中に、それが無くなってしまうのだから。
 それと同じで、俺は佐山君の力を忘れていた。
 だから、あの時。佐山君に嘘を吐いた時。俺は佐山君に嘘が通ったつもりでいたのだ。
 だけど、後にしてみれば、あの時。佐山君は俺の本心が聞こえていたのだ。
 あの時。
 小四のある日の事。
 相変わらず俺は佐山君としか馴染めない状況だったが、ふとした出来事から隣の席の侑子と話すようになった。
 侑子は親しみやすい性格をしていたから、すぐに打ち解けていった。
 あの、内気な性格をした佐山君でさえもだ。
 席が近かった事が幸いしてか、次第に佐山君も積極的に話に参加するようになり、気付けば佐山君から話しかけるようになっていた。
 小五のある日の事。
 侑子が距離を置かずに話してくれたせいか、佐山君は俺に『笠原さんのことが気になる』と言ってきた。
 侑子にしてみれば、男友達と仲良く話す事が当たり前ではあるが、佐山君みたいな女性経験が皆無の人間は、自分に気があると思うことが多い。
 佐山君もそれだ。
 悪く言えば、騙されやすいタイプの人間ということだ。
 でも、当時は小学生であるのだから、そんなことは気にしていない。
 むしろ、俺はそれをネタにしてからかっていた。
 何故だか分からないのだけれど、小学生の頃は『好きな人はいない』というのが男として当たり前みたいなことになってて、好きな人がいたりすると、それだけで笑い者にされていた。
 照れ臭い部分があったのだろう。
 侑子が席を外している最中だ。佐山君は俺を茶化すように訊いてきた。

「早乙女君も、笠原さんのことが好きなんでしょ?」

 内心。驚いていた。
 俺は、その感情を慌てて掻き消そうと必死になった。

「俺は別に好きではないよ」

「でも、いつも仲良くしてるよね」

「まあ、家が隣同士だからね。何にしても、侑子は“良い女友達“だよ」

「……“良い女友達“?」

「そっ、“良い女友達“だよ」

 ――だから応援するよ。佐山君のこと。

 この時、佐山君は俺の本心に気付いていただろう。
 それにも関わらず、佐山君は『ありがとう』と照れ臭そうに礼を言ってきた。
 何であの時、俺は佐山君に本当を言えなかったのか。
 気恥ずかしい。それもある。
 だけど、最もな理由は、佐山君の為を思って嘘を吐いたからだろう。
 今にしてみれば、それは佐山君にではなく、俺の為に嘘を吐いていたことが分かる。
 何故だか分からないのだけれど、あの頃の俺は、本心を言えば佐山君に嫌われると思っていた。
 だから、嫌われないように嘘を吐いた。
 それは、良いように思われたいから嘘を吐いたことになる。
 俺が嘘を吐いたことなんて、白状しない限りは見つかることはない。
 普通の人間なら。
 だけど、佐山君は違う。
 人の心を読む事ができる。
 人の心の声が嫌でも届く。
 嘘を吐いたところで、佐山君には俺の本心が聞こえていたのだ。
 侑子が好きだ、という俺の本心が。
 俺も佐山君も似た感じの性格をしている。
 だから、友達になれた。
 だから、似た感情を持った。
 だから、侑子に惚れた。
 結局、互いに思いを告げぬまま小学校生活を終了し、中学校生活を迎える事になる。
 相も変わらず友達付き合いの少ない生活だったのだが、ある日を境にその生活は少しずつ変わっていった。

 あの日。侑子に告白された日だ。

 俺は侑子に告白される前に、佐山君が侑子の事を好きである、と伝えた。
 それを聞いた上で、侑子は告白してきたのだ。

『私、早乙女のことが好きだから』

 明暗がはっきりと分かれた瞬間だった。
 俺は明るい陽の差す生活へと変わり、佐山君は暗い陽の差さない生活へと変わった。
 一欠片の陽も許さない、常闇(とこやみ)の生活に。
 友達が増えた。環境が変わった。 俺はそれに幸せを感じ、佐山君との交流が少なくなっていたのだ。
 話せる友達が少なかった――俺と侑子以外にいなかった佐山君は、いつの間にか不登校をするようになっていた。
 それからずっと、佐山君とは会えなかった。連絡すらも取れなかった。
 でも、今、こうして再び出会えたのだ。
 しかし、素直に喜ぶことはできない。
 憎しんでいたはずの力を拒んでいない。
 力に溺れてしまっていた。

「――僕は今でも、この力を憎んでいるよ」

 佐山君は不気味に口元を微笑ませた。
 俺には人の心を読む力なんてない。
 だから、その言葉が、嘘なのか本当なのか、分からない。
 複雑に入り混じった感情は猜疑心に変わっていた。

「じゃあ……! 何で、あんなことをしたんだ……!?」

「そうだね。強いて言うなら、有効活用しただけかな」

「有効活用……?」

「そうさ。憎しみ続けたってどうにもならないんだ。なら、力を最大限に活用させてもらおうと思ってね」

 力を憎しんでいる様には見えない。むしろその逆で――

「そうだね。早乙女君の思う通りだ。今の僕は力を憎しんでなんかいない」

 無心になるなんて無理だ。
 嫌でも思考が働いてしまう。

「早乙女君。君が変わったように、僕も変わったんだ。僕の存在を否定してきた人間を殺す怪物に変わったんだ」

 だから、俺も殺すのか。
 平気で友達を殺せる人になってしまったのか。俺の友達は。
 涙腺が震えた。雨中の紛れて、瞳に涙が浮かび上がった。

「この前の事件を覚えてるかい? あの事件の被害者は、僕が転校してきた日に初めて悪口を言った人なんだ」

 どこかで見たことのある顔だと思ってはいたが、そうだ。
 被害者は、小学校の時のクラスメートだ。

「他にも未だ未だ沢山いるからね。僕はこの力を最大限に使って、一人残らず殺すんだ」

 止めてやる。
 ここで俺が止めなきゃ、ここで佐山君を止めなきゃ、誰が止める。
 その時だ。
 薄暗い雨の景色に銀色が光った。
 光は俺の方に飛んできて、やがて、その姿を露にする。
 小銃だ。銀の小銃だ。
 俺は小銃を手中に包み込むように受け取った。
 冷たくて、重い。
 ずっしり、とくる。
 俺は佐山君の方を見た。
 人差し指で左胸を差していた。
 左胸。その向こう側は――

「“撃てよ“」

 心臓だ。

「僕を止めたいんだろう? だったら撃てよ。それで“ここ“を撃ってみろよ」

 脈打つ感覚が伝わる。
 肩の痛みが熱さを増した。
 手が震えていた。

「迷ってるのかい? それとも、殺さずに止めれる、とでも思っていたのかな?」

 図星だ。
 そうだよ。佐山君。
 俺は君の言う通り、殺さずに止めれる、と思っていた。
 だって、友達を殺すことなんてできないだろ。

「何を言ってるんだい? もう、僕と早乙女君は『友達』じゃないよ」

 小銃を――人殺しの道具に目を落とした。
 ああ、そうなんだ。
 いや、そうだよな。
 俺は友達に嘘を吐いた。
 本音で語り合えるから『友達』なのだから。
 もう、友達とは呼べない。

「君が殺らないなら、僕が先に殺ってしまうよ」

「――殺させません」

 小銃から前へ顔を上げた。
 長いピンクブロンドの髪が昇っていく。
 目前には犯人がいた。
 大の字になって、盾になっていた。

「殺させません。か。怪物風情が粋がるなよ」

 瞬間、佐山君と犯人の境に、乾いた音と共に軽い衝撃が唸った。
 発砲音に似たその音は道具によるものではなく、肉体そのものが生み出した力によるものだった。
 犯人は前方に両手を突き出していた。佐山君は何もしていない。ただ、呆然と立っているだけ。
 手の平から血が垂れ落ちている。今の衝撃で押し負けたからなのだろう。
 佐山君は全ての力を使える。そう言っていた。
 やはり、力は互角とは言えないようだ。

「僕は君に『殺せ』と命じたんだ。なのに、君は中途半端に彼女を生き残らせた。結局、多量出血で死んでしまったじゃないか」

 直後、音もなく、視界に人の腕半分が落ちてきた。
 紛れもなくそれは、犯人の腕だった。
 悲鳴をあげる隙も与えぬまま、連続してもう片方が腕が落ちてきた。
 赤く熟した肉と卵黄のような色をした脂肪が露となり、乱雑に切断された骨は攻撃的に尖っていた。
 鮮血が水溜まりを支配する。
 泥水に混ざると、そこにはもう、鮮やかなんて呼べる液体は存在しなかった。
 泥に強姦(おか)された血しか無かった。
 俺は銃を握った。

「撃っちゃ駄目です」

 犯人は、背を向けずにそう告げた。
 銃を握る力が弱まっていく。

「……リーダー。あなたは間違っています」

「何が間違ってるんだい?」

「あなたのお友達は私達を受け入れてくれます。話しかけてくれたり、身を呈して助けてくれた」

 瞬間、犯人が前に倒れた。
 空気の刃が雨を裂き、両足を切断していた。
 血溜りに沈む、両手両足。
 それらが欠如された胴。
 目前を焼き尽くす赤に向けて、俺は嘔吐してしまった。
 白濁した体液が赤を淡紅に滲ませる。
 人がこんなにも小さく、惨めな姿になれるのだろうか。
 いや、現になっているのか。

「間違ってるのは、あなた、だ」

 その言葉を言い切った後、大量の血を吐き出した。
 俺は犯人の傍に座った。

「やるべきことは済ませたから、僕は帰らせてもらうよ。早乙女君」

 過ぎ去る佐山君を見て、ようやく理解した。
 佐山君は最初から俺を殺すつもりで来たわけではなく、犯人を殺すつもりで来たのだ。
 何でこんな簡単なことに気づけなかったんだ。

「……! 今すぐ救急車を呼ぶから待ってて……!」

 犯人は口で俺のスボンの裾を噛んだ。
 もう目を開けることもままならない状態で、犯人は余力を振り絞るように口にした。

「……助から、ない、から」

 分かっていた。そんなこと言われなくても分かっていた。
 だけど、このまま見殺しにするなんてしたくなかった。
 見てられなかった。
 人が死んでいく様を直視できなかった。
 どうにかなってしまいそうだったから。
 正気でいられなくなってしまうから。
 みっともない顔を見られたくないから、俺は顔を伏せた。

「……名前、教えてくれないか」

 せめて彼女の名前だけでも、と思ったのだろうか。
 分からない。もう俺が何をしているのか分からないでいた。
 何も頭に入って来ない。
 人が死ぬ。ただそれだけが脳の容量を埋め尽くしていたから。

『……ルーシー』

 ルーシーが、笑った。
 そして、ゆっくり、と目を瞑った。
 これが、死。なんだ。
 立ち上がる気力すら起きなかった。
 関係のない人間が死んだ。
 ただ、それだけなのに。
 俺は、泣いていた。
 人間の死を、悲しんでいた。
 一週間以上待たせてしまい、本当に申し訳ないです。
 実生活の忙しさや別作品の更新が遅れた原因なのですが、今回は出だしに迷ったのもあります。
 知っての通り、佐山には『人の心を読む力』があります。
 一人称だと相手側の感情や思考を読み取ることはできないため、的確に描写することはできません。
 しかし、佐山の特性を使えば、それが可能になるのだ。
 その方法で。つまり、佐山の視点で書こうかと思った。
 結果的に早乙女の視点で書いたのだけど、いつか書いてみたいです。
 一人称で書けてるのかさえ疑問なのだが(笑)
 とにかく次回は早く更新します。間章は筆が進みます。
 不定期となってしまうのですが、引き続き読んで下さるとありがたいです。
 よろしくお願いします!


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