海のむこう側
「別れよう。」
そんな言葉を言わせたのは私だった。
私たちの二年間が終わりを告げた時だった。
俺と、付き合ってください。
少し緊張した面持ちで、クラスマッチの打ち上げの後、二人で降りた地下鉄のホームを出てすぐにそう言ったキミ。
自身も気になっていた男の子からの告白は、コーヒーに溶ける甘い角砂糖のように一瞬で心に溶けた。
私の返事にうれしそうにはにかむキミ。
私は高鳴る自分の心臓の音を聞いた。
彼と過ごした二年間は一秒も忘れられない 時を刻んだ。
はじめて手をつないだ日。
はじめて唇をあわせた日。
はじめてすべてがひとつになれた日。
キミとすごした日々は、すべてがはじめての経験だった。
キミはよく写真を撮っていた。
キミの撮る画は、どれもがその一瞬の輝きを捕えていた。
何の変わり映えもしない退屈な日常が、キミの画の中ではその一瞬にみせる精一杯の輝きであふれていた。
平凡な私も、レンズ越しに見るキミの瞳には少しでも輝いているように見えていたのかな。
私たちの通う学校は進学校だった。
誰もが大学進学をめざし、それ以外の道を目指す人はほとんどいなかった。
だから無責任な発言をしたことにも気が付かなかった。
ずーっと一緒にいたい。一緒の大学に行こうね。
そんなことを言う私に、キミはなにも言わずにただ笑った。
あの時キミはすでに重ったるい私に嫌気がさしていたのだろうか。
受験勉強も本格的になってきたころ、風の噂で彼が進学しないことを聞いた。
どうして、と問い詰める私に、キミは苦しそうに顔を歪めて留学するんだと言った。
一心不乱にキミをなじる私と、苦しそうに黙って聞いているキミ。
どんなに言葉を連ねても、キミの決心は揺るがなかった。
それから一気に疎遠になった私たち。
廊下ですれ違った時、私は思いっきり彼を避けて通った。
そして、卒業式の日。
久しぶりに鳴った彼専用の着信音。
バカな私は期待に胸をふくらませて待ち合わせの場所へと急いだ。
海沿いの、人気の少ない小さな公園。
気まずそうに目をそらす私を見た彼は、やっぱり苦しそうに顔を歪めて言った。
「別れよう。」
彼にそう言わせたのは私。
彼にあんな顔をさせたのも私。
彼を理解しようともしなかったのも私。
彼を思いやれなかったのも私。
そんな私が想う彼は今はもうこの海の向こう側。
今でも想っている。
あいしてる。
でも、そんな想いはもう届かない。
だって彼は海の向こう側だから。
潮風が空で踊る。
むき出しの肩が少し冷えてきた。
あれから5年たっても彼を忘れられない私。
この想いはいつになったら昇華していくのだろう。
ふと、真後ろに人の気配。
振り向こうとするとベンチ越しに回された腕に遮られた。
覚えのある感触。
覚えのあるぬくもり。
「ただいま。」
声を上げる間もなく、いとおしい彼の唇が私のそれを覆った。
更新停滞からの復帰記念に初めて短編を執筆しました。
本来は全く予定はなかったのですが、久々に執筆しようとしてみると、時間が空きすぎたのか、シンデレラもドルチェも全く手が進みませんでした。
皆様に四月より活動再開とお知らせしている手前、書けません、というわけにもいかず、ううむと悩んだ末の結果がこの作品です。
いつかは彼視点の話も書きたいなーと思っています。