第6話「救出」
1
「森に駆ける」
「嘘だ・・・」
「そんな・・・」
カラジの死と炎に包まれる森に村人達はただ茫然自失になっていた。
「ああああっ」
叫び声が上がり、顔見知りの老婆が膝をついて、前のめりに倒れた。
「あっ!」
我を取り戻したプリエルが老婆を抱き起こす。
「大丈夫ですかっ?」
メリエルも駆け寄り、老婆の様子を伺う。
「お姉ちゃん?」
「亡くなってる・・・」
メリエルは腕を取り、首を振った。
「な、何でっ!?」
森を焼かれたショックで失神した、とばかり思ったプリエルは目を見開いて驚いた。
「このところ身体も弱っていたんだと思う、それに今のショックで・・・」
「そんな・・・」
絶句するプリエル。
幼い頃より、この村で暮らし、森で遊んだ老婆には、この光景はつらすぎたのだろう。
老婆だけではない、森で遊び、様々な形での森の恩恵を受けなかった村人など1人もいなかった。
「あんたら一体、何しにきたのよっ!」
怒り心頭のプリエルが兵士に怒鳴りつけると、
「何を考えてるんだ!」
「森は俺達の大切な場所なんだぞ!」
「お前達は最低だ!」
黙っていた村人達も口々に留守番の兵士達を罵り始めた。
「黙れっ」
「逮捕するぞ!」
興奮する村人に槍を構える兵士達、しかし大切な仲間を死に追いやり、森を燃やされた村人の興奮は収まらない。
たちまち、留守番の兵士達の数倍の村人が周りを取り囲んだ。
その様子を見ていたメリエルは突然、何かを決意したように走り出す。
「お姉ちゃん!」
プリエルも亡くなった老婆をその家族に託すと、意味はわからないが、メリエルを追って走り出した。
「お姉ちゃん、何を走ってるの?どうするの!」
脚力が違う為に、あっという間にプリエルはメリエルに追い付いた。
「助ける!」
走りながらメリエルは答えた。
プリエルは一瞬、驚いてニッコリと笑った。
「さすが、お姉ちゃん」
姉妹は迷う事なく、森へ駆けていた。
2
「脱出路」
「ローゼンフェリア、こっちだ!」
ヴィスパーはローゼンフェリアの手を引いた。
周りは煙が巻いている。
「燻し出すつもりか?」
炎はまだ迫っていないが、煙はかなり酷い状況だ。
「焼け死んでもいいと思ってるよ」
ローゼンフェリアは口元にハンカチを当てながら煙を避けている。
「煙が来てない方向ににげるしかないか?いや、ダメだな!」
ヴィスパーは自問自答を声に出した。
炎や煙で燻していない方向には、兵士達が配置されて、ヴィスパー達を待ち伏せてるに違いないのだ。
そうでなければ燻し出す意味がないのだ。
「ここにいると死んじゃうね、ヴィスパー」
ローゼンフェリアの口調は慌てておらず、緊迫感に欠けている。
「わ、わかってるよ!今、考えるよ」
「早くね」
煙から身を低くするローゼンフェリアに名案はなさそうだ。
「ねぇ、ローゼンフェリア聞いていい?」
「なに?」
「僕は15なんだけど、ローゼンフェリアは年齢いくつかな?」
女性に年齢を聞くのは失礼だと思ったが、ローゼンフェリアくらい幼ければ、気分を害する事もないだろう。
「8歳だよ、でも今は関係無くない?」
「いや、関係ないけど、これからかなり危ない橋を渡るだろうから、ローゼンフェリアの事も少しは知っておきたくて」
「そうなんだ?いい考えは浮かんだ?」
「いや、まだ」
「ガンバレ」
バツの悪い返事をしたヴィスパーは、ローゼンフェリアの抑揚のない応援を受けた。
「応援ありがと」
ヴィスパーはローゼンフェリアの頭を軽く撫でた。
撫でられたローゼンフェリアはコクリとうなづいて見せた。
「さてと・・・」
不利な点は相手の人数が多い事、これは単純だが最重要だ。
こちらの有利は逃げても、隠れてもいい点だ。
とにかく、捕まらなければよいのだ。
舞台は広大な森で相手の人数がかなりいても見逃しが出るだろう。
「この煙が助かってる面はあるけど」
視界がきかないので相手も探しにくい筈だ。
しかし、その状態に甘えているとローゼンフェリアの言う通り、煙責めが火あぶりに変わって殺されかねない。
「煙を我慢できる?」
「もう少しなら」
ハンカチで口元を押さえるローゼンフェリア、態度は相変わらずだが、苦しそうである。
「よしっ!」
ヴィスパーはローゼンフェリアを抱き上げる。
「別に脚は平気だよ」
「そうじゃない、火と煙を抜けて逃げてやる!」
意を決したとばかりにヴィスパーは、ローゼンフェリアを抱きかかえて走り出した。
ヴィスパーは大きく息を乱しながら、炎と煙に侵食される森をローゼンフェリアを抱き、走っていた。
「無理してない?」
しかし、数分経つとローゼンフェリアに心配されてしまった。
元々、小柄とは言わないが、15歳の平均的な身長に、わりに細身なヴィスパーが8歳とはいえ、女の子をかかえて、煙が巻く火事場を走るのは体力を消耗する事であった。
「降りるよ、十分頑張ったと思う」
などと逆に励まされる始末になり、ヴィスパーはローゼンフェリアを降ろした。
「ごめん」
「気にしてない」
男の子の意地みたいな物が砕かれたヴィスパーは煙の中でなんとか息を整えつつ、辺りを見渡した。
森の中にいる状況は変わらないが、火と煙は先程の場所より強い。
兵士達を避け、火と煙の方を選択したのだから当然と言えば、当然である。
「火を越えるのは無理かも知れないね」
「うん・・・」
ローゼンフェリアの言葉に意気消沈して、うなづくヴィスパー。
どこか火勢の弱い場所を見つけて、そこを抜ければ火と煙に追い立てられて、兵士から逃げるよりも可能性があるかと考えたのだが、甘かったようだ。
森の木々を焦がす炎の強さは予想を超えていた、とても無事に抜ける事は難しそうであった。
「ごめん、状況を悪くしちゃったみたいだ」
ヴィスパーは自分の判断ミスをローゼンフェリアに詫びた、8歳の女の子を自分勝手な判断で危険極まりない状況に追い込んでしまったのである。
「わかった、じゃ次はどうする?」
ローゼンフェリアは煙を気にしながらも、しっかりとした視線をヴィスパーに向けてくる。
「えっ?!」
ヴィスパーは違う意味で戸惑った、その黒い瞳はヴィスパーの判断ミスへの抗議もなければ、落胆もないように感じたからだ。
「僕は今、失敗したばかりなんだけど・・・」
「今度も失敗するの?それとも諦める?」
吸い込まれるような黒い瞳に見つめられたヴィスパーはその瞳から目を外す事が出来なかった。
「私じゃ無理、ヴィスパー、お願い」
しっかりとしている様に見えてもローゼンフェリアは8歳の女の子なのだ。
一緒にいる15歳の男が一度の失敗で諦めてたまるものか!
ヴィスパーは自分を奮起させた。
「わかった、ごめんよ、ローゼンフェリア」
意を決した!捕まれば、殺されるのだから、最後まであがいてやる!
自分で考えるのを止めたらおしまいだ!
ヴィスパーは頭を低くしながら、周囲の状況を把握しようとする。
意を決したが、前は火と煙、戻れば兵士達が網を張っているだろう。
「ヴィスパー」
十数秒考えた頃にローゼンフェリアはヴィスパーの袖を引いてきた。
「何?何かあった?」
「ヴィスパーは間違えてなんかいなかったかもよ」
ローゼンフェリアがニッコリ微笑んで、指を差した先には、2人の少女が手を降りながら近づいて来るのが見えた。
3
「姉妹と少年」
「あなた達は帝国の兵士に追われてる方達ですか?」 栗色の長い髪を背中あたりでリボンを使って纏めた顔立ちの可愛いらしい女の子が、急いだ様子で近づいてきた。
服装は粗末で上等とは言い難く、いかにも山間の村娘に見えた。
「そうだよ」
ヴィスパーよりも早くローゼンフェリアが答えた。 これだけ追い詰められたら嘘をついても無意味だろう。
「やった!お姉ちゃん」
その答えを聞いて、もう1人の少女が喜びの声をあげた、その少女に視線を移したヴィスパーは驚きの声をあげた。
「双子?」
ローゼンフェリアはキョロキョロして2人を見比べている。
「はい、双子です、私は姉のメリエルです、こっちは妹のプリエル」
「ローゼンフェリア」
またもやヴィスパーの先手を取って、ローゼンフェリアが勝手に自己紹介を返した。
「僕はヴィスパー、確かに僕たちは帝国に追われてるけど、この通りだね」
ローゼンフェリアの頭を撫でながら、ヴィスパーは周りを見渡し、メリエルに苦笑いを見せた。
「助けに来ました」
メリエルは見た人間を安心させるような優しい笑みをヴィスパーに向ける。
「助けに?」
「そうだよ」
プリエルという妹は意外そうなヴィスパーにメリエルとは質の違う明るい笑いを見せた。
「ありがと」
再び勝手に話を進めるローゼンフェリア。
「いや、待って!なんで僕を助けるんですか?」
今更、罠とも思えないが双子の姉妹の意図がヴィスパーにはわからなかった。
「説明よりも先に逃げましょう!安全な所に行ってから話しましょう」
「確かに、いいよね?ローゼンフェリア」
「いいよ」
火と煙から安全な場所に連れていってくれるのは歓迎だ、ただし帝国の兵士達の元かも知れないが。
だが、前に考えた通り罠の可能性はヴィスパーは低いと考えた。
ヴィスパーとローゼンフェリアの場所がわかったのなら、こんな姉妹を使って回りくどい罠など張らないで、単純に兵士を10人も差し向ければ済む事であるからだ。
「じゃ、行きましょう!火のまわりが強くなってますから」
メリエルは近くのまだ火の回っていない草むらを掻き分ける。
そこにはローゼンフェリアの身長と同じくらいの竪穴があった。
「いろんなとこに通じてるんだ!森の中での追いかけっこなら地元が断然、有利に決まってるよ」
プリエルは得意げに笑いかけてきた。
洞窟の入口は狭かったが、少し入るとヴィスパーの身長でも余裕のある高さになり、横幅も両手を広げられるくらいになった。
先頭を歩くメリエルが蝋燭を持ち、ヴィスパー、ローゼンフェリア、プリエルと続いていく。
「メリエルさん、プリエルさん、ありがとうございます、あなたたちが来なかったら確実に捕まるか、炎に巻かれてました」
自分が礼を言っていない事に気がついたヴィスパーは礼を言った。
声が洞窟に反響する。
「どういたしまして、もう少し歩きますから、足元気をつけて下さい」
メリエルは振り返らずに前を見ている。
「蛇が出るからね」
プリエルが付け足すとローゼンフェリアはせわしなくキョロキョロし始める。
「怖い?」
プリエルは少し意地悪くローゼンフェリアに聞いたが、ローゼンフェリアは怖がる様子もなく、
「見た事ない、見たい」
と、平然と返事をして一同を驚かせた。
予想以上に入り組んだ洞窟を進み、一行はようやく地上に出た。
そこはすでに森を出て、村の外れまで来ていた。 「ここまで来れば平気だよ、森の洞窟を見つけてもここに着くのは大変だよ」
プリエルはローゼンフェリアの頭を撫でながら、ヴィスパーに人懐っこい笑顔を見せた。
「本当に助かりました、でもどうして?」
ヴィスパーは1番の疑問を2人にぶつけた。
メリエルは言った。
「もう我慢できないです」
第7話に続く |