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黒い瞳のローゼンフェリア
作:檜山英



第26話「少女の意地悪な罠」



     1
  「カナミの罠」


「兵士達の不安は大きいのか?」
「はい、昨日からの投石攻撃は止まずに怪我人がかなり出ております、兵を完全に城内に収容してしまっては、敵の襲撃に対応が遅れますし、中庭などでテントを張っている兵などの動きは山頂の敵からまる見えで、皆が不安を隠せていないのが現状です」
 いらつきを隠さないバーネットにリオスは頭を下げて答えた。



「山頂の奴らはどうにかならないのか?」
 バーネットが忌ま忌ましそうな顔をして見せる。
 リオスには特に名案はなかったが、
「しかし、もうしばらく篭城していれば、北アティナやザクロイなどからの援軍が期待できます、早い部隊なら明日には着く場合もあります」
 そう言ってバーネットを励ました、脚の早い騎兵をとばせば、もっと早い可能性もある。
「そうだな、そうすれば一気に大勢が決するな」
 バーネットは機嫌を直した様にうなづいた。
「我々は待ちましょう、今は忍耐が大切です」
 リオスは頭を下げると領主の間を出て、中庭への階段を上がっていく。
 バーネットが中庭や投石攻撃のおそれのある場所に出ていかないので、不満を持つ兵士がいるだろう、と考えたリオスは自分が代わりにそういった場所に行っておこうと考えたのであった。



「完全にだんまりを決め込んでるよね、石が先に無くなるかもね」
 山頂に築かれた陣で、プリエルは投石機に石をのせながら言った。
「無くなりゃ、周りから採ればいいわよ」
 カナミは石の弾着を見る為に備え付けられた望遠鏡を覗いている。
「そりゃそうだけどね」
 山は岩肌が剥き出しなので、石不足に陥る事態は少なくともなさそうである。


 実は山頂の投石機はすでに3基が連続しての使用がたたり、故障していて、2基は修理中だが、1基はバネも壊れてアームも折れたので修理を諦められて、備え付けられたまま放置されていた。
「折れちゃってる、昨日は一日中、無理言って使ったからね、ご苦労様」
 プリエルはそう言って、壊れた投石機を怪我をした戦友を見舞うように、手でさすった。
「あんた、それ直して、城まで飛ばしてもらったら? いい奇襲攻撃になるかも知れないわ」
 カナミは望遠鏡を覗き込んだまま、プリエルに冗談を言ったが、
「そうだね、私は軽いから上手く飛べるかも、でもカナミちゃんは胸に余計な重り付けて重いから、城には届かないからやめておいた方がいいと思うよ」
 と、切り返され、しかめっ面をしながら望遠鏡から顔を上げて、眼鏡のズレを直した。



 その頃、城下街の中央広場に進出していたメリエルの本隊は、住民から食糧や水といった差し入れを受けていた。
 住民達は大半が協力的で、反乱軍に好意を持って接していたのである。


 ローゼンフェリアは広場の片隅でメリエルと一緒に差し入れのパンを昼食に食べていた。
 その様子を2人を知らない人間が見れば、山里から街に何かの用事で来た姉妹がパンを食べている様にしか見えなかった。
 間違っても、帝国軍を敵にまわして反乱軍を率いるリーダーとその帝国を出奔した皇帝の娘だとは思われないだろう。
「石投げ、続けるの?」
 パンを食べながら、ローゼンフェリアは視線を山の麓の白亜の城に向けた。
 時折、城に向かって飛んでいく石が見える。
「もう少しね」
 メリエルは城の方ではなく、広場に届けられた差し入れ等を分けているベリーや何人かの女性達を見つめていた。


 彼女達は炊飯や洗濯などを担当する為に村に帰らずに従軍している。
 言わば、反乱軍の縁の下の力持ちで、カナミの提案でかなりの人数を連れていたが、約1万人の世話をするのは大変な労力であり、警戒中の兵達よりも忙しそうであった。


「メリエルさん!」
 そこに数人の男達が馬に跨がって現れた。
「あ、帰って来てくれましたか、ご苦労様」 
 メリエルが笑顔を浮かべながら立ち上がって、男達に頭を下げる。
「あ、いえ・・・」
 男達とそのリーダーは恐縮してから馬を降り、
「メリエルさん、北アティナ城は城下街で大規模な反帝国デモが起きて、帝国兵は城に閉じこもって出てきません、援軍はない模様です」
 と、少し嬉しそうに報告してきた。
 男達はカナミの命令で北アティナとザクロイを偵察に出ていた斥候であった、両方の城から援軍がくるのか、来ないのか、来るならいつ頃現れるのかを監視する為、あらかじめ放たれていたのだ。


「そうですか、わかりました、ではザクロイはどうですか?」
 うなづくメリエル、顔には男達を迎えた時の笑みはないが、男はメリエルに笑いかけた。
「ご安心下さい、ザクロイでは似たようなデモを強引に軍が鎮圧しようとして大混乱です、援軍なんてとても無理な状況です」
「大混乱ですか、あまり嬉しい事では無いですね、住民にも被害が出るでしょうから」
「これは・・・不謹慎でした」
 男達はメリエルの様子に笑顔を引き締めた。
 両方の城での出来事は確実にメリエル率いる反乱軍に触発された事である事は間違いない。



 敵の援軍がしばらくないのは好ましいのだが、ザクロイが混乱しているのをメリエルは心配している。
 男達は自分達の配慮の無さを反省する様に俯いていたが、そんな男達に逆にメリエルが微笑んだ。
「本当にご苦労様、両方の城の見張りは交替の人を入れますから、ゆっくり休んでください」
 長距離を急いで馬に乗って来たのだ、疲労がない訳がない、メリエルは男達に休養をとる様に言った。 しかし、男達は首を横に振って、
「まだ、それぞれの城を見張っている仲間がいますので戻らせて下さい」
 そう任務の続行を希望してきた。
「わかりました」
 メリエルが微笑んだまま快諾すると、男達は馬に跨がり、それぞれの任務に戻って行った。



「帝国軍の援軍は来ないんだ?」
 見送るメリエルに座ったままローゼンフェリアはボソッと言った。
「まだ、油断は出来ないけど、しばらくは平気って事かな」
 メリエルはローゼンフェリアの隣に座り、食べかけのパンを再び食べ始めた。
「この街でも評判のパン屋さんなんだって、自分でもパンは作っていたけど、やっぱり違うよね」
「まぁね」
 そう答えながらローゼンフェリアは、投石攻撃を受け続けるアティナ城を見ている。
「綺麗な城だね」
「まぁね」
 ローゼンフェリアにとってはパンも白亜の城も同じ感想である。
「あれも、あなたの物になるかもね」
 パンを食べ終わって、立ち上がるローゼンフェリアの言葉にメリエルは何も答えずにパンに噛み付いた。



「そろそろ、始めましょうか!」
 その日の深夜、山頂をプリエルに任せて、本隊にやってきたカナミはメリエル、ヴィスパー、ネシアに景気のいい声を上げてきた。
「まだ、早くありません? もう少し焦らした方が効果があるんじゃありませんの?」
 ネシアがカナミに抗議するが、カナミは首を横に振った。
「ダメよ、私たちはアティナ城周辺を押さえて、敵の連絡を遮断しているけど、援軍が来ない事が敵に知れたら、私たちの作戦は無駄になる」
「僕たちには今日連絡が入ったから、下手をすれば相手は知ってるかも知れないよね」
 ヴィスパーの言葉にカナミはうなづいた。
「そうね、でも私が北アティナなりザクロイの城主なら援軍可能ならともかく、援軍困難ならなるべく出来る様に努力なり検討して、いよいよ不可能となってから連絡しようと考えるけどね、援軍不可能なんて篭城するアティナ城の兵士の士気を下げるだけだからね」
「何とか援軍しようとするだけ連絡が遅れる訳か」
 ヴィスパーが顎に手を当てると、
「誰だって、上官である領主に自分の任務が遂行不可能とは言いにくいわよ」
 そう言ってカナミは周りを見渡し、
「篭城の怖さは退路の遮断、食糧の遮断、そして一番、私が怖いのは情報の遮断だと思うの、今回はそこをつかせてもらうわ」
 自信満々に笑うカナミ。
「わかりました、予定通りやりましょう、敵の援軍が無い分、楽になるでしょうからね」
 メリエルはカナミにゆっくりうなづいた。



「リオス様、起きてください! 敵陣の様子がおかしいです」
 深夜に部下に起こされたリオスは疲れてはいたが、素早く身体を起こし、
「何があった?」
 と、城壁まで飛び出していく。
 いつ襲撃があっても、いいように鎧は着たままで、寝ていた。
 周囲は真っ暗だ、城内は投石攻撃の目標になるので、領主の間など、完全に外部に光が漏れない場所以外は篝火やランプは消えている。
 対して反乱軍の陣は夜でも篝火やランプ等を多く使い、かなり明るいので、城から様子が伺い知れた。
「敵の陣の一部に乱れがみられるぞ、それに投石攻撃が止んでいる」
 リオスが呟くと、周りの兵士は、
「味方だ! 北アティナかザクロイから援軍が来たに違いない!」
「やったぞ!」
 と、口々に騒ぎだした。
「どうやら、そのようだな・・・助かったな、突破してきた部隊を門を開放して出迎えよう、この早さはおそらく先行してきた騎兵だろう、無理はさせられないからな」
 リオスもそう言って、安堵のため息をついた。



 迂闊と言えば、迂闊だが、この時のリオスの判断の誤りは仕方ない部分もあった。
 まず、アティナ城の帝国軍は北アティナ、ザクロイで起こった大規模なデモを情報として、得ていなかった事。
 そして、カナミの言う通りで両方の城は何とか現状を打開しようとして、不利な経過をバーネットに報告するのを避けた事。
 最後はリオスを始め、アティナ城の帝国軍兵士全体が篭城の目論みが外れ、しつこい投石攻撃に辟易していた。
 更に付け加えるなら、リオスには上官のバーネットの怒りからも、早く開放されたいとの思いもあった。


 こういう状況で現れた一筋の希望である。
 大多数の人間ならば、喜んで手を伸ばしてしまうだろう。


 しかし、当然それは罠であった。
 カナミのメリエルに語った典型的な罠。
 相手の望む物を手の平の上まで持って行き、渡す寸前で自分のやりたい行動を達成してしまう。
 意地の悪い罠であった。


     第27話に続く












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