第20話「メリエルの決断」
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「総崩れ」
ステンシア城落城の報は戦闘中の兵士の士気を大きく下げた。
予想外の挟撃にリオス大佐の対応が遅れ、何とか取り戻そうとしていた所に入ってきたステンシア城陥落の報告にリオス以下部隊の幹部達は混乱を極め、結局出した命令は、アティナ王城への総撤退であった。
この混乱した中での撤退命令が結局は部隊の命運を絶った。
小規模部隊単位では、何とか劣勢を押し返しつつあった小隊や中隊もあったのだが、撤退命令で混乱と孤立を始めて、急速に全体への壊滅を始めた。
「さぁ、一気に追撃をしますわよ!」
ネシアの部隊は、混乱して逃げていく帝国兵士達の背後に一斉に追撃の開始を命令すると、部下達もやや有利な状況から勝ち戦へと戦場が変わった事を感じ取った様で、声を上げて帝国兵達を追撃し始めた。
ネシアを食い止めていたリキュエールも混乱の中に巻き込まれたので、ネシアを止める者はなく、彼女の血の舞踏が始まった。
「帝国軍が逃げていくね」 ローゼンフェリアの言葉はいつも通りに淡々としていて、反乱軍の勝利への喜びが声には出ていない。
「そうだね、ヴィスパー君が上手くやってくれたんだよ」
メリエルはうなづいた。
2人は戦闘の様子を補給庫の見張り台から、ずっと見ていた。
「お姉ちゃん!」
そこにプリエルが駆け上がってきた。
「プリエル?」
血を頭から浴びたプリエルにメリエルは思わず声を上げてしまう。
「ああ、ゴメン・・・」
プリエルはメリエルからぴょんとバックステップして離れた。
「バカ、違うったら」
メリエルは微笑みながらプリエルを抱きしめた。
「あなたばかり戦わせて、私はこんな所で見てるんだもんね」
「お姉ちゃん・・・」
「ゴメンね」
血だらけで戦う妹を抱きしめながら、姉は泣いた。
「違うよ、お姉ちゃんも戦っていたよ、私とお姉ちゃんは一緒」
妹は今度は自分から姉を抱きしめて、
「私が戦っている時はお姉ちゃんも戦っている、そしてお姉ちゃんが戦っている時は私も戦っているよ」
「プリエル・・・」
メリエルとプリエルの双子の姉妹は強く抱きしめあった。
「よかったね」
傍らのローゼンフェリアはそう言いながら、微笑みを見せた。
帝国軍にとどめを刺したステンシア城陥落はヴィスパーと300の別動部隊によるものであった。
カナミの策によって、最低限の警備兵のみになったステンシア城をヴィスパー達は急襲した。
新米の20名ばかりの警備兵は全く対応出来ずにいとも簡単にヴィスパー達に降伏して、死者は無謀にも立ち向かってきた2人の帝国兵だけであった。
「何とか上手く行ったみたいだね」
ステンシア城の城壁から周囲を見渡しながら、ヴィスパーは安堵の息をついて見せた。
「後の問題は・・・カナミちゃんやネシアさんが勝ってくれるかなんだけど」
もし本隊が負けたらヴィスパーと300人は見事に孤立してしまう。
「それだけは嫌だなぁ」
自分が下手に上手く行っただけに、周りの事が気になりだした。
一方、メリエル達はリオス率いる帝国軍を完全に撃破し、ヴィスパーからの伝令を受け、ステンシア城への道を行くのが当然の選択肢なのだが、問題が起こっていた。
「行きたい人には来てもらえばいいんだよ!」
プリエルがむきになって怒鳴る、
「無理よ、2000人からいるんだから、移動するのも一苦労よ、戦えない人達はそれぞれの生活に戻ってもらってから、支援して貰うのが一番よ」
カナミは話にならないと言った風に首を振る。
「でも一緒に来たい人も断るの?可哀相だよ!」
「一緒に来られて、楽しいハイキング中に帝国軍が現れたら、もっと可哀相だけどね」
プリエルは悔しそうな表情で傍らのネシアに視線を移すが、
「戦いの出来ない人には戦場にいてもらいたくないですわよ」
ネシアはプリエルと視線を合わせる事もしない。
「みんな冷たくない?」
プリエルはおもいっきり膨れっ面を見せた。
そうである、メリエル達はメセア補給庫に自分達を頼ってやってきた者達の中で戦闘力として考える事が出来ない者達をこれからどうするかを話し合っていたのである。
プリエルは自分達を信じて来てくれたのだから、ついて来たい人には、これからもついて来てもらえばいい、と意見を言ったのだが、カナミ、ネシアは猛反対をしてみせたのだ。
食事係、軍隊で言えば輜重部隊に当たる者と救護や雑多をこなす者をある程度の人数、確保出来れば、後の大多数は元の生活に戻って、反乱軍を支援してもらいたい、というのがカナミの意見である。
ネシアの意見はもっとストレートだった。
移動、布陣、戦闘の全てに邪魔になる、と冷たく言い放ったのだ。
「自分の身も危うくなりかけたプリエルに、戦場で同行する無力な方々を守れるの?」
「くっ・・・」
カナミにそう切り込まれるとプリエルはベリーに助けられた所を見られているだけに答えに詰まる。
「お姉ちゃん・・・」
思わずプリエルは助けを乞うような瞳をメリエルに向けた。
メリエルは3人のやり取りを黙って聞いていたが、プリエルの視線に対して優しい笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん・・・」
安堵の表情を浮かべるプリエル、メリエルはゆっくりと席を立った。
「カナミちゃんの言う通りにしましょう、みんなの説得にいきます」
「お姉ちゃん!」
予想外のメリエルの答えにプリエルは声を上げた。
「もう、決めたの」
メリエルはそれだけを告げると、早足で歩き始めてしまう。
「いいの?私達を頼って集まってくれた人達なんだよ、本当にいいの?」
プリエルは部屋から廊下に出ていくメリエルを走って追いかける。
会議をしていた部屋にはカナミとネシアが残されてしまった。
「どうなる事やら」
ネシアが自分の髪に指を絡ませて遊びながらため息をついた。
「平気でしょ、あのお姉ちゃんの方は相当な頑固者だからね」
カナミは地図を見つめながら答える。
「あら、プリエルもあれで中々の頑固ですけど?」
「そうかも知んないけど、今回の件は承諾不可能だわ、どうしても仲良くみんなでピクニックがしたいのなら、私は降りるわ」
カナミの発言に、ネシアは別に驚くそぶりも見せずに指に髪を巻いている。
「あらまぁ、薄情な事ですわね」
「薄情って、私はまだ一日しかいないの」
「その一日軍師様に全てを任せてくれたのはどなたでしたっけ?」
「・・・」
思わず黙り込むカナミは数秒の後に口を開いた。
「まぁ、それはいいとしてネシアに聞きたい事があるんだけど・・・」
「なんですのよ?」
カナミを少しやり込めたネシアは平然とまだ髪を弄っている。
「余計な人間を連れて行かないなら、毎朝、あなたの髪をめちゃくちゃ時間かけて手入れしてるらしい美容師みたいな女の子はいらないわね?」
「なっ・・・」
ネシアが驚きの表情をみせると、カナミは眼鏡をクイッと中指で上げて、小悪魔のような笑いを浮かべ、ネシアを見ていた。
「輜重部隊ですわよっ!」 ネシアはおもいっきり怒鳴りつけた。
「ちょっとお姉ちゃん!」 プリエルはメリエルの前に回り込む。
「プリエル」
「みんなで頑張って来たのに!」
プリエルは大きく手を広げる。
「プリエル・・・」
「きっと覚悟を決めてみんな来たのに、帰らされるなんて」
「プリエル!!」
「んっ!」
メリエルの強い語気にプリエルはたじろいた。
「わかってプリエル、私だってみんなでいけるのなら、一緒に行きたいの!」
「お姉ちゃん・・・」
メリエルはプリエルの肩を掴んで、廊下の壁に押し付ける。
「でも、無理でしょ?ネシアさんやカナミちゃんの言う通りで、私達は戦場であの人達は守れない」
メリエルとプリエル。
二つの同じ顔がごく近くで見つめ合う。
「そして、戦えない人達だって、私達の仲間なの!戦場についてくるだけが仲間な訳じゃない!」
メリエルの顔には強い意志がある事にプリエルは気がつく。
それは村にいた頃、時々、我が儘を言ったプリエルを困り果てて諭す姉の顔ではなかった。
「お姉ちゃん・・・」
呟いたプリエルが姉に見たのは、美しくも覚悟の決まっていた強い母の姿であった。
「カナミちゃんも言っていたよね?普段の生活に戻ってもらって、戦う私達を支えてもらうの、みんなで戦うの」
そう強く言うと、
「ごめんね」
メリエルは壁に押し付けていたプリエルを離した。
「プリエルにはわかってもらいたかったから・・・」
メリエルは再び廊下を歩き出した。
「待って、お姉ちゃん!」 プリエルはメリエルを追いかけた。
「プリエル?」
「みんなに帰れと説得するの時間かかるでしょ?私も行くよ」
「プリエル・・・」
「早く行こう、きっとステンシア城ではヴィスパー君も待ってるよ」
メリエルは走り出したプリエルを見て、少し複雑な笑顔を浮かべた。
プリエルは理解しているだろうか?
この別れは、つい最近、帝国がくるまで村で過ごしてきた豊かではないが、どこか平和で、幸せだった生活との永遠の別れであるかも知れない事を・・・
第21話に続く |