第17話「欺瞞作戦」
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「降伏勧告」
「何かくるぞ!」
見張り台に立つ男が声を上げると、一気に補給庫内の空気に緊張が走る。
「何かって、なんですのよ?報告は正確にお願いしますわよ!」
ネシアが見張り台を見上げながら怒鳴ると、
「馬車だ、飾り立てた馬車に兵士が10人程!」
見張りは慌てて、目を凝らしながら声を上げた。
「来たって事かな?」
近くにいたプリエルがネシアに駆け寄って来ると、
「ええ、とりあえずはカナミの言う通りに来ましたわ、降伏勧告の使者が」
ネシアは答えて、踵を返して歩き出した。
「作戦開始ですわね」
「皇帝フェンリルはここまでの大陸制覇の過程において、何度も交渉で相手を屈服させる手段を使っているのは有名な話」
中庭に出たカナミはそう言いながら、メリエルの後ろに立った。
「ええ・・・」
メリエルは中庭の隅に咲いている花を中腰になって見ている。
「そこで帝国での戦争功績の基準は、1万の敵を撃破するより、戦わずして無血降伏させる方が功績を認められると言われているわ」
「カナミちゃん、それはさっきも聞いたよ」
メリエルはカナミに振り返った。
「ええ、でもメリエルさんにはもう一度、説明しておこうと思って、乗り気でないような気がしてね」
「乗り気とか乗り気じゃないとかより、上手くいくか不安があっただけ」
メリエルはそう言って、しゃがみ込んで、足元の花を見始めた。
「相手を欺くには相手の欲しい物を目の前まで持ってきてあげて、相手の手の平にのせて上げる寸前で自分の目的の行動を実行してしまう」
「・・・」
カナミの言葉にメリエルは何も答えず、花を眺め続けている。
しかし、カナミは意に介さず、話を続ける。
「それを実行したのはメリエルさんだと思うけど?前回はあなたを、今回は降伏を、相手が何を欲しがっているかをわかれば、後は作戦次第だね」
「成功すれば、これからも人を欺き続けるのかな」
メリエルは足元の花を指先で触っている。
「多分ね、メリエルさんが選んだ道はそういう道で、後戻りは出来ない事はわかってると思うけど」
「そうだね、じゃあ、そろそろ行こうか」
メリエルは立ち上がって歩き出そうとしたが、カナミは逆にその場にしゃがみ込んだ。
「カナミちゃん?」
カナミは足元の花を先程のメリエルの様に指で触って、
「あー、このタンポポは血で花びらが真っ赤になってる、ネシアさんがここを制圧した時の名残って奴なのかな?」
メリエルの事といい、ネシアの事といい、カナミは反乱軍のここまでの経緯を誰かに詳しく聞いた様だ。 メリエルはしゃがみ込むカナミが触っているタンポポを見て、
「ただ咲いていたかっただけなのにね」
と、呟いた。
「そうだろうね・・・よっと!」
かけ声をかけて、カナミは立ち上がり、
「でもね、メリエルさん、このタンポポは赤く色がついても、決してタンポポである事をやめる訳ではないわ」
そう言いながら、カナミはメリエルに少し勝ち気の勝る笑顔を向けた。
「私は帝国軍の軍使、ホルダー」
そう名乗った男には明らかに反乱軍に対する威圧が含まれている。
30代半ばの男は細身で頼りなさげな印象はあるが、それを忘れさせる程に態度は大きかった。
そして、その態度を更に助長させたのは他でもない、反乱軍のリーダーであるメリエルであった。
「ご使者様、ご苦労様でございます」
メリエルは普段着ている麻の服を着替え、着物姿でホルダーを土下座して出迎えたのだ。
もちろん、メリエルだけでなく、出迎えた応接間にいた数十人の者が全員土下座している。
「今日は私が何をしにきたかはわかっているな」
「は、はい!重々に承知しております、ご使者様!」 メリエルは土下座したままで、怯えた声で答える。
「よろしい、これ以上の反抗なくば、慈悲深い皇帝陛下も反乱軍の全てを死刑とはいうまいよ!」
ホルダーは満足そうにうなづいてみせる。
「ありがとうごさいます、使者様に、それについてお話したい事もございます」 メリエルは頭を下げたまま、哀願するような声を上げた。
「ほう?」
「お待ち下さい」
そこにカナミが土下座した状態から顔を上げ、
「ご使者様に話を聞いていただくのに、このままでは失礼に当たります」
と、メリエルに向かって注意を促す。
「ご使者様はお時間がございましょうか?」
メリエルが顔を上げると機嫌の良さそうな顔でホルダーは、
「よし、お前達の態度に免じて、話を聞こう」
うん、うん、と自分の寛大さに満足した様にうなづいた。
酒の席が用意され、満足げなホルダーはメリエルの酌を受けて、更にその機嫌を良くしていた。
「それでは、領主の殺害はその者が暴走しての事なのだな」
そう言いながら、メリエルに注がれた酒を飲み干して見せた。
「はい、私達は領主様に話を聞いて頂きかっただけなのです、しかし、その者が領主様を殺害してしまったのです」
メリエルはそう嘆く様に言うと、袖で目頭を押さえる。
「そうか、このメセア補給庫を襲撃したのは?」
「村で領主様を殺害したその者がリーダーシップをとって、ここを襲撃しましたが、2日前にようやく私達がその者の隙をみて殺害し、ここにいるのです」
「なるほどな、その領主を殺害し、補給庫襲撃を指揮した者の名は?」
ホルダーに聞かれたメリエルは傍らに控えていたベリーに目配せすると、それを受けてベリーはホルダーに頭を下げて、廊下に出ていく。
「ウィル・ヴィスパーという反逆罪で手配を受けている罪人です、この席でホルダー様が宜しければ、討った首をお見せします」
ホルダーに向き直ったメリエルがそう言うと、ベリーがちょうど人の頭よりも少し大きめ位の壷を持って帰って来た。
「一応、塩漬にしてますので、顔の判断はつくと思いますし、顔がわかれば、罪状が確かかの確認も容易ではないでしょうか?」
ベリーが壷の上を塞いでいる蓋をとろうとするが、
「わかった、その壷はこちらで預かって十分に検証しよう」
と、手を振ってベリーを止め、メリエルに、
「そこまでの話はわかったが、なぜお前達は私達が来るまで補給庫を制圧しままでいたのか?すぐに明け渡すのなら、補給庫にいる必要がないだろう?」
少し訝しげな表情を見せて聞いてくる。
しかし、メリエルは気を止める様子もなく、
「それは失礼ながら言わせていだだけるなら、私達も帝国軍が軍使をこちらに派遣して頂けるか、不安だったのです。まだ、仲間の中には問答無用で討たれる事に恐怖を覚える者がいましたから、とりあえずはこの補給庫にいようと決めたのです」
そう答えてから、ホルダーに笑いかける。
「でもホルダー様のような方が来てくれて心配が杞憂でした、私や村長が罪を免れるとは思いませんが、全員死罪だけは帝国のお慈悲におすがりしたいです」
「うむ、降伏するならば反逆罪の上に領主を殺害した罪人を討った事で罪は軽減されるだろう」
ホルダーはそう言いながら、メリエルの耳に顔を近づけた。
「私の今回の件の使者としての功績が認められれば、そなたも無罪にできる、その時は私の元で面倒をみてやろう」
ホルダーの潜めた声にメリエルはゆっくりうなづいて微笑んだ。
「ホルダー様のお約束があれば、これから皆を説得して明日の朝には・・・また、お会いできると」
「うむ、うむ、では私は司令官に報告に陣に帰るとしようか」
ホルダーは笑いながら、腰を上げた。
その様子を末席から、眼鏡ごしに鋭い視線を送るカナミにはホルダーは全く気付いていなかった。
カナミは笑いながらメリエルと別れるホルダーを逐一、観察してから自らも不敵な笑いを浮かべた。
「かかった」
「ではホルダー様、宜しくお願いします」
「わかっているよ」
頭を下げるメリエルにホルダーはうなづき、護衛の兵士と共に席を立ち去ろうした時、
「待って下さい」
抑揚のない少女の声にホルダーは足を止めた。
そこには黒い髪に黒い瞳の幼くも、絶世の美しさの花の蕾を持つ少女が立っていた。
もちろん、ローゼンフェリアであった。
「何だい?お嬢さん」
上機嫌のホルダーはローゼンフェリアに中腰になり頭を撫でようとしたが、
「・・・忘れ物です」
ローゼンフェリアはホルダーの目の前に反逆罪の上に、領主殺しのウィル・ヴィスパーの首の入った壷を差し出した。
「駄目ではありませんのよ!勝手に出ては」
ネシアは奥の部屋に戻って来たローゼンフェリアを腕を組んで叱り付けた。
「そうだよ、出ちゃ駄目って言われたのに!」
プリエルも一緒にローゼンフェリアに向かって、膨れて見せた。
ネシアがホルダーの前に出なかったのは、もし軍使の護衛の中にメセア補給庫の戦闘で逃げ延びた者が混じっていたら、ネシアは目立ちすぎたので、降伏が不自然に見えると言うカナミの意見である。
プリエルの方はメリエルの双子と事で目立ってしまうし、不自然な振る舞いをしそうだと、自分から辞退した。
ローゼンフェリアはメリエルが皆にはその容姿に目を付けられたら、と説明したが、実は違う理由があった。
彼女は帝国の正式な行事に参列する、いわゆるお披露目は、まだな為に沢山の人間には皇帝に娘がいる事はわかっていても、姿を知っているのはほんの一部の高い位の人間である。
しかし、万が一にも使者が、帝国皇帝の娘であるローゼンフェリアの容姿を知っていたら、という不安でメリエルがローゼンフェリアに表に出ない様に言った事をプリエルは知っている。
仲間の内でもローゼンフェリアの真の出自を知っているのはメリエル、プリエル、そして・・・
「僕の顔を知っている人なんていませんよ、出して下さいよ」
なぜか独房に入れられて隠された上に、反逆罪に領主殺しの濡れ衣まで着せられてしまった少年ウィル・ヴィスパーであった。
「ねぇ、ローゼンフェリア、隠れてればいいだけの僕が何で独房に入れられてるんだろう?」
遊ばれている事を観念したが、ヴィスパーは格子ごしにローゼンフェリアに苦笑いを浮かべた。
ローゼンフェリアはチラッと振り返った。
「人が見てないと思って、ベリーの頭を撫でたの刑」
ローゼンフェリアの言葉にヴィスパーは一瞬、体温が大幅に下がった。
第18話に続く |