第14話「頬杖をつくメリエル」
1
「プリエルへの指令」
「16個ある、でも3個はかじられてる」
数個のランプで照らされた倉庫にローゼンフェリアの声が響く。
「やっぱり鼠がいるんだ、捕まえないとな」
ヴィスパーはインク壷にペンを軽く付けてからサラサラとローゼンフェリアに数えてもらった在庫数を食料品の在庫リストに書き込んで、舌打ちを漏らした。
「鼠か・・・」
隅をかじられた軍需用食料の袋をローゼンフェリアは見つめた。
「まぁ、仕方ないよ、昔から鼠は僕の敵だったんだから慣れっこさ、さぁ次を数えてくれない?」
ヴィスパーが促すと、
「わかった」
とローゼンフェリアは次の木箱に入った乾燥食料を数え始めた。
メセア補給庫は小規模ではあるが、現在の反乱軍を満たすだけの物資は十分にあった。
問題はそれを上手く管理できるかにかかり、当然の如く、王城主計部の役人であったヴィスパーに管理はほぼ一任されている。
今日はその在庫をチェックしているのだが、昨晩のポチョムキンをまねいての夕食で何とか機嫌を直してくれたローゼンフェリアが手伝いを志願してくれているという状況だ。
ローゼンフェリアは何段かに積まれて、ヴィスパーの背丈を遥かに越えた木箱にも器用に登る。
「気をつけてね」
少しハラハラしつつもヴィスパーはローゼンフェリアを見上げて、落ちてきたら対処できる様にすぐ下に移動するが、
「大丈夫」
と、まるで気にしないで木箱から木箱を渡ったりもしている。
「お姫様なのに」
聞こえる声で言ったつもりではなかったが、
「木登りはよくやったよ、飽きたら皇女宮の屋根とかにも登った」
ローゼンフェリアは聞こえていたらしく、返事を返してきた。
「そうなの?よく女官が許してくれたね、他にも遊び道具は沢山、あったんじゃないの?」
ヴィスパーが見上げたまま聞くと、ローゼンフェリアはかなり高い位置から、その身を空中に踊らせた。
「ローゼンフェリア!」 驚いたヴィスパーは声を上げたが、当の本人は何とも無く着地して、
「自分の遊びくらいは自分で見つけてたよ」
そう言って笑った。
1人の少女が山道を登っていく。
栗色のお尻くらいまである長い髪を背中辺りでリボンで束ねた可愛いらしい顔をした少女は、背中に上等そうな剣を差している。
「よし、随分と早く来ているよね」
プリエルは地図をポシェットから取り出して辺りと確認する。
「あの峠が見えるから・・・合ってるね、サディア山はあれだね」
誰に言うまでもないなく、声に出しながら、うなづいて足どり軽く歩き出す。
サディア山はメセア補給庫から南に歩いて、半日程の場所にある標高1000メートル位の山で一面木々が茂る特に特長のない山である。
プリエルは昨晩の夕食後にメリエルに呼び出され、サディア山にいるアティナ王国元総参謀長のサグレフ将軍に反乱軍に協力してもらえる様に伝えてくれないかと、頼まれた。
実はメリエルは相手が自分の年齢の遥かに年上な事や現役時の階級を考えれば、自分から行きたかったが、いつ帝国の逆襲があるか定かでない状況では、おいそれと自分が本拠地を空ける事が出来ないとプリエルに説明した。
「私がいけないなら、プリエルが1番いいかなと思ったのだけど」
面倒そうな用事だとメリエル本人も思っているらしく、申し訳なさそうに告げたので、プリエルは腕まくりをして、
「そうだねっ!お姉ちゃんがいけないなら、私が行くしかないよね」
気にさせない為に少しオーバーに答えた。
そして、メリエルがサグレフに宛てた手紙を携えて、今日の早朝にメセア補給庫を出たのであった。
「もう、着いちゃったよ」
プリエルは昼に着く予定だったが、途中で走ったりした為に、かなり早く目的地のサディア山に着いてしまった。
しかし、サディア山に入る前にやらなければいけない事がプリエルにはあり、時間的な余裕などはあまりなかった。
サディア山の麓にはプリエル達の村と同程度の規模の村があり、そこでサグレフの住んでいる場所の情報を得れなければ、プリエルは山中をサグレフの住む場所を探して走り回る事になってしまうからである。
村に入ると、その様子はプリエル達の村と何も変わりがない、土壁に藁葺きの家、遊び回る子供の恰好もやっている遊びも似たような物だ。
プリエルもよく村の子供達とは遊んでいるので、知らない子供達でも楽しそうにしているのをみるとつい笑みがこぼれる。
「お姉ちゃん、誰?」
「どこからきたー?」
好奇心旺盛な子供達はプリエルを見逃さずに、周りに何人も集まってきた。
背中に差した剣にも興味を持っている様子だ。
「大人の人いるかな?お父さんかお母さんでいいんだけど・・・」
プリエルが男の子に尋ねると、
「あっち!連れて行ってやるよ」
元気よく男の子はプリエルの手を引いて走り出し、周りの子供達も一緒に続いて歩き出した。
「村の人の話だと、こっちの方らしいんだけどな?」
プリエルは山の中をキョロキョロと見回す。
村の人間の話ではサグレフは滅多に麓の村に降りてくる事はなく、ほぼ自給自足をしているらしく、山の中の家についても山菜採りに入った人間が見たという話でだいたいの場所がわかった位のものである。
「何で、こんな山で隠居とかするかな?」
プリエルは近くの木を見上げると、
「よっ!」
掛け声をかけて木に足を挟んで登り始めた。
かなりの高さまで登ると周囲を見渡して、
「あったぁ!」
と、声を上げた。
山の斜面に造られた家は土壁、藁葺きのプリエル達の家とは違い、木造であったが質素であった。
「すいませーん」
プリエルは引き戸を軽く叩いて、呼びかけたが、全く反応はない。
「サグレフさーん」
家の周りを歩いてみるが、やはり家の中には人の気配がなさそうだ。
「出かけたか、それとも引っ越したかな?」
プリエルはその場に座って息をついた、出かけたのなら待てばいいが、引っ越したのなら、ここまでの旅は徒労に終わると考えると、流石のプリエルも今日の強行軍には疲れを覚えてしまった。
「もう、サグレフさんはどこに行ったのよ!」
プリエルが山に響くような声で叫ぶと、
「死んだよ」
と、どこからか返事が聞こえた。
2
「足をくずす2人」
昼過ぎにネシアがメリエルの部屋を訪ねると、入口の戸は開いていた。
中の様子を見ると、メリエルは足を崩して座りながら、執務用の低い机に頬杖をつき、何やら書類を読んでいた。
「メリエルさん、ちょっと宜しくて?」
ネシアが声をかけると、
「うわああっ!」
メリエルは声を上げて跳び上がり、ちょこんと正座して、
「へ、平気ですよ、ネ、ネシアさん!な、何か用事ですか?」
ビックリした様子でネシアに向き直った。
「まぁ、楽にしてくださいませ、正座は疲れるでしょうに」
薄笑いを浮かべながら、ネシアは部屋に入ってメリエルの横に座る。
「あ、いや・・・」
うつむくメリエル、
「私も正座は苦手ですのよ、足を崩しますわよ、さぁメリエルさんも」
ネシアは足を崩した。
「すいません、正座は平気ですが、今日は午前中にポチョムキンさんが早速、知り合いの方を数人、連れて来られて、ずっと正座して会っていたもので」
メリエルも苦笑しながら、足を崩した。
「リーダーも大変ですわね、きちんと支援は約束して頂けましたの?」
「いえ、いえ、今回はとりあえずは挨拶ですね、やはり皆さん苦しいですから、ポチョムキンさんみたいにいきなり支援は無理なんだと思います」
「様子見ですわね」
ネシアが腕を組むと、
「そうですね、ステンシア城の攻防の行方が見極め所でしょうね」
「なるほど、そういうしたたかな所が商人は好きになれませんわ」
ため息をつくネシア、メリエルは読んでいた書類をトントンと揃えて、
「私達の戦いとはまた別の商人の戦いですからね、帝国にはつけないけど、味方する相手は選びたいのでしょうね」
笑って見せるメリエルにネシアは、
「お人よしですわね」
と、少しだけ呆れ顔をしてみせた。
「仕方ないですよ、今は何かを選べる立場ではないですからね」
そう言って書類をしまいながら、
「ところでネシアさんは私に用事があったんじゃ?」 メリエルが首を傾げたので、ネシアは何かを思い出した様に、
「そうですわ、兵力の事ですけど、やっぱり1000位ですわ」
とメリエルに告げた。
「わかりました、1500位いても、武器は足りるとヴィスパー君が言っていたから、ネシアさんは訓練をお願いします」
メリエルは頭をさげる。
「それは私の手勢を教官代わりにして、わたくしが統括しますわ」
ネシアはうなづいて、
「ところでプリエルさんは今頃、サディア山に着いてますわね?」
と話題を変えた。
「そうですね、大丈夫ですよ、プリエルには気をつける様に指令を出してありますから」
「メリエルさん、指令なんて、慣れない言葉を使いますのね」
「・・・」
ネシアの指摘にメリエルは思わず黙り込む。
「無理しなくても、いいじゃありませんのよ?妹は妹ですわよ」
「ネシアさん・・・」
メリエルは思わず、ネシアを見つめた。
「大変ですっ!」
メリエルがネシアに何かを言いかけた時、ベリーが慌てて、メリエルの部屋に走り込んで来た。
「慌てるんじゃありませんわよ!何ですの?」
ネシアに叱られたベリーは息を切らしながら、
「ご、ごめんなさい、でも帝国軍が来ましたっ!2000位いるそうです!」
と、声を上げた。
第15話に続く |