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『めるトモ』
作:徳次郎



6【メール】


 汐里の家の玄関で、祐一郎は昨日と同じようにチャイムを鳴らした。家中のカーテンは閉め切ってあり、やはり少しの間は物音ひとつしない。
 それでも昨日の事があるので彼は少し外で待ってみると、ドアの内側で開錠する音が聞こえた。
「俺、祐一郎だ」
 彼はドアが開く前にそう言った。
 それでもやっぱり汐里は、最初ドアを細く開けて外を確認する。
「大丈夫、俺しかいないよ」
 汐里はドアを開けて玄関の中に祐一郎を引き入れると、思い切り抱きついてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「マリが、マリがあたしを殺しに来るって……」
 彼女の肩が震えていた。
「マリって、宮崎の?」
 彼女は祐一郎に抱きついたまま無言で頷いた。それは髪の毛の揺れで判った。
「昨日の夜、マリからメールがあって……和実と智子から話は聞いた。あたしに黙ってるなんて許せない。親友だって言ってたくせに、携帯メールの着信を拒否したりして、あんたの行為そのものが許せない。だから今からあんたを殺しに行く……そう書いてあったのよ」
「そんな無茶苦茶な……」
 祐一郎は半ば信じられなかった。どれだけヒステリックな女性だろうと、そんな事で人を殺すはずが無いではないか。
 はるばる宮崎県から新潟県まで人を殺しに来るなんて、そんなバカな話があるはずがない。
 そんなメールに本気で脅えて学校にも来ない汐里が、なんだか気の毒に感じる反面少し気味悪くも思った。
 しかし、だからと言って彼女を見捨てるわけにはいかなかった。
「携帯のアドレスは三人のうち誰にも教えてないんだろ?」
「ええ」
「どうして解ったんだろう」
「そんなの知らない……」
 汐里の部屋に行くと、彼女は祐一郎の身体にしがみ付いて離れなかった。
「彼女たち異常よ……きっと異常者なんだわ」
 自然にベッドへ倒れこんで抱き合ったまましばらく彼女をそっとしておいた。しかし、彼女は祐一郎を放そうとしない。
 汐里の両親は小さい頃から共働きで、彼女は何時もこの家に一人でいたらしい。祐一郎も一人っ子だったが、小さい頃は従兄が近所に住んでおりよく遊んでもらった。それでも、家に一人でいる夕暮れ時には淋しさが込み上げたりもしたものだ。
 彼女は自分でも知らないうちに、誰かに縋りたい気持ちを押し殺して今まで過ごして来たのではないだろうか。
 そして、メールのやり取りできる友達を見つけた。しかしその相手は今、脅迫めいた中傷文を送りつけてくる。その事が今まで隠し持っていた彼女の不安や寂しさを一気に増幅してしまったのかもしれない。
 そう思うと、祐一郎は汐里の背中に回した手に力を込めるのだった。
 カーテンの隙間から見える外の景色が漆黒に変わった頃、ようやく祐一郎はベッドから降りる事ができた。


 汐里の境遇がどうであれ、彼女をここまで脅えさせるメールとはいったいどういうものなのか。
 祐一郎は、昨日携帯に届いたメールを見ただけで、確かにそれは異常だったが……他は汐里に話を聞いただけだ。パソコンに届いたメールの文面を直接見たわけではない。
 もしかして、パソコンに届くメールはそれほどに恐ろしい文面なのかもしれない。
「なあ、彼女たちからのメール、俺に見せてくれない?」
「えっ……でも……」
 汐里は戸惑いの表情を見せた。
 相手のメール以上に、自分のメールを見られるのがはばかるのだろう。
「プライバシーなのは判るけど、何か解決策が見つかるかもしれない」
 祐一郎にそう言われて、汐里は渋々ながら机のノートパソコンの電源を立ち上げた。
 メールソフトを起動させると、KAZUMI、TOMOKO、MARIと、三つのフォルダが作ってあるのが見えた。
 返信済みのメールはそれぞれ相手別に振り分けているそうで、先週から返事を出していない彼女たちからのメールはまだ受信フォルダにそのまま残っていた。
「あたしのは見ないでね」
「えっ、ああ、大丈夫。彼女達のメールしか見ないよ」
 祐一郎は慣れた手つきで受信フォルダを開いた。そしてメールの内容を見た瞬間、思わず驚愕した。
 何気ない汐里との会話が、彼の心の準備を解いてしまった為、その脅威は倍増されていた。
 和実からのメール。それは文面を読むまでも無く異常なものだった。
 フォントの大きさが滅茶苦茶で大きかったり小さかったり、それは行ごととか、部分的とかではない。
 まるで新聞の切り抜き文字を寄せ集めて作った手作りの脅迫文のように、隣り合っている文字すらも大きさと書体の種類がまったく違っているのだ。
 明朝体10・5サイズの隣にいきなりゴシック体で50サイズを越える大文字。そしてそのとなりに行書体20サイズほどの文字、そしてポップ調の隣に今度は楷書体で再び大文字……と、その変換に規則性は感じられない。中には見た事も無い書体もある。
 そんな文字列が画面全体を埋め尽くしているのだ。
 いかにも常軌を逸した感性が覗える。
 そして「許せない」や「ムカツク」という文字は赤い色フォントが使われていて、他の文字も所々にカラーフォントが使われていた。
 その狂気に満ちたヴィジュアルは、確かに何ともいえない恐怖を醸し出していた。
 異常な怒りを露にしたメールは、和実から四通、智子から三通、マリからは二通届いていた。
 そのどれもが、異常なフォントの使い方をしている。マリのメールに関しては、汐里が言った通り『殺す』と言う文字が、やはりバラバラの大きさで綴られていた。
 三人は相談して似たような手法をとっているのか? その共通する異常さに、祐一郎は疑問を抱いた。
 それぞれのメールを眺めていた祐一郎は、ふと何かに目を止めると
「なんだか俺、喉が渇いちゃってさ。悪いけど何か飲み物ないかな?」
 汐里に向ってそう言った。
「わかった、何か持ってくるね」
 彼女はそう言ってドアを開けると
「あたしのメールは見ないでよ」と念を押してから部屋を出て行った。
 祐一郎が傍にいる事で、汐里は何時もの落ち着きを取り戻していた。
 パタパタと彼女が階段を下りて行く音を確認してから、祐一郎は再びメールの画面を食い入るように見つめた。
 これはいったい……









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