ご。
「雄吉は金にがめつい男でねぇ。高い報酬が出るなら簡単に引き受ける馬鹿さ。」
「……。」
「しかもそれほど腕のある男じゃない。雄吉が仕事を成功させるのは雲をつかむようなもんだ。」
つまり無理ってことだ。何だか迷惑そうな人に思えてくる。
「だからいつも先生に泣き付いてくるんだよ、あの馬鹿吉は。」
静さんも大分呆れ顔だ。あたしは先生がいる部屋の方に視線を向けた。
「そんな場所に立たずに、入ったらどうですか?寿々さん。」
「……っ。」
気付かれた、先生の部屋の前で黙って立っていただけなのに。
驚き硬直しているあたしを気にすることなく、先生は障子を開けてあたしを中に促した。
「で、どうしました?」
「……。」
先生は和紙の本の読書を止めて、あたしと向かいあった。あたしはしゃべることが出来ずにただうつ向く。
「眠れないのですか?」
「違うんです、あの……雄吉さんの言ってた仕事って、何なんですか。」
「……それを聞いてどうするつもりです?」
ほんの一瞬だった。空気がピリピリと冷たくなる。
「べ、別に何も……」
「なら、知る必要はないですね。」
先生が再び本に目を向け始める。まるで何も話したくないと言ってるように。
「……危ないこと、しないでくださいね。」
あたしにはそれを言うのが精一杯だった。
「はぁ……。」
足が重い。ため息も二分に三回は出てる。
「だって気になっちゃうんだもん……。」
命の恩人に死なれたら絶対嫌だし。
「……そうだ。」
雄吉さんが仕事を持ってくるなら、あの人を家にあげなきゃいいんだ!!
「あたし頭良いー。」
「自画自賛ですかい?」
……ん?後ろから声がした。聞き覚えはあるものの、この家の住人の声じゃない。
「誰?」
あたしらしくない、か細い声。ここに来てからあたしは弱虫になったかもしれない。
「あっしですよ。」
「……雄吉さん。」
すでに侵入済みですか。不法侵入で訴えますよ?
「何かご用ですか?先生ならもうすぐ寝ますよ。」
あたしは自然と棘のある声になる。
「いやいや、あっしに用があるのは貴方ですよ。寿々さん。」
「……あたし?」
このときの自分は、かなり間抜け面だったと思う。
「どうぞ。」
ホントは物凄く嫌なんだけど、あたしは雄吉さんを部屋に通した。
「話って何ですか?」
「いえね、先生に頼み事をしているんですが良い返事がもらえなくてね。どうでしょう、寿々さんから何か言ってもらえませんかねぇ?」
「お断りします。」
考える気にもなれず、あたしはすぐにそう言った。
「……何故です?」
雄吉さんの片眉がピクリと動く。
「先生はあたしの命の恩人です。危険な仕事に関わってほしくありません。」
周りは静かで、先生は寝たのかなぁなんて思う。
「ずいぶん優しいですなぁ。」
「……。」
唐突な言葉に意図がわからなかった。
「しかし……その優しさが時に不幸を生むんですぜ?」
その一言にあたしの顔は歪む。
「ああ、失礼を言ってすいません。」
言葉では謝罪を表すものの、顔は馬鹿にしたような表情だった。
「しかしそれは先生も同じですぜ。あの人は優しすぎる。必ずあっしの頼みを聞いてくれる。」
「その絶対の自信は……何なんですか。」
「今まで頼んだ仕事は全てやってくださいやした。」
ニヤリと意地の悪い笑みを見せられる。あたしはその顔を見てて苛ついた。
「貴方よりあっしの方が、先生を知ってるんでございやすよ。」
「……。」
返す言葉が見付からない。確かに目の前の人はあたしの何十倍も長い時間を過ごしてる。あたしはつい、負けた気分になってしまった。
「寿々さん。」
「……?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「剣術の経験あります?」
「……少しは。」
「なら練習してくだせぇ。それがきっと、先生の手助けになる。」
「……わかりました。」
不服ながらも、あたしは小さく頷いた。
そしてその翌日から、あたしは先生に剣術を習い始めた。
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