さん。
「ただいま帰りまし……ずいぶん楽しそうですね。」
やんわりとした口調で藤沢さんが帰宅。
「これのどこが楽しそうなんですか……」
説教もなんとか終わったものの、足の痺れに耐えかねてあたしは布団の上に蹲っていた。
いや、ホントに痛いんだって。静さんはやっぱり江戸の人だよ……全然平気そうな顔でお茶用意しに行ったもん。
「ふふ……すみません。」
笑いながらあたしの横に座る藤沢さん。
「あの、あたし葛西寿々といいます。」
「寿々さんですか、良い名です。静さんとは何か話しましたか?」
「お粥作ってくださって……何で藤沢さんに名前名乗らないのかって怒られました。」
「そうですか。」
しばらく二人ともしゃべらなかった。雀の鳴き声や子供達の騒ぐ声が心地好くて、あたしはぼんやりしていた。
「これからどうするつもりですか?」
「……わかりません。」
その質問は聞かれると辛い。正直自分のすべきことがわからないからだ。
「それなら、ここで暮らしてはどうでしょう。」
「……え?」
突然の言葉にあたしはただ目を丸くした。
「静さんも言ったそうですが、ここは皆さんそれぞれが理由ありで暮らしております。」
柔らかな表情を変えることなく、藤沢さんは話を続ける。
「幸いこの家に住むのは私一人ですし、部屋は空いています。」
「……。」
「どうしますか?」
「藤沢さんは、良いんですか?」
さすがに嫌々勧められるわけにはいかない。ただでさえ迷惑をかけてるのだから。
「勿論です。」
藤沢さんは強く頷いた。
「じゃあ……お願いします。」
ここを出てもすることはない。それなら助けてもらった恩人に恩返ししたかった。
「お茶が入ったよ。」
そのすぐ後に静さんが入ってきた。藤沢さんはあたしがここに住むことを伝える。
「そうかい。」
「あの、よろしくお願いします。」
あたしは静さんに頭を下げた。
「アンタ、料理は出来るかい?」
「……少し。」
得意ではないが作るのは結構好きだったりする。
「ふん、鍛えがいがありそうだ。」
静さん、そんな意地悪そうな顔しないで……ホント不安になるから。
「先生、夕飯は何が良いかね?」
「栄養のあるものなら何でも。静さんの料理は美味しいですから。」
藤沢さんの言葉に静さんは満足気に笑った。
「……藤沢さんは、先生なんですか?」
「いえ、たまにここらに住む子達に剣術を教えているだけです。」
「稽古のせいか、子供が先生と呼び始めてね。今じゃ藤沢元の名前より先生と呼ばれる方が多いのさ。」
横で静さんが説明を足してくれる。
「へぇー……。」
お侍さんなんだ。せっかくだからあたしも先生って呼ぶことにしよう。
「それにしても……この子を嫁にするなんて言わないだろうねぇ?」
「まさか。私より一回りくらい若い方に気持ちは向きませんよ。」
とんでもない台詞を聞いた気がする。
「……一回り?先生って何歳ですか?」
「今年で三十になります。」
「……嘘ぉぉっ!?」
「嘘ついてどうするんだい。」
あたしの叫びは静さんに鎮められた。
「詐欺ですよ絶対……三十路になんか見えませんて。」
先生は困ったように微笑む。
金色の髪と端正な顔立ちで大分若く見えていた。意外過ぎてあたしは何も言えなかった。
「おやま、もうこんな時間。夕飯の用意でもしようかね。」
話が弾んでいたようで、外はもう夕焼けが染まっていた。
「あ、手伝います。」
「いらん。もう少し寝とれ。」
静さんは軽く横に揺れながら部屋を出ていった。
「静さんなりに心配しているんですよ。」
「そうですかね……。」
「それより、その服はこの時代では目立つと思いますよ。」
自分の格好を見れば、学校の制服のまま。
「これを着ませんか?」
先生が出したのは朱色の着物。
「気に入ってくださると良いですが……」
「頂いて、良いんですか?」
「ええ、勿論。寿々さんのために用意したものですから。」
「……ありがとうございます。」
うわー、三十路なのにその笑顔は反則だよ……。
あたしは顔に熱が集まるのが嫌というほどわかった。
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