にじゅうはち。
「よっこいしょ……。」
あたしの手には山盛りの野菜達の入ったカゴ。静さんに言われてお使いしに行った帰りだ。
「あー、カラスだ。」
どっかの子が真っ黒な鳥を指差した。
その声に自然と皆上を向く。
「烏、か。」
ふと重兵衛との戦いを思い出した。健ちゃんのお父さんの死は『烏』という人間が裏で糸を引いていること。
「一体誰なんだろ。」
「お困りですかい?」
「あ……雄吉さん。」
小道からこそこそと現れた雄吉さん。
この人なら、『烏』を知ってるかもしれない。
「烏という人を、ご存知ですか?」
「烏?寿々さんは彼を知ってるんですかい?」
僅かに目を丸くして雄吉さんは言う。
「あ、いえ……噂で聞いてからちょっと興味があって。」
噂っていうか重兵衛から聞いたんだけどね。
「寿々さん。」
「はい?」
「烏の情報、持ってないこともないですぜ?」
ニヤリと笑う雄吉さん。
「ホントですか?」
自然と目が輝きを増す。少女漫画の絵みたいに。
「教えても良いんですが……一つお願いがありやす。」
「お願い?」
雄吉さんが口を開く前に、あたしは嫌な予感がよぎった。
「ある仕事を引き受けていただきたいんです。」
「でかい……」
雄吉さんに連れられて来たのは立派なお城。たくさんの人が慌ただしく働いていて、あたしはあちこち目移りした。
「寿々さん、こちらへ。」
「あ、はい。」
何が待ってるかはわからない。だけど大切にしたいと思うから、我慢だっていくらでも出来る。
拳を作り、あたしはゆっくりと歩を進めた。
「……んで?これでどうやって仕事するんですか?」
ひらひらの赤い着物の上に薄い生地の絹を肩にかける。手触りでも高級品っていうのはあたしでもわかった。
問題は、仕事と何の関係があるのかってこと。
「今から依頼主に会っていただきやす。詳しい話はそのときに。」
「……わかりました。」
雄吉さんが主導権を握るのはかなり複雑なんだけど、情報のためなら仕方ない。
裾の長い上着を気にしつつ、あたしは雄吉さんのあとに続いた。
「あのー、どこまで行くんですか?」
もう五分近く同じような廊下通ってる気がするんですけど。
「もう少しですぜ。」
「……。」
今更だけど、こんな簡単についてきて良かったのかな。売り飛ばされたりしないよね?うわー、長刀持ってくれば良かった!!
「どうかしましたかい?」
「あ、えっと……やっぱ武器持ってくれば良かったかなぁと。」
「大丈夫ですぜ。必要な武器は揃ってやすから。」
「はあ……。」
あたしの中の雄吉さんへの疑いは晴れず、曖昧な返事しか出来なかった。
「えーっと……どちら様ですか?」
あたしの前にはきらびやかな格好の女の子がいた。腰に届くくらいの真っ黒な髪に、少し丸い顔。綺麗な黒い瞳を持ち、女のあたしから見ても、その子は可愛かった。
「桜と申します。」
「あ、寿々です。」
礼儀作法ばっちりって感じだわ。あたしに来る周りの視線が痛くてしょうがないよ。
「彼女がそうか?」
彼女の横には立派な髭を蓄えたおじさんが雄吉さんを見やる。
「はい、本人も承諾してます。」
「え……雄吉さん、承諾って何ですか?」
何も承諾した覚えがないんですけど。
「どういうことだ?」
鋭い視線を向けるおじさん。
「あ、ちょーっとすみません。寿々さん、頼むから黙っててくださいな。」
おじさんに愛想を振り撒いてから雄吉さんはあたしに小声で注意した。
「だって承諾した覚えがないんですよ。」
「まったく貴方って人は……、ここまで来れば本当のことを言っても良いかもしれやせんねぇ。」
「?」
本当のこと?
「こちらのお方はこの城の主、つまり殿です。」
「この人が……」
ふんぞりかえって見下すような瞳であたしを見るおじさん改め殿。
確かに他の人より品格があるかもしれない。でもあたしは殿様が好きになれなかった。
「そして桜様は殿の血の繋がった娘。」
「お姫様ってこと?」
「そのとおりです。」
桜姫は申し訳なさそうに頭を下げる。年や体格には差を感じないのに、精神的な部分はあたしの上をいく気がした。
「貴方に頼みたいのは、姫の護衛です。」
「……それで良いの?」
もっと嫌な仕事だと思ってたけど。
「ええ。三日、三日の間桜姫を守れば仕事終了です。いかがでしょう。」
「やります!!」
ここまでが小声のお話。あたしの返事に雄吉さんは満足そうに微笑んで殿様に頷いた。
「桜、寿々さんを案内してやりなさい。」
「……はい。」
憂いをおびた表情の桜姫はゆっくり立ち上がってあたしに近寄った。
「行きましょう、城を案内します。」
「あ、どーも。」
あたしは雄吉さん達に軽く頭を下げて桜姫についていった。
「ここが客間で向こうが使用人達の部屋です。」
「へぇー。」
指差し説明をもらう。でもあたしには他に気になることがあった。
「ねぇ桜姫。」
「はい?」
「動きづらくないの?」
あたしよりずっと裾の長い着物を引きずって歩いてる桜姫。率直な質問に桜姫は微笑みながら答えてくれた。
「平気ですよ。幼い頃からずっとやってきましたから。」
「ふーん……」
「そしてここが私の部屋です。」
「広っ。」
あたしの部屋の何倍あるんだよ……。
「たとえ部屋が広くても、私は外の世界の広さを知りません。」
「外の世界?」
「私は生まれて一度も、外に出たことがありません。」
悲しげな笑み。なんだか辛くなる。
「父は危険を避けるためだといつも言っていますが、私にはそうは思えないんです。」
「どうして?」
「この城は、たくさんの民の税金で成り立っています。」
窓のふちに手をかけて外を見つめる桜姫。
「じきに反乱が起こります。私は死ぬつもりです。」
伏し目がちにそう告げる。
「何で桜姫が死ぬの、貴方が税金を決めたわけじゃないでしょ?」
「父は城主ですから。私だって恨まれているはずです。」
「そんなの間違ってるよ……。」
悪いのは殿様の方なのに。あたしは何だか泣きそうになった。
「寿々さん。」
「?」
「私と友達になっていただけませんか?」
「え?」
唐突な質問にあたしは思わず聞き返した。
「城の中に私と親しい人はあまりいないので最期だから……あ、勿論寿々さんがよろしければですが。」
桜姫は相手を気にする真面目な人らしい。
「そんなの良いに決まってるじゃん。」
むしろ大歓迎ですよ。
「では、桜と呼んでくださいな。」
楽しそうな笑顔で桜姫が言う。
「姫はつけないの?」
「いりません。桜と呼んでください。」
「じゃあ、桜ちゃん。」
流石に呼び捨ては出来ないから。
「ありがとうございます、寿々さん。」
桜ちゃんの顔は、今まで見た中で一番輝いてみえた。
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