じゅうなな。
「また先生に仕事の依頼ですか?」
「今日は寿々さんに言いたいことがありやして。」
「……何でしょうか。」
はっきり言ってろくなことじゃないと思う。
「あっしをあまり怒らせないほうが良いですよ?」
「……どういう意味です?」
バイトで得た営業スマイルで雄吉さんを見返す。引きつってると思うけど。
「仕事の邪魔はするもんじゃありません、ってことですぜ。」
気味の悪い笑みを浮かべ、雄吉さんは去っていった。
「……はぁ。」
「なぁ。」
「うわっ、健ちゃんいきなり話しかけないでよ……」
いつの間にか誰もいない気でいたわ。
「さっきの誰?」
あたしの失礼発言を気にすることなく、健ちゃんは言った。
「あー雄吉さんっていって、先生の昔からの知り合いらしいよ。」
そういえば健ちゃんが雄吉さん見るの初めてだったっけ。
「それがどうかした?」
「……どっかで見たことある気がする。」
「健ちゃんが?」
「ああ……。」
それから健ちゃんはずっと考え事をしながら歩いていた。
「おかえり。味噌買ってきてくれたかえ?」
「あ、はい。」
静さんに風呂敷包みを渡すと、満足そうに台所へ消えた。
「……。」
「健ちゃん。」
「……。」
さっきから名前を呼んでも気付いてくれない。
「健ちゃんってば。」
「……。」
真剣な様子に、あたしは何も言えなくなってしまった。むしろ邪魔して申し訳なくなる。
「おかえりなさい。」
「先生……ただいま戻りました。」
笑顔で出迎えてくれた先生に頭を下げるあたし。
「健太はどうかしたんですか?」
顎に手を当てて考え込む健ちゃんを先生は不思議そうに見つめる。
「えっと、帰り道で雄吉さんに会って……」
「何かされたんですか?」
眉根に皺を寄せて先生が聞いた。
「いえ、ちょっと話しただけです。ただ……健ちゃんは雄吉さんに見覚えがあるらしくて。」
「健太が雄吉に……」
そう口に出して健ちゃん同様考え込んでしまった。
「この二人は何してんだい、寿々。」
「……あたしに聞かないでください。」
結局、静さんが夕飯だと怒鳴りつけて健ちゃんと雄吉さんの話はひとまず終わった。
「寿々。」
「健ちゃん?」
一通りやることは終わったので後は眠るだけ。布団に入ろうかと思った矢先、健ちゃんがあたしの部屋の前に現れた。
「ちょっと聞きたいことがあって……もう寝てたか?」
「ううん、これからだったから平気。入れば?」
とは言っても、あたしは障子を開けない。眠いのかわかんないけど体が動かないから。
「や、ここでいい。」
健ちゃんが縁側に座るのがわかった。床が少しだけ音をたてたのだ。
「そっか。で、何?」
「雄吉って男と何か話してたよな?」
「まぁ、少しだけね。」
あたしは布団の破けた部分をいじりながら答えた。
「あの人に相談しなくて大丈夫なのかよ。」
「先生にって……何を相談するのさ。」
「あの男、危険なことを考えてる顔だった。」
声だけでも真剣なのが伝わってきた。
「ねぇ健ちゃん。」
「あ?」
「あの人じゃなくて、先生って呼ばない?」
「……。」
無言か……まぁ予想はしてたけどさ。
「だって一緒に住んでるのにいつまでもあの人、なんて言ってらんないでしょ?それに誰のこと言ってるかわかんなくなりそう。」
先生は『あの人』で、雄吉さんは『あの男』で使い分けてるみたいだけどね?やっぱりわかりづらいと思う。
「一緒に住んでるのは生かされてるからだよ。本来なら俺は死んでる。」
「いつまでそんなこと言ってんの?」
あたしだって流石に怒っちゃうよ?
「復讐なんて言ってる健ちゃんに、先生はやり直すチャンスくれたんだよ?」
「……そんなこと俺は頼んでないよ。」
頭の中で糸が切れた。
あたしは勢いよく障子を開けて、あぐらをかいて座っている健ちゃんの頭を木刀で叩く。
「い……っ!!」
後頭部を押さえて痛みに耐える姿を見下ろし、あたしは口を開いた。
「健ちゃんの馬鹿……っ。」
叩き付けるように障子を閉め、布団の上にへたり込む。
「馬鹿……。」
わかってくれたと思ってた。先生や幸宗と稽古をする健ちゃんは、凄く楽しそうだったから。
「……。」
いつの間にか部屋の外の気配が消えていた。
人の気持ちは、簡単に変わることがなくて。難しいなんて、わかってたはずのに。
「馬鹿だなぁ、あたし……っ。」
先生と健ちゃんの橋渡しも出来ない自分がひどく情けなくて、あたしはポロポロ泣きながら眠りについた。
|