じゅうよん。
それからはいつも通りの生活だった。先生や近所の子供達と稽古したり、静さんに料理習ったり。
でも、そんな平和も三日しか続かなかった。
「ちょ、幸宗。少しは女を労ってよ……」
「もう疲れたのか?やっぱ年の差だな。」
「斬るぞコラ!!」
いつものように文句を言いながら幸宗と追い掛けっこをしていたら――
「寿々、あれ先生の客じゃないか?」
幸宗の指差すの先には黒髪短髪の侍がうち……先生の家の前に立っていた。
「ホントだ……」
何で入らないのかと思ったものの、大切な客かもしれないので、あたしはその人に近付いた。
「あの、何かご用ですか?」
藁で作られた傘のような帽子を頭に深くかぶっているため、顔がまったく見えない。
「……ここは貴方の家か?」
あたしの頭に侍の肩がある。見た感じ若いし、同年代かもしれない。
「あたしは居候です。ここは先生の家。」
「先生ということは、貴方は弟子か。」
淡々としゃべる侍。
「まぁ……稽古してもらってます。」
こんな質問だと、流石にあたしでも相手が変な人だとわかる。
「では最後に一つ。先生の名は。」
「……藤沢元。」
そう答えた瞬間、肩に痛みが走った。それと同時に侍の藁帽子が風に飛んだ。
「寿々!!大丈夫か?」
幸宗が慌てて近寄る。
「痛ぁ……」
肩に触れれば鮮血が掌を濡らした。先生から貰った着物に血が染まるのが嫌でもわかる。
幸宗は血相を変えて侍を睨んでいた。
「弟子がこんなもんなのか。」
痛みにしゃがみ込んだあたしの上から腹立たしい言葉が降ってくる。
「無防備な人間を傷つけんじゃねぇ!!」
怒りに身を任せる幸宗を抑え、あたしは侍を見上げる。帽子の無い侍は、意外と綺麗な顔立ちをしていた。
「……何がしたいの。」
「復讐。大切な人を殺された怨みだ。」
「殺されたって、誰に……?」
「アンタの師匠さ。」
冷たい瞳があたしや幸宗を映す。
「っ、先生はそんなことしないわ!!」
傷の痛みも忘れ、あたしは叫んだ。
「するさ。仕事は忠実にこなす人間だからな。」
「だから先生は人殺しなんかしないってば……!!」
あたしは肩を押さえてよろよろと立ち上がる。
「幸宗、刀貸して。」
「何する気……」
「いいから!!」
久しぶりにキレた。幸宗に怒鳴っちゃったけど、怒りは止まらない。
幸宗は泣きそうになりながら持っている刀を差し出した。
「その傷で勝つ気か?」
せせら笑う侍。
「うるさい、黙って斬られてよ。」
睨みつけるあたし。
「寿々……」
不安そうな幸宗。
あたしと侍の間に、風が吹いた。
「何事ですか?」
「せ……っ!!」
「先生っ!!」
落ち着いた様子で現れた先生。突然の登場にあたしと幸宗は目を見開いた。
「藤沢元……!!」
侍は先生を見た瞬間、素早くあたしから離れて先生に刀を振り下ろした。
あたしはそれを止めるために体を動かそうとした。でも血が出すぎたのかふらついてへたり込む。
「初対面の人間に斬りかかるのは、失礼だと思いませんか?」
「……っ。」
鞘に入れたままの刀で相手の刀を止めた。侍自身もこれには驚いたようだ。先生の強さに飛び退いて距離を空ける。
「初対面?この顔を見ても思い出さねぇのか!!お前が殺した伊尾慶喜を!!」
「……。」
叫ぶ侍に対して先生は眉をひそめた。身に覚えがないのだ。
「思い出せねぇってか。いい度胸だ。」
侍は刀を握り直す。先生も刀を鞘から抜いた。
「身に覚えがありません。殺したのは、本当に私ですか?」
射るような強い視線で侍を見る先生。
「聞いた。金髪の侍が両親を殺したって。」
「……世の中に金髪はたくさんいますよ。江戸にも外の国でも。」
先生は確信が持てるような証拠がないって言いたいみたいだ。
「うるさいうるさい!!叩っ斬ってやる……!!」
キレた侍が先生に斬りかかる。
「少し落ち着きなさい。」
穏やかだった先生の目が獣に変わった。侍の刀を一瞬で弾き飛ばし、彼の喉元に自分の刀を当てる。互いに少しでも動けば刀は侍の喉を突き刺すだろう。
「――っ、殺せ。」
額から一筋の汗を流し、侍は唸るように言った。
「何故です?」
「俺は負けたんだ!!……死なせろ。それが武士道だ。」
「……アホか。」
あたしは思わず口に出してしまった。
あー、侍って何で規則とか大事にするんだろ。
「お前……武士道を馬鹿にする気か!!」
侍があたしに怒鳴る。
「勘違いしないで。馬鹿にしてるのはアンタの武士道。」
「んだと?」
「死ねばかっこつくとか思ってるでしょ。実際違うと思う。醜い。」
何で加害者を助けようとしてるんだ、あたし。あれだ、血が出続けてるから頭が冷えたのかも。
「とにかく、死にたいなら自分でしなさい。負けたから先生に殺させるなんて間違ってる。」
「……。」
「す、寿々……?」
恐々幸宗が話しかけてきた。
「何?」
「顔、真っ青だぞ……?」
そういう幸宗も顔色悪いよ。でも――
「……血ぃ足りないみたい。」
あたしはそこで意識を手放した。
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