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○○の多い家

月夜の鳴声

作者:かふぇいん
山月記へのオマージュのような作品です。
 自分の知り合いに、変な男がいる。正確に言えば、変なところに住む変わった男だ。住宅街にポツンとある小さな林の、その中に立つ大きな白い屋敷がその男の居城。いつ尋ねても居て、いつ尋ねても一人だった。
 どうやって出会ったのか、招かれたのか。どうしてこうして訪れるのか。今思えばそれすらよくわからない。

 その場所にはたくさんの猫。この一帯の猫が集まったのではないかと言うほど、どこを見ても猫だらけの夜の庭だ。さらさらと音を立てる噴水の周り、あちらこちらで毛づくろいをし、身を横たえる彼らは此処こそが自分たちの王国であるかのように悠々とくつろいでいた。
 北と南の二つの棟の間、台所からの勝手口から出てすぐの中庭。小さくとも、白大理石でできた立派な噴水なのだが、今や猫たちの格好の水飲み場になっている。噴水は中国風の意匠で、縁に彫られた魚が気にいったのか、たえず流れるきれいな水が気にいったのか、夜な夜な猫たちは集まってくるのだという。
 噴水の周りにも同じ手によるものらしき動物の彫像がある。人の体に十二支の頭が据えられた擬人の彫像のようだったが、月明かりばかりの庭では、人が座り込んでいるようにしか見えない。夜目が利かないのをじっと凝らして、その数を数える。一つ、二つ、……十三。違和を覚えると同時に、一番奥の彫像が身じろぎした。庭石に座りこむ、石膏のように白い人影。
「何をしてるんだ?」
 その人影が問うてきて、やっとそれが連れだって外に出た男だと気付く。ああ、そうだった。猫たちに餌をやりに来たんだったか。男に近寄ると、男は膝の上に丸くなる猫を撫でながら、顎の先で少し先の餌の袋を指した。袋を持ちあげると、猫たちは今ようやく餌に気付いたとばかりにこちらに集まってきた。
「ざっとまいてやればいいから」
 男はそう言って、噴水へと続く敷石を示した。わかった、と応えると取り囲む幾つもの目が、ぎらりと光る。同じ月明かりに、濃く淡く、金に銀に光るそれら。猫とはいえ、数が揃うと僅かにも恐ろしく思う。ざらりと撒いてやると、猫は波のようにそこに押し寄せた。そして、一心に餌を食べる様はやはり獣だと思った。
 敷石の上の粒が消えると、猫は再びめいめいに場所を取って、くつろぎ始めた。明るい月夜に一服しようと思ったが、座りこむと膝の上に上がられるような気がして座れなかった。代わりにぐらつかないのを確かめて、彫像のひとつにもたれる。気になってみてみれば虎の彫像だったが、餌を食んでいた猫たちを見た後だと、まるで猫のようにも見えた。
「毎晩毎晩大変だな、幾ついるんだ?」
「さぁ? 数えたことが無い。餌も毎日じゃない、気が向いたときだけだ」
 尋ねたが、白いこの館の主は興味なさそうに、膝の上の猫の喉を撫でるだけだ。
「餌をやって、近所に何か言われないか?」
「言われたことが無い。猫がここに集まることを知らないんじゃないか」
 そっけない(いら)え。ため息をつき、言葉にやっていた息を煙草にやることにする。煙草をくわえ、火をつけようと口元を覆うと、今まで不思議となかった猫の声がひとつ、咎めるようにこちらに届いた。
「煙草はやめておいたほうがいい。こいつが嫌がるから」
 見れば、男の膝の上にいた猫が、こちらに月明かりを二つ返して寄こす。思えば、周りの猫たちに餌をやるときも、男の膝の上でじっとしていた猫だ。再びため息をつき、くわえた煙草を箱に戻した。その猫は、まるで虎のようなその縞猫は、こちらの所作を確かめてから、また丸くなった。
「そいつは飼い猫か? 妙に人くさい奴だな」
「いいや、こいつも野良なんだ。こいつだけは毎日通ってくる。――話をしに」
「話?」
 尋ねても男は何も答えなかったが、相槌を打つような間があって、小さく息をついた。
「何を言ってるかはわからないけど」
 そりゃあそうだろう、と応えようとして、猫と目が合う。お前は話を聞いてくれるか、というような目だ。誰かわかってくれるのを待っているような。ゆるりとかぶりを振ってやる。
「猫の言葉はわからんよ。俺が猫なら話は別だが」
 彫像のような男は微笑し、対して猫は落胆するように尾を振った。
「お前が猫だったら、か」
 男は笑みを深める。
「それなら、きっとお前はこいつとよく似てると思う」
 そんな馬鹿な、とこぼした鼻先笑いが猫の吐息と重なる。ほらな、と笑う男はじっとこっちを見て、言う。
「お前は人の形をしていて、こいつは猫の形をしている、ただそれだけの違いなんだろう」
「なら、その違いは大きいな。俺はお前と話が出来て、そいつはお前と話ができない」
 猫がふん、と鼻を鳴らす。こちらに背を向けて膝の上で寝るそいつは、腹を立ててふてくされているようにも見えた。
「それを大きな違いと取るところも、よく似てる。俺にとっては大した違いじゃない」
 喉を撫でられた猫がごろごろと喉を鳴らす。これはお前にはできないだろう、この場所はお前には得られないだろう、と言わんばかりに。しかし、その後、はっと何かに気付いたように、猫は膝から降りた。今得た優位を厭うように、恥じるように。つんと顔をそむけた先は、煌々と冷たく光る月がある。
 猫と比べられたこちらも、僅かに腹を立てて言う。
「猫と俺が一緒か」
 奴は優美に顔を傾げ、月に似た笑みで微笑んだ。
「どっちも友達だ。いなくてはつまらない。だろう?」
 苦笑交じりにため息をつき、この変わった共通の友人を持つ、縞猫に手を差し伸べてみる。猫はちらともこちらを見ようとしなかった。慣れ合う理由に、共通点はまだ足りないらしい。
「なぁ、もしお前が猫になったらどうする?」
 唐突に奴は尋ねてきた。とうに答えなど得ているような顔で。尋ねられれば、そうだ。答えなど決まっている。
「毎日ここに来て、お前と話をしに来るさ」
 人であることに倦んだら。膝の上で撫でられ、通じもしない話をすることに焦がれたら。氷のような白い月を、違う目で眺めてみたくなったら。
 猫が起き上がり、するりと横を通り抜けた。軽く地を蹴り、虎の彫像の上へ飛び上がる。自分によく似た縞猫が、こちらをじっと見つめる。短い一声。何を言っているかはやはり知れなかった。
「帰るって」
 男の声に応えるように、猫は続けて、二三度鳴いた。それは別れの言葉にしては長く、月に(うそぶ)いてみせるには短かった。そうして、中庭の向こう、木立の方へと駆けていき、藪の中に入って見えなくなった。
「お前が猫になるときまでには、猫の詩が聞けるようになるといいけどな」
 男が呟き、立ち上がる。そうすると、辺りにいた猫達も一斉にどこかへと帰り始めた。噴水の水がきらきらと散らばって、夜の深まりを告げている。
 男の言葉に、こちらも応える。
「俺が猫になるときには、人の言葉を覚えておくさ」
 月に照らされる白皙に、夜霧のような微笑。猫が来るのも頷ける。似ていると言われた俺も、きっと明日もくるだろうから。先を歩く、白い男の後ろを歩く。
 物好きめ、とどこからともなく聞こえた気がして振り返る。
ただ、この庭にあるのは、光がさらさらと降る音と、噴水の水つぶての音だけだ。誰もいなくて当然。何ともなしに思いついた声の主は、藪に入ったきりなのだから。猫であらざるを得ず、それを厭うた、男の友人は。

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