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読み飛ばしても、良いかも・・・。
ドラゴンの尖兵・大太刀使いのウルバ


鮮血が頬を使う感触が、全身を粟立たせるのを感じる。

そろそろ死ぬか?

まだ死に対して現実感の伴わない今ならば、それほど恐れずに逝けるんじゃないか?

それにしても、ファネルだっけ?阿呆かっつの。
シャルルの話だと一人で200人以上切り殺してるらしい。
人間じゃねぇだろそれ、絶対。
ゴランの六の団、ほとんど壊滅じゃねぇのかそれ?
阿呆みてぇ。

会った事もねぇけど、テメェ死んでんじゃねぇよ。
なんで俺がこんな事になってんだよカッコワリィ。テメェがやれよな、早々に死にやがってちくしょう。

てめぇみたいな人外と違ってこっちゃあ限界があるんだっつの。

それでも頑張っただろ俺。

何人?

ここまでで30人くらいか?

バラックの坊ちゃんやるじゃねぇか。ちゃんと誘導出来てるよ。

あぁ、つか名前なんだっけ?

バルガ?

まだ殺してねぇよな?どこだ?

まぁ、良いか。

それよりもさ。


「よう、助けに来たぜ?――― フリル。」











ユジンがボルドへ向けて出発してからというもの、バラックは始終そわそわとして落ち着く事が出来なかった。
認めるのは悔しいが、あの老宰相が陰となり日向となり支えてくれる事に、いつもの自分がかなり依存している事は疑いようの無い事実だった。

「はぁ・・・。」

せかせかと部屋の中を歩き回っては、自分の態度が威厳の欠片もないものになっている事に気付いてため息をつく。
落ち着こうと思って酒のグラスに手を伸ばし、はたと気付いた、これでもう何杯目になる?

「くそっ。」

こんな所もユジンにおんぶにだっこか・・・。
体の管理くらい自分で出来ると言っておきながら、小言を言われなくてはいつもの倍以上のペースで飲んでいる。

周りの者はわかっているのだ。こういう自分の幼さを。

きっと行動のいたる所に青臭さが漂っているに違いない。
それが分かっていても尚、自らの行いを正す事が出来ない自分が不甲斐ない。

「はぁ・・・。」

今日、何度目になるかもわからないため息を一つ盛大につくと、結局手に取ったグラスを下ろす事も出来ずにあおり、バラックは深々とソファーにその身を沈めた。

「・・・ユジンは、そろそろボルドにつく頃だろうか。」

ユジンがダグラスを離れてもう一週間になる。道中で何か不測の事態でも起きない限り、既にダグラス領は抜けている事だろう。

ユジンの安否を思うバラックは、目を閉じながら、ユジンにダグラス行きを命じたときの光景を思い返していた。

自分としては熟考の末の決断のつもりだった。
きっとユジンには反対されるだろうと覚悟はしていたものの、目に浮かぶのはユジンのなんとも表現しがたい複雑な表情。覚悟を肩透かしされたような、そんな気分にさせられた。
いつも通り理路整然と自分に意見はしてくれたものの、何を考えてか、結局ユジンは大した文句もいわずに自分の決断にしたがってボルドへと旅だって行った。

あの老宰相は何を思って自分の意見に従ってくれたのか。

自分の意見が通ったら通ったで、バラックは何とも言えぬ不安な気分にさせられていた。

「卑屈になりすぎだな・・・。」

そうつぶやくと、バラックは頭を振ってやおら立ち上がり目の前の机においてあったベルを鳴らした。
すぐさま部屋のドアが開き、年老いた王付きの侍女が顔を覗かせた。

「フリル殿付きの者達から、何か報告は上がっているか?」

バラックは出来るだけ平静を保つように自分に言い聞かせながら、侍女にそう尋ねた。

「はい。フリル様、シャルル様共におくつろぎ頂けているようです。先日殿下がお贈りになられた花もお部屋に飾っておられたと聞いております。」

「そうか。」

「何かまたお贈りになられますか?」

「いや・・・。」

「・・・?」

バラックはにこやかに佇む年老いた侍女に、柄にも無くいらついた。
そうではない、聞きたいのはそんな事ではないのだ。
ここ数日というもの、自分を落ち着かせない原因の一つについて、バラックは侍女から聞きだしたくて堪らなかった。
別に、自分が指示した事なのだから聞いてもなんら問題は無いはずだったが、フリルへの想いを自覚している身としては、なんとなくその行為が後ろめたいもののように思えて仕方がなかった。

「・・・もう下がって良い。」

そう告げて、不思議な顔をする侍女が、しかし何も疑問を口にする事無く静かに退室すると、バラックは改めて盛大にため息をついた。

ウルバというあの男、相当な使い手ではあるらしい。
フリルとシャルルに護衛をつけよと、ダグラスで一番の剣の使い手をつけよと命じたのは自分だ。今更その事を取り消すつもりは毛頭無い。

しかしバラックにはどうも、そのウルバという男の軽薄な態度が気に入らなかった。
その思いの中に、浅はかな嫉妬がいくばくか含まれている事は否定のしようが無い事実で、それでも王という柵に捕らわれている自分にはどうしようも無いもののように思えた。

こんな時にユジンがいたら。

そう思うたびにバラックはまた始めの回想へと立ち戻っていく。

ここ数日というもの、バラックは夜が長く感じられて仕方が無かった。







「よーフリル!元気か?」

私が嫌いな、不必要に大きな声をあげて部屋に入ってくる若い男に、私は盛大に眉をひそめてやった。
その男は私の表情に一瞬遅れて気が付くと、これもまたわざとらしく目線を上に上げてヤレヤレといった様子で肩をすくめて見せた。

「なんだよ、シャルルはいっつも魔物みたいな表情してんだな。一度教会に行って悪魔祓いでもして貰ったらどうだ?」

「悪魔がついているとしたら、それは目の前にいる失礼な男の事だと思うわ。大きな声出さないでって何度も言ってるでしょう。フリルが怖がるわ。」

そうつっけんどんに言い返してやると、その男はニヤニヤと下卑た笑いを表情に浮かべながらフリルの方を見つめた。

「そんな事ねぇよなフリル?」

「は、はぃ・・・。」

突然話の矛先が自分に向いて驚いたのか、少し怯えたようにして下を向くフリルは、膝の上で手を固く握っている。その様子は明らかに怯えているように見えた。

「あんたの目はどこについてんのよ。どう見たってフリルはあんたの事怖がってるでしょうが。バラック様じきじきに指名しての護衛だから仕方なく側にいる事を許可しているけどね、本当だったらあんたなんかすぐにでも解雇してやりたい所だわ。」

「なんだよおい。嫌われたもんだな?まだ会ってから3日と経ってないんだぜ?俺の事をシャルル嬢に理解してもらえる程、濃密な時間を過ごした覚えはないんだけどな。」

そう言ってその男は、やはりニヤニヤとした表情のまま今迄立ち尽くしていたドアの側を離れ、フリルが座っていた大きめのソファの空いている部分にドカッと音を立てながら豪快に腰掛けた。

「そういう失礼な態度が嫌いだって言ってんのよ。勝手にフリルの側に座らないでくれない?あんた護衛が役目でしょう?客人に対して失礼がすぎるんじゃなくて?」

「客人?馬鹿言うな。捕虜の間違いだろ?護衛を"してやってる"んだよ俺は。」

ムカッときた。

「随分な言い草じゃない?捕虜なんて。あんた牢屋の看守にでもなったつもり?まぁその職業に関しては下品で学の無さそうなあんたにお似合いだとは思うけどね。」

「あの・・・シャルルさん。私は大丈夫ですから・・・。」

フリルが私とその男との罵り合いを見かねたのか、おずおずと言った様子で声をあげた。

「ほらみろ、フリルもこう言ってるじゃないか。冗談だよ冗談。そうカリカリすんなよなシャルル。」

「フリルは気を仕える良い子なのよ。アンタと違ってね。例え嫌いな相手だとしてもあんたみたいに下品な態度で嫌がらせなんかしてこないの。」

「嫌ってる?誰が、誰を?」

「私達がアンタを、と、アンタが私達を。」

そう言うとその男は大袈裟な態度で天を仰ぎ、盛大なため息をついてみせた。

「馬鹿言うなよ。百歩譲ってそっちが俺を嫌っているのは認めたとしても、どうして俺があんたたちを嫌うなんて事ができるんだ?大事な護衛対象だぜ?しかも二人ともとびきりの美人ときたもんだ。まだまだ日は浅いが、ここに足を運ぶのが楽しみで仕方ないんだぜ?」

「ダグラスの銀竜騎士団において三位の席に付き、実力は折紙つき。本来ならばバッカス様の直属親衛隊の隊長を任されても良い様な地位なのに、回ってきたのはどこの馬の骨ともわからない小娘二人の護衛。素行不良で上に目をつけられて腐っているところに与えられたツマラナイ押し付け任務。いやねぇ、自分の実力に自惚れて与えられた任務もろくにこなせないようなガキって。」

鼻で笑いながら昨日の晩に侍女たちから聞きだした情報を羅列して言い放ってやると、その男は一瞬で今までのにやけた表情を引っ込めて、怒気を含んだ鋭い視線を叩きつけてきた。ざまぁみろ、と思う。

「てめぇ誰のこと喋ってんだ?調子に乗るのも大概にしろよ踊り子風情が。殿下に客人扱いされてるからって、そもそもてめぇは俺なんかとは口を聞くのも不可能なほどに身分がちげぇんだよ。勘違いしてる痛々しい自分に気付けよ。」

「あの!!」

フリルが突然大声をあげてソファーからその身を起こした。

「あ、あの・・・。ウ、ウルバさん・・・。あなたが護衛についてくださる事、とても感謝しています・・・。バッカス様が私達に護衛をつける時に、ダグラス一腕の立つ者をつけるように言葉添えしてくださったと聞きました・・・。ウルバさんみたいな凄い方が、私みたいな怪しい人物を護衛しなければならないなんて本当は嫌なんでしょうけど・・・。でも・・・、その・・・。」

そこまで言ってフリルは言葉を繋げなくなったように俯いてしまった。
特に何を言いたいわけでもなかったのだろう。
私とその男、ウルバと呼ばれたその男が罵倒しあう事が純粋に耐えられないようだった。

「あ、あの・・・。」

フリルは懸命に繋げる言葉を探しているようで、右に左にとせわしなく視線を動かしながら慌てふためいている。
ウルバはその様子をポカンとした様子で眺めていたが、やがて静かに目を閉じて大袈裟なため息をついた。

「はぁ・・・。馬鹿馬鹿しい・・・。おい、シャルル。お前がどう思っているか知らないがな。別に俺は今回の任務を不満に思ってるわけじゃねーよ。何がお前を怒らせてるかしらねーけどな、俺の態度がきにくわないってんなら諦めろ。こりゃー生まれつきだ。あと、おい、フリル嬢。」

「は、はいっ。」

突然名前を呼ばれてフリルは体をびくつかせながら上ずった返事をした。
変な声になったと思ったのか、返事の直後に顔を僅かに赤く染めている。

「・・・悪かったな。別に怖がらせるつもりでお前に気安く声かけたつもりじゃねーんだけどな・・・。どうもそこの怖いお姉ちゃんにはそう映ったらしい。もしお前もそう感じてるんなら、謝るわ。」

「・・・いえ。私はそんな事思っていませんし、シャルルさんも同じです。」

フリルはウルバの言葉を受けて、微笑みながら穏やかに答えた。
少し首を傾げたその仕草はとても可憐で、肩から流れるように垂れる髪がサラサラと音でも立てそうな様子で揺れる様は、女の私からみてもとても魅力的なもののように思えた。

「どうだかな・・・、廊下で警備に立ってる。何かあったら声掛けてくれ。」

フリルに一瞬見惚れるような表情をしたウルバは、脇に置いていた身の丈ほどもある細い大太刀を小脇に抱えると、入ってきたときとは対照的にそそくさとした態度で、逃げ出すようにして部屋から出ていった。

それを見送るとフリルにしては珍しく、少し怒ったような顔をして私に口を開いた。

「シャルルさん、どうしてウルバさんと喧嘩しちゃうんですか?」

私は舌を出して降参のポーズで固まる。その様子を見てフリルが呆れたように小さく息を吐いた。

「初対面から二人してず~っと喧嘩ばっかり。一緒にいる私まで息が詰まっちゃいそうです。シャルルさんはウルバさんの何がそんなに気に喰わないんですか?」

「う~ん・・・。何がって言われてもねぇ・・・。」

「理由も無いのに嫌いなんですか?」

「別に嫌いって程じゃ・・・、いやぁ、嫌いなのかしらねぇ・・・。」

フリルの珍しく強気な態度に私がしどろもどろで答えていると、フリルはまた小さな子どもを叱るような目つきで私の事を見つめてきた。

「ウルバさんだって自分から望んで護衛の任務についてくれてるわけじゃないんです。シャルルさんがそんな当たり前の事をわかってないはずないじゃないですか・・・。確かに私の態度もよくなかったと思います・・・。声が大きいのって・・・、少し苦手ですから。・・・でも、私はウルバさんは良い人だと思いますよ?馴れなれしい態度ってシャルルさんは言ってましたけど、私には気を使わないように気さくに声を掛けてくれているように映りますし。」

フリル、それは良く言い過ぎよ。と喉まで出掛かって危うく堪えた。
珍しくフリルが饒舌になっているのだ。余計な事を言ってこれ以上怒らせたくはないし、何より珍しいので遮るのもおしいきがする。

「私は、折角護衛について頂けるなら気兼ねの無い関係になれれば一番だと思います。少なくとも今私はウルバさんに嫌な感覚は抱いていませんし、変に気を使わなきゃいけないって意識もありません。それもウルバさんが一貫して気さくに声を掛けてくださっているからだと思います。私、臆病で根性無しだから初対面の人とあんまり上手く話が出来ないけど、ウルバさんはそんな事気にせず話かけてくれました。会ってからまだ三日しか経っていないけど、なんだかもっと前から知り合いだったような錯覚すらするんです。」

確かにフリルにしては珍しく、ウルバに対して彼女はあまり警戒心も見せずに初めから自然な態度を見せている。
素直に声が大きい事に怖がる様子も、それを我慢してしまうほど気を使っていない事の証拠だろう。

「んーそうねぇ・・・。まぁ私の態度も子どもっぽいものだったとは思うわ。だけどねぇ・・・。」

「だけど?」

だけど、初めて会った時のウルバの態度が未だに私にとっては許しがたいものだったのだ。
よりによってあの男。フリルの事を口説きにかかった。
いきなり顎に手をかけて顔をフリルに急接近させ口説きに入るものだから、思わずその頭を側頭部から引っ叩いてしまったのだ。
当のフリルはというと、よく現状が把握できていなかったのか、ポカンとした表情に終始していたが、その時一緒にいたバラック殿下は、よくみたら剣の柄に手をかけていた。
考えて見れば王直々に一刀両断にされていたかもしれないのだ、感謝されこそすれ、いちいち嫌な態度を取られるなんてたまったものではない。

「ん・・・。まぁ、良いわ。わかったわよ、私も悪かった。」

そうフリルに言うと、フリルは一瞬にしてにこやかな表情になった。
まるで雲が晴れて太陽が顔を出したみたいね。
私にとってはフリルのこの表情の変化の豊かさが最近の楽しみの一つでもあった。
とにかく感情が素直に顔に出る子なのだ。
その髪に直接触れるとまるで自分のものの様にフリルの感情が流れ込んでくるが、それがなくてもフリルの心の内を読むのはたやすい事だった。
感情が隠せないのはフリルの性格ゆえなのか、それともドラゴンの特性なのか。
どっちみち、ウルバみたいな人物を簡単に信用してしまう事同様、人との騙し合いには到底不向きなように思える。

「後で、ウルバさんと一緒に食事をしませんか?」

そう微笑むフリルに笑顔で頷きながら、その食事の席でまた喧嘩にならないようにしようと、私は密かに決意を固めた。










「食事?いやまずいだろ。そんな事許可されてねぇし。」

そう目の前の青い髪の少女に言い放つと(まぁ少女といっても大して歳も離れていないだろうけど)見るからに残念そうな、なんとも言えない表情をされた。

どう思われているかは知らないが、さすがに任務中に護衛対象と食事を楽しむなんて軽率な行動はまずい。
浅はかな行動をするやつと認識されているとしたら声を大にして異論を唱えたいところだ。

「そう落ち込んだ顔をするなよ。そもそも俺の役目はお前らの食事中や睡眠中に安全を確保することだろう?その俺が一緒に食事に興じてたんじゃ世話ないわな。食事の毒見ぐらいだったらいくらでもしてやるけど、帯刀もせずにのんびり飯を食ってて緊急事態がおきました対応できませんでしたなんて冗談じゃねぇよ。」

「そうですよね・・・。」

俺の言葉を受けて、フリルは目に見えてシュンと落ち込んでしまった。
そういう反応はまずい。苦手だ。
内心では相当焦りながらなんとか、なんとかフリルのご機嫌を取り繕おうと躍起になって言葉を紡いだ。

「にしても何でいきなり食事なんだよ。話したい事があるならいつだって聞いてやるぜ?それともなんか別の理由があるのか?」

「いえ・・・、ただ仲良くできたらなぁって・・・。」

あぁこいつ、さっきのシャルルと俺の口喧嘩を気にしてんのか、と遅ればせながら頭にフリルの行動の理由が浮かんだ。
律儀な奴だと、思わず苦笑がもれそうになってしまった。
確かにさっきはシャルルのトゲトゲしい反応にカチンときてしまったが、あの程度の罵倒なら、軍所属の自分にとってそう珍しいものでもない。いつまでも引きずっているほど重大な事件というわけではなかった。大方、シャルルにしたって似たようなもんだろう。
育ちが良いんだろうかコイツ?そう思って目の前のフリルを眺めると、なんとなくからかってやりたくなってきた。

「おいおい、仲が悪いのか今?へこむなー。俺はこんなにフリル嬢が好きだってのに・・・。フリル嬢はまだまだ心を開いてくれていないんだな・・・。」

「や、そ、そんな事ないです!」

フリルは慌てたようにそう言って手を左右にブンブンと振る。

「一目みた瞬間からフリル嬢の美しさに心奪われちゃったんだぜ俺は・・・。なのにフリル嬢ときたら・・・、未だに食事もろくに出来ないほどの仲としか認識してくれていない・・・。」

「あ、あの!え、えと!」

好きだの美しいだの、手放しに褒められた事に対してなのか、それとも親しく思っていないという事を否定したいからなのか、とにかくフリルは耳まで真っ赤になりながら「うー」だの「あー」だのうめき声をもらしている。

「ショックだ・・・、ショックだわぁ・・・。会話の節々に宿るフリル嬢の優しさに、君を護衛できる事の幸せを噛み締めながら歩哨にたっていたってーのに・・・。」

「あ、あ・・・。うあ、そ、そのっ・・・。」

「良いんだ・・・。どうせ俺なんて軽薄で軽率で、フリル嬢の友人認定を受けるには生まれなおしてくるしか方法が残されていないような男だもんな・・・。」

「そ、そんなことっ!」

「気を使わないでくれフリル嬢・・・。君の優しさが・・・、今は心に響く・・・。」

「き、気を使ってなんかいませんよ!本当です!」

「よしてくれ・・・。気休めの優しさなんて、辛いだけさ・・・。」

「き、気休めなんかじゃありません!私はウルバさんの事を信頼しています!」

「たった三日でかい?」

「う・・・。」

時間の経過は圧倒的な力を持つ。信頼を勝ち得る事にも、感動や信仰が薄らぐにも、負った傷を癒す事にも。
三日という言葉がある種キーワードにでもなっているかのようにして、フリルはたった一言で言葉が喉につっかえたような反応をみせた。

「ほら・・・、それが君の本音さ。言葉ではいくらでも信頼なんて示せるのさ。」

「そ、それは・・・。」

「あぁ、いや、誤解しないでくれ。フリル嬢の事を卑下した訳ではないんだ。・・・それが人としての当たり前の反応なんだよ。三日という短い時間の中で、人の信頼を勝ち得る事は非常に困難だ・・・。」

「で、でも・・・。」

「ただ・・・。」

「え・・・?」

「ただ、たった三日でも人が信頼を勝ち得る事が出来る方法を、一つだけ俺は知っている。」

「そ、それは一体どういった方法なんですか!?」

息を呑む、という表現がぴったり当てはまるような反応で、フリルは面白いくらい素直にこちらの話に食い付いてきた。正直、わかってやってんのかと突っ込みたくなるような反応だ。

「・・・君には到底無理さ。この行いをするにはとても強い覚悟と、相手を信じようとする揺ぎ無い意思が必要になる。」

「わ、私、覚悟ならあります!」

フリルはフンフンと音のしそうな勢いで息巻き、決死の表情でもってこちらに詰め寄り始めた。
・・・正直ここまで気合が入るとは予想していなかったので、こちらの方が若干引きかけるがなんとか踏みとどまる。こんな真剣な展開を望んだわけではなかったんだが・・・。
そう、「えー?やっだーウルバさんてばぁ~☆」くらいのポジションを狙いにいくつもりだったのに・・・。

わかった、もういいや、・・・襲おう。

「そうか・・・それ程の強い決意でいるんだな・・・。」

「はい!」

「では、今夜、夜10時頃に僕の部屋にキタマヘ。ソコデ大人が如何にしてお互いの信頼を勝ち得るのか、その方法について君に伝授したいと思う。あ、クレグレモ一人デ来ルヨウニ。」

「え・・・?・・・。は、はい!」

一瞬逡巡したような表情を浮かべたフリルではあったが、ちょろい。
心に浮かびかけた疑惑を、わざわざ自ら振り払ったようにして再び決然とした表情をその顔に浮かべた。

「場所ハ、ワカルカネ?」

そう言いながら、フリルの目の前に紙切れをひらつかせて、自分の部屋への道順を書こうとしたその矢先だった。

「おい、クズ。」

背中に投げつけられた言葉は、標高の高いダグラスにあって尚その冷たさが身に染みるほどの冷徹さをその中に含んでいる。

「ちぃ・・・。」

ギギギ、と回したくもない首を、砕けよとばかりの圧力で持って両側からしめつけられ回されたその先には、悪鬼のごとき形相で持ってこちらを睨みつけてくるシャルルの姿があった。

「なにを・・・、してんのかしらぁ?」

無理に唇の端を釣り上げらせたらしいその表情は、はっきり言って死神にしか見えない。
咄嗟に死を覚悟した。

「い、いや・・・。フリル嬢が・・・、俺と仲良くしたいっていうもんだから・・・。」

「ふーん、仲良く、深夜の男の部屋で、なにをするって?」

「やだ・・・、シャルル嬢ったら下品なんだから・・・。」

「死を持って詫びろ。」

お前踊り子とか嘘だろ。と胸中で絶叫しながら、俺はシャルルの繰り出した光速の鉄拳を顔面へ受けた勢いで地面へと崩れ落ちた。

「い、いて、いてえええ!な、なにすんだよっ!?」

「何するんだじゃないわよ!あんたフリルに何を吹き込もうとしてんのよっ!!」

シャルルがその額に血管を浮かび上がらせながら大声を上げる。耳をつんざかれるかと思うほどの高い金切り声に、頭を打ち抜かれてグワングワンと視界が揺さぶられた。

「ちょっ、お、おい、大声だすなよな!?う、うるせえ!」

「どの口がそういう事いうわけっ!?あんたフリルの素直さにつけこんでこの子慰み者にしようとしたでしょう!?」

「げ、ちょ・・・!」

フリルは一瞬シャルルの言葉の意味がわからなかったようで、ポカーンと口を開けて呆けた表情をしたが、しばらくしてボンと音のしそうな勢いで首まで真っ赤になった。

「お、おま・・・、冗談に決まってんだろ!」

「どうかしらねぇ・・・?フリル、こっちへおいで、害虫の側にいると病気がうつるわ。」

シャルルの呼びかけに、顔を真っ赤にしたままのフリルは素直に従って、その背中へとサササッと隠れてしまう。

「お、おい、フリル嬢・・・?」

「・・・知りません。」

先程までの素直な態度はどこへやら、真っ赤な顔のフリルは唇を盛大に尖らせてプイッと横を向いてしまった。

「おいおいおいぃ?冗談だぜフリル嬢?今の、まじで冗談なんだぜ?」

「これ以上話かけないでくれないかしら、この人畜有害奇天烈野郎。フリルの純真な魂がダークサイドに堕ちてしまうわ。」

「て、てめぇシャルル・・・。」

「フリル、わかったでしょう?私がこの寄生虫を訳も無く敬遠していたわけじゃないってことが。」

「・・・はい。」

「寄生虫とか認めちゃうわけフリル嬢!?」

「ウルバさんがそういう事考える人だとは思っていませんでしたから!」

フリルは真っ赤な顔のまま、ギュッと目をつぶって盛大にアッカンベーをかましてくる。

「ば・・・、おま・・・、無茶な事言うんじゃねぇよ!!可愛い女の子前にして一瞬たりともそういう事考えない男がこの世にいるもんか!甘い夢は捨てろ!」

「やっぱり冗談じゃないんじゃないですか!」

「な!?おま・・・、い、今のは、こ、言葉のあやだ!」

おかしい、さっきまでは完全にこちらがペースを握っていたはずなのに、いつのまにかフリルに発言を誘導される始末だ。
シャルルはというと勝ち誇った様子で満足げにこちらを見下してくるし、そのシャルルの背中に完全に顔を隠してしまったフリルには最早取り付くしまも無い。
なんとかせねばならん。このままでは、俺がただの下衆野郎と勘違いされてしまうではないか。

「いいかフリル?確かに今の会話の流れには少々強引なところもあったかもしれない。だがな?さっきも言ったが、可愛い女の子と少しでも親密な関係になりたいと思うのは世の男のサガというもんだ。例え、その場で何をするつもりでなくともだ。」

「騙されちゃだめよフリル?虫の羽音は精神に重大なストレスを与えるわ。煩わしい音を聞く前に耳を塞いでおしまいなさい。」

「虫って・・・。ま、まぁ良い。そ、それよりもだ、つまりだな、俺が言いたいのは、フリル嬢の事をすくなからず淡い気持ちで見てしまうのはだな、それだけ君の美しさに心引かれているからなんだぜ?君がとても女性的で素晴らしいという事の証明だ。恥ずかしがったり軽蔑するなんてとんでもない!むしろ名誉に思っても良い事なんじゃないか?」

こちらの言葉を受けて、フリルは少し戸惑ったようにしてシャルルの顔を覗きこんだ。良いぞ。動揺しているらしい。このまま押せば―――

「うわ、なんて自分勝手な解釈。良い迷惑よこの勘違い野郎。あんたの自己中心的理論でスケベな目を向けられるなんて固くお断りだっての。なんでアンタのいやらしい目で見られる事が女のステータスになってる訳?馬鹿なの?ほんと、いっぺん死んできたら?あ、フリル、口を手で覆いなさい。同じ空気を吸っては駄目。」

――― ちくしょう!

「て、てめ・・・。い、いいか?世の中の男なんて皆そんなもんだ。俺が特別って訳じゃないんだぜ?そう、バラック殿下だってきっと同じだ!男なんてな・・・、男なんて・・・みんなスケベなんだよ!!」

「余がどうかしたのか?」

背後からかけられた声に、一瞬で冷や汗が体中から吹き出る感覚を味わった。
内心で「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!」と絶叫するものの、体はちぐはぐで凍ったように固まり、ピクリとも動かす事が叶わない。

やばい。

やばいやばいやばい・・・。

「あ、バラック殿下。ご機嫌麗しゅう。」

「やぁ、シャルル殿。フリル殿も元気そうで何より。で、余がどうしたというのだ、ウルバ。」

「・・・あ、そ、その。」

顎から一滴、汗がぽたりと床に落ちる。いまだシャルルに怒鳴りつけた時の姿勢のまま、顔の向きすら直せないでいた。

「殿下、この騎士殿がお答えできないようなので、私めが代わりにお答えいたしましょう。あのですね・・・。」

「やめろおおおおお!!!」と、呪縛から解き放たれたように体のコントロールを取り戻した俺は、絶叫しながらシャルルの口をふさぎに飛び掛った。

瞬間、一閃、動揺していつ抜いたのかも把握出来なかったバラックの剣先が喉下へとぴたりと据えられた。

「どうしたのかなウルバ?彼女らは私の大切な客人だ。礼を失するのであれば、それ相応の処罰というものをお前に与えなくてはならん。」

「で、殿下・・・。あ、あの、剣・・・あぶない、ですよ?」

「危ないのはあんたの頭の中身よ。」

てめぇこらシャルル黙ってろ!と叫びたい衝動を必死に抑え、無理やりに引きつった笑顔を顔面に固定する。

「シャ、シャルル嬢。何か誤解があるようだ。僕らは今、護衛する者と護衛される者との確かな絆を築く方向性を探る話をしていたんじゃないかね?」

「護衛?なんかさっき、どっかの誰かが私達の事を捕虜だとかなんとか・・・。」

「シャ、シャルルさん。貴女程素晴らしい女性を俺は見た事が無い。君の背中に何故か隠れてしまっているフリル嬢にしてもそうだ。どうだろう、ここは一つ、城下の超がつく高級レストランで手を打たないかい?」

喉下に突き立てられる剣の冷たさに冷や汗を流しながらシャルルに許しを請うが、シャルルは心底意地の悪そうな笑みを浮かべて「シャルル様、ではなくて?」と言い放ちやがった。
正直、後で引っ叩いてやろうと思う。女だからとて容赦するものか。うん。

「シャルル殿、フリル殿。余の臣下が無礼を働いた事、私から謝らせていただく。望みとあらば護衛の任務を他のものに任せるように取り計らうが・・・。」

バラックはそういうとため息をつきながら剣を鞘に収めた。

「あら、ですってよフリル。どうしましょうか?」

ちぃ・・・。まぁいい。正直、お前らの護衛などこちらから願い下げだ。王城内の庭園の草むしりでもしていたほうがまだ気分も晴れるだろう。はいと言え、はいと。

そう思いつつフリルの方にちらと目線を向けると、意外な事にフリルは少し戸惑ったような表情をして俺の事を見つめてきていた。

・・・なに?

なんでそこで悩むわけ?

「あ、あのバラック様・・・。」

「なにかなフリル殿?」

おずおずといった様子で、フリルは僅かにその身をシャルルの陰から出すと、俯きながら暫くモジモジとしてから、何事か決心したようにその顔を上げた。

「無礼など、とんでも御座いません。ウルバさんはよくやってくださっています。私は、護衛をウルバさんにして頂いてとても感謝しています。」

「あら?」と子首を傾げたのはシャルル。

「しかし・・・。」と渋い表情をしたのはバラック。

「はい?」と呆気に取られたのは、俺。

「先程ウルバさんを食事に誘ったんです。」

「む・・・?」

バラックが訳がわからないといった表情を浮かべる。
同感だった。
・・・何が言いたいんだ?

「私、ウルバさんがさっき仰った通り、折角護衛して下さるのなら仲良くなりたいと思っていました。だから、よく考えもせずに誘ってしまったんです。ウルバさんはバラック様からの命を受けて任務中だっていうのに・・・。」

「ふ・・・む。」

「でも、ウルバさんは真剣に私達の護衛の事を考えて下さっていました。怒りもせずに、私達の事を守らなければならない自分が不用意な行為はできないとやんわりと教えてくださったんです。」

「むぅ・・・。」

「それに・・・。」

そういって、バラックに向けていた視線を一瞬だけこちらにチラリと向け、フリルはすぐに照れたようにして下を向いた。

「何か話があるのならば、いつでも聞いてやるよって仰ってくださったんです。任務中なのに、周りを警戒しながら、話を聞いてくださるって・・・。」

「・・・。」

「フ、フリル嬢・・・。」

感動した!感動したよフリル嬢!!

君は・・・、君は本当に素晴らしい女性だ!!

俺は、俺は今決心した。

任務など、とんでもない。

与えられたものではなく、自らの意思として君を守り通す事を今声高らかにドラゴンに誓おう!

そう、この命尽き果てよう―――「でも、会話に夢中でバラック殿下の接近に全然気付いてなかったわよね」―――台無しだよシャルルてめぇ!!!!

確かに、とバラックは力強く頷いて見せた。

フリルもハッとしたように目を大きく開き、困ったような表情になってしまう。
「あ・・・で、でも・・・うーん。」と頭を抱えてしまうフリル。

オウケィ。フリル嬢、君の事は全力で守ろう。てめぇこらシャルル、覚えとけよ!てめぇなんざ知ったこっちゃねぇからな!

と内心で叫びながらも、俺は冷や汗を流しながら苦笑いするしか出来なかった。





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