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ドラゴンの始祖・Unknown③



月明かりに照らされた薄暗い部屋に私が戻ってくると、ベッドの上に腰掛けどこか儚げな様子で、クルトが月を眺めていた。

「おかえりなさいませ、始祖様。」

そう言って私の方へ静かに視線を向けたクルトの顔はとても静かな印象で、心の内が読み取れないようなものだった。

「・・・ただいま。起こしちゃったかしら?」

私がそう聞くとクルトは僅かに首を左右に振って俯いた。

「寝つけませんでしたから。寝たふりをしていました。」

「・・・そう。」

彼女も、今日の話が気になって仕方が無いのだろう。

ダグラスからの召集。

平和な、世間の慌しい時間の流れから隔絶された森の奥での生活には少々刺激が強すぎる話だったかもしれない。

「ホッジスが来ていたの。少し、話をしたわ。」

「ええ、窓からホッジス様がいらっしゃるのが見えましたから。」

クルトは私から目線をはずし、静かに体を横たえると少しけだるそうに呻いて眉をひそめた。

「具合が悪いの?」

「少しだけ・・・。ホッジス様には申し訳ないのですけれど。」

昔から、クルトはホッジスが近づくとそれまでの体調が嘘のように悪化する事が多い。

「ごめんなさいねクルト。」

「なんで、始祖様が謝るんですか。」

「・・・さぁ。」

頭の中に、クルトがホッジスと初めて相対した時の様子が鮮明に思い出される。悲鳴がこだまして、誰かの倒れる音が聞こえる。怒号が飛び交って、ドラゴンが苦しげに呻く声がする。
私は一瞬鋭い頭痛に襲われて頭に手を当てた。

「始祖様・・・?」

私の様子に違和感を感じたのか、クルトが不思議そうな目で私の顔を覗きこんでくる。
そのクルトに微笑んで「大丈夫よ」と答えてから、私もクルトと同じように粗末なベッドに腰を下ろした。

「始祖様、ホッジス様はどのようなご用件で?」

「・・・あぁ、・・・今日貴方達に話した事に関係していた話だった。」

そう告げるとクルトが身を固くして僅かに息を呑む様子が伝わってくる。
月明かりに照らされたその顔が、一層蒼くなったようにも見えた。

「ゴランに、ドラゴンがついたらしいの。」

「そんなっ・・・。何故・・・。」

「・・・。」

ホッジスからその話を聞いた私もかなり動揺をした。いくら弟子達の中で一番のしっかり者だといっても、まだあどけなさすら残るクルトにとっては理解できない話であるに違いない。

「・・・ダグラスが、術者を含んだ部隊を編成し始めているみたいでね。何匹かのドラゴンがそれにだいぶ怒っているみたいなのよ。」

「そんな・・・。」

ダグラスの行動は明らかにドラゴンとの契約に違反している。
私が系統立てた多くの魔法はその大部分がドラゴンから学んで、人にも扱えるように言葉を媒介としてアレンジを加えたものだ。

魔法を教えて貰うにあたって彼らに約束した事がある。
生命をおびやかさないこと、生き物の構造を変化させない事など、その内容は多岐に渡ったが、どの項目にも一貫して言える事は「悪意をもって使用しないこと」。

この大前提の部分に、ダグラスの行動は違反してしまっていた。
私がダグラスの召集命令に対して躊躇した理由であるこのドラゴンとの契約違反は、予想どうり最悪の事態を引き起こしかけている。

「彼らが向こうについたといっても、すぐさま私達に対して事を起こすわけではないはずよ。彼らはゴランの支配下に入ったわけじゃないでしょうし。」

「でも・・・、もし本当に戦争に魔法が使われたら・・・。」

「そうね・・・。彼らがどういった行動に出るかはわからないけど・・・。でも、そう怖がらなくても大丈夫よ。心優しいドラゴンのすることですもの。」

怯えるクルトを安心させるように微笑み掛けてやる。
クルトは蒼白になった顔のまま俯き、口を一文字に結んで何事か考えているようだった。

正直な話、事態はそう楽観視できるものではないというのが私の見解ではあった。
ホッジスは隠しているようだったが、私は先ほどのホッジスとの会話の中で、確かに成長痕がその体に増えている事に気がついていた。

使ったのは恐らく念話の類だろう。コルコロイド中のドラゴンにでも呼びかけたに違いない。

それだけ多くのドラゴンに物議をかもす程に、彼らの中でダグラスの行動は問題視されているのだ。

ホッジスが北からやってきたのは、念話では埒が明かない状況にまで危機感が高まっているからだ。おおかたゴランまで、他のドラゴンを説得しに行っていたのだろう。

単純に魔法を戦争に使わせないようにするならば、人の記憶ごと魔法の存在など消し去ってしまえば良い。
そうぜずにドラゴン達がダグラスに敵対するように位置どったのは、見せしめとして私達に制裁を加えるためではないかと私は予想していた。

「始祖様・・・。」

考え事をやめ、クルトの方に目を向けると不安そうに揺れる瞳で私の方を見つめてきていた。

「大丈夫よクルト。」

きっと大丈夫。私が何とかしてみせるから。

「私に任せておきなさい。」

そう言って微笑むと、クルトもようやく少しだけ笑顔を見せてくれた。







「久しぶりに、みんなでピクニックをしましょう!」

翌朝になって笑顔でそう告げると、弟子達は一様に口をぽかんとあけてポカンとした表情で固まった。

「あの・・・、始祖様・・・?」

ヨーンが訳がわからないといった表情で何事かと聞いて雇用としたが、私はそれには取り合わずブッチに顔を向けた。

目が合った瞬間にブッチはビクーン!と体を跳ね上げたが、そこはさすがに大人なブッチである。すぐさま慌てた態度を引っ込めて居住まいを正してくれた。

「ブッチ。急で悪いんだけど、6人分のお弁当を用意できるかしら?」

「は?あぁ・・・、うーん、そうですねぇ、昨日始祖様がお土産に買ってきてくれたパンがありますし、干し肉もまだありますから。なんとかなるとは思いますけど。」

「そう、じゃぁよろしくお願いするわ。ヴァンス。あなたはブンパを持っていってよ。いくつかリクエストしたい曲もあるしね。」

「はぁ・・・。構いませんけど。」

「ノワール。貴方が納屋に隠している上等のお酒がまだ余っているでしょう?あれ持って来てちょうだいよ。」

「・・・なぜそれを知っているんです。」

「ヨーン。久々にジャグリング見せてよ。クルクルまわすやつ。」

「クルクル・・・。始祖様、もうちょっと語彙を磨いた方が良いんじゃ。」

「うるさいわねぇ・・・。あぁそれと、クルト。」

クルトの方に向き直ると、弟子達と私のやり取りを見て微笑んでいたクルトがきょとんと子首を傾げる。

「はい。私も何か持って行きますか?」

「そうね、とりあえず貴方は笑顔さえ持って来てくれれば場が和むからそれで良いわ。」

「はぁ。」

クルトは少し残念そうに、困った顔をする。
魔法を除いて特に特技らしい特技も無いクルトにとっては、残念で仕方ないだろう。

「それよりも貴方にはいくつか運んで欲しい物があるのよ。これ、運んで欲しい物をメモしておいたわ。少し数が多いんだけど良いかしら?」

「ええ、構いませんけど。・・・?これ、何か術でも行うんですか?」

渡したメモに書かれた項目を見て、クルトが不思議そうな顔をした。

「そうね、私からのプレゼントってわけでもないけど。ちょっとした余興よ。弟子達ばっかり働かせるのも悪いでしょう?」

そう言って微笑むとクルトは私に微笑み返してから、他の弟子達と一緒に術の媒介とする道具をしまった部屋の方へと向かって行った。

少々の罪悪感など、捨ててしまおう。

ダグラスから兵士達が派遣されるまで後二日。

用意を整えるための時間も、躊躇して思い悩むだけの時間も、今の私には、とてもじゃないが足りない。

私の我侭が全てを引き起こした。

目を背けて良い道理があるか。

人一人、ドラゴン一匹たりとて、理から外れた死に方などさせはしない。

任せておきなさいホッジス。

私は、始祖よ?






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