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学校一のイケメンが授業中に告白してきた件

作者:瀬戸メグル
 あくびが爆発するような午後の授業、私は窓辺のせきで優雅に風をあおいでいた――
 ……なーんていうとお嬢様っぽいけど、極めて普通の女子高生です。

 竹川真優という名の地味子ですよ、ええ。
 真に優しいなんて書くけれど、実際は黒いところもいっぱいあります。
 チャームポイントは笑顔(自推)、ウィークポイントは慎ましい胸……(他認)。 
 別にまったく無いわけじゃない。そこそこは……ある。
 あるよ、うん、揉めるくらいはある。
 や、やっぱやめよう、胸の話は……。

 さて、私は風に髪の毛をゆらしながらチラリと視線を流した。
 隣の席の高橋君が遅弁している。
 っていうかあなた、昼も大盛りカツカレー食べてたよね?

 やっぱり野球部だからお腹減るのだろうか。
 私がせっかく正面よりは自信のある横顔を見せようとしているのに、食い気たっぷりで何か萎える。
 ふつう、うなじが見えそうな女の子がいたら目を向けない?
 悔しいので、色気をこめた流し目させてもらう。

「竹川……おまえ」

 おおうっ!? 
 私の色気に気づいちゃった? 

 高橋君は急にシリアスな顔になった思うと「……いいよ」とつぶやいて、卵焼きを差しだしてきた。
 いらねーーー!

「ちょっと、私がお腹すいてるように見えるの?」
「え、でも今、怨念めいた目を」
「色気ぇえ!」
「こらそこっ! 静かにしろ!」
「あ、あ、す、すいません」

 ほらー、先生に怒られちゃったじゃない。
 そして高橋君、すいませんって頭下げたついでにウインナー食べた。
 この人、まるで反省してないと思う。
 ふと、高橋君がしりめで私を捉える。

「竹川……おまえってさ、彼氏とかいんの?」
「急になに? いるように見える?」

 狐女ですが何か?

「いやさ、よく見りゃ結構可愛い顔してるしよ」
「よく見ないとブスなのね、殴るぞ?」
「そうネガティブにとるなよ」

 どっちかっていうと根暗だし仕方ないじゃん。
 煌めく星々のような美しい容姿もない、
 頭だって平々凡々、
 脚の長さはちょびっとだけ自慢したいけど、
 ヘソから上は自信なし。

 どっからどーみても普通。
 ザ・普通とか冠詞つけたいくらい。

「高橋君さ、知ってる? 女の子に彼氏の有無きくと気があるって思われるよ」
「あ、そうなの。でも俺彼女いるし」
「今なんて?」
「彼女いるよ、俺」 

 自慢するでもなく、ごく自然体に話す彼に私の歯がカチリと鳴る。
 高橋君って全然かっこよくないからね?
 坊主だし、顔はじゃがいもっぽいし。
 ……あ。
 なーるほど、そういうことねーっ!

「いや違うからな。二次元の彼女とかじゃねえから」
「三次元の彼女がいるんだ……」
「悪いかよ。高校二年なんだ、いてもおかしくないだろ。お前は作らないのかよ」

 あんなぁ~高橋? 
 作ろうと思って作れるなら、四時に帰宅してアニメ視聴なんてするかーっ。

「まぁ……欲しくなくはないよ。平和な人がいいけどね」
「ふーん、その内できるだろ」

 あ、こいつ流しやがった。

「自分から振ってきておいてそれはないと思うなー」
「だってさ、女ってイージーモードじゃん。男が彼女作るのと女が彼氏作るのだったら、女の方が楽だろ?」
「それは偏見でしょ! 女だって」
「うるせえっつってんだろうがぁ!」
「「すみませんでしたー!」」

 私と高橋君はそろって頭をさげるハメになってしまう。
 会話に夢中になってるとこういう事がよくあるから困る。
 現国の先生は体格の良い中年の教師。怒るとすごく怖い。

「しかしまー、お前ら仲良いよな。将来夫婦になってたりしそうだな。俺はこう見えて見る目ある」
「あはは……」

 先生って視力いくつだろう、深刻に眼科にいったほうが良いと思います。
 でもさすがに、もう騒ぐことはできないので教科書に視線を落としておく。

「じゃあ次の文を、天王寺読んでくれ」

 ざわり、と微かに教室の空気が浮ついた。
 女子が一斉に首をうごかしたのを私は見逃さなかったぞ。 
 廊下側にすわる生徒もとい王子、天王寺 ひかる
 芸能人ですら嫉妬するような中性的美少年だ。
 見た目だけでなく頭もよく、何より彼は――

「お前らよく聞いとけよー、売れっ子小説家様の朗読だぞー」

 そう、先生が言うように彼は十七歳にして年収数千万(推定)を稼ぐ小説家だったりする。
 もうね、彼はとにかくモテる。
 学校にファンクラブまで存在するくらい。
 ほとんどの女子は彼に好感を抱いていると思う。

 私?
 私は正直苦手。イケメンって何か緊張して疲れるし、何より年収数千万ってところが頭にくる。
 私が夏休みフルに使って稼いだバイト代は、あの人の一日分。
 そう思うと、やり切れない思いがあるのだ。
 天王寺君が、小説羅生門を読み始まる。

「昼食後の授業にも関わらず遅弁する高橋を、竹川は呆れた目で眺めていた。それに気づいた高橋が彼女に話しかけ、いつものように楽しげな会話が始まる。
 先生に注意されてもなお続くその光景に、激しい嫉妬の炎を燃やす男がいた」

 ……?
 教科書に書いてある文とまるで違うんですけど?
 っていうか高橋と竹川って……。

「天王寺は、なぜ彼女の隣に座るのが自分ではないのだろうと下唇を噛み、拳を震わせた。二人はつき合っているのだろうか? でもそういった情報を耳にしたことはない。きっと違うさ。そう自分に言い聞かせ、落ち着こうとしたところで、担任教諭から教科書を読むように指示された」

 ちょっと待って、これ本当になに?
 みんなも体を天王寺君に向けていたが、構わず彼は続ける。

「これはチャンスだ、と天王寺は感じた。この場を借りて想いを伝えてしまおう。鬱屈した日々を過ごすのはもうゴメンだと決意し、彼は教科書を置いた」

 天王寺君は自分の言葉に従うよう、教科書を机に伏せ、こちらに歩いてきた。
 ちょちょちょ、何か私の前で止まったんですけどー!?

「竹川真優さん。僕は、あなたのことが好きみたいです。つき合っていただけますか?」

 担任教師は口をぽかーとあけ、高橋君の口からはぽろっとウインナーがこぼれ、女子陣の顔は般若の面をかぶったようになり、そして私は――


◇◆◇


 キーンコーンカーンコーン
 放課後突入のチャイムが鳴ると同時に、私はカバンに高速で教科書を詰め込む。

 インポータントミッション開始! 
 誰にも声をかけられず、戦場がっこうを脱出せよ!

「竹川さん、今からいいかな」

 早くも失敗です!? 
 時の人、天王寺君からありがたくないお声がかかったのだ。

「ええっと……」
「さっきの、答えを聞かせて欲しいんだ。もう授業は終わったから」

 そうなのよ、私はさっき「今は授業中ですので……想いを伝える時間ではないと思います」なんて良い子ぶったセリフを吐いたというね。

 一刻も早く帰宅して月の王子様プリンセスでも見て心落ち着かせようと思ってたのに容赦ないわね天王寺光!

「え、ええ、そうですね……」
「じゃあ、ついてきてもらっていいかな」

 クラス中から好奇と殺意の目を向けられ、私は教室を出て行く。
 連れてこられたのは屋上だった。
 残念なことに私たち以外に人はいないようだ。

「さっきの授業中はごめん。つい昂揚してしまって、あんなことを。迷惑だったよね」
「いえ……ただ少し驚きました」

 本音いえば、果てしなく迷惑でした……。
 私は平穏な学園生活が過ごしたいのに、一斉に色んな人から目を付けられてしまったという……。

「竹川さんは、どうして僕に敬語を使うんだろう」
「それは、あんまり話したこともないですし」
「高橋君とは凄く楽しそうに会話してるよね」

 あの人はじゃがいも顔ですもの。
 見てても心拍数が一つも乱れないんですもの。
 とはいえ、上手く説明できないでいる私に天王寺君は少しムッとした様子だった。

「僕にも普通に話してよ。すごく距離を感じるんだ」
「……うん、わかった」

 ホッとしたのか天王寺君から笑顔がこぼれる。
 ちょっとだけ、可愛いと思わされてしまった。

「それで竹川さん……返事は」 

 ドキドキ、としているのだろう。天王寺君の緊張が伝わってくる。
 もちろん、私だって心臓が活発に動いている。

「――ごめんなさい、お付き合いできません」

 ガクッと天王寺君の首が折れる。

「はは……そう、か。理由を訊いても?」
「天王寺君は才能もあるし見た目もカッコいいと思う。でも私は全然あなたのことを知らないし、異性として好きって思ったこともないんだ」

 少し辛辣かもしれないけど、ハッキリ言った方がお互いのため。
 実は、もう一つ本音があるけどね。
 それは学校中の女子に恨まれたくないということ。
 この人の彼女になんてなったら、身がいくつあっても持たないもの。

 天王寺君はしばらく黙りこんじゃったけど、やがて溌剌とした表情で蒼穹を見あげる。

「うん、そうだよな。やっぱり竹川さんは僕が思った通りの人だ」
「どういう、意味?」
「顔だけで人を判断する女子とは違うってこと! 相手の内面もきちんとみる人だってわかって嬉しいよ」
「そ、そう」
「今すぐ彼氏は無理でも、友達くらいなら大丈夫かな?」 

 本当は断りたい。猛烈に断りたい。
 でもこの笑顔を前に、そこまでの勇気は持てなかった。
 私が許可すると、天王寺君はガッツポーズまで取って喜んでいた。

「あの、一応条件というか、周りにはちゃんと説明しておいてもらえると……」
「ああ任せてくれ。僕が盛大にフラれたって伝えとく」

 もうちょっとオブラートにつつめー。
 私が悪女になるじゃないかー!

 とにもかくにも、こうして私は天王寺光という平穏な学園生活を壊そうとする脅威を退けることに成功した――




 ――と思った翌日、彼はめちゃくちゃフレンドリーに接してきたじゃないですかー!

「ねえ竹川さん、これ読んでみてもらっていいかな」

 ドサッと置かれた単行本やら文庫本。
 ペンネームはすべて、天王寺光で統一されている点がミソね。

「これって、天王寺君の本だよね……」
「献本が何十冊もあってさ、邪魔でしょうがないんだ。受け取ってもらえると嬉しいっていうか」

 見方によっちゃ押しつけにもなるけど、この人の本はほとんどがベストセラーになっている。
 一冊千五百円とかするのもあるし、悪い気はしない。

「ありがとう……でも天王寺君ってペンネーム本名なんだ」

 普通、変えるって聞いたことあるんだよね。
 使っても名字か名前か、片方だけだったり。

「敢えて本名にしている。そうすることによって、恥ずかしい物を出せなくなるからね。くだらない物を書いたら自分にダメージがくるだろう? 嫌でも一冊一冊に魂を込める必要が出てくる。自分を奮いたたせるための、本名だよ」

 へえ……少し感心させられてしまった。
 そんな深く考えてたなんて。
 自分にプレッシャーを与え続け、常にベストパフォーマンスを尽くすってことよね。

「本屋にいくとわかるけど、凄い数の本があるよね? 負けないように、埋もれないように、輝けるようにしたい」
「何かすごいのね……。商業の世界で戦ってる人って感じ」
「いや、作家やスポーツ選手に限らず誰もがきっとそうなんだよ。人だって腐るほどいる。自分の代わりは、実はいくらでもいるんだ。少なくとも社会にとってはね。だからこそ、代えのきかない人物になる必要がある。僕はそう思うね」

 やばいちょっと天王寺かっこよく見えてきた……。
 これはアレか、いいところアピールで惚れさせようとしているのね。
 引っかかってたまるもんか。

「とりあえず、帰ったら読んでみるね。それじゃ」

 私は席を立ってそそくさと教室を出る。隣のクラスに緊急退避するくらいには女子の目が厳しかったので。

 その後も、私は天王寺君を避けて避けて避けまくった。
 だってこの人、休み時間の度に私のところにくるんですもの……。
 もうね、明らかにひきつった顔を向けたりしたんだけど、効果ゼロ。
 とんでもない強メンタルだよね。普通の人だったら離れてくよ?

「竹川さん、一緒に帰らない?」

 下校のお誘いきたー! 

「ええと、ごめんさい。今日は用事があって……」

 ない。本当は悲しいくらいにない。
 強いていうなら、アニメートにいってグッズ漁りでもすっかーくらいのもの。

「どんな用事?」
「まあその、アレかな、アレ」
「アレじゃわかんないなあ。あ、もしかしてアニメグッズでも買いにいくの?」

 ピキッと私のハートにひびが入った。
 私はそこそこオタクだが、その事実は学校ではひた隠しにしている。
 何となく、いい年してアニメが好きとか恥ずかしい感じがするからだ。
 制服の着こなしも無難。ムダ毛もゼロ。髪も枝毛なし。どこから私がアニオタだと推測できた?

 困惑する私に、天王寺君は邪気のない顔で告げる。

「ほら、竹川さんのバックについてるウサギのキーホルダー。あれってキルキルミルミル三巻の特典だよね」

 私の感情はめちゃくちゃ乱高下していた。
 まず、キルキルミルミルっていうのは不人気アニメのタイトルだ。
 そして三巻、これはDVDのことを指す。

 オタクを隠しているはずの私がアニメDVD特典のキーホルダーを付けていたのはワケがある。
 キルキルのDVDは、端的にいって爆死だったのだ。
 もうね、めちゃくちゃ売れなかったみたい。
 三巻なんて三百枚売れた程度、とネットの書き込みにあった。本当に人気なかったら信憑性は高いと思う。

 つまり、全国でこのキーホルダーを持っているのは三百人。
 日本の高校の数は、調べたところ約五千百校。
 簡単計算で十七校に一人いるかどうか。
 しかもこれはDVDを全部高校生が購入していた場合。
 実際は大人が購入するのが多いから、高校生でキーホルダーを持っている人は一桁だっているか怪しい。

 要するに、バレる確率は限りなくゼロに近かった。
 近かったはずなのに……。

「僕もさ、キルキル大好きなんだよね。DVD全巻持ってるよ。あれは本当に」
「あーあー、ええっと、今日はちょっと服でも買いにいこうかなーって」
「ついて行ってもいいかな? 荷物持ちするから」

 えぇ、この人顔に似合わずグイグイくるぅ……。
 でも断る適当な理由が捻り出せず、結局オーケーするハメに。

「やった!」

 こうして、私はまた女子陣のヘイトを買うのだった。


◇◆◇


 玄関口を出た私たちに待ち受けていた試練は、ヒソヒソ話でした。

「あれじゃね、天王寺君の彼女って?」
「あの人なんだ……」
「授業中に告白したんでしょ? 振られたって聞いたけどあれ嘘か」

 私は無名生徒だけど、天王寺君は違う。
 一流小説家ということで、全校集会などで何度も先生から紹介されている。
 知らない人はいないと見ていい。

 校長なんて、新入生誘致のパンフレットに『天才小説家を生み出した我が校の校風――それは心の自由!』とかワケわかんない文句書いてたほど、天王寺君にお熱だ。

 さー、ここは顔を下向けて一気に通過するのがセオ「皆さん聞いてください!」リー……なにしてんのよ天王寺ぃぃぃ。

「僕と竹川真優さんはそういう関係ではありません」

 ネーム。ねえそこ、フルネームが必要でした?
 かえって私の名を広めることになるじゃないの。

「僕は彼女に告白して、見事に爆死しました! ですので、お友達から始めさせてもらっているところです。全然お付き合いとかしてないので、誤解しないでください! 今日はただ一緒に買い物にいくだけです」

 おのれ天王寺いいい、これも作戦のうちか!
 こうやって外堀から埋めていくつもりだな。 

「竹川さん、これで一安心だね」

 グッと親指を立てる天王寺君に、私はかみつかせていただきますとも。

「あのね、そういう説明必要だったかな? いずれカップルになるの確定だと思われちゃうよね?」
「そうかな? でも何も言わなかったら、今カップルだと思われてたよ」
「まぁ、そうかも、しれないけど……」
「編集者によく言われる言葉―――読者は小学生だと思え」
「どういう意味?」
「その通りの意味だよ。あんまり難しいこと書いてもわかる人は少ない。正確に、シンプルに、分かり易く書け。じゃないと理解違いする人がでる。要するに、ハッキリ事実を述べた方が、僕らのためだよ」

 う――ん……そうなの? 
 何だか言いくるめられてる気もするけど。

「とにかくいこう」

 とりあえず、私たちは服屋へ向かうことにした。
 街中の雑居ビルに入る。二階にはカジュアルな服を揃えた店がある。
 そこへいき、私は適当にワンピースなどを眺めた。

「本当はアニメート行きたいんですが……」
「え、何だって?」

 ぼそっと呟いたら、五メートル先にいた天王寺君が寄ってきた。

「ううん、この服可愛いなーって言っただけ」
「へえ、白のレースワンピースか。確かに竹川さんに似合いそうだ。買うのかい?」
「どうしよっかな」 

 なんて悩む素振りはするけど、買う気ゼロ。
 だって値札には9800と印字されてるもん。
 私の財布にいくら入ってるか知ってる? 千七百円よ。
 でもなんかね、お金無しと思われるのも嫌だったの。女のプライドってやつよ。

「やっぱりやめよ。何だか、私には似合わなそうだし」
「そんなことないって。竹川さんだったら確実に着こなせる」
「いや、でも、似たようなの持ってるし」
「でも違うから惹かれたわけだよね? なら買いなよ」

 なーーーにが「なら買いなよ」だよ!
 あなたは余裕で購入できるでしょうが、こちとら普通の学生なのっ。

「いらない」

 冷たく言い放って私が歩き出すと、天王寺君が店員を呼んだ。

「ちょっと、いらないって言ったじゃん!」
「僕が買うんだよ。家で着るんだ」
「えっ……? そういうお趣味が……」

 彼はにこっと微笑んでから、余裕でワンピースをお買い上げになった。
 会計時、長財布にはビッチリ万札が入っていたのを私は見逃さなかったわよ。

 にしても女装が趣味か……。
 正直、その辺の女子なんかよりずっと綺麗になるんだろうな、としり目で彼をみる。目があった。

「はい、これあげる」

 天王寺君は服の入った袋を差し出した。

「え、自分で着るんじゃ」
「嘘に決まってるじゃんか。そんな趣味ないよ。ああ言わないと止められるって思ったから」
「貰えませんから。ただの友達に一万もする服買うなんて変でしょ?」
「いやこれは取材料のつもりなんだ」
「取材料?」
「それを着た姿を今度見せてもらっていい? 小説の一キャラとして出したいんだ」

 私をモデルにしたいらしい。

「頼むよ、この通り」

 手を合わせて頭を下げてくる天王寺君。
 元々欲しいものではあったし、私はそれを受け取ることにした。
 物より、自分が小説にでれるってことに心が傾いたところはある。

「今日は楽しい時間をありがとう!」

 ビルを出て、最寄りの駅まで送ってくれた後、天王寺君はそう言って去っていった。
 何ともさわやかな笑顔をしていた。

 その日の夜、私は何となく貰ったワンピースを着て、夕食のためにリビングへ下りた。

「あら真優、可愛いじゃないそれ。買ったの?」
「ううん、友達に貰った」
「お古?」
「ううん、男友達に買ってもらった。あ、でも彼氏じゃないよ。うちに高校生小説家いたでしょ? あの人」

 瞬間、お母さんだけじゃなく、お父さん、妹、弟の目の色がガラリと変わった。

「真優、逃がしちゃだめ! 絶対に捕まえるのよ!」
「父さんを、父さんを楽させてくれ……」
「お姉ちゃんサインもらってきて」
「姉貴、本性だけは出すなよ」

 こいつらめ……、普段は私の学生生活なんて興味ないくせに。
 私は適当にあしらいながら食事をすませ、自室に戻った。

「やっぱ、みんなお金持ちが好きなんだなー」

 当たり前の感想をもらしてみる。
 天王寺君も、やっぱりお金目当ての人に言い寄られたりするんだろうか。
 そういうのにウンザリして、私みたいなのを好きになった?
 っていうか、何で私? 特に目立ったことなんかしてないはずなのに。

 考えてもわからないので、もらった小説でも読んでみることにする。

「おっと、その前にアモゾンでレビュー検索っと」

 星チェックしとこうかなー、と思ったのだ。
 一冊を適当に選んで調べると……星三だった。
 可もなく不可もなく、って感じなのかな?
 さすがにレビュー数は三桁あるから、凄いけど。
 とりあえず、期待しないで読んでみますか……。



◇◆◇



「真優~、真優~、朝よおきなさーーい」

 小鳥がさえずる早朝、母親がノックもせずに私の部屋のドアを開けた。

「あら、起きてたの……? っていうかどうしたの? 何で泣いてるわけ?」

 ずずぅう、と私は鼻水をすすりながら、何とも情けない声で応える。

「しょ、う、せ、つ。すごい、よがったぁ……」

 そう、結局私はあれから一睡もせずに、天王寺光著の小説を読みふけっていたのだ。
 恋愛、青春、人間ドラマをメインとした小説を三冊読破してしまった。
 そのどれもが、感情を激しく揺さぶるもので、とにかくページを繰る手が止まらなかった。

 天王寺光は、天才。
 紛れもない才能をもっているって確信したわ。

「天王寺君のやつを読んでいたのね。わかるわ、あたしも読んだけど、彼は人物を描くのが上手よね。十代とは思えないわ」
「でも、アモゾンの評価は三だったから。……油断しちゃった」
「真優、アモゾンは購入者じゃなくてもレビューできるのよ。そこには嫉妬まみれのものや、他社の出版社の妨害レビューも数多あるの。アモゾンの本レビューほど当てにならないものはないって、近所の山田さんが熱弁してたわ」
「そうだったんだ……」 

 っていうか、なんで本買わなくてもレビューできるわけ? 意味がわからないよ。

「寝てないのね、今日休む気?」
「ううん、行くよ。ちゃんと行きますよ」
「よろしい」

 私は朝食をとらず、普段より早く家を出て学校へ登校する。
 たまに、こうやって朝早く学校にくることがある。
 朝の教室は静謐で、いつもと違う場所に思えるから好きなの。

 この時間帯なら、うちクラスはまだ誰もきていないはず。
 確信めいた気持ちでドアをスライドさせると、私の思惑を外す挨拶が飛んできた。

「おはよう、早いね」
「天王寺君……」

 なんとまさかの天王寺が窓際に立ってるじゃないですかー。

「は、早くない?」
「なんか直感が働いてね。今日は竹川さんが早く登校するような気がして」

 エスパーかッ!
 でも実際ドンピシャで当たってるから凄い。

 私は席にカバンをおくと、天王寺君に体をむき直す。

「昨日、小説読んだよ」
「本当? 嬉しいな。でも感想を聞くのは怖いような」
「すっっごく面白かった。よく、あんなの書けるね」

 私がそう褒めると、天王寺君は微笑をたたえ、窓の外に視線を投げる。

「そういう言葉が、僕の何よりの原動力なんだ」
「へー。汚い話でわるいけど、印税とかすごいからがんばってるのかと」
「ああ、もちろん、それは嬉しいことの一つだよ。両親に恩返しもできたしね。けど一番はそうじゃない」
「感想がほしい?」
「というより、誰かにひとときだけでも、感動を与えたいんだ」 

 そう言って、天王寺君は唐突に過去を語り出した。

「僕はおじいちゃんっ子だったんだけど、小学五年の時に祖父が死んじゃったんだ。凄くショックで何日も食事が喉を通らなかった。そんな時、母さんから一冊の小説を渡された。何となく読んでみたら、もう読むのをやめられなかった。架空の世界に心を完全に奪われてしまったんだ」
「どんな、物語だったの?」
「おじいちゃんっ子が、死んだ祖父を蘇らすために異世界へ旅立つファンタジー」
「それって……」
「そう、自分を重ねてしまって。結局、おじいちゃんは蘇らないんだけど、最後はハッピーエンドなんだ。本を読み終わった後、僕の心の傷は不思議なことにだいぶ癒えていた。……あの時からかな。今度は、自分が誰を救いたいと思いだしたのは」

 それが、小説を書くキッカケとなった。
 優雅な印税生活を始めるために筆をとったのかな? なんて推測していた自分がひどく恥ずかしい。

「生きてると嫌なことや、辛いことってあるじゃん? 今苦しんでいる人に、少しでも勇気を届けられたら――。そう思っていつも執筆してるよ」

 ……かっこいいなぁ。
 天王寺光、マジですかぁ。
 私とは次元の違うところで生きている彼に、少しだけジェラシーを感じてしまう。

「すごいね、そういう風に考えられるなんて」
「どうだろうね、まだ満足のいく物は作れてない。これからさらに進化しないと」
「そっかぁ」
「竹川さんは夢とかあるの?」
「……ない。何もないよ。なんとなく、漠然と毎日を生きてるかも」

 ルーチンワーク的な感じで日々が流れることに時折恐怖を感じることもある。
 刹那的な楽しみで人生の大きな何かを逃しているような、そんな気分になることもある。

「何か、見つかるといいね」
「……うん」
「竹川さんには、竹川さんの道があるはず。そしてそれは素晴らしいものだと、僕は勝手に考えてるよ」
「……ありがと」
「また一緒に買い物いこうね?」 

 眩しい笑顔から私は顔を逸らし、声は出さずに顎を小さく引いておいた。
 イケメンスマイル、半端ない。


 その日から、私は天王寺君といる時間が驚くほど長くなっていった。
 初めは他人の目が気になることもあったし、ファンの子に文句をつけられたり、嫌がらせを受けることもあったけれど、彼と友達をやめようとは考えなかった。

 大成功者なのに驕り高ぶるどころか、謙虚で常に向上心溢れる彼に影響され、私もいろいろなことにチャレンジしてみたりした。
 日に日に、天王寺光の存在は私の中で膨れ上がっていった。

 まじめ系なのに、時折お茶目な事をしたり、嘘をつくところなんかも心地良くて――
 正直、もう大好きになっていた。

 初めの告白から約三ヶ月が過ぎ、もうすぐ夏休みに入ろうかという時のことだった。
 私は、天王寺君から唐突に放たれた言葉にショックを受けずにいられなかった。

「一学期で、この学校にくるのは最後なんだ。今週には都内を出て、北海道に引っ越すんだ」

 昼休みの屋上、落下防止のために作られたフェンスに手をかけながら天王寺君はそう言った。

「お、お父さんの、し、仕事の都合とか?」
「そうなんだ。転勤が決まってさ。どうしても行かなきゃいけない」
「でも天王寺君は収入もあるし、一人暮らしとかもできるんじゃ」
「僕もそう言ったんだけどね。高校卒業するまでは家族で過ごそう、って両親に泣きつかれて」

 そりゃ……そうだよね。
 親からすれば高校生の子供を一人暮らしさせるのは不安でしょう。
 たとえ優秀だとしても、ううん、有名な子だからこそ悪い人に狙われる可能性だってあるし。
 でも私は、どうしても天王寺君に遠くへ行って欲しくなかった。

「例えば、週末だけ北海道にいくとか……現実的じゃないか。でも今はラインとかスカイプでいくらでも連絡とれるよ。そういうので両親を説得してみたら?」
「言ってはみたけどね。やっぱり、一緒に暮らしたいらしい」
「そんな……」

 そこで、彼は突然私の手を取ってきた。
 これまで、一度だって私に触れてきたことはないのに。

「僕は今でも、竹川さんの事が大好きだよ。この気持ちは色あせないどころか、告白したあの日よりもずっと強くなっている。つき合って欲しいとかすら思わなくなった。ただ一緒にいられるだけで、十分だと感じている」

 真摯な顔で話す彼に、私も応えずにはいられなかった。強く手を握り返して、私は思いの丈を吐露する。

「私だって、私だって天王寺君のこと好きだよ。最初は何こいつ、って思ってたけど……今は一緒にいて本当に楽しい。ずっと一緒にいたい」
「竹川さん……」
「私、付き合いたいって思ってるよ。だってそうしたら、あっちに行っても縁は切れないでしょ? ほかの女の人の誘いも断ってくれるよね」 

 自分がこんなセリフを吐く人間だなんて三ヶ月前は考えられなかった。
 それが、台本でも見てるかのようにスラスラと言葉が出てくる。
 自分が一番驚いている。

 そして私の思いは――ありがたいことに――相手の心へ届いたらしい。
 天王寺君はいつもの爽やかなスマイルを浮かべた。

「大丈夫さ。すべて断るし、何より北海道の女性に誘われることなんてないよ」
「そうは言っても、あっち行ってもどうせモテるでしょ」
「うん、でも誰も北海道に行かないから大丈夫」 
「…………は? ちょまさか……」
「ははは! やった!」
「こら天王寺、私のことハメたのかあ!?」
「ごめん! でもそろそろ一学期も終わるじゃないか。夏休み前に、恋人にどうしてもなりたくて」

 なんて男なのこの人。
 返して。一瞬でも心がショボンとしたあの時間を返せ。

「でも僕、今本当に幸せだよ。竹川さんと、まさか本当につき合えるなんて。さっきのは本気だよね?」
「さあ、どうだか。私は気が変わるの早いから、明日にはどうなってるかわからないよ」
「わかってる。人の気持ちをつなぎ止めるには、多くの努力が必要だってこと。そしてそれを僕は怠ることはないよ。明日も明後日も、そして一年後も――」

 サラリと歯の浮くセリフを言ってのけるところに天然のプレイボーイ気質を感じます、ええ。

「あ、チャイムだ。そろそろ教室に戻ろう」

 天王寺君が私の手を引く。
 とりあえず今は、なされるがままにしておく。

「階段下りたら離してね。教室でイチャイチャとかする人は嫌いだから」
「わかった、気をつけるよ」

 五時限目の授業は、現国だった。
 なんだかんだで、やっぱり意識せずにはいられず、私は時おり天王寺君の方へ視線を送る。
 その度に目が合い、あちらは爽やかな笑顔を見せてくる。

 かぁーと顔が熱くなるのは何故なのよ。
 でも胸のあたりがじんわりと温かい。
 ベタだけど、これが幸せってやつなのかな。

 ――と、そこで隣の高橋君がひどく落ち込んでいることに気づいた。

「どうしたの? 調子でも悪いの?」
「……ちょっとな。色々と思うところがあって」
「彼女と、何かあった?」
「……もう別れたよ、彼女とは」
「そうだったんだ……」

 こういう時、なんて声をかけたらいいんだろう。
 そういえば、最近ずっと元気なかったかも。
 遅弁もほとんどしなくなったし、頬も少しこけている。
 なんだか心配になってきた。

「おーし、それじゃ久々に羅生門でも読んでもらうか。七十五ぺージな。高橋、おまえいけ」

 ああちょっと、少しは気遣ってよ先生。

「先生、私が代わりに」
「いいんだ、竹川。おれに読ませてくれ」

 高橋君は覚悟を決めたようにスッと立ち上がると、いつになく真剣な顔で視線を教科書に落とした。
 内容は、老婆が死体の髪の毛を抜いていくシーン。
 けれど――

「高橋は昨日、一日中座禅をし、自分の本当の気持ちに向き合った。そして高橋は気づいた。自分が本当に大切に想っていたのは誰だったのかを。悟りを開いた高橋は、即座に現在の彼女に電話をして、別れを切り出した。
 泣き出した彼女には悪いと感じたが、これ以上自分を偽ることはできない。心を鬼にした。翌日、学校に登校するなり、とてつもないジェラシーに襲われた」

 高橋君? 何をいっているのあなたは? 

「竹川と天王寺が幸せそうに会話する光景を見ると、心が苦しくて仕方がなかった。まだ付き合っていないと周りから聞いていたが、いずれ恋人関係になるのは明白。
 高橋は焦っていた。日々の竹川とのやり取りが、もうなくなってしまうかもしれない。二学期になれば、席替えが起きるかもしれない。
 嫌だ、絶対に嫌だ。高橋はこのまま、ずっと時間を止めたいと切に願う。だが願うだけでは想いは伝わらない。どうしたものか、悩んでいたその時――現国の教師がチャンスを与えてくれた。
 高橋は、心を決めて、全力で竹川に想いを伝えることにした」

 そうして高橋君は教科書をおくと、私の前に立つのだった。



 

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