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夏のホラー2017

変身願望

作者:ながる
 涼香(すずか)は今日も落ち込んでいた。
 どうも上手くいかない。

 虐められている、というほどではないものの、学校で口を開くのは授業で当てられた時と、クラスで何か意見を纏める時くらいだ。それも、「うん」とか「大丈夫」とかほぼ単語に限られる。

 数少ない友達はクラスが離れてしまい、週に1度一緒にお昼を食べるのが唯一の楽しみと言ってもいい。
 新しいクラスに馴染むのに、その方がいいと二人で決めたからなのだが、涼香は後悔し始めていた。
 お昼くらい、誰かとお喋りしたかった。

 地味な見かけとは裏腹に涼香はお喋りが好きだった。話題は何でもいい。今流行の地下アイドルでも、昨日のドラマのハイライトでも、ファッションだって小物だってある程度はチェックしていた。
 ただ、学校では模範生徒のような格好だからか、それを披露する場とタイミングがないのだ。
 明るく笑い声の絶えないあの輪の中に入って行く勇気の無い自分が嫌だった。

 ――ねぇねぇ、知ってる? 最近ハルカがすっごい変わったじゃない? あれって、ドリランのミラーハウスに行ったからなんだって!

 電車の席の向かい側にいる集団からそんな言葉が聞こえてきた。
 変わった、というワードに興味をそそられて、涼香は耳を傾ける。

 ――それって、都市伝説じゃなかったの? 行ったけど、何もなかったってコージが言ってたよー?

 ――ハルカに聞いたんだもん! あんなに地味だったのに、急にメイクとか始めてどーしたのって。そしたら、ミラーハウスでアドバイスをもらったんだって。

 ――えー? 誰に?

 ――鏡の中の自分に。

 どっと笑い声が響いた。

 ――ちょ。それ、ヤバくない? 妄想ハンパなくね?

 ――そうかもだけどさー、実際カレシできてるし? カレシできるアドバイスなら私も欲しいかなぁって。

 ――ヨーチャンは変わらなくてもダイジョウブだよ!

 ――えー。ムネとか、もう少し盛りたい。結局胸の大きい女にオトコ盗られるなんてムカツクじゃん。

 ――あれは、向こうがサイテーなんだよ! だいたい…………

 『ドリランのミラーハウス』の話はもう終わりのようだった。
 涼香はスマホを取り出して検索してみる。ネットに似たような話が転がっていないかと思ったのだ。

 ドリラン。裏野ドリームランドというもう廃園した遊園地のことで、一部では心霊スポットとしても有名だ。
 子供がいなくなったとか、メリーゴーラウンドが夜中に回っていたとか、声が聞こえるとか……色々な噂が飛び交っていた。

 その中でミラーハウスの話はそれほど多くない。
 何番目かに映っている顔が別人のようだったとか、グループで入ったのに出てきたら一人足りなくて、それが誰か判らなくなっていただとか、入った時とは別人のようになって出てきたとか――

 別人。

 どう別人のようになったのかは詳しく書いてない辺りで眉唾物のような気がするのだが、変わるきっかけが欲しい涼香には魅惑的なワードだった。
 先程聞いた話にも一応通じる物がある。

 時計に目線を移す。四時。
 ドリランに行くには次の駅で降りればいい。
 暗くなってから行くのは流石に怖いけど、明るいうちに見に行くくらいなら……
 迷っているうちに電車は止まり、結局涼香はふらふらとその駅に降り立ったのだった。

  ○  ○  ●

 正門は開いてない。入るなら、横手にある従業員用の入口がオススメ。
 そんなネットの口コミに従って従業員入口を探す。
 伸び放題の雑草を鬱陶しく思いながら、涼香は他の人が付けたのであろうけもの道を辿って行く。
 その先にあったのは鎖と錠前のかかった一枚のドアだった。

 え。こんな鍵、どうやって……

 ここまで来たのに、と錠前に触れて溜息を吐くと、思いのほか簡単に錠前は外れてしまった。どうやら壊れているモノをそれらしく見せているだけらしい。
 鎖を外して、ノブを回しそっと押してみる。

 ギギギ……ギギ……ギ……

 錆びついているのか、何か引っかかっているのか、ドアは少し不気味な音を立てて開いた。人ひとり通れるくらい開くとそれ以上はびくともしない。
 涼香は体を横にして何とか潜り込んだ。

 ……私、何やってるんだろう。

 ちょっとそう思わないでもなかったが、こんなことをしている時点で自分が少し変われたような気がして、ドアを潜り抜けた後は気分が良かった。
 心霊スポットということだったが、まだ明るいからかそれほど不気味さは感じない。
 ひっそりとした静けさが心地いいくらいだ。園内も建物も綺麗で、ただの定休日です、と言われても信じただろう。誰か掃除でもする人が居るのだろうか?

 案内板で目的のミラーハウスを探し、足を向ける。
 思ったよりもすぐに着いてしまって、涼香はピエロの顔がついた看板を見上げた。
 MIRRERの二つ並んだRの文字の一つが反転している。
 誰の気配もなかったし、ここに来るまでも誰にも会わなかった。だというのに、涼香は辺りを念入りに見渡してから、その両開きのドアの一つをそろそろと押し開けた。

 電気はもう通ってない筈なので暗いのかと思っていたが、天井に明かり取りの窓が幾つもあって意外と明るい。向かいの鏡からおさげで大きな黒縁の眼鏡をかけた、地味な女子高生が緊張した面持ちでこちらを見ていた。

 ゆっくりと足を踏み入れた涼香は違和感に首を傾げた。鏡は割れても汚れても歪んでもいなくて、まるで毎日誰かがきちんと手入れしているようだった。

 私のように変わりたい誰かが、変われたお礼に磨きに来ているのかしら? それとも、磨くことで変われるのかしら。

 そんなことで変われるというのなら、涼香は毎日でもここに通うだろう。
 鏡の迷路を一歩一歩奥に進んでいく。幾度か曲がって入口の方向を見失いかけたとき、ふいにパタパタと早足で進む足音が聞こえてきた。
 涼香は思わず足を止める。
 もう足音はしない。

 ぐるりと見回してみても、自分の姿しか見えやしない。合わせ鏡の中の並んだ自分。
 もう一度見回したとき、目の端に制服のスカートの裾が、どこかの角に吸い込まれていくのが見えた。

「だ、誰か居るの?」

 それ程大きな声ではなかったけど、静かなこの場所では充分隅々まで聞こえているだろう。
 くすくすと、声を潜めた笑い声。

 あぁ、そうか。
 誰かがあんな噂を聞きつけて、やってくる人に何かアドバイスじみたことをしてふざけてるんだ。

 涼香は少しがっかりした。
 のろのろと、今度は足取りも重く先程スカートの裾が見えた方へと足を進める。

「……ねぇ、かわりたい?」

 耳元で、囁くような声がして驚いて足を止めた。
 どっどっと心臓が音を立てている。
 振り向いても、誰も居ない。驚いた顔の自分が居るだけ。

「……まずは髪を解いて……それからコンタクト」

 くすくすと笑う声と共にそんなアドバイスが聞こえてくる。

「……それができたら……またいらっしゃい」

 どこから聞こえるのか、囁くような声なのにはっきりと解る。
 涼香は少し急ぎ足で次の角へと急いだ。鏡の裏に誰かが居るのかもしれない。
 けれど、どの角を曲がっても、覗いても自分以外の姿は結局見つけられなかった。
 誰にも会わぬまま出口まで辿り着いて、呆然と涼香は振り返る。

 あんな当たり前のことで、何かが変わるんだろうか。

 半信半疑で時折ミラーハウスを振り返りつつ、涼香は帰途についた。

  ○  ●  ●

「あれ? 森さん? なんか、雰囲気変わったね。その方がいいよ」

 髪を下ろして行った日、クラスメイトにそう話しかけられた。
 二言、三言だったけど会話ができて涼香は舞い上がった。

 変われる、かもしれない!

 それから貯金を下ろしてコンタクトも作った。親には内緒で、駅で付け替えるようにしていた。
 こちらも、評判は上々だった。誰も気に留めなかった涼香に、向こうから挨拶してくれる。仲良しというには程遠いけど、少しずつ話せるクラスメイトもできてきた。

 もっと、変わりたい。もっと。

 そう思うのは必然だったかもしれない。
 涼香は誰かのおススメの音楽を聞きながら、ドリランのある街の駅に向かっていた。
 だから、以前も居た集団が目の前にいたことにも気付かなかったし、その話の内容なんて聞いてもいなかった。

 ――ねぇ、ハルカ、最近ちょっとおかしくない?

 ――……うん。やっぱ、そう思う? ついてけないよね。あんな娘じゃなかったのに。

 ――昨日も公園で野良の子猫を捕まえて――

  ●  ●  ●

 髪の巻き方、化粧の仕方、平日の服の趣味まで涼香はアドバイスに従った。依存していたという方が近いかもしない。
 もうあの輪の中に入ることも躊躇うことは無いし、週に一度の昼食会も行かなくなった。
 ちょっと違うな、と思うことがあっても、そこは合せる方法をアドバイスしてもらっていた。

「ほんっと涼香って変わったよね」
「ホント? どっちの私がいい?」
「もちろん、今の方がいいよ! なんかヒミツでもあるの?」
「うふふ。アドバイスしてもらったんだ〜。今も色々相談してるよ」
「へぇ? 誰に?」
「ん〜。言ってもいいのか、今度聞いておく」

 もったいぶる涼香にクラスメイトは教えろ! と詰め寄った。
 涼香は笑って誤魔化す。

 皆に教えて、皆が変わったら、私が目立たなくなるじゃない。
 せっかく変われたのに。

 その日の帰りも、涼香はミラーハウスへと足を運ぶ。もう慣れたもので、鎖も錠前も手慣れた様子で外していく。
 一人分の隙間に身を滑り込ませて、軽やかに駆けだした。

 いつものように中程まで進み、合わせ鏡に映る自分をぐるりと見渡す。

「ねぇ! もっとスタイル良くなるにはどうすればいい!?」

 走ってきたからか、上気した頬とうっとりした期待に満ちた表情が自分のものじゃないような気がした。
 暫く待ってみても返事はない。

 おかしいな、と眉を寄せて近くの鏡を覗き込む。
 ふっと、鏡の向こうの涼香が笑った。
 びくりとして涼香は鏡から一歩離れる。

 私、今、笑った?

「……かわりたいの?」

 いつもの声がした。アドバイスをくれる、囁くような女の声。
 涼香の心が震える。

「変わりたい!」

 もっと。もっと。
 このまま変わり続ければ、モデルにだってなれるかもしれない。
 当面の目標は読モだ。その為にはもう少し胸を。もう少しウエストを。

「じゃあ、手を伸ばして」

 くすくす笑う声に涼香は躊躇いも無く従った。
 目の前の涼香(じぶん)に手を伸ばしていく。
 鏡の中の指先と涼香の指先が触れそうになった時、鏡の中の涼香が満面の笑みで涼香の手を引いた。

「――え?」

 涼香が鏡の中からずるりと出てきて、涼香が鏡の中へするりと入り込む。
 そこはどこまでも広い、暗い空間だった。
 振り返ると涼香が笑っている。四角くそこだけ明るく見える場所で、いかにも楽しそうに、涼香が笑っている。

 何? 何が起こったの? あれ(・・)は誰?

 明るい場所へ出ようとすると、そこにガラスの壁があるように阻まれる。
 震える手でそれに触れ、どこかに隙間が無いか、ノブが無いかベタベタと探し回った。
 不安が焦りに変わっていく。
 涼香はそれを見てくすくすと笑っていた。

 ――出して!

「あぁ、そこから出るには誰かと代わらないと。私はもう御免だけど」

 涼香は置いてあった鞄を拾い上げて、鼻歌を歌いながら歩き出す。

 ――待って! 何処行くの!?

「帰るのよ? 私は涼香だもの」

 一度だけ振り返って、にぃっと口角を上げると、涼香はもう後も見ず行ってしまった。
 叩いても蹴飛ばしてもその壁のようなものはびくともしなかった。
 呆然とへたり込む少女の肩を腕を、脚を腰を、幾つもの手がひたりひたりと掴む。
 ようこそと歓迎するような、憐れむようなその手は、やがて少女を暗がりへと運んでいった。

 薄れていく自我をなんとか繋ぎ止めながら、少女は誰かの足音を聴く。
 変わりたいと呟く声を聴く。

 かわりたいの? 私もかわりたかったの。
 ナニニカワリタカッタンダッケ……

 かわりましょう? 歓迎するわ。
 アカルイセカイニモドラナイト……

 あぁ、でも順番があるのよ。

 くすくすと誰かが笑った。

 ――ねぇ、かわりたい?

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