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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カルネウス王国公文書(1756年)より

作者:

 執務中、王に伝えられたのは緊急の謁見の申し込みだった。

 妃と王子様方にも同席していただきたいという。

 なぜ、妃達まで、しかも謁見の申し込みとは、といぶかしく思いながらも申し出たのは公爵家。

 簡単に断るわけにもいかなかった。



 謁見の間へと向かえば大臣たちもそろっている。

 許可を出せば、入室してきたのは公爵家の当主とその娘。

 2人は臣下の礼をとる。

 それに対し楽な姿勢をとるよう許可を出す。

 2人とも決意の表情を浮かべていた。


「今回の用向きを聞こう」


「はい、陛下。急な申し出ではありますが、この度、我が娘ファンヌとの意見の相違により、正式に縁切りを決意いたしました。そこで正式な絶縁の儀をと思い、参上いたしました」


 ざわり

 空気が揺れる。

 才女と名高いファンヌ嬢が縁を切る。

 しかも公的に。

 それは寝耳に水であった。


「それは……。何をしても覆らぬか?」


「はい。内容は名誉のため控えさせていただきますが、これほどまでに違ってしまったのであればいたし方あるまいと何度も会話をし、決意いたしました」


「それほどまでに……か」


 陛下は考え込む。

 しかしそれであれば、これほどの聴衆を集めたのにはどんな理由があるだろうか。


「それだけであれば、これほど人を集めなくともよかろう?」


「はい、そうは思いました。しかし我が家は公爵家にございます。そしてどう言い繕っても(これ)にはその血が流れております。だとすれば、(これ)を手に入れ、公爵家との繋がりに、と考えてしまう人間はいくらでも居りましょう。ですから謁見の間(この場)で行い公文書にも残すことができる絶縁の儀を執り行い、公的に絶縁(それ)を示した方がよいだろうと考え、申し入れさせていただきました。みなさまをお呼びしたのは、他の貴族の方々にもお見せすることで社交界に一日でも早く広まるようにと考えた次第でございます」


「確かにな。そなたの家柄であれば致し方あるまい」


 嘘を言っているようには見えず、また筋も通っていた。

 誰もがなるほどと思い、それでも手に入れようかと考える。

 彼女自身の学園での成績や社交界での評判は家柄なくとも手に入れるだけの価値があった。

 しかし


「何故、妃たちや王子たちまで?」


「なるべく多くの方に証人になっていただくのと同時に、一種の経験かと思いまして同席をお願いいたしました」


「経験か」


「はい、近年ではなかなか使われなくなった儀礼でございますれば、こういったことも見聞きしておくにはよいことかと思いまして」


「確かにな」


 苦笑をもって告げられた言葉は事実であった。

 公的な絶縁は再び結ぶことは困難なほど効力がある。

 故に近年行ったものはいなかった。

 いい経験というのは確かであった。


 文官に書状を持ってこさせる。

 公的に縁を切ることを宣言する際に用いられるものであった。

 その文章を確認し、二人を王座の前まで呼ぶ。


 目の前で書類を確認させ、署名させる。

 それを確認し、王も署名する。

 縁切りの証としてナイフが手渡され、2人はそれぞれ指先を切り同じグラスに血をたらす。

 そして、それを縁を切ったものが床に叩きつけ、割ることで縁切りの儀式が終了となる。

 公爵がグラスを割ったことを見届け王は宣言した。


「これにて縁が切られた!」









 次の瞬間、どさりという音がする。

 音の方を見れば2人ばかり倒れた人影。

 そして赤いモノ。



 それを理解した瞬間、侍女の悲鳴が、騎士たちが動く音が、息を呑む音がした。

 取り押さえられたのは、先ほど縁を切ったばかりの少女。

 な、ぜ。と呟きが漏れる。

 少女は暴れない。


 倒れたものを見れば、事切れているのが分かる。

 それほどに鮮やかな手腕であった。

 倒れたのは第二妃と第一王子。


 再び呟きがもれる。

 なぜだ、と。

 少女は満足そうであった。

 公爵はそれを見ながら悲しそうに、しかし驚きはない様子だった。


 それを見て、王は考え出す。

 しかし、一連の行動が分からなかった。

 騎士が連れて行こうとするのを呼び止めた。

 努めて平静に。


「ここで話を聞こう。今、ここで」


 騎士たちは少女の両腕を掴み、そのまま跪かせる。

 少女は大人しく従った。


「理由を聞こう。なぜ、このようなことをした」


「恐れながら、陛下。理由は簡単にございます」


「簡単、か」


「はい。邪魔であったからでございます」


 その言葉に手を上げようとする騎士を止める。


「邪魔、とは?」


「言葉の通りにございます」


 端的に済ませようとする少女に疑念を覚える。


「邪魔か。そうか。邪魔であったなら、何故このような方法を採ったのだ?」


 そのあたりで周囲のものも気がついたようである。

 そう、こんな方法を採る必要はないのだ。

 彼女は公爵令嬢であったのだから。


「もともと公爵令嬢であった君ならそれなりの者を雇って毒殺なり事故死なりできたんじゃないか?」


 そう、恐ろしいことにできたはずである。

 公爵家は王家と同じくらいの歴史を持っている。

 後ろ暗いことをする人間とのつながりくらい持っているだろう。


「さぁ、どうでしょうか?私には分かりません。しかしそういった者たちがお金で買えることはもちろん知っております」


「ならば、なぜ」


「簡単なことにございます。私が邪魔だと思っただけのこと。家が邪魔だと判断したわけではございません。であるならば、動くべきは私ひとり。それに縁を切った私は後ろ盾もない金もないただの女でございます。雇うことなどできません。」


「そうか、では邪魔、とは?」


「先ほども申し上げましたが」


「その意味、どうして邪魔だと思うのかを聞いているんだよ」


 煙に巻くような言葉でごまかせると思っているのだろうか


「真実を、と望まれるのですか?」


「あぁ、真実を求める」


「……かしこまりました。外にいる侍女に紙を渡すよう言ってくださいませ」


 視線を扉の近くにいた従者に移す。

 頷き、でていった従者は、帰ってきたときには山のようなと言ってしまってもいい紙の束を持っていた。

 それは一旦騎士に渡り、危険がないと判断すると、宰相に渡される。


 それに目を通した宰相はだんだんと顔色を変える。

 一掴み分の書類が読まれるまで、それほど長くはなかっただろう。

 しかし、そこにいた誰もが長く長く感じた。

 宰相に注目していた。

 宰相は書類から顔を上げると王ではなく少女を見た。


「これは……。これは真実ですか?」


「逆にお尋ねします。真実ですとお答えしたら、真実であると信じるのですか?」


 不遜な態度ではあったが、宰相はそれに気にした風もなくそうですね。と答え再び書類を見直す。

 そうして確認したのだろう、それを王に差し出す。

 王は受け取り目を通していく。

 それは信じられぬ報告であった。


「二妃が毒物を手に入れていただと?」


 ざわり

 再び場を揺るがす。

 これが真実であるならば、調べなければならない。

 しかし、さらに難解になっていく。

 これが真実であれば少女自身が何もしなくとも罰せられたはずである。

 王が護衛をつけずに入るのが王妃、側妃の寝所というもの。

 であるからこそ、毒物の持ち込みには厳格である。

 持っているだけでも反逆罪に問われかねないものなのだ。


「なぜ」


「陛下はそればかりでいらっしゃる。ですからお答えいたしました。自分のために、邪魔であるから始末したのだ、と」


「それを自らする必要はあるのか?」


「恐れながら陛下。不敬であることを承知の上、言わせていただきます」


「……なんだ?」


「私の忠誠は陛下にはございません。私の忠誠は国にあります」


 言い切った少女は晴れやかであった。


「二妃様と、あのお方に似た第一王子が陛下のご寵愛を受けていたことは存じております。ですから陛下にとってはとても大切で掛け替えのないものでしたでしょう。しかし、国にとって見れば、寵愛をいいことに散財する二妃と、側妃腹であり王位継承権第二位であるにもかかわらずまるで王太子であるかのように振舞われる第一王子であった彼らは害悪にございます。先日も第二王子殿下へと捧げられたものを取り上げ、王妃様を公の場で罵っておりました。陛下とてご存知だったでしょう?」


 王は言葉に詰まった。


「しかしあなたは王妃としての公務を全うする王妃様ではなく、自分を男として愛する者を選びました。そちらにありますのは二妃様と第一王子、そしてその後見たる二妃様の生家の不正等に関する書類です。私のような小娘が調べただけでこれだけのことが為されていました。一部に関しては他の臣下の方々も知っていらっしゃったでしょう。そして幾度となく臣下より窘める言葉が奏上されたはずです。王として厳しく断じることを求められたはずです。ですが陛下はそれに耳を貸そうとはなさらなかった。ですから私は決意いたしました」


 一度切り、ぐっと目に力をこめる


「今回のことも王に奏上しても二妃を窘め終わってしまうでしょう。それならいっそ殺してしまおうと。この国に必要ないものですもの」


 それは王を見切りをつけたという宣言と同じであった。


 しかし王は反駁できない。

 自分を知っていたからだ。

 二妃の行為がいくら犯罪であったとしても罪にせず、窘める程度で終わらせてしまうかもしれないという可能性はあった。


「公爵様とはそこで対立いたしました。公爵様は陛下に忠誠を誓っており、陛下ならきっと公平に見てくださると仰いました。しかし、私はそうは思えませんでした。このままでは平行線であるということをお互い理解し、今回の縁切りに踏み切ったのです」


 ちらりと公爵のほうを見る。


「公爵様にはここで行動を移すことを伝えてありませんでした。伝えれば阻まれることもあろうと思いました。縁を切る相手ですもの、信じませんわ」


 視線を王に戻し


「王族に剣を向ければ三親等処刑の上、家の取りつぶしが成されるものです。しかし、私が事を起こしたのは公爵家との縁切りを陛下自ら宣言した後のことでございます。で、あれば処刑できるのは私だけ。如何に陛下といえどそれを覆すことはできません」


 でしょう?と周りを見る少女に、王である自身はそうだと思い、男である自身は関係あるか!と叫ぶ。


 これは別れ道である。

 きっと王として最後の。


 ここで道を誤れば自分はきっと寵妃を亡くして悲しみが深いことにされ、退位し、離宮に繋がれるのだろう。


 二妃を自由にさせすぎた自分への信頼はもうないだろう。

 留まる者は国に忠義を誓ったものか、それでも自分を信じてくれているもの。

 見切りをつけたものは早々に自領なり、縁深いものの土地へと去っている。

 残りは(おもね)る者ばかり。


 謁見の間を見渡す。


 ここに呼ばれていたのは忠義を持った者たちであった。


 自分は何者だろうか。


 ちらりと倒れた二妃を見る。


 そして王妃を見る。


 少女へと視線を戻せばあいかわらず強い目でこちらを見つめていた。

 強い強い目だった。


 二妃(逃げ道)死んだ(絶たれた)


「ファンヌ嬢、いや、そこの罪人を牢へ」


 それで理解しただろう。

 すべてを手放して忠義のみで事を為した彼女は深くお辞儀をした。

 少女は何も言わぬまま、騎士に従った。


 未来ある少女のすべてを奪った自分に少女は礼を尽くした。

 やるせなさと憤りを感じる。


 だが、王として仕事をしなければ。


「のう、公爵よ」


「はい、なんでございましょう」


「一年後に立太式をしようと思う。手伝ってくれるか?」


 その一言で空気が緩む。


「……はい。仰せのままに」


 これは今後も重用するという証になるだろう。

 反逆者の家族ではないのだ。

 第二王子にも目を向ける。


「お前もそのつもりでいるように」


「はい。それを継ぐに相応しい人間になります、必ず」




―――――――――――――――――――――


 その日、反逆が成された。

 詳しいやり取りは謁見の間であったこともあり、他に比べれば多くの証拠が残されているといえよう。

 しかし、文官も流石に王族が殺された直後のこと。

 後々そこにいた人間の証言を元にできるだけ再現したという言葉が公文書に書かれている通り、完璧なものではない。


 しかしすべてが残されているわけではないのだということを仮定した上で、私は王家を賞賛しようと思う。

 このような不祥事を残す決意をしたのだ。

 普通であれば王家に都合よく書き換えられることであろう。

 後世の人間が知ることはない。

 よくてどこかの貴族の日記から発見されるくらいではないだろうか。



 反逆を起こしたその人は、後世、最も有名で最も気高いと称される反逆者となった。

 貴族たちはその精神を継げといわれた。

 もちろん、気に入らないなら殺せというわけではない。

 阿るのでもなく、ただ反抗するのでもなく。

 国のため、王のため、行動する人間になれ、と。


 彼女がなぜ行動するに至ったかというのは公文書にも残されている通り忠義のためだというのが通説である。

 一方で第一王子との婚約者筆頭であったことから婚姻が嫌であったという説、そもそもその手並みから彼女は本物のファンヌ嬢ではなく公爵の命を受けた暗殺者であり、絵を描いたのは公爵という説なども存在する。

 しかし私は忠義のためであったという説を推したい。

 婚姻が嫌ならば、絶縁で事足り、暗殺者であるならば本物のファンヌ嬢はどこに消えたのだという問題が残るからである。



 そして何よりロマンがない。



 忠義のためすべてを捨てる少女。

 それが世界を変えたのだ。


 世界の転換点にはロマンが潜むものなのだ。



 まじめな話をするならば、それ以外なら公文書を改ざんする理由に欠けるからである。

 最も改ざんしたいような、王の汚点というべき話をわざわざ作り出す利点はほとんどない。

 またこれはみすみす殺させてしまった騎士の汚点でもあり、止め切れなかった元父、公爵家当主の汚点でもある。

 これほどまでの汚点以上の汚点が私には思い浮かばない。

 したがって通説を私も支持しようと思う。



 彼女は犯罪者として墓は与えられなかった。

 しかし、彼女が処刑されたその日は以後、嘆願日とされた。

 その日だけは願えば王に平民であろうと直言できるのである。

 貧困に、重税に苦しめば嘆願できてしまうのだ。

 これを契機として膿は出されていくこととなった。

 これ以上ない歴史の転換点となったと言えよう。


 当時の王は彼女が処刑される前までは平凡な、ともすれば愚王とも言われかねない政治であった。

 しかし処刑後は賢王であるとされている。

 彼女の処刑は彼を人から王にしたのだといわれる。

 それは正しかったのか。

 人として壊れたのでは。

 などと穿った見方をするものもいるが、今日まで王政が続いているのが答えであると私は考えている。



アルヴィド・バックリーン著「世界の転換点に対する考察」より抜粋

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