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人間兵器
作:蒼乃雪花



緩慢な牢獄・3


 SASとして活躍するためには厳しい自己研鑚と、才能が必要である。
 無論、訓練生の中には、才能か、努力が伴わず、ランクが上がらずに一生を研究所で過ごしたり、あきらめて一般社会での生活を始める者も少なからずいる。しかし、稀な例ではあるが、ライセンスを取得後に、SASを引退し、一般社会での生活を始める者もいるのである。
 暗殺や危険な情報収集などを、任務として請負う彼らには、その対価として法外な高さの報酬が支払われる。殉職する例も少なくは無いが、六、七年も現役で過ごせば一生遊んで暮らせるだけの金は手に入ってしまう。それでも引退して、一般社会での生活を考えないのは何故か。答えは、簡単だ。命を狙われる可能性が極めて高いからだ。
 組織を抜け、一般人として再スタートしたとしても、SASとして暗躍していた過去が消える事は無い。SASの任務は国内の別組織や諸外国の軍部、諜報部などに恨まれたり、疎まれるような内容が大半である。事実、任務遂行後、逆に命を狙われる例も後を絶たないが、現役でいたり、施設でトレーナーとして指導に当る等、何らかの形で組織に関わっていれば、それは同時に自身の命を守る事にもなる。
 一人のSASの命を狙うと言う事は、組織全体への宣戦布告として捉えられ、組織を挙げた手痛い反撃を受ける事となるのである。しかし、一度完全に組織との関わりを絶ってしまえば、庇護も受けられず、己の身は、一人で守らなければいけないのである。
 故に、組織から抜け、現実社会で別の職業に就き、生活することは至極困難であり、稀なケースと言わざるをえない。
 施設では、このような稀有な行為を、落世らくせといった。
「ここを出てから、一度もピアスは外してないと言っていたな。外そうと思えば、外すせるのか?」
 藍は眉一つ動かさずに、平然として言った。
「外せるよ。問題ない」
「トランスはできるか?」
「この三年間は一度もしていないけど、出来ると思う。感覚は染みついてるはずだから」
「計器でデータを取ることも大事だが、まずは制御装置がない状態でどういう具合に力が発動するか見たい。抑圧し続けている事によって、力自体が退化している可能性も否めないからな」
「そんな可能性、ある?」
 期待に輝いた漆黒の瞳を向けられ、需は思わず視線を背けた。
「無いとは言いきれんよ。ただ――――前例がないから何とも言い難い」
 二人は所長室を出て、地下一階の実験室に移動した。
 地下一階の実験室は、五十畳ほどの広さの部屋に、味気無いスチール製のデスクとパイプ椅子が二つ置かれているだけの、シンプルな空間である。幼い頃から何度も訪れたその部屋に足を踏み入れても、過去を懐かしむような感情は沸きあがらず、藍は無感情であった。

 廊下に面している壁は、中程から天井までがガラス張りになっている為、中の様子は丸見えである。室内に彼の姿を見つけた者が、次々と足を止める為、実験室の前には人垣が出来始めていた。
「あれ、散らすか?」
 パイプ椅子に腰掛けた需が、横目でちらりと廊下を見遣る。
「いや、大丈夫。彼らに触れるわけではないし、問題ないよ」
 心なしか強張ったような顔つきで、藍は左耳の上のピアスに手を掛けた。
 キャッチャーを摘み、くっと力を込めて下方へずらす。次に左耳の下段のピアス、そして右耳――――。
 スチールデスクの上に、全く飾り気の無いシルバーの球状のピアスとキャッチャーが無造作に置かれた。
 眼を瞑って、大きく深呼吸する。
 数秒で、頭の奥がザワザワし始める。
 藍は目を開いて、ゆっくりと頷く。
「準備OK?じゃ、トランスして。一瞬でいい」
 需は冷静な声でそう言った。
 通常、見る・聴く・嗅ぐ・触る・味わうと言ったいわゆる五感というものは、生きていくために必要な感覚だから、当然脳はそれに優先順位の一位をつける。しかし、超能力というものは、第六感であり、五感以外の方法で事物を知覚する事に当るため、脳はこの様な生きていく為だけには不必要な超常感覚を、後回しにしてしまう。
つまり、自己の意識変化をコントロールできなければ、どんな特異な能力の持ち主でもそれを発揮できないのである。
 能力者達は、自らの意思によって通常の状態から特別な変性意識に移行させ、能力を行使する。この変性意識に陥った状態の事を、トランス状態と呼ぶのだ。
 超能力や霊能力というものはどんな人間も持っているが、このトランス状態へ意識を移行できない事から、一般にその能力は発揮できぬまま生涯を終える人間が多い。
 彼ら能力者達は、トランス状態と通常の状態をまるで電気のスイッチを押すかのように、簡単に切り換える事が出来るのである。
 一度開けた目を軽く瞑り、まずは視覚を閉じ、意識を集中させる。
 意識的にトランス状態に移行するのは、何年ぶりの事だろうか。
 「ARM」である彼の場合、桁外れの超感覚、第六感は、五感を凌ぐほどに発達し、意識変革を自覚する事も無く、能力が発動されるのである。通常、能力者達が最も苦労すると言われるトランス状態への移行が、彼にとっては呼吸をするのと同じ程に容易い。
 視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚―――イメージは一つ一つ箱を閉じていくような感じ。幼い頃から繰り返し、そう教え込まれてはきたが、実際それを強く意識してトランスした事は無いといっても、過言ではない。
 イメージの中で最後の箱を閉じれば、周囲にいる人間の感情や思考が「声」という形で具現化され、脳内に無秩序に流れ込んでくる。まるで壊れたテープレコーダーを何十台も耳元に置いたような大ボリュームで、それは響く。

 アームノ ナンバーロク アームノ ナンバーロク オソロシイチカラヲモツモノ
 ハヤク サスニナリタイ 
 ウラヤマシイ トクベツナニンゲン ウラヤマシイ
 ドウシタラ クラスガアガルノカ
 アームナンテ タイシタコトナイ オレノホウガ スグレテイル
 ダイジョウブカ ダイジョウブカ ダイジョウブナノカ シンパイナイ シンパイナイ


 眼を開き、視覚が戻ると同時に、脳内で響く声は少し小さくなる。通常の能力者ならば、例え同じ類の能力を持つ者であっても、トランス状態を解けば、脳内には静寂が訪れるはずである。しかし、藍の場合は違う。
 制御装置であるピアスを着けない限り、頭から周囲の人々の思念が消える事は無いのだ。
 高度に発達した第六感は、トランス状態でなくとも、人々の思念の「声」を、無秩序に取りこんでしまうのである。
「もう、いい。ピアス着けろよ」
 右手で髪の毛を掻き毟るのは、不快感を少しでも和らげたいが為の、無意識の防衛反応である。彼の漆黒の瞳は、平素に比べてやや空ろで、混乱した彼の少年期を目の当たりにして来た需にとって、そんな眼は、強い不安感を覚えずにはいられない。
 眼と耳から得る情報とは別に、脳が勝手に、生きる為には不必要な情報をも得てしまう.為に、それらを処理する能力が追いつかないのである。
 高すぎる特殊能力は、己の意思によるコントロールをほぼ受け付けず、制御装置無くしては生きる事すらも、困難な状況に陥れる。四六時中他人の思念に晒されていては、どんなに精神力の強い人間であっても、そのバランスを崩しかねない。
 藍は、需の言葉にもすぐには反応出来ず、数秒置いてから、我に返ったように慌ててピアスを手に取り、装着する。
 焦点の合った漆黒の瞳が、心配そうな需を捉えたかと思うと、藍は穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「そんな顔、似合わないよ」












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