緩慢な牢獄・2
施設は地下二階、地上三階の五階建てになっており、地下一階には検査室や実験室、地上一階には、医療スペースに、研究員達の詰め所、武術の鍛錬や狙撃訓練の為の体育室が備えられている。二階、三階はそれぞれ居住スペースになっており、二階は訓練生の為に、三階はSASが待機する為に個室が設けられているのである。
どのような経緯があっても、能力者達は訓練生として一定の期間をこの施設で過ごさなければならない。
一人一人に専属のトレーナーが付き、能力の精度を上げ、自在に操れるよう、コントロールを身につけると同時に、狙撃の技術や、何らかの武術を会得する。SASとなり、任務を遂行するにあたっては、特異能力を高めるだけでは不充分なのである。彼らが任務中に相手にせねばならないのは、必ずしも自身が持つような特異能力だけでは無いのだ。現実的な攻撃から己の身を守り、迅速に任務を遂行する為に、必要最低限の技能の取得も施設ではカリキュラムに組み込まれている。狙撃訓練や武術の鍛錬は集中力を高め、自ずと特異能力も磨かれていくのである。
三年ぶりに、施設内に足を踏み入れた藍を待ち受けていたものは、訓練生や、研究員たちの好奇に満ちた眼差しである。
(あれが落世したARMのNo.6らしい…)
(噂のクラスSS認定者!)
徐々に集まり始めた人だかりと、あちらこちらで始まる噂話にも藍は顔色一つ変えず、黙然と需の後をついて歩く。彼らの反応は予想していたものであるが、彼の足を養成施設から遠ざかせた要因の一つである事も、確かである。
(あんな事さえなければ、ARMのトップとして活躍できただろうに)
白衣を羽織ったメガネの男が呟いた一言が、藍の歩みを止めこそしなかったものの、僅かに彼の表情を変えさせる。藍の様子に気がついたかどうか定かではないが、需が足を止めて、やや大きな声で言う。
「みんな仕事に戻って。訓練生は、訓練を再開するように」
施設一階の一番奥のドアに、「所長室」の札が掲げられており、需は先刻警備員にも提示した身分証を、ドアのすぐ脇のにある端末に翳す。ピッ、という短い電子音と共に、ドアは音も無くスライドし、二人を室内へと招き入れた。
二十畳程の空間には、木目が美しいアンティークのデスクに、同じく、良い具合に味わいが出た黒い革張りの一人がけの椅子、来客用のソファとテーブルも同様の雰囲気で統一されており、使用者のセンスの良さが窺える。余計な調度品を一切置かないというのも、いかにも需らしい所である。壁面は全て本棚になっており、背表紙に難解な言葉が綴られた専門書や、夥しい量のファイル類などが雑然と並べられていた。
「まあ、適当に座れよ」
藍にソファにかけるように勧めると同時に、需は自分のデスクの上からガラス製の大きな灰皿を持ち出し、並ぶように来客用のソファに腰掛ける。
「予想はしていたが、相変わらずの人気者だなあ」
「人気者っていう言い方は、御幣があるんじゃない?皆、面白がってるだけだよ」
藍は煙を吐き出しながら、天井を仰いだ。
「クラスSSのARMだからな。騒がれて当然と言えば当然だ」
訓練生は二種類のランクによって、その特殊能力を評価される。一つ目は、持っている力の種類の利用価値、二つ目は能力の高さと精度である。
どちらも、EからSまでの五段階のランクで評価され、双方にランクC以上を付けられた能力者達(クラスCCとなる)は認定試験を受け、合格すれば、正式にSASとして認定される。一つ目の能力の利用価値に関しては先天的な要素が大きい為、厳しく評価はされないが、二つ目の能力の高さと精度に関しては、自己研鑚によって大きく伸ばせる可能性が高い為に、厳しく評価される対象となるのだ。双方にA以上のランクを付けるのは[アーム]であっても非常に困難で、クラスSSの認定者は過去に遡って見ても、五人にも満たないと言われている。
「クラスSSは、SASを目指す者、それを指導する者、どちらにとっても憧れの存在だろう、注目を浴びない訳がない」
「俺がARMであるのは、紛れもない事実だけど、今はもうSASですらない。ただのレストランのウェイターなんだ。この三年間、一度もトランスしていないし、クラスSSなんてもう過去の話だよ。それに―――」
需は手元の煙草に視線を落としたまま問う。
「それに?」
「皆が興味を持っているのは、クラスSSのARMじゃなくて、落世したクラスSSのARMだからだよ」
藍は自嘲的な笑いを浮かべた。
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