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人間兵器
作:蒼乃雪花



その先にあるもの・2


「その情報の信憑性は確かなのか?」
 冷や水を浴びせるとはまさにこういうことを言うのだろう。
 四人は視線も動かさずに沈黙した。
 ミーティングが開始されたのは、一時間ほど前のことだ。国家機密レベルのやり取りに使われる特別室に集まったメンバーは、謹慎明けの凛と藍、スリーマンセルの一人であるリュウ。参謀役として所長の需、それにSASの最高指揮官であり、彼らに出動命令を下すことのできるただ一人の人物、最上正の五名である。
 凛と藍が五日間の謹慎処分により行動を制限されていた間、事態は停滞していたのかというと、そうではない。
 先日、超真信教の教団本部に潜入した際に軽傷を負ったものの、情報収集くらいには差し支えのないリュウは単独で動いていたのだ。
 彼の得た情報は組織の中核を成すメンバー、超神信教との関係、財政状況など多岐に渡り、なおかつ詳細なものであった。
 今日未明、ミーティングを前にしてリュウの部屋でその話を聞いた凛は、情報の信憑性よりも彼がどのようにしてそれらの情報を得たのか、疑問に思った。
「知り合いの女ができて…」と、言葉を濁したリュウに対して凛は一切追求しなかった。白い顔に全く感情を浮かべずに、短く「そう」といっただけの凛を見ていたら落胆にも似た苛立ちが沸き起こり、リュウは素早く話題を転換したのだった。
 とりわけ重要な情報としては、平素はバラバラに行動している幹部メンバーが、明日、一同に会するというものである。
 場所は都心より車で三十分ほどの距離にある、海辺の廃工場。二十年ほど前に閉鎖に追い込まれ、今や廃墟と化した元合板工場を、超神信教から引き連れてきた出家信者達のためにも買取り、組織の拠点にしようとしているというのである。その下見を兼ねて主要なメンバーが一同に会するというわけだ。
 沈黙は一分以上続いた。
 言葉を発した当人は沈黙の意味を理解していなかっただろうが、他の四人は互いの心理を容易に察していた。次に口を開く人間を、皆暗黙の了解のうちに待っていた。
「今回の件に関しては一刻の猶予もありません。第一、真波恭三氏の護衛の際にはテロリストとの関連にさしたる確証もなく出動させたではありませんか」
凜は三人の期待通りに彼らの心情を一語一句あますことなく代弁してみせた。
「前回君達が失敗したから、あえて慎重論を唱えているんだ!」
犬の世界でもそうだが、弱いものほど虚勢を張るためによく吠えてみせるものである。最上は大きく音を立てて机を叩いたが、誰一人として萎縮した人間はなく、藍が穏やかにかつ、事務的に謝辞を口にしただけであった。
 とは言っても、藍は決して先日の自身の行動を反省していなかったわけではない。任務中に命令違反を起こし、それがリュウの怪我にも繋がり、シマを取り逃がすという事態を招いたことには重い責任を感じていた。彼はミーティングの前にリュウの部屋を訪れ、自身の暴走を謝罪した。面倒そうなようすのリュウの影から、目を覚ましたばかりの凛の姿がちらりと覗き、慌てて藍が彼の部屋を後にしたのは余談だが――――。
「まあ、イレギュラーな事態は起こりましたけど、結果的には失敗とは言い切れないんじゃないですかね。教団幹部からシマやアラタの記憶は消せたわけですし、不用意に組織が大きくなることは防げた」
椅子から長い足を持て余したリュウが、頬杖をついたまま言う。
「彼らとの繋がりが強化され、社会的地位を確立した後では手を出しにくいやっかいなことになっていたはずです。その点において彼らの事後処理は的確で迅速であったと評価すべきです」
 需の援護射撃も受けて、最上は鼻白んだ様子だ。
「では、その情報が確かなものだと過程して、君たちはどう動くつもりだ?」
議論はここでようやく本題に戻った。
アメリカの政治家が現代に残した有名な格言を、最上は知らないのではないかと疑いたくなるような無意味な時間であった。
「総動員して、一気にカタをつけるべきだと思います」
「それはいかん。あくまでも内密に事を処理しなければ…」
「内密などと言っている場合ではありません。向こうには、アラタの他に、モズとシラギもいることが分かったではありませんか」
 凛の声に激しさはなかったが、強さがあった。味方を探すようにさ迷った最上の視線は、需に定められた。
「シラギはともかく、アラタとモズをリンとリュウの両名のみで相手にするのは厳しいでしょう」
 頼みの需の口から出た言葉は、希望的観測を含まない非常にシビアなもので、微かな希望すら打ち砕かれた最上はあからさまに肩を落とした。
「では、真っ向からの力勝負ではなく何か策を練ったらどうだ?」
「ある程度の作戦はもちろん考えますが、あちらにはシマがいるのです。予知能力だけでなく、彼女は知略にも長けたSASでした。策略はあまり意味をなさないと思われます。こちらにはアイがいるので、小細工しにくいのは向こうも同じこと―――。最後は結局力勝負が必要になるでしょう」
「SASの内に君らを除いて、アラタやモズと対峙できるような能力者はいないのか?」
 最早ため息をつくのも馬鹿馬鹿しい。そんな能力者がいないから、厳しい表情で凛が総動員を提案しているのではないか。あからさまに呆れた凛とリュウの代わりに、無知な最上のために口を開いたのは需だった。
「凛を除いてアラタと差しで渡り合える能力者は存在しません。それどころか、潜在能力においては凛ですらアラタには及ばないでしょう。まあ、彼女にはそれをカバーするだけの実戦経験がありますが…」
「アラタは私がなんとかするにしても、モズをどうするかです。リュウを中心に攻撃系能力者を集めれば、文明の兵器よりも効果があるでしょう」
「攻撃系能力者を集結させるのなど、不可能だ!」
 再び大きな音を立てて机が振動した。藍がかすかに眉を顰める。
「通常任務も滞っている現状だというのに、総動員した結果メンバーを失えば、組織の存続も危ぶまれることになる。しかも、ある程度のレベルのSASは大半が海外任務中で、国内に止どまっているのは、低クラスの若いメンバーばかりだ」
「確かに、そうですね。凜やリュウが通常任務から離れている分、しわよせがかなり来ている。国内に残しているのは、いずれも経験の浅いものばかりです」
 需は手元の資料を一瞥して淡々と述べた。
「組織の未来を担う若者を犬死にさせるわけにはいかん」
 一人のSASを育て上げるのにどれほどの労力と時間が費やされるのかは、凛もリュウも十分に心得ている。世界情勢は安定を欠き、国内のみならずSASの役割はますます重要になり、需要は増加している。その一方で慢性的な人材不足は深刻さを増し、経験を積んだSASたちは休暇を取ることもなく次々と任務にあたらなければならない。その為、過労から判断を誤ったり、本来の力が発揮できなかったりして殉職するものも少なくないという悪循環なのだ。最上のいうことは一理ある。
「では、警察と自衛隊に応援を要請しますか?」
 最上の顔はますます青ざめた。
 人気のない場所で取り囲み、一斉に砲撃でもすれば、さすがの人間兵器も抗うこともできず塵と化すだろう。しかし、誰もがそれが実現することのない最良の作戦であることは知っていた。リュウが熱のない声で揶揄するように言ったのもその為で、自分の保身を最優先に考える最上が承知しないことなど、分かり切っている。
だいたいこの男は、いつ何時も己の保身が最優先事項なのである。SASの組織よりも、日本の行く末よりも―――。警察や自衛隊の手を借りて身内の不祥事を片付けようものなら、彼の面子は丸つぶれになり、出世の道もたたれてしまう。
最上が必死の形相で反対するのを横目に、一同は再び沈黙した。
 「分かりました―――。私達で何とかできるように考えてみます」
 需が眉間に皴を寄せて凛を見たが、視線を受けた当の本人は、そしらぬ顔で平然と続けた。
「ただし、一つだけ許可願いたいことがあります」
「何だ?」
 自分の都合がいいように事が運びそうで、先ほどまでの青ざめた顔はどこへやら、最上は嬉々としていた。
「アイは、後方支援という形でここに待機させたいのです」
 頬杖を解いたリュウが、椅子に仰け反って頭の後ろで腕組みする。最上は胸の前で腕を組み渋い表情をしたが、需は動かなかった。
「彼らの狙いの一つは、アイの持つ強大なリーディング能力です。事実、先日教団本部に潜入した時にも彼らはアイの奪取を試み、接触してきました。リーディング能力の利用価値は無限です。彼の力をテロリスト集団に奪われるようなことはあってはなりません。加えて―――」
 凛は続ける。
「彼のリーディング能力は強大すぎるあまり、本人すらも完全にコントロールしきれていないものです。そのため精神の安定を欠き、先日のような突発的な行動を起こす恐れもあり、足手まといにもなりかねません」
 藍は机の上に視線を落としたまま身じろぎしない。
「……それは確かに正論だが、少しでも戦力になる人間を同行したいのも事実だろう。アイは特殊能力以外にも、体術、射撃も秀逸したものを持っている。それだけでも戦力としては十分じゃないのか?」
 反対意見は思わぬところから上がった。行動を共にするリュウが、きっぱりとそう述べたのだ。
「うむ……。萩理はどう思う?」
「リンの言うことは一理あるが、リュウがいうこともまた然り―――。私は何とも言えません」
 凛は柳眉を僅かに上げて、需を見た。
「では―――、アイ本人は?」
「俺は……」
 一同の視線が藍に集中する。藍は息を吸い込んで、はっきりと言った。
「自重します。後方支援ではなく、現場に出させて下さい」
 それが決定打だった。
 最上は凛の意見を退け、藍にも出動命令を出したのだ。
 本人の意思を尊重したというよりは、自身にとって都合の悪い事態は回避された今、詳細は彼には興味がなかったのだろう。三名に正式に出動許可を言い渡した最上は、後は任せたと言わんばかりにそそくさと部屋を後にした。後に残った三名と参謀役の需は具体的な作戦内容を詰めていく作業に、ようやく入ることができたのだった。












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