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人間兵器
作:蒼乃雪花



暗中模索・3


 時刻は午前一時十四分――――。
 無意味に広い部屋のソファに座らされたアラタは、シマの報告を表情を動かすこともなく淡々と聞いていた。
 彼女の肩甲骨を覆うほどの長さの黒髪が、ほの明るいライトに照らされて、波のようにうねって見える。外では雪の混じった雨が降っているらしく、羽織られたままの魔女のような黒いロングコートからは溶けた雨滴が落ち、毛足の長い絨毯に染みを作っていた。
 シマがアラタに謁見する場として選んだのは、老舗ホテルの最上階に程近い、重厚なドアに「Royal sweet」と金色のプレートが掲げられた一室である。
 彼女と行動を別にしたのは三日前のことで、強大なリーディング能力を持つアイへの対策としてシマが考えた末のことであった。付き従ってきた、元SASの他のメンバーとも同様にして別れた。
 てっきり彼女が執心していたARMのNo.6を連れて現れると思っていたが、指定された場所に姿を見せたのは強張った顔のシマ一人で、その瞬間にアラタは彼女の計画が失敗に終ったのだと悟ったのである。
「リンさえいなければ、アイはこちらに間違えなく取りこめました」
 事の顛末を話し終えた後、苦々しくそう付け加えたシマの言葉にようやくアラタは視線を動かしたが、猫のようなオッドアイで冷やかに彼女を一瞥しただけであった。
 そもそもアイを強く欲していたのはシマで、アラタはあまり興味がなかったし、シマごときがあのハギリ リンからアイを奪えるとは初めから思っていなかった。
「……それともう一つ、教祖がリンに始末されました」
 言葉の真意を図ろうとするかのように、左右で色味の違うアラタの瞳が細くなる。
「吉報を知らせるにしては随分と渋い顔だな」
「撤退後、素早く事後処理の部隊が送りこまれ、教団幹部達からは私達に関する記憶の一切が消されていました」
 任務完了後、事後処理の一環として関係した人間たちの記憶操作が行なわれることはよくある。SASの存在が多くの人間に知られぬようにするためで、それ以外の記憶がいじられることは通常ならば有り得ない。
「恐らくは、あの女の指示によるものでしょう。我々の意図を先読みしていたのだと思います」
「なるほどな」
 教祖はそろそろ始末しなければいけないと思っていた。あの俗に塗れた偽宗教人を上回るほどに、教団内でシマの立場はすでに確立されていた。教祖の身に不慮の死でも降りかかれば、彼女を、ひいてはアラタを主軸にして組織が成り立つことになるはずであった。
「全く疎ましい存在です」
「やはり、敵にはしたくない女だったな」
 目的は果たせなかったとしても、決してただでは転ばない。さすがはハギリ リンであると賞賛するべきか―――。
「それでも、全ての信者の記憶を操作するというのはさすがに不可能というもの。一般信者には、私たちへの信仰心が根付いています。非力な人間たちですが、盾くらいにはなりましょう。それに―――」
 アラタは彼女の凹凸の少ない顔に、薄笑いが広がっていくのを見た。
「思わぬ収穫もありました。それを活用する次なる手は考えております。その時はアラタ様にも前線に出て頂きたく存じます」
「全てはお前に任せてある。言う通りにしよう」
「寛容なお言葉に感謝致します」
 短い会談の後、深く頭を垂れてから退出した女の後姿を、アラタは奇妙なものを見るようにして見送った。
 美人とは言えないが、さほど悪い容姿というわけでもない。それなのに時折浮かべる歪んだ笑みは醜怪で、生理的嫌悪感が胎の底から突き上がってくる。加えて、アラタは彼女の芝居がかった台詞も、大仰な立ち振る舞いも好きでなかった。しかし、自分の力を必要とされることだけは悪い気はしなかった。
 シルバーの灰皿に歪んで映る、自分の顔。
 日に透けると金色にも見える色素の薄い髪に、左右で色の違う瞳はアクアマリンと翡翠に例えられることも多い。一体どう掛け合わせたのか追求したくなるほど、彼の容姿はこの時代、この国において明らかに異質であった。
 不意に脳裏を過るのは対照的な、黒髪と漆黒の瞳を持つARMのNo.6の姿。
 あの眼が、嫌いだった。
 青味を帯びた白目に浮かぶ、澄み切った黒い瞳。全てを見透かすその瞳はいつも憂いを含み、下を向いている。同じARMであり、開発No.も一番違い、年も三つしか違わない。それでもアイという男に対して好意的な感情を覚えたことはなかった。
「収穫ねえ…」
 灰皿に映る、自分の顔に皮肉な笑みが浮かんだ。勿体つけたような含みのある言い方をシマは好んで使う。
 何でもいい、暴れられるのなら。
 力を使うのは好きだった。人を殺せば殺すほど、自分の命が輝きを増すような錯覚を起こせる。SASでは規律が厳しく、無用な殺しは厳しく罰せられる。それが嫌だった。だから、シマの口車に乗せられてやったのだ。
 雨は、ほとんどみぞれになったようだった。












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