意馬心猿・3
あまりにも呆気なく初任務を終えた二人は、任務完了の報告を受けて派遣されてきた空間移動の能力者に回収され、任務完了後およそ十五分で帰還を果たした。
いささか疲れの見える藍に、凛は労いの言葉をかけるとともに、部屋に戻って休むように告げる。蒼白い顔をしながら律儀に挨拶した青年の後ろ姿に、心の中で苦笑する。これから熱を出すのかもしれない、と。
藍と別れた凛は、休息も取らずにある部屋に向かった。
彼女の目的地では、壮年の男が取り繕うような笑みをたたえて、安楽椅子に身を沈めていた。
SASの最高責任者であり、指揮官であり、凛の唯一の直属の上司であり、非能力者であり、某有名国立大学のOBであるその男の名は、最上正[もがみただし]。両眼に狡猾そうな光を秘めて、傍らに立つのは補佐官の坂田誠治[さかたせいじ]である。
「初任務、ご苦労だった。クラスSS認定者の実力のほどは、いかがだったかね?」
「彼ほど優れたリーディング能力者は、見たことがありません。まさにSSクラスに相応しいでしょう」
「そうだろう――――。アイは、ARMの最高傑作だからな」
最上は目を細めて、薄ら笑いを浮かべた。
「萩理所長の優れた頭脳と、真波恭三氏の見返りを求めない、無欲な資金援助の賜物ですわね」
口を歪めて言い放った凛を、坂田は横目で睨み、最上は咳払いを一つして安楽椅子に掛け直した。
「それで、任務の報告をしてもらおうか」
真波恭三氏の襲撃未遂事件の状況を手短に述べた上で、ARMをはじめとした能力者の関わりは無かったこと、襲撃者は一名のみでSASの出動の必要はなかったことなど、自らの考察を交えて、凛は終始冷淡な調子で、簡潔に報告を行なった。上のニ点についての最上の返答は次のようなものであった。
「それは結果論にすぎない。君達の出動の是非は私が判断する事であり、一兵にすぎない君が口を出すような問題ではなかろう」
凛は全く表情を変えなかった。
「内部反乱という未曾有の危機に直面していながら、資金確保にまで気が回るとは、SASの総指揮官ともあろう方は、さすがに度量が広くていらっしゃる」
美声にくるめた痛烈な皮肉を、さらりと投げつける。涼やかな美声に騙されたのか、言葉の意味を認識するまでに若干の時間を要したらしく、最上は数秒おいてからゆでだこのように赤く顔を染めた。
「君はッ………!」
「失礼致します」
上司の反論を最後まで聞こうともせず、優美に一礼して凛は部屋を辞した。
凛が最上と白々しい舌戦を繰り広げていたその頃―――。
藍は、離れの自室に辿りついていた。
灯りを点けることも考えられずに、まっしぐらにデスクの前に向かい、引出しの中から、制御装置である二つのピアスが入った小さなアクリル製のケースを掻きだす。蓋を開けるのさえももどかしいような手付きで、ようやく両耳の穴にその主を戻すと、およそ十五時間ぶりに脳内は静寂に満たされた。
聞こえないはずの人々の声が、脳の奥底に未だへばりついているような気がして、頭を左右に大きく振り、髪を掻き毟り、両手で耳を覆った。
窓硝子に映った自分の顔は、頬が落ち、眼が窪み、惨めなほどに滑稽だった。
結局、何も変わってはいないのだ。
耐えがたい記憶と、忌まわしい能力を封じ込めて生活をしてきただけで、根本的な解決には何一つ手をつけずにいたのに、勝手に成長したつもりになっていた自分が、腹立たしくさえ思われる。
夜の闇は、惨めな自分を克明にして、窓硝子に映し出す。
闇の中にちらつくのはおぞましい記憶の断片。
藍は、見慣れた白い錠剤を飲み込んでベットに身体を預けた。
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